酒場の花と蝶
性的描写注意
深夜であるにも関わらず、街は眠っていないようだ。
道を歩けば顔を赤らめた男ども達が、ビール瓶を片手に闊歩する。彼らの肩にはアサルトライフル、腰を見れば剣を下げており、ここが社会から随分と逸脱していることを示していた。
「凄いですね。」
「これだけ武器持った酔っ払いが彷徨いてるってのに、NYやロスより街が綺麗だな。」
「今はどこに向かってるんですか?」
「一番でかそうな酒場だな。ルカには、そこでひと仕事して貰うぜ」
レオンがそういうと、物陰で手早くルカの格好を整える。ミスチルシールドを見せびらかすように背負わせ、ポケットには100ドル札を鷲掴みしてねじ込む。
「これであの酒場の隅っこで飲んでろ。綺麗なネーちゃんが寄ってくるから、この街に来て日が浅いって言うんだ。あとは獲物がかかるまで好きにしてていいぞ」
「……カモにネギって作戦ですね。」
「やっぱりルカは頭がキレるな。後から俺も行くからよ。」
果たしてこの街に何が潜んでいるのか。もちろんアドベンティアが出現した当初から何人ものスパイが送り込まれている。しかし、どういうわけか、熟練の諜報員ですら確実に発見されてしまうのだ。
(嘘を看破するようなスキル持ちがいるんだろうな。)
ルカが酒場に入っていくのを見送りながら、レオンは行動を開始した。
今回の目的は以下の3つ。
1.街の秩序維持や支配している組織について
2.保有武力(武器と冒険者達)について
3.ダンジョンについて
制服やUCMCといった公的機関の介入を拒絶する一方で、ダンジョンを中心とした新しい経済圏を急速に構築していた。貿易ルートや武器輸出入により巨大な金と力が蠢く世界のブラックボックスになっている。
誰が、何のために、ダンジョン都市を運営しているのかを突き止めなければならない。ダンジョンが放置されてしまう場合や、ダンジョンで得た力を使って侵略戦争を起こすような場合が予測されていた。
「いっちょ仕事しますかね」
ーーーー
「へぇ~え ルカくんって言うんだぁ♡」
「一人で来たの?いくつ?」
「ニコー!! ルカくんにとびっきり美味しいご飯つくんなさい!」
ここは、アドベンティア最大の酒場《Dasty・Diamond・Dagger》通称DDDだ。こういう酒の場に慣れていないルカは、レオンに言われた通り店の隅っこに座っていた。
すると、来るわ来るわ…薄着に艶かしい四肢を惜しげなく晒し、甘ったるい香水のヴェールを纏った夜の蝶達。
荒っぽく埃臭い男どもひしめく酒場で、可愛らしいルックスと漂う金の匂いを合わせ持つルカの姿は、蜜たっぷりの花のように見えていた。
蝶が花に集まるように、いつの間にかルカの周りには三人の女性が座り、勝手に(親切に)料理やお酒を注文してくれていた。夜の街に経験が無いルカだったが、抜群にキレる脳みそと、女性に真摯な性格が功を奏してすぐに打ち解けることができた。
普段帆世やミーシャと一緒にいるから当たり前だと思っていたが、女性というのはダンジョンで鍛えるほど肌や髪質が良くなり美人になってゆくものだ。ここに集まる三人も程度の差はあれど、経験があるようだった。
「皆さん本当にお綺麗です。この街に来て一番驚いたのが、それですよ。」
「キャ〜!ルカくんだったら、あたしどこでもついてく~!」
「こーら、あんまりこの子達をからかわないの!ダンジョンに行けば綺麗になれるって噂は本当だったみたいね。無理言ってPTに入れてもらったりする子も多いけど、やっぱり危険はつきものさね。」
「リザさんは、自分でも戦えるのがすごいですよ…私なんてダンジョンの中で三人の相手させられたのに」
「どこのどいつだい、そんなバカは。今度まともなPTを紹介するよ。女だって出来ることは多いんだからね!」
三人のなかで、長い赤髪の女性はリザというらしい。なんでもそれなりの護身術を納めていて、序盤のフィールドでは問題なく戦えるという。
ダンジョンについてや、危ないPTについてよく知っており、色んな女の子の相談相手になるような面倒みの良い姉御肌な人物だった。
PTの細やかな物資の調整や装備の手入れ、医療的手当、偵察など力が無くてもできる貢献はある。この目の付け所と立ち回り方は、実際に力不足で悩んでいるルカの琴線にびしばし触れてくる。
「ちょっと~ルカくん?リザさんばっかり見ちゃヤーよ!」
「アハハ すみません。リザさんによく似た人を知ってて、つい考え事をしてました。」
「可愛い顔してるのに、意外と口は上手いのねぇ。その子の事が好きなんだ?」
「す、好きというよりは、俺の師匠みたいな人です!椿真理さんって言うんですけど、この街にも来てるはずで…」
リザが満更でも無いという顔でルカを見つめている。その視線に含まれるナニカがルカの感情をかきたて、頬を赤らめさせていた。
しかし、その様子をよく思わない人もいる。ダンジョン攻略が上手くいかなかったのか、腐れている連中の嫉妬を買ってしまったようだ。
「おうおう、リザよお。俺との約束をすっぽかしてこんなクソガキ相手か?」
赤ら顔で、でっぷりと腹が出た男が、酒瓶を片手にテーブルに近づいてきた。横にも縦にも巨大な男だが、近くで見ると決して肥満という訳では無い。
体は鍛えられ、彼の机には巨大な盾と剣が置かれていた。
「ちょっと髪引っ張らないでよ!約束なんてしてないし、あんた乱暴だから店出禁になったんだよ!」
ベンジャミンという男が、リザの長い髪を掴んで唾を飛ばす。
体格もさることながら、冒険者と風俗嬢では身体能力が段違いなのだ。それを自覚している男ならいいが、欲望のまま力任せにsexすると怪我ではすまない。
「ケッ 俺様に口ごたえするんじゃねぇ!!」
ベンジャミンが拳を振り上げた。
ーーーー
ほんの少し時間は遡る。
ひと仕事終えたレオンが、DDDの扉をくぐって入ってきた。レオンの視界には、ウィンドウが無数の情報を映し出している。
ターゲットは定まったようだ。
カウンターへ歩を進め、タイミングを見計らって声をかける。
「ちょっとそこの君。ウイスキーと、ハンバーガーをくれ。」
「はいよっ お客さん見ねえ顔だな」
レオンが声をかけたのは、メガネをかけた白人のボーイ。レオンが差し出した100ドル札を受け取り、お釣りを準備している。
「お客さん、釣銭だよ。」
「そいつは君へのチップだ。とっときな。」
「へへっ 気前がいいんだね。今日はしけた連中ばかりだから助かったよ。」
いつものマスターは、ダンジョンへ挑戦中。彼が振るうDiamond Daggerが不在となり、普段よりも客層は悪めだった。
「たしかに、ひでぇ客層だ」
「だけど、お客さんみたいなイケメンが来てくれると助かるぜ。美女が寄り付き、それを見た男どもが普段より奮発してくれっからな」
「あんな風にか?」
クイッと視線を向けると、正しくイケメン(ルカ)を美女が囲んでおり、その場所だけ店内が華やいで見えた。
「あっちのお客さんも見ねえ顔だが、知り合いかい?」
「いいや、知らんな。来たばっかりで知り合いも居ねえんだ。こんな所だと、色々暗い噂も聞こえるんじゃないか?」
「ええ、まあ、お酒とツマミと女を出せば、みんな口が軽くなっちまいますからね。」
「口は災いの元って言うな ハハハ」
「ハハハ」
追加で酒を頼み、その度に100ドル札で支払うレオン。店員の口もだんだん緩んでいくというものだ。
「君は女遊びはするのかい?」
「いいや、女はいらないよ。金がかかってしょうがないからね。金が稼げるってんで来たのに、今じゃ酒場のバイトでもしないと遊べないよ」
「そうか。俺とヤるか?」
「…………ゴクリ」
「ハッハッハ 冗談だよ 君面白いから、仕事終わったら付き合えよ。街を案内してくれ」
レオンがカウンターのボーイと約束を交わすちょうどその時、酒場の隅で一悶着起きていた。酔っ払った大柄な男が席を立ち、徐にルカのテーブルへどすどす足音を立てて近づいていく。
大柄な男が、女の髪の毛をつかみ拳を振り上げる。
ガシィ!
「て、てめぇ!?」
男の拳は、未だ中途半端な空中で止まっている。
「振り下ろさせませんよ。今なら、未だ何も起こっていない。今日は俺が彼女達を買ったんだ、大目に見てやってくださいよ、先輩。」
ルカが、涼しい顔で宣っている。実際には力は拮抗していそうだが、それを表に出さないあたりがルカらしい。
男を止めないと女が殴られる。
女を庇ってルカが殴られれば、女が負い目を感じる。
ルカが男を殴れば、今後の関係が拗れ、女に迷惑がかかる。
外様から来た立場をわきまえ、喧嘩が起きる前に納めてしまった。本来なら大暴れさせて、尋問の口実にしようと思っていたが、そのタネは別で仕入れている。
(助け舟もいらなかったな。)
レオンはルカに目配せし、カウンターに向き直った。
「みんなだいぶ酔っちまったようだ。今日は店閉めたらどうだい?」
「あ、ああ。そうだな。今日はお開きだ」
ーーーー
「人は見かけによらないもんだねぇ。ルカさん、ほんとは何者なんだい?」
ベンジャミンとひと揉めした後、ルカはリザを連れて夜の街を歩いていた。赤い髪の下には、長い切れ目が少しだけ緩んでのぞき、不快にならない絶妙な距離感で両腕を絡ませてしなだれかかるように隣を歩く。
「ハハハ……俺が誇れることは、人に恵まれる運ですかね。」
「それが一番大事かもねぇ。今日はうちに来なよ。どうせ泊まるとこ無いんじゃない?」
「いや……そんな訳には...」
「私の事を買ってくれたんでしょう? 責任もって、一晩つきあいなさいって」
リザの読み通り行く宛てなんて無い。レオンもまだ仕事があるため合流はできず、それに情報収集を行うことを考えればリザほど適任な人物も居ないのだ。
夜は誰しも口が軽くなる時間帯。その時間帯で生きてきた彼女は、アドベンティアの生き字引である。
ルカがもやもやと思考を巡らせている間に、リザはしっかりと腕を絡み取って道を進む。
(俺って推しに弱いのかな……)
気がつけば、ルカはふかふかのベッドに横になり、隣にはネグリジェを纏ったリザがいる。
「リザさんは、どうしてこの街に来たんですか?」
「……なんでなんだろうねぇ。生きるのに必死で、流されるままここまで来たってかんじ。」
「そうですか...。あの酒場で会った方はどういう方なんですか?」
「あら、私の事心配してくれてたんだ。ありがとね。」
リザが少し驚いた顔で、ルカを見上げる。
ルカの目的はなんとなく分かっていた。深夜に初めて街に来たような顔をしているのは変だし、素人とは思えない装備と実力があるのだからある程度察しは着く。
なのに、本題よりも自分の身を案じてくれている青年に、女としての心が擽られる。
「あいつはベンジャミン、まあよくいる冒険者の一人さ。ダンジョンにいくと、どんどん強くなれるだろ?それで力任せに、私達を抱くもんだから怪我しちゃうんだ。」
「それは……」
「ここじゃ良くある話さ。だから自分でもダンジョンに行って、鍛えないとね。皆が皆できるわけでもないし、暗い噂もあるくらいだ。」
「暗い噂?」
「ふふ……ピロートークには、まだシてないんじゃないかい?」
リザはニヤッと笑い、口を噤むと、ルカの体の上に乗るように密着した。
熱い肌が触れ合い、暴れる鼓動はどちらのものか分からない。
「いや、俺は!」
「好きな子がいるんだろう?女の扱い方を、ゆっくり教えてあげるから……」
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「若いって良いねぇ」
乱れたシーツの上で、半ば放心状態のルカを胸に抱えて頭を撫でる。じっとり汗をかいているのに、お互いの体温が完全に同調し、心地よい気分だ。
「そのまま、お聞き。」
リザが声をひそめて、ルカの耳元で囁くように語り始めた。
「この街は、グリッドとキーンの二人が支配している。きっと酒場にも、この部屋にも盗聴器がわんさか仕掛けられてるだよ。」
「!」
ルカが口を開こうとした瞬間、ぎゅっと頭を押さえつけられて、再び胸の間に沈められる。ちなみに、ルカは腕を回すとリザのお尻に触れてしまうため、わたわたと居場所を探してベッドの中で困っていた。
「グリッドとキーンは、間違いなくこの街の英雄だし、信奉者もかなりの数がいる。でもね、絶対に許せないんだ。……あいつらは、人を殺している。」
リザの話は、この街の深い闇に触れようとしていた。
ダンジョンに挑むのだから、少なくない数の人間が命を落としたり、行方不明になってしまう。それは当人の覚悟の上でもあるし、リザがどうこう言う問題では無い。
しかし、その行方不明者をよく調べると、とある共通点が浮かび上がってくる。
若い女性で、特に美しいロングヘアをしている子が、まるで狙われているように不自然な失踪をしているのだ。
「あの日、私と仲良かった子が言ってたんだ。“キーン様からダンジョンに誘われたの!”ってね。目をキラキラさせて喜んでた。でも、その子はいつの間にか街から姿を消していたんだ。……似たような話は幾つもある。」
夜の母として、アドベンティアの街を陰ながら支えているリザには、多くの筋から情報が集まる。それは女の子からの相談であったり、寝た男がぽろっと零す話だったり、様々である。
「それに、最近の様子はもっと変だ。居なくなる子が増えたし、キーンもグリッドもダンジョンに入ったまま、滅多に出てこない。絶対に、何かあるに違いない」
「ふがふが...」(リザさんはどうして街から出ないんですか?)
「アッ……んっ...」
「…………。」
「…………しかたないじゃない...私ばっかり五回もしてあげてたんだから...」
リザも、女である。
ルカに想い人がいると知って、一線を越えないようにシていたが、普段とは異なる行為のせいか体はいつも以上に反応していた。あと、ぶっちゃけルカという青年は顔も性格もどストライクだった。
「キーンは、女を側近に使うよ...どうやったか知らないけど、並の冒険者以上に強い子がゴロゴロいる。……女を見たら注意しときなよ」
「女性、ですか…俺に区別がつくかどうか...」
「見分ける方法、知りたいかい?」
「あるんですか!?」
「……私の胸を見てみな」
ルカがベッドの中でごそごそと動き、リザの豊かな双丘が露になる。
「……綺麗、です」
「ばかばかっ そうじゃなくて……いやありがと...」
「...え、あ、はい...」
「持ち上げてみてみな。右の下乳にホクロがあるだろ?」
「...ありました。」
「私と仲の良い子達との合言葉があるのさ。
『赤い髪』といえば『右の黒子』ってね。」
リザと仲の良い子、それは実質的にアドベンティアの全ての夜職の女の子と同義である。キーンの側近がいくら巧妙に潜んでいても、女の結束という点においてはリザを超えることはできない。
「ありがとうございます!」
「ルカくん、君はキーン達とぶつかっちゃう気がするなぁ……。彼らは、信じられないくらい強いよ。無理せず逃げるのが、人生長生きするコツだからね。」
「うちの人達の、信じられないような人ばかりですから。勝つ時も、逃げる時も、ここに迎えに来ます。」
「…………待ってるよ。最後に一回、キスしてよ」
リザは自分がほとんど堕ちかけていることに気が付き、内心苦笑いを浮かべていた。
(迎えに来るって、常套句じゃないか……何を期待しているんだか...)
ただ、別れる前にもう少しだけすがりたかった。
ライザ・ミラー
通称リザ 、25歳。良い意味で歳上に間違われる性格。
デトロイト郊外のスラム育ち、育ての祖父を養うため幼い頃から色々な仕事をしていた。清濁併せのむ度量と、何でも相談出来る包容力があり、彼女がいるだけで人間関係が大幅に良くなる。
人生逆転をかけてダンジョンに行く子が多く、それに引っ張られる形でやってきた。
ルカに対しては自分と真逆の育ちの良さを感じつつ、その心に抱える闇を見つけてしまった。母性本能をくすぐられつつも、肌を重ねることで(一線超えてないよ!)思ったよりも男性として意識することになる。
「だって五回よ、若いにしても、ねえ?」
蝶は花から蜜を吸い、大変満足していたというお話。




