水辺の封印洞窟 其の3 星天の湖
(´・ω・`)「出番少ないって言ったら、顔もらえたっス。」
こもじは、普段から(´・ω・`)の顔文字を乱用しているのだ。
別に無くてもいい。
ж水洞の千蛇螺ж
無数の毒蛇が象る、巨大な黒蛇。通路の端から、その巨体を眺める。
蠢く黒い塊——それは単なる蛇ではなく、無数の小蛇が絡み合い、1匹の大蛇として振る舞う異形の生物だった。
「厄介なのは、あの反応速度と毒ね。」
私は、先ほどの接敵で得られた情報を全員に共有していく。
千蛇螺と記録されたその蛇は、私の速度にも一拍遅れて全体が反応してきた。
無数の蛇が、それぞれの感覚を共有し、全体として一つの行動を取る。
個々の知覚が統合され、どの方向からの攻撃であれ、即座に反応できるのだろう。
「噛まれたらどうなるんだろうね。こもじ、蛙拾ってきてよ。」
(´・ω・`)「りょーかいっス。」
こもじを待つ間も、作戦会議は続ける。手始めに、落ちている小石に巫さんに結界を付与してもらって投げつけてみる。巫さんと呼んでいるが、私が24歳なことを考えると10歳ほど年上で、優しいお姉さんな感じがする。フニちゃんは掴み切れないが、見た目的に妹枠。
ゴッ——
結界を付与されている投石が、蛇を2匹吹き飛ばす。当たった周囲の蛇が動きを止めている。投石だけでは殺せないようだったけど、動きを制限くらいはできそうね。
(´・ω・`)「戻りましたー。」
こもじが数匹の蛙を引きずってくる。げこげこ。
「そのまま抑えといてね。」
蛇の牙を蛙に突き立てる。蛙の体重は10㎏ほど。大きいけど、私が45㎏くらいだから体重比5倍と考えておこう。
噛まれた瞬間、蛙が暴れる。1秒、2秒、3秒。蛙は痙攣の過程もほとんどなく絶命した。
相当に強力な毒だ。もう一匹の蛙には、縛った足先を噛ませてみる。これで毒は回りにくいはずだが…
再度蛙の足に牙を突き立てる。蛙は激しく暴れる。噛まれた部分からは出血と…融解が始まっている。明らかに混合毒の反応だ。よく知る生物毒としては、オニダルマオコゼやオオスズメバチの毒が有名ね。いろんな種類の毒のカクテルには血清が作れない。
結局蛙は10秒足らずで絶命に至った。つまり、噛まれたら私達でも厳しいということ。
「ふぅん、ぽよちゃんは大胆なのか慎重なのかわからんノ。どれ。」
そういうと、突然フニちゃんが指先を千蛇螺に噛ませる。なにやってるの!?
「ちょっと、ハラフニルドさん!?」
「私は肉体より魂のほうが割合が多いのでナ。ツぅ―かなり痛いんじゃが、毒の種類はだいたいそうじゃな…」
慌てて近寄る巫さんを手で制し、フニちゃんが説明してくれる。彼女は、魂が無事であれば肉体が死ぬことは無いらしい。とんでもない体質だ。
フニちゃんが指先に意識を集中させ、その毒性を明らかにしていく。そして指先から流れる血は球状に集まり、そのまま固まる。不思議な光景だが、血の飴玉が3個用意された。
「ほレ、解毒の飴玉じゃ。血で申し訳ないがノ。」
にこっとフニちゃんが笑う。そんな彼女の手を真っ先に取ったのは巫さんだった。
「ありがとうございます。それでも、無茶です!すこし手を貸してください。」
そう言ってフニちゃんの手を握り、傷口に青白い円環状の光が巡る。私とこもじは周囲を警戒しながら、奇跡の連続をただ見守る。私たちの世界って、こうなんか普通なのね…
「唯依ちゃんヤ、これ唯依ちゃんの魂が混じっておるノ。私は大丈夫じゃぞ?」
「魂は分かりませんが、この術に解毒の作用はありません。ですが、少しだけ痛みが和らぐはずです。こんなことしかできませんが…」
「ふふ…ありがとノ。」
良いもの見れたわぁ…。私、こういうのに弱いのよね。そう思ってみていると、フニちゃんがさらに付け加えるようにとんでも発言をする。
「ぽよちゃんヤ、ちょっとこの魔導書借りていいかノ?それと、唯依ちゃんも…」
(´・ω・`)俺は? ぼやくこもじを放置して、作戦が決まった。
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私は巫さんの結界を込めた小石を抱え、疾走する。
——ファストステップ。
全身を包む加速の魔法が、私を一陣の風にかえる。
千蛇螺の無数のピット管と黄金の瞳が、私の動きを捉える。
が、それがどうした。ついてこれるなら、やってみなさいよ。
視界が一瞬で流れ、景色が歪む。
蛇たちが動いた。
わずかな温度差、気流の乱れ、足音の反響——その全てを察知し、襲いかかってくる。
だけど、それは"遅い"。
——ひとつ。
小石を設置。
蛇の群れが私の影を追う。
——ふたつ。
右へ跳ぶ。空間を切り裂くように。
私の姿が視界の端に映ったかと思えば、次の瞬間には別の位置へ。
——みっつ、よっつ。
小石が結界の輪を描くように散らばる。
蛇たちの眼が一斉に向けられる。
その眼がこちらを認識した瞬間には——もう私はそこにはいない。
——いつつ、むっつ。
瞬間ごとに、私は異なる座標にいる。
この速度を見切ることは、不可能。
——ななつ。最後。
私は、最後の小石を置く。
「準備完了!」
息も乱さずに告げる。
その声が響くと同時に——
ハラフニルドが万理の魔導書を開く。
次の瞬間、
低く、しわがれた声が響いた。
——この声を、私は知っている。
——昨日、聞いたばかりの、あの詠唱。
「我は知を探求する者——世界の源流に至る者。」
「凍る世界の結晶を持つ者。」
「ーー止まれ凍まれ 世界はカタまる。」
リアーナの魂を宿した声は、魔女の本を通り、世界を変える。
サファイアのような青い魔力の球が、空中に生まれる。
私の目にも、それが"ただの氷"ではないことがわかる。
それは"概念としての絶対零度"だ。
球は疾走し、千蛇螺に向かって突き刺さる。
ドンッ!!!! ビキキキッ
空間が歪んだ。空気が悲鳴を上げた。
温度が、一瞬で下がる。
氷結の魔力が、千蛇螺を直撃する。
「唯依ちゃん、今じゃヨ!」
——その声は、ハラフニルドのものだった。
リアーナの影はもうない。
魔法を発動した彼女は、いつもの"フニちゃん"に戻っている。
張り巡らされた結界が、一気に展開する。結界の礎となった小石たちが、巫唯依の手のひらで共鳴する。
結界、発動。
凍てつく世界が、千蛇螺を包み込む。
黒蛇の群れが、蠢きを止める。
「……閉じ込めた。」
私は、杖を強く握る。強力とはいえ、爬虫類。凍った世界に、その動きは?
ここからは——私たちの仕事だ。
「やるわよ、こもじ!」
彼は、すでに構えていた。腰に差している二本の刀がうれしそうだ。
——私は、千蛇螺の尾側へ。
——こもじは、千蛇螺の頭側へ。
二人で挟み込む形で、刀と杖を振るう。
無数の黒蛇を、ひたすらに刻む。
冷気に囚われた黒い塊に、刃が深く食い込む。
私は杖で弾き、抉り、打ち砕く。
こもじの刃が閃き、寸断し、無数の蛇を断ち切る。
凍った蛇を砕き、地面に散らすと下から別の蛇がこちらを睨む。人間と、その敵。お互いに敵として創られた私達。飛ばした首に噛まれないよう、派手に攻撃を加えて削っていく。
200か300の蛇を打ち砕いただろうか。次第に、私の攻撃が通じなくなってくる。
振るう杖は、その硬い鱗に弾かれる。反撃とばかりにいろんな角度から毒牙が迫り、躱すまでの距離がじりじりと縮まってきているのを感じる。
ここまでね。私はフニちゃんの言葉を思い起こす。
「蛇どもハ、全体で一つの魂を共有しておるのじャ。」
私の杖に絡みつこうとする蛇の一撃を弾く。
だが、その反動が重い。さっきよりも"力"がある。最後とばかりに大きく振りかぶった杖を叩きつけ、さらにその数を減らした。
こもじはまだ余裕そうだ。もう千蛇螺を構成する蛇はそう多くない。
「ふぃ~。つかれた!!」
後ろに下がった私は、張りつめていた緊張を解くように地面に座り込む。
それでも休んでいるわけにはいかない。巫さんに、動きを封じる結界を石に込めてもらい、こもじを援護するために投石を続ける。
私が下がった後の千蛇螺は、すでに蠢く蛇とは言えないほどに練り上げられた1体となっていた。
魂が凝縮されている。残された蛇たちが互いに絡み合い、姿が霞むほどに動く様は、もはや“龍”といえる風格を宿していた。
黄金の瞳が、一つの"意思"を宿したかのように鋭く光る。
肉体が蛇でありながら、振る舞いは龍のそれ。相対するは。
こもじは、ただそこに立っていた。
変わらない。微動だにしない。
その足元をみると、半径1mほどの円が地面に描かれていた。円?
「——斬ッ!!!」
足を大きく開き、腰をおろしたこもじ。その腰を起点に、全身が竜巻のごとく捩じり、刀を振り切る。
ギィィィィン キンッ キンッ キンッ
見ても良く分からないが、一振りで4回の斬撃を与えたように聞こえる。そして、その蛇を丸太のような足で蹴とばし、再び構えに戻る。
ああ、それで円ができたのか。こもじは同じ型の攻撃を行っているだけで、戦闘が始まってから1回もその半径1mほどの空間から出ていないのだ。その足さばきによって、勝手に描かれた円。達人の芸当は意味が分からない。
龍であれ、殺せる。
こもじの銀閃が煌めくたびに、千蛇螺の体が削れていった。
千蛇螺も愚直に、しかし音を超える速度でこもじにぶつかる。
こもじの円が崩れた。数m体を飛ばされるも、空中で斬り払いながらの後退により追撃を許さない。
「あの、ぽよさん…私たちはどうしたらよいでしょうか…」
巫さんが心配して私を見るが、答えは決まっている。こもじは、やられはしない。
「見てるだけでいいのよーう。うちのこもじは、タイマンで負けたことないから。」
千蛇螺が、その巨体を折り曲げた。鎌首がゆっくりと持ち上がる。
黄金の瞳が、"ただ一人"を見据える。
蛇は全身が筋肉でできている。その体をバネのように折り曲げることで、二重の推進力をもって襲い掛かるのだ。では、その全身をさらに10匹あまりの強靭な個体で構成された現在の千蛇螺の速度はどうなるのか。
千蛇螺が、"弾ける"ように襲いかかる。疾い、私の最速のステップよりも早いかもしれない。
こもじは、動いていない。静かに、ただ——刀の柄に手をかけるのみ。
千蛇螺がこもじに触れるその瞬間。刹那の光が駆ける。
——キンッ——
続いて音が空間に響く。澄んだ音だった。
【古流居合・十二本目 抜き打ち】
知らないスキルだ。というか、まただ。攻撃に続いて、遅れてスキルが発生している。
千蛇螺の全身が、"裂かれていた"。
"同じ軌道"に、全身を構成する10匹あまりの蛇が重なっていたのだ。その一点を狙って放たれた神速の一撃。
(´・ω・`)「終わったみたいっスよ~。」
こもじがトコトコと帰ってくる。別にハブってるわけじゃないんだよ。蛇だけに…なんちって。
あたり一面に散らばる蛇の死体。中には動くものもあるが、フニちゃんが指先をふるうと、死体が蠢き、一か所に集められていく。魂に肉体が集まるんだとか。
(´・ω・`)「1面のエリアボスにしては強すぎじゃないっスか?」
「特殊な形状じゃノ。その上、ここまで強力な魂は初めて見るワ。」
そう。やたらと強敵だった。
フニちゃんは千蛇螺をなにやら触っている。その体が集まり、融合し、蠢いている。ちょっとグロいけど、生きているときよりマシだ。気になって何をしているのか聞いてみる。
「ちょっと、面白そうでノ。みな、休憩するじゃロ?」
できてからのお楽しみ、というわけだった。たしかに、体力もそうだが神経を使う戦いだった。
傍から見れば無傷の圧勝だが、その1撃を食らえば終わっていたかもしれないのだ。フニちゃんキャンディーは使わなかったな。味見したい。
四人で広場に集まり、フニちゃんが使わない蛇肉を湖の水で洗う。
焼きたかったんだけどなあ。噛み噛み。
全員、特に嫌がることなくその身を齧る。身に毒は無いし、寄生虫がいるようにも見えなかった。一応、よく噛んで食べる。
知ってる? 自衛隊や海外の軍隊でも、こうして生肉を食べる訓練をするとき、すり潰す様に噛むことで寄生虫を殺すのだ。身体強化を行っている私達は、毒の耐性もあるのかもしれない。生水を飲んでも、そういえばお腹を壊したりはしなかった。
鍋ほしいなあ。お湯も沸かせないし、蛇肉のおいしいのは出汁なのだ。
生肉の味は、表現が難しいけどまずくはない。
(´・ω・`)「ぽよさん、悪食っスよね。ゲームしてるときも、虫食べれるとか言ってたっスけど、冗談だと思ってました。」
「うーーん、考えてるから待ってよ。あっ、フグの刺身に近いかも。弾力が。」
蛇の薄い身を、大量の骨からこそいで食べていく。だんだん旨味を感じられるようになってきた。沼地ではなく、このやたらとキレイな湖にいるからだろう、臭みはなかった。
「それより、巫さんが意外かも。こういうの嫌じゃない?無理しないでね。」
「いいえ、大丈夫ですよ。私たちの世界は、何と言いますか、そういうこともよくありますので…。」
うわ、なんかごめん。巫さんはモデルもびっくりの美人さんなんだけど、なんというか幸薄い顔をしている。そうだよね、訳わかんない敵に晒され続けた世界で、20年以上も人類を守ってきたのだ。今更、このくらいで心が折れるような人ではない。
巫さん、かっこよすぎるわあ。好きすぎる。
(´・ω・`)「試練って、あの巨大なヒグマっスか?」
黒銀ノ羆
あれは酷かった。TVでその姿が映され、現地でも何人かが動画を撮影していたが、あまりに巨大。
ビルかと思うような巨体が、1kmほどの距離を数十秒たらず走ってくるのだ。しかも、銃どころか爆撃にも耐えていた。
「無茶苦茶だったね、アレ。勝てると思う?」
(´・ω・`)「あれは人間が戦う相手なんスかねえ。」
「試練として現れる敵は様々です。動物型が多いですが、意思をもった台風のような災害もあります。どれも厄介といいますか、私たちは結界を張って日本に入れないようにすることで精いっぱいでした。」
さらりと言っているが、日本に入れないようにする結界を張れるの?巫さん、今の私からみても生物の格が違う雰囲気がある。同時に儚くて守ってあげたい感じもするし、優しいお姉さんのようでもある。
巫さんを幸せにするぞ。私は心密に決心した。
システムちゃん「へびちゃん倒すの意外だわ。すごいわ。楽しいわ。」




