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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第一章 顔合わせから始めましょう。
22/163

水辺の封印洞窟 其の6  迷宮洞窟

洞窟の湿った空気に、重く低い羽音が響く。ただのコウモリの羽ばたきではない。

もっと重く、もっと圧迫感がある。


——キィィィィィィィィィ……ン……


それに混じって、奇妙な"波"が空間を揺るがせた。

超常により与えられた身体強化、その拡張された知覚が聞こえない音を拾う。


洞窟の主たるж水洞(すいどう)逆翼(さかよく)жがその玉座に帰還する。

うず高く積まれ、蠢く山の頂点に位置する天井にぶら下がる。満足するまで蛙を喰らったのだろう、その巨体が揺れていた。



「よーし、準備万端ね!作戦開始!」


作戦名【天墜地縛(てんついちばく)

短期決戦、地の利を外様が活かす無法の作戦が始まった。



天井に位置する玉座に、逆翼の王が鎮座する。

その視線の先には、黒き山が蠢いていた。この光景はいつものこと。


地の底から唯一、外界へと飛び立てる"王"が、狩りを終えて戻ったのだ。

餌を求める下僕どもが、施しをせがむように地を這い、蠢く。王はその様子に満足げに喉を鳴らし、まだ息のある蛙を無造作に吐き捨てた。


ワッと群がり、地の山は活況に沸く。


しかし。しかしである。

今日という日は、下僕が狙うはただの施しにあらず。


ムカデは本来、生態系の頂点に君臨する最強種の一角。硬い鎧に、巨大な牙を備えた兜を持つ。

この地の底に生まれ百余年、長き時を地に伏せていた彼は、先刻生まれて初めての死闘を演じていたのだ。一人の侍に敗れ、霊魂司る女の手に堕ちた最強種。


その魂は死して尚…否、死せることによって、"王の下僕"から"反逆の首魁"へと格を変えた。


地を這う山の頂が、天を睨む。

その巨大な牙が、"王"の肩に突き立てられる。

山が転がる。王とともに、奈落へと——。


だが、王は王たる所以がある。襲いかかる獣がどれほど巨大であろうとも、この王の支配は揺るがない。

逆さの玉座に巨体を留める鉤爪はどれほどの力を秘めていたのか。一瞬でムカデの巨体を引き裂き、再び空へと舞い戻ろうとする。

地の者は天には届かぬと、そう言わんばかりに。


作戦名【天墜地縛】


その瞬間、予期せぬ衝撃が逆翼の体を貫いた。


——"ファストステップ"。


異例の反逆に意識を割いていた王の広大な知覚の外から、"矢"が飛来する。


逆翼は天へ舞えず。


ムカデは、半身を引き裂かれてなお、牙を王の肉へと食い込ませる。瀕死であろうと、その生は王の支配を拒絶するためだけに燃えていた。そして、さらに迫る影が一つ。雲黄昏(くものたそがれ)を握る"新たなる王"が、天の名を刻む刃を振るう。


戦いは、想定以上に長引いていた。単純に、水洞の逆翼が"強い"のだ。巨大な牛をも凌駕する巨躯を支える脚、至近距離で空間を震わせるほどの高出力な超音波、触れるものを斬り裂く鋭利な翼、そして、隙あらば支配圏たる空へと飛び立とうとする執念。


飛び立つその起点を帆世が潰し、こもじがその体を削る。

逆翼の片目にこもじが刀を突き刺した瞬間——人を飲み込めるほどの大きな口を開き、本日最大の音波を放つ。空気の揺れに帆世の対応が遅れる。王が天へと帰還し、その両脚をこもじへと迫らせた。


ガッ——


凄まじい膂力に、こもじは雲黄昏を必死に握りしめる。一瞬でも気を抜けば、即座に八つ裂きにされてしまうだろう。帆世が壁を蹴り伝って、王の背中に急襲しようとしたその時。


()()()()()"()()"()()()()()()()()()


水洞の逆翼の影が、"伸びる"。こもじの背後へと。そして、のっぺりとした漆黒の剣士へと姿を変えた。



ж水洞(すいどう)幽影(ゆうえい)ж

幽影は異界の存在であり、その体を持たない。水洞の逆翼を従え、外界を覗いていた。



影に潜む真の支配者は、現世に顕現するため、強者の模倣をする。

幽影の選んだ強者は、逆翼を凌ぐ侍だった。影の刀に手をかけ、音もなくこもじの胴体へ絶死の一撃を振りぬいた。



「させませんッ!」


戦いを見ていた巫唯依が、その間に身を滑りこませる。戦闘には参加していなかった彼女だが、決して人任せにするような人ではなかった。何かあれば、その万が一を常に警戒し、誰よりも神経を尖らせて備えていたことが幸いした。


—バリバリガチッ


彼女の手元には何重にも光る結界が展開され、その2枚を失う代わりに影侍の一刀を完全に止める。


「天地調和、神理を示せ。」

「四方を結び、影の歩を断て。」

「清浄たる光よ、我が前に結界を成せ——【封呪(ふうじゅ)清浄結界(せいじょうけっかい)】!」


(´・ω・`)「うおっ」


「こもじさん!こちらは引き受けます。蝙蝠をお願いします。」


影侍の周囲に眩い結界が展開され、その身を大きく弾き飛ばす。巫さんとフニちゃんがその影を追って疾駆する。あれー、巫さんやっぱり強い。

一拍遅れて、私は逆翼の付け根へと拳を突き立てた。同時に、右手を覆う千蛇螺(せんだら)籠手(こて)がヌルリと動き、逆翼に噛みつく。


≪スキル習得:蛇喰(じゃばみ)致命ノ毒(ちめいのどく)


習得と発動が逆だが、構ってられない。右腕からスーッと血が抜けるような冷たい感覚が広がり、どうじにドクドクと命を奪う毒を流し込む。洒落じゃない。


背中に灼熱の痛みを受けた逆翼が、その全身の筋肉を収縮させて暴れまわる。

こもじと私は、無我夢中に振るわれる両脚両翼を打ち落とし、その最後の刻を削っていく。


そのころ、巫さんたちは——



【封呪・清浄結界】

本来、巫女自身の体を呪いから護るための結界術である。四方の陣とともに使うことで、一時的に異界の影を封じることに成功した。発動と同時にスキルとして世界に認められた、巫唯依の技術の一端である。


幽影は、本来この世の者ではない。普段は"物質化"しておらず、ただの影に過ぎない異界の存在である。

ゆえに、"攻撃される"ことはなく、一方的に他者を屠ることで力を蓄えた、真の迷宮洞窟の主であった。


だが——。


有用な下僕である逆翼が殺されようとしている今、幽影は一時的に"侍の器"を写し取ることで干渉する。"侍"という形を纏い、僅か数秒だけ、この戦場に降り立つ。この侍さえ殺せば、あとは逆翼でどうとでもなるだろう。そう考えた。


一刀で影へ戻るつもりだった。


しかし、その企みは阻まれる。巫女の秘術が、幽影を"この世へ"縫い留めた。"戻る"はずの影は、"現世"に晒された。眼前には、魂を操られた無数の虫が迫りくる。

侍の器は確かに強力だった。一太刀振るえば、確実に目の前のムカデの首を斬り落とせる。だが、無限に迫りくる物量を前に、次の一手が遅れる。手足にヤスデがまとわりつく。斬り払った虫の体から結界が浮き上がり、徐々に体を縛り上げる。


数分の戦闘。息継ぎを必要としない体で斬り続けた結果、その地に第二の(むくろ)の山を築いた。遠くで逆翼の悲鳴が聞こえる。


躯の山の傍らには、結界で全身を縛られた影が浮かんでいた。

見下ろすは——己が異界の影よりも、昏い光を宿した巫女の瞳。

巫女には戦う術は無い。しかし、魔境に堕ちた世界の中心で、20年も人類を守り通してきた漆黒の覚悟を持っていた。幽影は、存在するとも知れぬ己の死を実感する。


ハラフニルドがゆっくりと歩み寄り、その心臓へと手を突き立てる。心臓など無いはずの身中で、魂を鷲掴みにされる。魂の主導権を無理やり引きはがされ、幽影の存在は空間に消えていった。



(´・ω・`)「何があったんスか?」


トコトコと、蝙蝠を屠ったこもじが巫達に歩み寄る。戦闘は無事終わったらしい。


「ぽよさんが言っておられた通りでした。領域最奥の主は、ハラフニルドさんが倒してくださった、影のようです。」


ж水洞(すいどう)幽影(ゆうえい)ж

幽影は異界の存在であり、その体を持たない。水洞の逆翼を従え、外界を覗いていた。

世界に干渉する時、任意の器を形どり顕現する。


「不意打ちするだけの卑怯な奴なノ。」


ハラフニルドはそう言うと、掌に影を出現させる。バスケットボール大の大きさになった影が、ぺこぺことその身を震わせている。なんかかわいい。


「フニちゃん、それ強いんじゃないのー?」


「不死だった故二、魂を使役したのジャ。魂の格に応じて、影真似ができるノ。」


ほうレ。


影がみるみる大きくなり、横たわっている逆翼を真似る。

同時に逆翼の体が揺れ、仮初の生を享受した。フニ先生には、ほんとに助けられている。


「さァ、飛ぶノ!」


まるで少女のような見た目に、少女のような高い声。私はフニちゃんを抱いて影に乗り込み、こもじと巫さんは逆翼の背にまたがる。


陰険な洞窟からはおさらばよ! はやく湖で体を洗いたいわ。そう思いながら、私たちは天の裂け目へと侵入した。






(´・ω・`)「巫さん、ありがとうございます。助かりました。」


めずらしく敬語をしっかりと使い、頭を下げる。よく見えなかったが、おそらくあの瞬間自分は死んでいたのだろう。


「いいえ、そんな。こもじさん、こちらこそありがとうございます。」


巫さんは困ったような顔で笑う。仲間を守れたこと。その事実に、巫の気持ちは暖かく満たされていた。戦う仲間の背中で、何度唇をかみしめただろう。戦う術のない自分に、どれほど腹が立っただろう。頼もしい3人に引っ張られるように、巫の心は変容していった。


(これなら、元の世界に戻っても皆を護れる…)


その心は常に清く、人類にとっての希望の光である。決して眩しくは無いが、じんわりと暖かい希望の光である。




巫ちゃん大好き。


スキルとは、人間の器を超える能力や技能を、超常の存在が認めることで固着される能力である。

世界に認められた力は、その摂理を超越する可能性を秘める。


人の器を超える力を得るためには、限界に迫る努力の積み重ねと。限界を超える死闘に身をさらすほかない。

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