表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第四章 気に食わない運命は捻じ曲げましょう。
155/163

レオンの仕事

ニコ・キャリーは、客が引けたあとの山のような洗い物を前に、げんなりと肩を落とした。


今日は怖いマスターが不在で、少しは気が楽だ。しかしそれは同時に、“人手が足りない”という現実を突きつけられるということでもある。

アドベンティア屈指の人気店《DDD》。だが、その厨房を支える従業員は、マスターとニコのたった二人しかいない。


深刻な人手不足。とはいえ、この街では当たり前のことでもある。


わざわざアドベンティアまで来て、雑用に明け暮れたいと思う者などいない。

男ならダンジョンへ挑み、力と名声を夢見る。女なら身体を売って残りの人生を買うだけの金を求める。


男でも女でも、体ひとつで成り上がれるから、みな集うのだ。しかし、誰もが上手く行く訳では無い。


"Dirty dishes? Shut up♪"

(汚ねえ皿洗い? うっせえな!)


"Daily dogwork? Shut up♪"

(毎日の労働? うっせえな!)


ニコは、ぶつぶつと鼻歌のように呟きながら、皿を流しに突っ込んだ。冒険者が汚く残した脂塗れの食器が、ぬるま湯に浸かって泡を汚く濁す。


「はぁ~俺は何やってんだろなあ。こんな事なら……」


泡まみれの両手を見て、ふっと笑う。

グリッドから直々に連れてこられたアドベンティアに、心を熱くさせていたのはとうの昔。


飛行機の整備と操縦技術をかわれて、ダンジョンの中で冒険者を飛行機で移動させる仕事をしていたのだ。それなりの予算を注ぎ込んで行われた仕事だが、空中戦ができるわけではないため、次第に仕事は無くなっていった。


今では時折、キーンかグリッドの足になる時に呼ばれるだけで、毎日を酒場のバイトとして過ごしているのだ。


「はぁ~。shut up♪ shut up♪」


そんな陰鬱で堕落した精神で歌った曲が、冒険者達の間で少しウケていた。癖になる語感と、嫌な現実と、それを見下す暗い感情がプチヒットの理由である。


ふんふんふん……


『「Danger dungeon? Shut up」...てか?』


「え?」


自分しか居ないはずの空間で、歌声がハモって聞こえる。


誰だ!?


バチチ゛ッ


振り返る時間すら与えられなかった。

光と音が同時に弾け、背中に鋭い衝撃が走る。全身の筋肉が痙攣し、脳みそが真っ白に塗りつぶされた。

次の瞬間には視界がブラックアウト。膝から床に崩れ落ちた。


唸りを上げたのは戰装義手イクリプスコア。レオンの右腕は意思のまま操れる金属で細胞単位から構成されている。その義手に内蔵されたエネルギー変換機構により生み出された高圧電流が、ニコの背骨の神経節に寸分違わず叩き込まれたのだ。


「こちらレオン。一名確保した。尋問を開始するため、ウィンドウ機能をoffにしてくれ。」


『こちらUCMCシステム統括 齋藤です。対象ニコ・キャリーのウィンドウ機能を停止しました。どうぞ。』


これが秩序側UCMCの有する特権である。

秩序側とは何か――。かつてはアメリカ合衆国が握っていた、世界の根幹を構築する「ルール」を定める側のことを指す。


世界共通言語、核による軍事的抑止力、衛星を基盤とする通信網、そして情報インフラの中核を成す検索エンジン。かつて“国家”が握っていたそれらの秩序は、今やUCMCに完全に移管してしまっている。


言語翻訳、検索、位置情報、クエスト発効とリザルト、発現スキル……あらゆる機能がウィンドウに内包され、それによって全人類の行動が制御・補助されている。


帆世たち特級戦力もまた、現時点ではUCMC側についており、国家間の政治においても決して無視できない存在とかしていた。


「ん……痛っ……」


ニコが顔をしかめ、呻くように目を開けた。視界はまだぼやけている。痛む頭を触ろうとするが、そこで両手が縛られていることに気がつく。


「目が覚めたか。ニコ・キャリー26歳シアトル校外出身。Pittsburgh Institute of Aeronautics(PIA)に入学するもイジメにあって中退。間違いないな?」


辺りを見渡すニコに、軽いビンタが入る。頬を引っぱたくというよりは、頭を揺らすようなビンタだ。

怯えるニコに対して、レオンは淡々と、本人しか知り得ないはずの情報を話す。


「だ、誰かーっ!た、助けて!誰か来てくれええッ!」


「ふん。誰も来ねえよ」


ニコの声が厨房に虚しく響く。レオンは壁にもたれたまま、動じる様子もない。


「な、な……!きっ、君……警察だったのか!? 僕を、騙したんだな!?」


「おう、俺が警察に見えたか?ずいぶん素直な反応だな。

やましいことがある証拠だ。……ほら、全部話してもらおうか。知ってることをな」


「……っ……」


ニコは目を伏せた。だが、レオンの声が容赦なく叩きつけられる。


「目ぇそらすなよ。まだ言ってやろうか?

PIAを中退したあと、廃飛行機を拾って改造して、無許可で飛行。そのうち薬物と武器の運搬に手ェ染めて、今やしっかり指名手配だ。

……で、そんなお行儀の悪い整備士くずれが、なんでここで皿洗ってんだよ?」


ニコの頭が、謎の金属片でがっちり固定される。目の前のレオンは、静かだが容赦無い目つきでニコの目を見抜いていた。


レオンの肩書きは、元々デルタフォースの特殊部隊だ。その気になればあらゆるデータベースへのアクセス権を持ち、ウィンドウに映し出した人間の情報を閲覧することができる。


「……Fuck……!やっぱり、お前……僕を逮捕しに来たんだ……!ココなら大丈夫って言ってたのに...!」


ニコは焦りで頭が真っ白になっていく。金に目が眩んでカルテルの密売に噛んでいたが、指名手配を受けてしまってグリッドに泣きついたのだ。

それなら、と治外法権を確立していたアドベンティアの街で匿って貰えるようになった。体のいい奴隷という立場だが、その立場すら危うくなっている事に心臓がバクバク暴れる。


「俺がそんなショボい犯罪に手ェかけるか。手錠(わっぱ)|も持ってねえよ。お前みてえな三下がここで“消えて”も――

ウィンドウが切られてる今なら、誰にも気づかれねぇからよ。ダメなら他のやつを当たるぜ、てめぇみたいな犯罪者崩れが山ほどいるからな。」


ニコの顔から一気に血の気が引いた。

逮捕されることが最悪の事態だと考えていたが、それよりも遥かに危険な立場にあると理解した。


そういえば、ウィンドウを呼び出そうとしても出てこない。こんなこと、たとえアメリカ政府だって不可能な所業だ。


レオンの目には感情はなく、任務のためなら躊躇いなく命を摘み取る……という風に見えていた。


「何を言えってんだよ!?」


「あれ、まだ質問してなかったか?……ま、どうせ下っ端には、大事なことなんて言われてないよな。

本人に聞くからよ、てめぇのボスの場所を言えや。」


「……マスターはダンジョンに入ってる。どこを攻略してるのかは、門番にでも聞いてくれよ」


「舐めてんのか?てめぇのボスは、キーンとグリッドだろうが。この2人が何か企んでるってのは分かってんだ。さっさと場所言わねえと、皿洗いもできねえ体になるぜ。」


ビンタが一発。

レオンの声が低くなり、凄味が増していく。


だが、グリッドとキーンは街の英雄だ。彼らを売るなんて、絶対にできない!、そう心の中で誓う。


「そんな事言えるかよ……俺だってオメルタの一員だ。仲間を売るくらいなら死を選ぶ。さぁ好きにしたらどうだ!?」


「そうか。」


潔く開き直ったニコに対して、レオンは面倒くさそうに首を振った。




ーーーー




「ひっぐ……うぅぅ……僕は...ぐずん...」


数十分後、ニコは目を真っ赤にして泣きじゃくっていた。右手の中指が、ぐにゃぐにゃと曲がっており、白い骨のようなものが顔を出している。


「我慢できねえやつは、指一本で喋るんだよ。」


レオンの()()が効き、ニコは知っていることを洗いざらい全て話してしまっていた。断片的で粗悪な情報であるが、レオンの明晰な頭脳にかかれば十分である。


ニコの話と、事前に調べあげていた情報と、ルカから送られてくる情報。その全てを総合的に組み合わせ、アドベンティアの全貌と陰謀を脳内で四次元的に明らかにしていったのだ。



ここまでで聞き出した話を要約する。

・既に魔王城の攻略は終わっているが、キーンがダンジョン管理権を獲得し、現在も魔王城の拡充が進められている。

・グリッドも私兵の拡充と武器輸入を頻繁に行っている。

・凶悪なモンスターはキーンにより排除されている。


Q.ダンジョンの危険性はあるのか?

→即座に問題はない。

→ダンジョンの利活用のみが目的か、あるいは……


・グリッドが、キーンへの不平を口にしていたらしい。(二人が最近不仲に?)

・キーンは魔王城に住んでる。

・グリッドは魔王城のハズレの森に館を構えている。

・街の景気は頗る良く、民衆からキーン&グリッドへの不満は無いらしい。


Q.二人は誰と戦うために、戦力を増やしているのか?

→対モンスターではない。

→二人の戦力拡充の方向性が微妙にズレている。

→人間同士の争い、しかも外部への侵略ではなく防衛を目的にしている点では二人とも一致している。

→戦闘対象になる武力保持者は「キーン」「グリッド」「冒険者」の陣営しかない


・キーンとグリッドが関わった女冒険者が失踪している。

・キーンは黒髪のストレートロングヘアで、勝気な性格の女が好みである。

・椿真理が失踪している。

・魔王城に椿真理がいるかもしれない。(それっぽい姿が、飛行機から見えた)


Q.被害女性の特徴、その意味するところは?

→キーンという人物のプロファイリングに、合致する過去の犯罪者が……

→キーンの好みに合致する人物が、この街に……



「ったく...あの女マジでトラブルメーカーのスキルでも生えてるんじゃねえかな。」


思考の糸が、不明瞭なモヤを残しながらも、とある可能性を感知したようだ。レオンの脳内に一人の女性の顔が思い浮かび……( ๑❛ᴗ❛๑ )……さらに目まぐるしく回転し始める。


レオンが巡らせていた思考を、言語化するとこうだ。


(キーンとグリッドはほぼ確実に黒だ。この街で別格な強さを持っている二人が戦闘準備に明け暮れてるってなると、明らかに対象は外部勢力ということになる。そもそもダンジョン攻略者は、キーンとグリッド以外では三つのクランに限定される。俺ら含む全員が、キーンやグリッドと関係を持っていない。そうなると、最も目立ち、かつ情報に合致する特徴があるのは帆世静香しかいねえ。)


(キーンとグリッドの戦力拡充が、帆世静香を狙った物であるなら納得の準備だ。だが、そもそも、今回彼女が来たのは偶然にすぎない。本来であれば帆世静香がアドベンティアに訪れる理由は無いはず。それなのに、どうやって戦うつもりだったんだ?……なるほど、その為の餌に、椿真理を使うのか。)


(アドベンティアと帆世静香が戦っても、アドベンティア側に何のメリットも無い。さらに言えば、普通に考えたら勝ち目すら無いだろ。それがキーンとグリッドの不仲に繋がってるのか?だが完全に仲違いしていないのは、何か秘策があるからか?)


(ってか、対静香の罠の中を、静香自身が突き進んでるのはやべえだろ。戦闘になった時、確実に真理が人質にされるのも厄介だ。そうなっても負けるとは思えないが……逆に言えば暴走した静香や柳生先生を止められる戦力が居ないぞッ)


(帆世の侵入はまだバレてはない、と思いたい。奴らも、まさか呼んでもない静香自身が来てるとは思ってねえだろう。準備が出来ていない今がチャンスでもあるはずだ。今俺の持っている手札で、成すべきことは…………………………)


思考終了。

レオンは、キーンやグリッドなんかよりも、帆世静香と柳生隼厳の方が危険だと考えていた。

特級戦力である彼女達が、なにかのきっかけ(例えば人質の死)で精神的異常を起こした時、一体誰が制止させられるだろうか。

あの二人の力を考えると、この街の住人を根切りにすることだって可能なのだ。


「おいルカァ!緊急事態だ、すっとんで来い!」


ウィンドウを開き、ルカに通話を繋いで怒鳴った。


『!ルカです。何か分かりましたか!?』


リザの胸に抱かれながら、それなりに重要な話を聞いていたルカが飛び起きる。全裸で寝ていた二人だが、様子を感じ取ったリザが手早く支度を開始する。


「キーンとグリッドは明確に敵だと認識しろ。奴らの狙いは帆世静香だ。それに現時点で椿真理が人質になっている可能性がある!」


『……すぐに行きます!!』


ルカは装備を身につけると、すぐに宿を飛び出した。

幸いリザの宿はダンジョンゲートから近く、合流するまで時間はかからない。


「OK.good boyだ。俺らで迅速に真理を救出する。その後可能であれば静香達と合流だ。」


要点だけを伝え、レオンは気を引きしめる。

そしてDDDを出ようとした時、彼を引き止める声があった。


「お、おい!僕はどうしたらいいんだ!?」


声の主は、柱に縛られたニコだった。

手首に縄を食い込ませながら、ヨダレと鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔で必死に呼び止める。


「そこで祈ってろ。」


冷たく答えるレオン。

こんなグズを振り返る時間すら惜しい。


「そんなあ!?」


「オメルタの掟を破ったんだろうが。俺らが負けたら、マフィアの法の元、キツい制裁があるだろうぜ。それが嫌なら、俺らが勝つように祈るしかねえだろ」


オメルタの掟は、沈黙の掟。

味方の組織の情報を、外部に漏らしてはならないのだ。

それを、たった指一本で破ったニコに、明日は無いのだ。できることと言えば、レオン達が勝利して、温情でニコを解放してくれることを祈るしかない。




「飛行機借りていくからな。しっかりお前から借りたって言っとくぜ。じゃーな。」





ダンジョンに入ってしまうと、通信できなくなるのが、ウィンドウの弱点ですね。


ニコ・キャリーの犯した罪

1.無許可航空機運用、連邦航空法(Federal Aviation Regulations / FAA規定)

民事制裁:1回につき最大$250,000の罰金

刑事:最大3年の懲役+罰金


2.違法輸送

麻薬:21 U.S.C. § 841 / 960(Controlled Substances Act)

麻薬(コカイン・フェンタニル等)→ 最低10年〜終身刑(量による)

武器:18 U.S.C. § 922 / 924(Gun Control Act)

武器(大量 or 軍用)→ 最大10〜20年(再犯・組織犯罪ならさらに重加算)


3.密輸および国境違反

8 U.S.C. § 1324(Alien Smuggling)+18 U.S.C. § 545(Smuggling)

通常の物品:最大20年

※危険物・兵器等:最大無期(テロ関連法が適用される場合あり)


4.航空機の登録・偽装関連犯罪

49 U.S.C. § 46306

最大5年


以上の主な法律違反により、

「空を使った国際的な麻薬・火器密輸」として、DEAとFBIのW指名手配を受ける。


捕まった場合、20-40年の実刑に加え、テロ行為と見なされた場合には終身刑も有り得る重罪である。


稼いだお金は、風俗で少し遊んだら消えた。

今はその日暮らしのアルバイト生活。酒場で風俗嬢と喋る時が一番楽しい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ