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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第一章 顔合わせから始めましょう。
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水辺の封印洞窟 其の9 旧き神の島

グロテスクな描写があります。

苦手な方はこの回は飛ばしても、本編に影響はありません。

湖に浮かぶ島は、四方1㎞程度で中心部に向かって小さな山になっている。島に降り立った瞬間、普段霊感の無い私でも不気味な感じがした。


()()さん。気を付けてください。」


巫さんが、真剣な顔つきで山の上を睨んでいる。私たちは、草木に浸食されボロボロにひび割れた石段を上る。不規則な間隔で鳥居が連なっており、そこを通り抜けるたびに胸の内側からゾワリとした不快感がこみ上げてきた。山頂まで遠くなったような、すぐそばまで来ているような、自分の居場所が揺らいでいく。


「帆世さん。いえ、ぽよさん。大丈夫ですよ。」


巫さんが、そっと私の手を握った。スーッと不快感が和らぎ、石段を踏む脚に力が戻る。

“神域酔い”に罹っていたのだという。神社に入ると清々しい空気を感じるのも神域の一種らしく、通常であれば人間に牙を剥くことはない。しかし、この場には神聖な空気は微塵も感じられず……異常な事態であるという。


幾つ目かの鳥居を目の前に、私たちは自然と足を止めた。鳥居の前に、黒くべちゃべちゃとした液体状のナニカが蠢いているのだ。そのナニカは、己の液体の内部からゆらゆらとチューブのような触手のような腕を何本も出していて、黒い異形の蜘蛛のようにも見えた。奇妙な外見以上に、本能が嫌悪感を掻き立てる。


「う゛…なにあれ。」


つい、独り言が漏れる。ナニカを凝視したその瞬間、私もまた見つめ返された。気が付けば、悪意を纏う触手が腰に絡みついている。超速ではなく、全く異なるアプローチによってナニカと私が繋がる。


それは、怨嗟の声だった。何を言っているのかわからないが、強烈な負の感情が私の意識を暗転させる。気が付くと、私は寂れた村の道に立っていた。


「え…っと……どこ?」


先ほどから続く、嫌な気配があたり一面に漂う。パニックになるな。スーッ ハァーーー。よし。

トントンと地面を蹴ってみるが、身体能力は変わっていない様子だった。しかし、万理の魔導書・千蛇螺の籠手・レリックなど身に着けていた道具が軒並み無くなっている。あの状況下で、体が移動した可能性は少ない。おそらく精神世界かなにかなんだろう。

とにかく、村ということは人がいるということだ。進んでみる。


どこに行けば良いのかは、何となくわかる。嫌な気配が濃い方向だ。充満する負の気配に身を晒して歩き続ける。気が付けば、周囲の家屋はボロボロに崩れ、草木には黒い血が付着している。いつの間にこんなに移動したんだろうか。魂が軋むように、頭が割れんばかりに痛む。


微かに、遠くで人の声がした。じんわりと、左手に熱を感じる。巫さんが握っていてくれた手だ。

そうだ――巫さんを一人にしてはいられない。「早く帰らなきゃ。」という巫さんの言葉が脳裏によぎる。こんな気持ちだったんだね。


力を取り戻した足で向かった先には、地獄の釜が口を開けていた。

切り立った斜面に、禍々しい穴が開いている。緑色の小人のような生物が出入りしている。村から盗ってきたんだろうか、鉈などの刃物を持っている個体が多い。


ゲームで言うなら、小鬼(ゴブリン)…なのかしら。木に隠れて観察していると、その小鬼がまだ10歳くらいの女の子を引きずっていく。考えるよりも、まず体が動いた。音よりも早く近づき、その手に握る鉈のような刃物を抑え、同時に首をねじ折る。

ドサッと、未だ痙攣する死体を投げ捨て、言葉が出ない様子の少女を抱えて森の中に駆け込んだ。


「大丈夫じゃないだろうけど、今は気をもって。知っていることを教えてちょうだい。」


死の淵にいた少女にかける言葉ではないだろうが、嫌な予感がするのだ。その、茶色い髪をした色の白い少女が答えてくれる。少なくとも指が折れて赤く腫れあがり、全身あざだらけだ。大丈夫なはずはない。それでも、必死に答えてくれる少女に胸が痛む。


「私は大丈夫です。ただ、妹がまだッ…唯依を助けてください!」


嫌な感じがする。ねぇ、あなたはもしかして…


「巫です。巫唯依が、私の家族が、あの穴にいるはずなんです。」


私の心臓が暴れ始める。遠くから見た時も感じていた、私の大切な仲間にすごく似ているのだ。


「分かったわ。うん――、必ず連れてくるから。安全な場所はある?」


コクコクと頷く少女。送ってあげたいが、そうも言ってられない。

少女と別れ、私は洞窟に向かって駆け出した。


洞窟の周囲には小鬼が数匹歩いている。仲間の死体はそのまま放置されていた。情はないのだろうか。先ほど奪った鉈を片手に、背後から緑色の頭部目掛けて振り下ろす。130-140㎝ほどの体は、丁度頭を狙うのに適していた。

突然現れた私に、複数の視線が突き刺さる。幸い飛び道具は無いらしい、刃の欠けた鉈を思いっきり投げつけ、新しいナイフを奪う。これ以上戦いの波を広げないよう、忽ち5匹の小鬼を屠った。


斜面に、不自然に空いている穴から悲鳴が微かに聞こえる。使えそうなナイフを何本か拝借し、その穴にはいる。幸い物陰が多く、私の存在もバレていないようだ。1匹1匹殺しながら、その奥へと進む。


200mほど進んだだろうか、広くひらけた場所に、最悪の饗宴が催されていた。並みの人間より大きな体躯を持つ鬼が、人間の腕を食い散らし、まるで王であるかのように高い位置に座る。

その足元では、20-30匹の小鬼が好きに人間の女を犯し、醜悪な顔を晒していた。その中央、最も目につく位置には半狂乱の若い女性が、人間から犯されている。男の方は無理やり従わされているのだろう、その顔は恐怖に引きつり、小鬼がギャーギャーと声を上げている。


小鬼共の王は、それを愉しそうに眺めていた。血肉と獣臭の蔓延する空間に、半狂乱の女性の傍らに、彼女はいた。灰色の視界で、唯一色がついているように、その少女の姿が目に留まる。


「巫さん…」


私の左手に、熱を感じる。これは、どういう悪夢なのか。

生きている人たちは10人ほどいるが、戦力にはならない。ほとんどが犯されているか、その後に捨てられた姿で横になっている。

ここで戦って、私も無事に済むとは思えなかった。悩んでいると、その犯されている女性と目があう。


——この子だけでも、娘だけでも助けて


目が私に訴える。分かったわ、一人でも味方ができたならできることがある。

私は鉈を振りかぶり、()()()()()()()()の隣にいる小鬼に投げつける。同時に、その場に飛み、あえて巫さんたちとは反対の位置で戦闘を開始した。

1秒でも早く、1匹でも多く屠る。おそらく、残された時間は少ないのだから。


視界の端で、巫さん達が逃げ出すのが見えた。よし、あとは出口を塞いで戦いぬくだけ。

小鬼の死体を積み上げるようにして、出口を背に戦う。小鬼の数が半減したころ、ついにその首魁(ボス)が下りてきた。人間の女性の髪を掴んで、これ見よがしに持ち上げる。


「オイ、武器ヲ捨テロ。」


聞き取りにくい声で、しかし意味は十分伝わってくる言葉を吐く。胸糞悪いことこの上ない。

大して脅威でもない小鬼共に、人間の村が壊滅したのはこういう訳だったのか。


返答しない私に、鬼が苛立つように人質の女性の目を抉った。声帯が千切れるような絶叫が洞窟に響く。その悲鳴は、委縮していた小鬼たちを焚きつけ、ギャー!と次々に声を上げる。


ごめんなさい。ここで私が折れても、救える命が減るだけなの。


【ファストステップ】


私の体に淡い光が立ち上る。その光を置き去りにする勢いで地面を蹴り、首魁の膝を断った。これでしばらく動けまいッ。膝を割られた首魁が、怒気をまき散らして鉄塊の様な剣を振るう。


私は飛びのき、出口へと向かう。そこには動ける人達が非難しようと固まっていた。

出口を守る小鬼の首を飛ばし、少しでも多く救えるように固まっている人たちを背中で隠す。


早く逃げてッ——


背後で慌てて走り出す人間たち。私の眼前には、10匹ばかりの小鬼と、片足を怪我した首魁が雄たけびをあげている。首魁の首には、水晶のような紫色に輝く飾りがかかっていた。


“領域の管理権を取得するには色々な方法がありますが、その核を握ると取得できることが多いです。”


巫さんに教えてもらった知識が、アレがそうだと告げる。

首魁が剣を振りかぶり、私に叩きつける。そんな攻撃に当たるつもりはない。出口を守るため、大きく動くことはできないが、左右に身をひねって躱していく。首魁の振るう獲物が大きいため、配下の小鬼は近寄ってこれない。丁寧に、少しずつだが、私のナイフが首魁の肉を削ぎ落していく。もう少しだ、コイツさえ倒せば巫さんたちは逃げ切れるだろう。


ガシッ


突然、私の体が重くなる。見ると腰に、男の腕が巻き付いている。さっきまで巫さんのお母さんを犯していた男の腕だ。なんでッ


つ、つかまえたぞ!これで俺は許してくれるんだよな!?なあ、俺は…


私の回避が遅れる。男が私の体にしがみつき、耳元で喚くのが遠く聞こえるように感じる。頭痛がひどい。

首魁の横なぎが私の右腕をとらえ、男ごと体を吹き飛ばされた。辛うじてナイフを挟んだが、ナイフごと腕を叩き折られた。一緒に吹き飛んだ男は、着地できなかったのだろう、首が折れて死んでいた。

人は絶望の時、人よりも少しでも長生きしようと、死刑台へ向かう列の最後尾に並ぼうとする。仲間を売ってでも。


立ち上がれない私に、首魁が覆いかぶさる。左手に握っていたナイフも遠くへ飛ばされる。醜悪な顔だ、緑色でごつごつしていて、歯は黄色く濁っている。首魁は私をいたぶるつもりらしい。2発、3発と拳を振り下ろしてくる。

自分の血で視界が真っ赤に染まるなか、首魁が私の両手を掴み、顔を近づけてくる。


い・ま・だ——


渾身の力を振り絞って、目の前に揺れている紫色の首飾りに噛みつく。

同時に、ファストステップを起動し、無理やり地面を蹴り飛ばした。


超常の加速は1歩しか続かない。しかし、その1歩で私は領域の核(ダンジョンコア)を食いちぎり、動く左手で握りしめる。


帰還転移(テレポート)




--------------------------------------------------------------------------------------------------------------------



私の意識を手繰り寄せる、小さな手。その手が私を引いて、光の方へ導いてくれる。


「帆世さん…!」


目を覚ますと、そこは知らない天井……ではなく。涙を浮かべる巫さんが、私を抱きかかえている。

帰ってきたみたいだ。あの黒い蜘蛛のようなナニカはいない。


「何があったの?」


私は情報を求めて巫さんをみる。あ、右腕は動くみたいだ。よかった。

巫さんの話では、あの黒いナニカは邪霊の一種という。本来は人に悪夢を見せるだけの存在だが、私が経験したのは悪夢というには、酷く現実だった。

恐る恐る、巫さんに私の身に起きた体験を伝える。幼き巫さんに出会ったこと、を。


「私の世界に、母も姉もおりますが…小鬼に襲われた記憶はございません。ですが、その話もまた事実なのでしょう。そういう世界線もあったのだと思います。何度も助けていただいて、本当に感謝しきれません…。」


そっか、全部を理解できたわけじゃないけど、よかった。それにしても、この場は何なのだろう。

とにかく進むしかない。


石の階段を上る。

時々異形の霊が現れるが、巫さんによって即座に払われる。

鳥居をくぐる。空気がどんどん重くなってく。


数時間歩いたような、まだ歩き始めてそんなに経っていないような。

ふと思いついて、ウィンドウと万理の魔導書を確かめてみる。島に降り立って、ちょうど1時間経過していた。


ж旧き神の島ж

社を奉るための島。

参照権限無し——



わからない。この魔導書は、実際に触れたり、倒さないと碌な情報が記載されないのだ。


そうして石段を踏み続けた私達の前に、神社のような建物が姿を現した。

ぼろぼろに朽ち果てているものの、確かに由緒正しい建物があったことがうかがえる。


「ここは…非常に力を持った人物によって作られた神域です。ですが、その管理者が居なくなり、神に見捨てられた土地になってしまっています。」


「強力な力場に、ぽっかりと空いた神の座…。まるで重力があるように、邪霊を呼び寄せて、またその力を無制限に増大させてしまっているのです。」


「手の付けられなくなった邪霊を、封印するために島全体を覆うような領域を作ったのでしょう。領域の管理権は、誰も持っていないまま、捨て置くための場所なんです。」


巫さんには、おおよそ見当が付いたみたいだ。私たちは、何をしたらよいのだろう。


「この場所に神を呼び戻します。この領域の核を探し出し、神を宿らせることで力場を安定させます。そうすることで、管理者の権利を得ることができると思います。」


「任せるわ、巫さん。私はどうしたらいい?」


「ぽよさんは、一緒に核を見つけていただきたいのと…“神呼びの儀”中は私は無防備になってしまいます。」


Copy That(了解!)!」


「?」


やることが分からない時より、やる気がでる。それに、怪獣大戦をしている二人も心配だ。

邪霊が集う社に、足を踏み入れる。

巫さんの世界では、よく起きることです。

これを見ている、そこの貴方は。残酷な現実から目をそらさなかった方なのですね。

苦しくても辛くても、まずは見ることから始まります。この世界を救ってください。

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― 新着の感想 ―
今回は、なかなかに目を背けたくなる描写が多かったです...! あとがきで、気持ちが救われるとともに 帆世さん達と一緒に冒険している(苦難に立ち向かっている)ような感覚を覚えて 少し嬉しくなりました。
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