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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第一章 顔合わせから始めましょう。
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水辺の封印洞窟 其の2 星天の湖

水辺の封印洞窟は3階構成です。

攻略できない前提のダンジョンであり、彼を最奥で休ませているのです。

一歩、洞窟に足を踏み入れた瞬間——浮遊するような感覚が全身を駆け抜けた。

ほんの刹那、足元の重力が曖昧になったかのような違和感。


次の瞬間、彼らの視界は、まるで異なる世界へと切り替わっていた。


目の前に広がるのは、果てしない湖面。

波ひとつ立たない鏡のような水面が、ジェダイトのような深緑色に染まり、遥か彼方まで続いている。


その空には、満点の星々が瞬いていた。


夜だった。


——いや、違う。


私達が入ったのは、湖のほとりの洞窟。太陽は正中、真昼だったはずだ。それがなぜ、こんなにも広大な星空の下に立っているのか。


そして、地平線すれすれに鎮座する、巨大な満月。

まるで天を覆い尽くさんばかりの神々しい光を放ち、その光は湖面に反射し、まるで地上にももう一つの月があるように見えた。


「みんな、いるわね?この道を、進むみたい。」


私たちの眼前には、湖面を貫く道が続いていた。


幅は数人が横に並んで進める程度。

道の左右には、無限にも思える静寂の水面が広がっている。


事前に立てた作戦の中から、1つを選択して伝える。


【見敵必殺】

サーチ&デストロイ。出会うもの全てを、根切りにする。


この徹底的な攻撃方針には、いくつかの理由がある。

第一に——

我々四人は、パーティーとしての戦闘経験が圧倒的に少ない。


戦闘とは、ただ敵を斬るだけではない。

個々の力が強かろうと、役割分担を誤れば、勝てる戦も負ける。


誰を守るか。

誰を生かすか。

誰が敵を斬るのか。


——それら全てが、瞬時の判断を要する。


我々が取るべき選択肢は、経験値を蓄積しながら、最も確実に相手を仕留める形を取ること。


もう一つ、理由はあるのだが、それは後々でいいだろう。


湖面を渡る静かな道を進む。


無限にも思える水鏡の世界。


緊張感はあるが、まだ敵影はない。


私が先頭を歩き、こもじ、ハラフニルド、帆世の三人が並んで進む。足音すら水に吸い込まれるように響かない。


しかし、ふと足元の水面に違和感を覚えた。反射しているのは、満点の星…ではなく2つの光点がいくつも並んでこちらを見ている。


——何かが、動いた。薄暗い空間を鞭のような舌が伸びてくる。


通常のカエルでさえ、その舌を0.1秒ほどで伸ばし切る。

この世界の生物は、地球のものより遥かに攻撃的に進化している。5m跳ぶ兎や、鋭い(くちばし)を振り回すクジャクの話は共有していた。

ならば。このカエルも、そうでないはずがない。


鋭く伸びた舌が空気を切り裂く音を立てる。

しかし、こういう奇襲のために、私が先頭を歩いている。


拡張された知覚が、敵の動きを先んじて捉える。舌が狙う位置、速度、予測される軌道。

全てを把握した上で、私は一歩、半歩、最小限の動きでかわす。


「水面に注意!カエルが複数いるわ。」


短く指示を飛ばす。


ジュワァァッ!!


同時に、湖面のあちこちで泡が弾ける。

黒くぬめった巨大な影が、水の中から一斉に飛び出してきた。


五体——否、六体。左右に気配が現れる。


カエルどもがぞろぞろと、湖面の道へ這い上がってくる。

目が合った瞬間、敵意が明確に形を成した。


——人間を見ることが、襲撃の条件なのだろう。野生生物というよりは、敵として創られた存在なのだと感じる。


かえって好都合ね。罪悪感なく戦えるし、エイム管理ができるほうがやりやすい。

道の真ん中に巫さんとフニちゃんを集め、私は彼女達を守るように杖を構える。うちの火力担当はすでにいるのだ。


「こもじ!好きに動きなさい。」


こもじが前に出ると同時に、3方向から赤い鞭が迫る。遅れて、別のカエルも攻撃態勢にはいる。


同時に、雲黄昏が抜かれた。目視すら困難な水平の一閃。舌を失ったカエルが地面に転がっている。

こもじの足が閃く。一息で距離を潰すように疾駆する。


——斬!


カエルは己の運命を理解できないまま、斬り裂かれていく。1分とかからず初回の戦闘は終了する。こもじの独壇場である。


さて、特に危なげもなかったが、戦闘の情報を共有していく。こもじはカエルの粘液を湖で洗っていた。

私の持つ、万理の魔導書が新たな1項を紡いでいる。リアーナという魔女が持っていた、自分の出会ったすべてが書き記される魔導書である。私は、その本質は、視界に映っているウィンドウと近しいと感じている。


ж水洞の蛙(すいどうのがま)ж

水洞の蛙は、水辺の生態系の底辺を担う両生類の一種である。

見た目は通常のウシガエルを巨大化させたような形状だが、その皮膚は分厚く、表面はぬめりのある弱毒の粘液で覆われている。


かなりノーマルな種であるようだ。あの舌も体に危害があるというより、持ち物を取られる方が危険だろう。


そして…


「こういう生物はあんまり自我がないから難しいワ。数分ネ。」


フニちゃん——ハラフニルドが、静かに指を伸ばす。


次の瞬間、蛙の死骸が歪んだ。


ぬめった皮膚が引き寄せられるように動き、肉の裂け目が勝手に繋がる。

破れた器官が結び直され、つぎはぎされたような違和感を残しながら、蛙は仮初の命を得た。


「……蘇った?」


巫唯依が目を細める。


「無理やり体に魂を捻じ込んだノ。魂に引っ張られて肉体が集まったに過ぎないワ。」


フニちゃんの言葉の通り、生き返ったわけではない。

それはただ、"一時的に"、"元の姿ぽいナニカに戻っただけのもの"。


3体の蛙、再び動き出す。


そして——


ドンッ!!


帆世が無造作に杖を振り下ろす。


「——!」


杖の一撃が、蛙の身体を叩き潰す。

それは爆発したかのように、粘液を四散させ、完全に消し飛んだ。


「……やっぱり、脆いわね。」


その見た目とは裏腹に、身体強化に全振りしている攻撃特化のビルドなのだ。


続いて、ハラフニルド。

復元された蛙を、まるで操るかのように"ふわり"と浮かせる。

湖面をのそりのそりと歩かせたあと——


「そろそろいいかノ?」


バシュッ!!


蹴る。

それは、子供のような体からは考えられないほどの重い一撃だった。


「グエェッ…」


蛙が絞り出すように啼いた後、ぐしゃりと体が崩れる。


「次は巫さんかノ?」


「ええ。」


巫唯依が、指印を結ぶ。瞬間、蛙の中に不思議な印の光が吸い込まれる。

そしてフニちゃんに目配せして、蛙がこもじの足元にのそのそ歩いていく。


「……お?」


——ピタリ。蛙がこもじに触れた瞬間、痺れるようにどちらも動きを止めた。


「……あれ?」


帆世が眉をひそめる。

巫の術が発動したのはわかる。しかしそれは、蛙だけでなく、"触れたもの"にも影響を及ぼすらしい。


「なるほど…触れた者にも影響するの?」


「結界の一種です。結界の効果が及ぶ範囲にいるものを対象に、動きを止める術を使ってみました。」


数瞬の後、こもじは動きを取り戻した。そして、役目を終えた蛙を巫さんが蹴り飛ばす。蛙は大きく弧を描いて遠くの水面に沈んだ。


「ま、予行演習にはちょうど良かったんじゃない?」


帆世が杖を肩に担ぎながら言う。

全員それなりに身体強化をしている。ある程度の戦闘は問題ないだろう。

このまま敵を倒して、フニちゃんの能力で軍団を組もうと考えていたが、低級すぎる種では魂がすぐに霧散するらしい。虫には5分の魂しか宿っていないのだ。


幸い、周囲に蛙の気配は無い。再度私が先頭に立って道を進む。時折蛙の舌が飛んできたが、全て杖で叩き落した。杖ならば、奪われても問題ないし、ちょうどいい運動になる。


次第に道が広がり、広場のような場所に辿りつく。地面には掘ったような穴が開いており、先に進めるようだ。しかし、その前に横たわっているのはこの湖の主のような巨大な水蛇だった。


(´・ω・`)でかい蛇っスねぇ…


「ええ、目測10mくらいありそうね。」


蛇はこちらを睨んでいるが、その穴から動くつもりはないらしい。巨大な相手に、どう戦うか考えていると、フニちゃんは目を細めて注意を飛ばす。


「アヤツは一匹ではないノ。数多の体で、一つの魂を共有しておるようじゃナ。」


なるほど。漆黒の体表によってわかりにくいが、よく見ると全身が蠢いている。気持ち悪い。

しかし、複数の蛇が一匹の大蛇を形どっているのなら、戦い方が大きく変わる。


「うーん。みんなちょっと道を戻って、臨戦態勢で待ってて。すぐに済むわ。」


私は一つ思いついたアイデアを試してみることにする。杖を握り、唯一使える呪文を口ずさむ。


【ファストステップ】


私の全身を淡い光が覆い、一歩地面を蹴る度に弾けような推進力を与えてくれる。

瞬間移動に近い速度で、蛇の裏に回りこみ洞窟の穴の先を見通した。


ごつごつした岩が転がっているが、水は無い。蛇も穴の中には居ないらしい。

一瞬遅れて、大蛇が私に殺到する。目の前の黒い蠢きが、無数の蛇が、波のように押し寄せる。

これを食らうわけにはいかない。スキルが途切れないように、二の歩を踏む。


去り際に、杖で一匹の蛇を突き刺し、元来た道を戻る。広場を出ると、蛇の追撃は止まっていた。

さて、目的は達成できたか…私の期待に応えるように、万理の魔導書が薄く光っている。


ж水洞の千蛇螺(せんだら)ж

水洞の千蛇螺は、単体の蛇ではなく、無数の蛇が絡み合い、一つの大蛇のように振る舞う異形の生物である。

外見は10m以上の巨大な蛇に見えるが、その実態は細長い1mほどの小蛇の群体。

彼らは密接に絡まり合い、筋肉のように蠢くことで"1体"の蛇として機能する。

それぞれの蛇には強力な毒を有しており、治療には■■■■■が必要である。


「思ったより厄介な場所ね。」


万理の魔導書に記されたソレに、一行は顔を見合わせた。




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