潜入!アドベンティア
「One minute!」(1分だ!)
「「OK One minute!」」(1分了解!)
「キュルキュィ!」
爆音響く飛行機の中、レオンが負けじと大声で叫ぶ。デトロイトシティ上空超高高度で、あらゆるレーダーをかいくぐった隠密潜入作戦が始まろうとしていた。
レオンに続いて、帆世・ミーシャ・ルカ・柳生師匠……あと帆世に抱かれたアークが合図を返す。
「こいつをッ」
「これは何!?」
「舌を噛み切らねえようにだ!」
レオンが黒いマウスピースを全員に配り、飛行機のハッチが開いた。吹き込む冷たい暴風、深夜の闇の中地表の明かりが地球が丸いことを教えてくれる。
「俺に着いてこいッ 絶対に離れるんじゃねえぞ!?」
「「Sir Yes sir!」」
「ホッホ この歳になっても初めての事だらけじゃのぉ」
「キュイッキュー」
(こいつら大丈夫かな……)
レオンは、緊張しているのは自分だけなんじゃないかと内心不安を感じていた。戦闘力でいえば一騎当千のメンバーだが、なんの訓練も受けず高高度降下作戦を遂行するというのに、ピクニックに行くようなウキウキ顔である。
だが、降下の時間が来た。
ハッチの上部に捕まり、帆世達にダイブのタイミングを伝える。
「Go!Go!Go!」
レオンの叫びを合図に、ひとり、またひとりと機体から宙へと身を投じた。
地上2万7000フィート。気温は氷点下、風速は跳ねるように体を揺らす。だが彼らは迷いなく、深夜の空へと飛び込んだ。
瞬間、世界が無音になる。
それまで鼓膜を揺らしていたエンジンの爆音が、嘘のように消えた。乗っていた飛行機が再び加速し、あっという間に視界から消えたからだ。
だがそれも飛び降りた瞬間の話であり、続けて落下速度が上がるにつれて空気が鼓膜を遠慮なく叩く。
帆世達は両腕を広げ、風を切りながら落下姿勢を安定させた。体をわずかに反らし、腹を下にして、両足を揃える。目を開けば、デトロイトの街灯が闇に線を描き、ゆっくりと地表の形を変えていく。ビル群の光と川の流れ、そして彼らの目標地点ダンジョン都市アドベンティアを囲む壁の内側を目指して落下位置を調整する。
「右に寄れ!5度!風が流れてる!」
空中で斜め後方にいたレオンが叫ぶ。
全員が体を捻り、右肩を落として進行方向を微調整。風は北西から。放っておけば目標より2ブロック先に流される。
「ギリギリまで引き付けてから開くぞ!」
開く、とはパラシュートのことである。
レオンは冒険者たちの目につかないように、滞空時間を限界まで短くしようとしていた。
「今だッ 開けッッ!」
ただでさえ高度の読みは難しいのだが、今は真っ暗な闇夜に紛れての行動である。鍛え上げられた降下技術と、強化された視力を総動員させてドンピシャのタイミングで合図をだした。
パラシュートが空気を掴み、体が大気中で引っかかるような感覚を覚えた。バシュッという展開音が五つ聞こえ、仲間全員が順調に開いたことがわかった。
大幅に減速すれど、なお落下する体はそれなりの速度を持っている。ぐんぐん地表が迫り、レオンは両足を揃えて着地の体勢へ入った。
「着地準備!膝を折って体を丸めろ!」
着地に際して、困るとは思っていない。この程度の速度、頭から突っ込んでも怪我しないような連中を連れているのだから。
レオンは体に染み付いた通り、両脚を揃えて着地し、そのまま脛・尻・背中・肩の順番に接地させ、くるりと一回転して体勢を整える。
「全員いるな!? パラシュートを畳んで埋めるぞ」
「中々楽しかったわぃ」
( ๑❛ᴗ❛๑ )キュルルン
「キュル!?」
「おい静香、頼むから人間の言葉で話してくれ」
何がキュルルンじゃ。
急に帆世がドラゴン語を話し始めたせいで、ドラゴン自身がびっくりしている。意外と表情のある爬虫類だ。
( ๑❛ᴗ❛๑ )キュィ?キュルルンキュイキュイキュゥ
「帆世さんは、『聞き取れないの?このドラゴンはあっちに行きたいみたいです』と仰っています。」
「あ、ありがとう。ミーシャは凄いんだね...」
レオンは諦めた。
ちなみに、帆世静香の喋っているドラゴン語はテキトーな思いつきである。何故かミーシャに伝わったせいで、帆世自身やめ時を失いそうになっていた。
「あっちというと、方角的に都市中心部。つまり、ダンジョンの入口を指しているのではないでしょうか?」
ルカがウィンドウを回転させ、ドラゴンの向いている方角をマップ上に展開する。同時に自分と柳生師匠のパラシュートをコンパクトに畳んでいた。
経験こそ少ないが、抜群のIQと手先の器用さ、クランメンバー最年少として染み付いた丁稚精神が遺憾無く発揮されている。
「ルカ、お前が来てくれてマジで嬉しいよ」
「?」
個性豊かすぎて纏まりが無く、何をやっても目立ちそうな集団を率いての隠密行動だ。
帆世は世界規模の厄介事を数珠繋ぎにして持ってくるトラブルメーカーだし、柳生隼厳は抜き身の刀のような鋭い気配をビシバシ発している。ミーシャは普段は良い子だし頼りになるが、こと帆世絡みとなると狂人の域に行ってしまう。
まともなのはルカだけだ。レオンと並ぶ知能指数を持ち、会話が非常に快適に成立する。この素直な少年のことが、まるで弟のように感じていた。
「レオン、このまま街に行くのー?アークちゃんが暴れるんだけど」
ようやく人間語を話してくれた帆世。たしかに、彼女の腕の中でドラゴンのアークがバタバタと動いていた。
「まずは市内での情報収集をする予定だったが……お前らには無理な話か」
( ๑❛ᴗ❛๑ )ぽよたん、できるよ?
「よし、ダンジョンに入る組と、情報収集を行う組で二手に別れよう。情報収集は、俺とルカだ。ダンジョン組は静香、ミーシャ、柳生先生にお願いしたい。」
「うむ。どうやら、この地には鉄と戦の臭いが漂っておる。楽しそうじゃわ」
「できるだけ目立たぬように...お願いしますね。」
そう言って、レオンは灰色のマントを羽織ると、一瞬でどこにでも居そうな平凡な男の姿に変わる。“饗宴変衣インクヴェール”を試しに着せてみたのだが、たった数時間練習しただけでマントを自分のモノとして使えるようになったのだ。
「レオン、よく使えるわね。そのマントは、今回のお礼にあげるわ。」
「随分気前がいいんだな。ありがたく貰うけどよ、国家機密並のトンデモ性能だぜ、これ。」
「いいのいいの、手元に置いておくと危ないから……。ルカも頑張ってきてね。調査が終わったらダンジョン内で合流しましょ」
「はい!レオンさんの邪魔にならないように頑張ります!」
ーーーー
「さ、行きましょー!」
帽子を目深に被る以外、堂々とした態度で道を歩く。背負った鞄の中でアークがモゾモゾと動いているが、さすがに街中で出す訳にもいかない。
初めて見るアドベンティアの街は、陽気な下町のようで、夜なのもあってか酒場のネオンが煌めいている。街ゆく人は巨大なロングソードを背負っていたり、ジャラジャラと弾丸の襷を体に巻き付けていたりと戦闘職が目立つ一方で、彼らを誘惑する女性が蝶のようにひらひらと舞っている。
「ルカやレオンに変な虫がつかないかしら...」
「ルカなら大丈夫だと思いますよ。」
「うーむ、儂は真理が元気にしとるか心配じゃのぅ」
「師匠でも心配になることあるんですね、とこもじが言ってました。」
「こもじは別に心配要らんじゃろ。紛争地帯の真ん中で置き去りにしても帰ってくるくらいじゃし」
「ライオンの群れに放り込んでも大丈夫そうですよね。」
「うむ。尻を噛まれただけで、大丈夫じゃったぞ。」
「アハハハ」
「ウワハハハ」
楽しそうな帆世を見て、ミーシャもまた目を細めるのだった。
(´・ω・`)へっくちゅ。
ただ、ダンジョンに近づくにつれて空気が変わるのがわかった。家や酒場に代わって巨大な倉庫が並び、入口からチラリと見えるのは黒光りする武器の山。
肩にアサルトライフルを引っ掛けた黒人の男が、定期的に巡回しているのが見える。
「あそこですね。」
ダンジョンの入り口が見える距離まで来ていた。だが見張りの男が二人いて、遠目からでもそれなりの手練であることがわかる。
「今、顔を見られるとレオンに怒られそう」
「隠れていきますか?ゲート直前で瞬歩を使えば、顔は見られないと思います。」
帆世は悩みながら、ダンジョンにはいるルートを思案する。そうしている間に、アークの動きがより激しくなっていった。
「儂について来なさい。こういう経験は、何度かある。」
そう言うと、柳生隼厳が前に立ち、まっすぐゲートに向かって歩き始めた。世界中を巡って修行の旅をした師匠のことだ、さすが交渉術に長けているとみえる。
「なるほど!さすがは師匠!」
ゆっくりと歩き、ゲートの入口に達する 。
「おい待ちな。許可証を忘れてるぜ」
顔に刺青をいれた男が、面倒くさそうに呼び止めた。
(街にも入る制限つくるのに、ダンジョンにも入場許可証がいるんですね。)
(ねー。忘れたって言えば入れてくれるかな。あとはやっぱり賄賂とか?)
「ホッホ よく御覧じなさいな」
師匠が腰に手をやり、ごそごそと許可証を取り出そうとする。
見張りの男達がガムをくちゃくちゃ噛みながら、「こんな老いぼれがダンジョンに入っても、葬式が早まるだけだぜ」とせせら笑っていた時。
――【夢想無限流 夢想斬影】――
気がつけば、その老人の手には、いつの間にか刀が握られていた。頬の緩みは消え、温和な表情は凍りついた面相へと変わり、まるで悪鬼羅刹の如き威圧が全身から滲み出る。
ゆらりと刀が振り上げられた。
「ヒィ……ッ!?」
見張りの男は叫ぼうとしたが、声帯が麻痺したかのように音は出ず、ただ喉がかすれ、空気だけが漏れる。震える眼前には、信じがたい地獄絵図が広がっていた。
「ふぅむ……許可証はコレじゃったか?」
老人の手に握られているのは、まさかの自分の右手首。
「W..why...?」
慌てて自分の腕を見ると、そこには本来着いているはずの手首が無く、血を吹き出していた。
頭がおかしくなってしまったのか、見る見る間に男たちの両手両足が紙細工のようにバラバラに裂け、最後に冷たい刃が、ぬるりと喉元へ滑り込んでくるのを感じた。
その冷たい刃を知覚した瞬間、彼らの意識は、黒泥のような闇へと沈んでいった。
「先へ進もうぞ。」
「え、あっ 先に言ってくださいよー!」
帆世が我に返えると、ゲートの横で門番が二人重なって気絶していた。
たった今見た幻影が溶け、バラバラに切断されたはずの体には傷ひとつない。
「ミーシャ、起きてー。」
目がぼんやりと幻影に取り込まれ、表情を失っているミーシャ。
( ๑❛ᴗ❛๑ )いいこと思いついちゃった
そのミーシャのお尻に手を伸ばし、ひょいっとお姫様抱っこをする。柔らかな体は羽のように軽く、距離が密着することで花の香りが鼻腔をくすぐった。
「ひゃ!あれ、あれ?」
流れるようなセクハラによって、ミーシャが覚醒する。まさか自分が抱き抱えられてるとは思わず、従者として主人の手を煩わせている現状に顔が赤らんでいく。
「す、すみません!すぐに降りますから!」
( ๑❛ᴗ❛๑ )もみもみ
しかし、帆世は、絶対に逃がさない構えで抱き抱え、そのまま堂々と歩いてダンジョンゲートをくぐった。
入った先には広大な草原が広がり、所々焼け焦げた後が見える。遠くには森が広がり、ちらほらと冒険者の姿もあった。
「キュイッ!!」
「ちょっと アーク!」
カバンから飛び出した幼きドラゴンは、どこか焦るように空中で旋回を始める。
そして、どうやら行き先が分かったらしい。鼻を押し当て、風を纏ってぐいぐいと体を押してくる。
「わかったから!一体何が待ってるのかしらね?」
ドラゴンに急かされるままに、帆世達は草原を疾駆する。