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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第一章 顔合わせから始めましょう。
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水辺の封印洞窟 其の1 星天の湖

ブックマーク、評価のほどよろしくお願いいたします。

肌寒い早朝、空はまだ淡く、湖面に映る太陽は水の揺らめきとともにゆらりと光を散らしていた。空気は澄んでいるが、昨夜の名残か、かすかに湿った土と草の匂いが漂っている。帆世が地面が禿げ上がるまで、ステップの練習をしていたのだと思い出す。


火を囲んで語らい合い、ようやく床についたのは深夜。(ふくろう)の鳴き声すら途絶えた頃だった。

こもじは一人で寝ていたが、女性陣は三人でひとつのベッドだ。(かんなぎ)さんは両脇からハラフニルドと帆世に抱きつかれ、まるで子供が抱き枕にするかのように寄り添われていた。こもじが起きた頃には、狭い寝床では、三人ともほとんど下着姿のまま、お互いの体温を分け合うようにして眠っていた。


その名残か、巫の頬にはほんのりと温もりが残っている。


起床後、こもじは湖畔へ向かい、洗濯を始めた。


奇しくも、続いて目が覚めた巫さんが洗濯に来てばったりと出会う。


帆世のナース服は血で暗赤色に染まっており、ハラフニルドのドレスも装飾の貴金属部分があまりに重厚で、そのまま寝るには適さなかった。昨晩はとにかく一度脱ぎ捨て、今朝になってようやく湖の水で洗うことになったのだ。


水際に立ち、こもじは袖をたくし上げ、衣服を水に沈める。巫も同じように手を動かしながら、ふとお互いに顔があった。


(´・ω・`)おはよーさん。早いっスね。


「こもじさん。おはようございます。昨日は、どうもありがとうございました。」


巫の声は、どこか柔らかい。それは昨夜の語らいの余韻が残っているせいかもしれない。


湖の水は朝の冷気を宿しており、指先に触れると少しずつ感覚が引き締まる。二人は黙々と布をこすり合わせながら、次第に自然と会話を重ねた。


「私は、その地土着の神様の御力(みちから)を借りることで、強力な結界を使うことができます。ですが、この地には神はおりません。きっと、この邂逅(かいこう)のためだけに作られた場所なのでしょう…不甲斐ないです。」


巫の声には、ほんの少し自嘲の響きがあった。


(´・ω・`)そうっスかねえ。俺たちは何の異能もありはしませんでした。んでも、この刀の届く範囲、できる限り頑張りますよ。


こもじは、湖に手を浸したまま、静かに答えた。その声音には、特別な力を持たない者なりの覚悟が込められていた。何も持たない、というには人類を幾分か辞めた戦闘技能を誇っている男に、巫は羨望と尊敬の念を抱いていた。


「こもじさんからは、尋常ではない力を感じていますよ。その刀は…こちらで得られたものでしょうか。」


(´・ω・`)銘は雲黄昏(くものたそがれ)と、兼長(かねなが)。武士の魂っすね、ただの刀っすけど


「いいえ、この超常から与えられた武具は、成長するものなんです。まだ寝ているだけで、魂や意思のようなものが宿るでしょう。」


そういうものだろうか。こもじは何となく柄に手を置く。

巫は、手を止めた。湖の水滴が指先から滑り落ちる。彼女の手首には、小さな金色(こんじき)の鈴が揺れていた。


「私の武具はこちらです。“神環の鈴(しんかんのすず)”」


そう言って、彼女は手首の鈴を鳴らした。だが、音は響かない。ただ静かに、冷たい朝の空気に包まれたまま、その鈴は何の旋律も生まなかった。


「この地に神が居れば…その御力を借り受ける触媒(しょくばい)なのです。ここでは、使えませんが、これを持ち帰れるだけで、私の世界ではとっても救われるでしょう。」


巫の瞳が遠くを見つめた。まるで、まだ見ぬ神の存在を探しているように、今なお苦境に立たされている人々を見るように。





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挿絵(By みてみん)



拠点へ戻ると、ハラフニルドが焚き火の前で暖を取っていた。ゆらめく炎が彼女の白い肌を淡く照らし、黄金の髪に赤みを帯びさせている。


「唯依ちゃんヤ…」


気怠げに目を細めながら、彼女はにやりと笑った。


「その服の下に隠し持った武器は恐ろしいのォ、こんなに深く眠りにつけたのは幾年ぶりかノッ…。」


そう言いながら、彼女は手をぐーぱーと開閉する。指の間を炎の光が通り抜け、影を作る。


巫は、一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、すぐに顔を真っ赤に染めた。


「な、なな…っ!」


もにょもにょと口を動かしながら、何か言い返そうとするが、言葉がまとまらない。唇が震え、焦燥したように視線を泳がせる。先ほどまでの、凛とした、神聖さを感じるほどの雰囲気は霧散してしまったようだ。


「んんっ…!!」


結局、何も言い返せずに、手に持っていたばかりのドレスをぐいっと突き出した。


「…っ、これ! 洗いましたから、どうぞ…!」


ハラフニルドはそのドレスを受け取りながら、さらに愉快そうに笑った。


「おお、これは申し訳ない。丁寧に洗われているノ。」


昨日は妙に大人びた少女の言葉使いだったが、今は猫を被るのを辞めたようだ。素なのだろう、歴史が滲むしゃべり方になっている。気の置けない関係になると、急にキャラが変わるあたり帆世ちゃんに似ている。


布を広げると、ほんの少し冷えている。しかし、その清潔な手触りは、確かに朝の湖の冷たさと、巫の手の温もりを同時に感じさせるものだった。


巫は、赤面したまま焚き火のそばに座り込む。炎がぱちぱちと音を立てるたびに、その頬の赤みがさらに際立って見えるようだった。


ハラフニルドは微笑を深め、火にかざしたドレスをゆっくりと乾かしながら、再び言った。


「ふふ、やっぱり唯依ちゃんは可愛らしいノ。」


巫は顔を両手で覆った。

火の温もりと、それ以上に熱い何かが、彼女の胸の奥をくすぐっていた。思えば、かつて仲間だった男を失ってから、自身が本当の意味で頼ることのできる人間はいなかったのだ。


(´・ω・`)それにしても、帆世さん起きないっスねぇ。


彼はちらりと寝床の方を見やる。帆世の寝息は静かで、体の上には巫さんの上着がかけられていた。


「ぽよちゃんは、しばらく起きんじゃろナ。昨晩は気張っていたようじゃが、相当に疲れておる。我らがリーダーじゃ、寝かしておいてやろうノ。」


「ぽよさん、なかなか寝付けぬ私のために、昨夜は遅かったですから…。ふふ、たしかにリーダーを任せるなら、ぽよさんですね。」


ぽ、ぽよちゃん…こもじは頭を抱える。


帆世さんは、昔から本当に仲の良い身内には「ぽよちゃん」と呼ばせていた。しかし、それ以外の取り巻きが言うと、殺気と侮蔑と軽蔑と冷気をはらんだ、それは酷い目で見てくるのである。

彼にとって、帆世は娘ほどの年齢の少女だ。強く、聡く、そしてどこか寂しげな彼女を、彼なりに大切に思っていた。しかし、対面して「ぽよちゃん」と呼ぶには…どうにもむず痒い


帆世さん、帆世ちゃん、ぽよちゃん。なかなか定まらない呼び方に、いつも内心で困っているのだ。その時の雰囲気で呼び分けている





帆世が目を覚ましたのは、それからしばらく経った頃だった。

太陽が天頂に近づき、木々の影が短くなり始めた時間。


彼女は静かに身を起こし、まどろみを振り払うように小さく伸びをした。しなやかな動きだったが、彼女がどれほど疲れていたのかは、周囲の者たちには容易に察せられた。


「…んん、よく寝た。」


帆世はすっきりとした顔で呟くと、髪をざっくりと手櫛(てぐし)で整えながら、水浴びに向かっていった。


その間、残る三人は昼食の準備を進める。

焚き火のそばでこもじが手際よく串を回し、香ばしい匂いが立ち上る。


その朝、こもじが捕まえたのは、尾羽が鮮やかな模様を描くクジャクに似た鳥だった。


それはただの獲物ではなかった。

彼の前に立ちはだかったその鳥は、まるで誇り高き戦士のように鋭い目を光らせ、神速の(くちばし)を振るって襲いかかってきたのだ。嘴と居合が交差し、生きる糧を得た。どうもこの世界の動物は、地球のころから強さを求めて進化している傾向にある。


巫が湖畔の森を歩きながら採取したのは、鮮やかな赤と深い紫の実。

熟した木苺は太陽の光を受け、甘やかな香りを漂わせる。ブルーベリーの果実はずっしりとした重量感があり、指で摘むと果汁が染み出しそうなほど。


ハラフニルドは焚き火の近くに腰を下ろし、手のひらに摘んだ薬草を広げた。

彼女の知識は驚異的だった。数種類のハーブ、湖畔に群生するセリやオオバコのようなクセのないみずみずしい葉を選別し、即席のサラダを作り上げる。

焚き火の上でじっくりと焼かれるクジャクのような鳥の肉。その滴る脂を、さっと絡める。

肉の香ばしさと、ハーブの爽やかな香りが混ざり合い、まるで高級な料理のような風味が広がる。


「おいっしぃ~!幸せだわ♡」

帆世の体が、その栄養に歓喜する。昼食をとりながら、挑むべき領域(ダンジョン)が発見されたことを聞く。




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湖の波は、昼の陽光を受けてきらめいていた。澄んだ水面には、空の青と流れる白い雲が映り込んでいる。その縁に佇む四人の影が、湖の揺らめきと共にわずかに歪む。


昼食を終え、各々が装備を整える。こもじは腰の二振り、雲黄昏と兼長の刀を再び帯に収める。巫は手首に巻かれた神環の鈴を軽く指でなぞり、微かな祈りを捧げるような仕草を見せた。ハラフニルドの周囲には青白い霊魂がくるくると飛び回る。特別な装備を持っていないのは帆世だけだが、彼女はリアーナとサンティスからそれぞれ神具を奪っている。



彼らの目的地、封印洞窟は湖のほとりに静かに横たわっていた。

入口は不自然なほど暗く、湖の水が流れ込んでいるにも関わらず、その水はすぐに消えてしまうかのように見える。まるで、洞窟自体がどこか別の場所に繋がっているかのようだった。


巫は、一歩前へ出ると、静かに口を開いた。


「…この洞窟は、ただの自然のものではありません。」


彼女の視線は、洞窟の入り口に向けられていた。


「こうした封印領域は、内部が異空間になっていることが多いのです。入口の大きさに騙されてはいけません。中に入れば、広大な空間が広がっている可能性があります。」


湖の波音が静かに響く。誰もが、彼女の言葉に耳を傾けた。


「そして…」


巫は少し息を整えてから、再び語り出した。


「こうした領域は、その中心にある核によって成り立っています。核を制御することで、領域そのものを掌握できます。この中の誰かが、核を握りしめることで達成されるでしょう。」


こもじが腕を組みながら、洞窟を見つめる。


(´・ω・`)つまり、そいつを探し出せば、この領域を攻略できるってことっスね?


「ええ。でも…」


巫はわずかに目を伏せた。


「このような封印領域には、ほぼ間違いなく強力な怪物が存在します。領域の防衛装置として、あるいは、領域そのものを維持するために生み出されたものかもしれません。」


「うーん、面倒じゃノ。死が満ちるまで、大した援護はできぬが…しばし任せたゾ。」


ハラフニルドが軽く肩をすくめたが、その表情には不敵な笑みが浮かんでいる。力が使えないのは本当だろうが、不安は感じていないようだ。


「行きましょう。」


先頭は私。続いて、こもじ、巫、ハラフニルド。

三人は、それぞれ短く頷き、洞窟の入り口へと向かう。


湖の波音が遠ざかる。


冷たい空気が、洞窟の奥からゆっくりと流れ出てきた。


その足元へ、一歩を踏み入れる。


——湖の封印洞窟。いざ、探索開始。

展開遅くてすみません。帆世ちゃんが寝てるのが悪いんです。

え、帆世ちゃんはお前じゃないか?って?


そうです。作者が悪いです。

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― 新着の感想 ―
湖を背にした唯依ちゃん美しい...! そしてとうとう洞窟へ! その前に、帆世さんがゆっくり休めてなにより。
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