ただいま我らがクランハウスよ!
第四章 気に食わない運命は捻じ曲げましょう。
開幕です。
エギルの仇討ちは思ったよりも壮大な結果となり、ウンディーネの親子と不死の呪いを受けた青年を伴って、元凶たる黒き大猿を斬るに至った。
討伐に成功したのは、階層で言えば第二十層。前回から五階層の攻略に成功したことになる。
帰還ゲートをくぐった先に待っていたのは、いつもの無機質なUCMCの施設ではない。手に入れたばかりの“クランハウス”──私のクラン“英雄の戦場”専用の新拠点である!
( ๑❛ᴗ❛๑ )家があるって、さいこー!
まだ設備は揃っていないが、それでもダンジョン一つを丸々転用した巨大な建築物である。建物と敷地を合わせれば、田舎の小学校ほどの広さはある。広い玄関ホールの空気は新築特有の木材と塗料の香りが混じり合い安心感を与えてくれる。
私はその香りを鼻いっぱいに吸い込み、まずは汗を流そうとシャワールームへ直行した。
装備を手早く外し、服を床に脱ぎ捨てる(※ミーシャがあとで回収して洗ってくれる。毎回本当に感謝してる)。そのまま真っ白なシャワールームの扉を開き、勢いよく中へ。
( ๑❛ᴗ❛๑ )ふんふんふふ~ん♪
鼻歌交じりにシャワーの取っ手を回す。
水が出ない。
あれ...?
取っ手を何度回しても、キュキュキュ……という空回りの音だけが響き、肝心のお湯はちっとも出てこない。
( ๑;ᴗ;๑ )ミーシャー、シャワー壊れたよぉー、、
数秒後、足音がぱたぱたと近づいてきた。
「はーい、どうかしまし──って、わあっ!?」
ミーシャが扉を開けて0.5秒、事態を理解した瞬間に声だけ残して顔を引っ込め、次の0.5秒でバスタオルを持って再び帰ってくる。
その間、私は裸。手にはシャワーのノズル、もう片方の手は空虚に居場所を失ってる。テキパキとミーシャにタオルで包まれ、成されるがままである。
「お湯が出ないんですね?」
( ๑❛ᴗ❛๑ )ぽよ~
ひねって見せると、やっぱり“キュキュキュ”という無慈悲な音しか返ってこない。
ミーシャが用意してくれた服を着て、クランハウスの見回りに行くことになった。
「水はダメ、電気も通ってない、鍵のあかない部屋もある......と。」
ミーシャは手元のウィンドウに現状を打ち込みながら、静かに状況を整理していく。私はその隣で肩を落としつつ、廊下の先を見つめる。
一旦全員集合だ。
男達を呼び、五人そろって入れる部屋のテーブルを囲んだ。
「クランハウスの機能が、殆ど停止しているみたいです。」
ミーシャが調べた内容を報告する。
(´・ω・`)あんら~。こもじはお家に帰ろうかな~
「えーっ こもじさんの家は、ちょっと暑いですよ...」
訴えるルカ。
頷くエギル。
ダンジョンを利用して作ってもらったクランハウスだ。困ったら作った本人に聞いてみるしかない。
「真人に聞いてみるから、ちょっと待ってね~」
(TEL中)
真人へ連絡すると、すぐに応答があった。日夜、膨大な業務を処理している彼は、どの時間帯であっても必ず起きている。もはや睡眠の概念があるのか疑わしい。
そんな“人類で最も忙しい男”に、まるで大家さんに相談でもするかのように連絡を入れる事に、申し訳なさがこみ上げてくる。
『えええ!? 本当にクランハウス機能が止まってるっ えーとえーと、成程分かりましたッ 』
「...忙しい時にごめんね?」
『とんでもない!帆世さん達には頭が上がりませんよっ 原因が分かったので共有しますね』
ウィンドウが瞬き、真人からダンジョン管理者情報へのアクセス権が付与されたことを告げられる。こんな気軽に貰っていい物か分からないが、ダンジョン一覧が示される。
《第一創造領域》通称UCMC本拠地
管理者:真人鷹平
《第二創造領域》通称クランハウス英雄の戦場
管理者:真人鷹平
共同管理者:帆世静香(new)
《進化の箱庭》
管理者:不明
アクセス権無し
《第五試練領域》通称アドベンティア
管理者:セオドア・ロバート・バンディ・キーン
《第六試練領域》通称ドラゴンズネスト
管理者:セオドア・ロバート・バンディ・キーン
《第八試練領域》通称無限回廊
管理者:シランガナクジラ
アクセス権無し
なるほど、私達のクランハウスは、《第二創造領域》というダンジョンに相当するらしい。そこの共同管理者に任命されたことで、ダンジョンに関する情報を閲覧出来るようになった。
なったが......ついつい他のダンジョンも気になる。
《第五試練領域》と《第六試練領域》というダンジョンに同じ名前の管理者が居る。セオドア・ロバート・バンディ・キーン...どこかで聞いたことがあるような、ないような。アドベンティアは、たしかアメリカにできた巨大なダンジョンだったはずだ。
最後の項目にも目を奪われる。レオンと攻略したはずの無限回廊が《第八試練領域》として復活しているではないか。報酬も美味しかったが、何より他と隔絶する極悪難易度だった。他に無限回廊を攻略できる人間がいるだろうか?
こもじ→飽きっぽい
ミーシャ→行くなら一緒に行きたい
ルカ→回復持ちは良いけど、後半に連れて攻撃力が不足するかも
エギル→怪我しても大丈夫なのはかなり適性高い
ぽよ→ぶっちゃけ二度目は行きたくない
師匠→120歳の御老人に行かせるわけには......
レオン→もう行かないと言っていた
エリック→任務と言えば攻略しちゃいそう
リリー→ルカと同様、後半しんどいだろう
アイザック→何だかんだ前向きに頑張りそう
真理姐ぇ→そういえば、真理姐ぇは何してるんだろ?
『もしもし?僕そろそろ会議でっ汗汗』
「あ、ごめんごめん。私も後で会議顔出すね!頑張って~」
つい思考の渦に入っていたようだ。真人の声で我に返り、一旦通話を切る。今考えるべき問題は、さしあたって我らがクランハウスの機能不全だ。
( ๑❛ᴗ❛๑ )さてさて、皆さん注目ぽよ
クランハウスの情報をウィンドウに表示する
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《第二創造領域》通称クランハウス英雄の戦場
管理者:真人鷹平
共同管理者:帆世静香(new)
カテゴリーA:戦闘クエスト達成数1000以上
訓練所1-10を解放しました。
進化の箱庭ゲートを解放しました。
特別戦闘クエスト達成数50未満
解放コストが不足しています。
バトルログ再現機能off
貢献度順
帆世静香
(´・ω・`)
ルカ
ミーシャ
エギル
カテゴリーB:基幹クエスト達成数3未満/month
維持コストが不足しています。
エネルギー炉を閉鎖しました。
居住区を閉鎖しました。
会議室を閉鎖しました。
アーマリールームを閉鎖しました。
カテゴリーC:ユニーククエスト達成数20未満
解放コストが不足しています。
領域改変機能off
他領域接続機能off
世界間転移機能off
・
・
・
・
~~~
~~~
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( ๑❛ᴗ❛๑ )どゆことぽよ?
(´・ω・`)難しいことわからんちん
ぽよたんは、何か家電を買った時に付いてくる説明書を読まずに捨てるタイプである。こもじは、読まないが一応どこかに納めておくタイプである。
何が言いたいかというと、二人とも差し迫って危険が感じられない時、細かく膨大な説明を見ることが嫌いなのだった。どーにかなる、困ったら考えたら間に合う。そういう気質なのである。
「ふむふむ。なるほど、ダンジョンに内包される様々な機能を、解放するための条件が設定されているようです。クエストの種類と、機能が紐付けられているんですね。」
ルカが事も無げに説明してくれる。
ウィンドウを高速スクロールしながら、一言一句全てを読んでいるようである。生まれながら持ち合わせた抜群にキレる脳みそが、二十年間の人生で磨かれた結果、こと学問においては大変秀でた能力を有していた。
「クエストってぇのは、モンスターをぶっ殺すやつだろ?貢献度順を見れば、うちのお頭が一番に来ているぜ。その後の順番を見るに、仲間に加わった順で決まってるようだ。」
エギルも真面目に読み込んでいる。
「それは“戦闘クエスト”の中の“特別戦闘クエスト”に分類されているみたいです。他にも“基幹クエスト”、“ユニーククエスト”もあってそちらは極端に遂行数が少ないですね。詳細を見れば、各々の達成したクエスト数が見れますよ。」
「なるほどな。“ユニーククエスト”を見りゃあよ、ミーシャがヤケに貢献してるみてーだな。結構バラツキが大きいが、どうなってるんだ?」
( ๑❛ᴗ❛๑ )ぽよ~
「もしかして、コレの事でしょうか?」
《ユニーククエスト:攻略☆帆世静香》
≪達成≫帆世静香に好きな物を聞く
≪達成≫帆世静香と水族館に行く
≪達成≫帆世静香の好感度100/100
≪達成≫帆世静香に■■をしてOKを貰う
≪達成≫帆世静香と夏祭りに参加する
≪達成≫帆世静香とペアルックアイテムをそろえる
≪達成≫帆世静香と手を繋ぐ
( ๑❛ᴗ❛๑ )なにこれ~
「...これでユニーククエストが進行するのか。よく分からんが、とにかく良いことなんじゃねえか?」
「ありがとうございます。帆世さんとこもじさんも真面目に参加しましょう」
(´・ω・`)ほらほら、ぽよちゃん。ちゃんと読まなきゃだめでしょ!
( ๑❛ᴗ❛๑ )!?
こもじに裏切られ、傍観者モードから会話の輪に引き戻される。こもじは相変わらず、こもっと座っている。
「ぽよたんは、《邂逅》《悪魔降臨を阻止せよ》《大いなる情報体と出会え》《仮面の選定》があるぽよね」
「俺が思うに、ユニーククエストは相当限定的なクエストです。未解放の機能も、他の昨日とは別格です。今後も積極的に進める方針が良いと思います。問題は基幹クエストですね。」
司会役は、ルカに任せた。
適材適所、有能なルカちんが居て、ぽよたん嬉しい。
「たしかに、基幹クエストが足りていないことで、シャワールーム含む殆どの基礎設備が使用できなくなっています。」
ミーシャたんも、丁寧に見ていて偉い。
シャワールームとかお風呂が使えないのは、非常に大きな問題ぽよ。...で、基幹クエストってなあに?
「ルカさん、基幹クエストとはなんでしょうか?」
ミーシャが、私の代わりに質問してくれる。
「基幹クエストというのは、システムから発効されている無数のクエストの事でしょう。簡単なデイリークエストから、国単位で取り組む大掛かりな事業まで多種多様です。」
(´・ω・`)これやりたいっす
《デイリークエスト:迷子の迷子の子猫ちゃん》
京都府左京区で迷子になった子猫の捜索。
達成条件:子猫の発見 または 2時間以上の捜索
「なにそれー!ぽよたんもやりたい!」
こもじが、デイリークエストを見ていた。一応会議に参加する意思はあるようである。
「俺たち、ずっと戦闘ばかりでしたから、こういう基幹クエストには殆ど関与していなかったんですね。厄介なことに、毎月決まったクエスト数をこなさないといけないみたいです。手分けしてポイントを稼ぎに行きましょうか?」
非常に前向きで、適格な提案である。特に異論が出るはずも無く、帆世達は二手に別れてクエストをこなすことにした。
ピチピチーム:ルカ、ぽよ、ミーシャ
おっさんチーム:エギル、(´・ω・`)
事情を理解しているのが、ルカとエギルなのだ。
この二人を臨時リーダーとして、あとは一応戦力を考慮してそれぞれが着いた。
「よろしくな。デイリーの中で、比較的高ポイントなクエストがあったぜ」
《デイリークエスト:護れ京の街》
達成条件:京都市内で発生している喧嘩の仲裁 または 該当エリアの巡回
強面な二人にぴったりなクエストである。一区画巡回する事に1ポイント貰える上に、喧嘩の仲裁をすることでボーナスがつく。エギルが地図を広げ、繁華街を中心に巡回ルートを組み立てていった。一方、こもじは眉を八の字に垂らしてしょんぼり呟く。
(´・ω・`)ねこちゃん...
「こもじ、巡回ルートの最初が、子猫捜索クエストと被ってるぜ」
(´・ω・`)ねこちゃん!
なかなか仲良しな二人である。
ーーーーー
( ๑❛ᴗ❛๑ )てくてくてく
「こうして三人で歩くと、夏祭りの日を思い出しますね!」
( ๑❛ᴗ❛๑ )たしかに。まずは美味しいご飯屋さんでも探すぽよ
三人はUCMCから出た後、お昼ご飯を食べていた。本日のランチは、ルカが目星をつけていた本格イタリアン料理。緩やかに流れる水路を眺めながら、ビュッフェ形式の本場の味を堪能する。
ちなみに、私はお皿に盛り付けるのが大変苦手だ。普段から自炊ばかりであり、オシャレな食事にいくような友達も居ない。それで困っていると、ミーシャとルカがテキパキとお皿に盛り付けて運んでくれた。まったく、良く出来た子達だ。
食事の後、私達が向かったのは桜重工の本社。
日本最大手の重工系企業であり、そこの技術部長の鷲見誠一氏と懇意にしていた。
さすがは大企業。天を衝くガラス張りの巨大なビル、出入りする人達の身なりもパリっと整っているように見える。だが、それでいて無駄なく実直な印象の建築は、桜重工の在り方を示しているようだった。正面ゲートを抜け、1階の受付嬢に話しかける。
「帆世静香ですが、技術部長の鷲見さんと繋いで頂けますか?」
「!」
ピクンと全身が固まる受付嬢さん。よく見ると、名札には【見習い中】と小さく書かれていた。
「ゆっくりで大丈夫ですよ~」
「ほ、帆世様ですね!? 技術部長の鷲見に連絡致します!」
見ていても分かるくらい、指先が小刻みに震えながら、モニターを操作している。これなら、個人でアポ取って置けばよかったなあと、少し反省しながら苦笑いを浮かべて待つ。
「えと...えと...あれれ...鷲見さんいない...(泣)」
待つこと三分、何故か名前が見つからず、目を潤ませる受付嬢さん。どう声を掛けようか迷っていると、奥の通路から現れた人が、彼女の肩に手を置いて私に挨拶をしてきた。
「帆世様、ご無沙汰しております。私、技術部長から副社長に昇進することになったのですよ。」
「それは、おめでとうございます!今日は突然すみません」
奥から現れたのは、桜重工の鷲見誠一氏本人だった。どうやら会話を聞いていた他のスタッフが、鷲見氏に直接連絡を入れていたようだ。泣きぐずる彼女を宥め、そのまま鷲見氏に続いて本社の応接室に通される。
「社員教育が至らず、申し訳ございませんでした。」
「いえいえ、私が“技術部長”と伝えたから、勘違いさせてしまったようで。紹介します、うちのクランメンバーのミーシャとルカです。」
応接室で頭を下げる鷲見氏。初めて会った時から腰の低い方であるが、最近はどっしりとした風格も出てきている。実直で穏やかな性格と確かな技術、更には飽くなき知的好奇心を併せ持っている優秀な人間である。
紹介されたミーシャとルカが、それぞれ挨拶を簡単に済ませた。
「鷲見さん、色々素材送ったけど、使えそうなのありました?」
鷲見さんも忙しい身だ。早速本題に入ろう。
「大変貴重な素材ばかりで、我ら技術部総出で取り組んでおります。加工が間に合ったのが、この三点。」
・饗宴変衣インクヴェール
・ミスリルシールド「咬」
・ミスリルシールド「祈」
応接室に、大きな箱が三つ運ばれてくる。
「うっわー、懐かし!」
私は箱にしまわれているマントを手に取った。
思い出すまでに少々時間がかかったが、ようやく完成したのかと驚いた。時は半年遡って、場所は中国の山奥。“奈落の獣喰”というダンジョンで仕留めた巨大なタコである。
「随分お待たせしました。本当に難しい素材でしたが、我々桜重工が、アメリカよりも早く加工に成功することができました!」
鷲見の目に、技術屋としての自負と喜びが光る。それほどまでに、素材の解析と加工に並々ならぬ困難があったことが読み取れる。
一見したそれは、くすんだ灰色の塊である。まるで長い時間を経た包帯か、雨ざらしになった古布のように無骨で、地味で、目立たない。
しかし、近づいてよく見れば、それは布ではない事が分かるだろう。織り目も縫い目もない。むしろ生き物の皮膚のように微かに湿り気を帯び、しっとりと柔らかく、そしてわずかに弾力がある。
「ふむふむ」
マントを掴んだ瞬間、指先を中心に円形の紋様がパッと浮かび上がった。しかし、一瞬でその紋様が消え、続いて別の箇所が反応を示す。
「貸してください。」
鷲見がマントを受け取り、身にまとって目を瞑る。
「うううーん」眉間に皺を寄せて集中すると、じわじわとマントが変形し、一着の作業着になってしまった。
「...ふぅ、こんな感じなんです」
息を吐くと、途端に元のマントに戻ってしまった。だが、この実演こそが桜重工技術部の成果である。使用者の意識を汲み取り、あらゆる素材に変質する特異性を持ったマントを開発することに成功したのだ。
「...すごい。これは透明マントのように使えると言うことですか!?」
思わずルカが質問を投げかける。
「技術的には可能でしょう。ただ、このマントを十全に扱うためには、人間離れした器用さが必要です。」
技術屋が言う“技術的には可能”というセリフは、大抵の場合不可能を意味する。あなたは、着ている服の繊維一本一本に意識を向けることはできるだろうか?千変万化の変身を脳内で構築する真似ができるのか?そんなことが出来る人間がいるなら、このマントを使うことが出来るかもしれない。
「私は無理だなー。ルカとかミーシャは、結構器用だよね?」
「むむむむむぅ...練習すれば...多少は」
ルカは無理だったか。
「……うーん、ちょっと試着室みたいな所はありますか?」
「ああ、これは申し訳ない。この歳にもなると、デリカシーが欠けて……」
ミーシャがマントを受け取ると、少し悩んだ末、試着室を希望した。意外と恥ずかしがり屋さんだ、かわいい。応接室の隣の部屋が空いていたため、そちらに私とミーシャで移動する。
「お手数お掛けしてすみません。」
「いいよいいよ。ミーシャはこれ使えそう?」
「……やってみます。むむむ」
ミーシャがすっぽりとマントを纏い、目を瞑って集中する。そうすると、マントが全体的にじんわりと色を変えていくではないか。
「ミーシャすごい!変わっていってるよ!」
「むむむむむぅ」
さらに唸るミーシャ。
脳内でしっかりイメージを作っているのだろう。そして、どんどん変化していくマントを見て、私はとてつもなく嫌な予感がした。
「えっ ちょ えっ!?」
「できました!」
ぺかーと笑うミーシャ...のはずの私の顔。
完成したのは、紛うことなき、私の姿である。確かにミーシャとは背丈も殆ど同じだが、細胞一つ一つが見えるほど精密に私自身のコピーが完成していた。
「うひゃあぁあぁ?!」
だが、そのミーシャ(私の姿)は、一糸まとわぬ姿を晒しており、妙に火照った肌がうっすら湿っている。
「しずか様の姿でしたら、完全に思い出すことができると思ったのですが……夜の記憶が先行してしまったようです」
やめて!?
というか、私って、こんな顔してたの!?
白昼堂々、大企業の応接間で、淫ら過ぎる自分の姿を見るとは思っていなかった。
「ミーシャはマント禁止ー!!!!」
当然の決定である。
ミーシャからマントを没収し、箱に入れて封印した。
( ๑❛ᴗ❛๑ )ハァ...ハァ...SAN値を削られたぽよ……
私は精神的動揺を何とか押し殺し、鷲見が待つ応接室に戻った。そこでは、ルカが新作の盾を持ってあれこれと説明を受けている。
・ミスリルシールド「咬」
・ミスリルシールド「祈」
ミスリルと名前を貰っているが、その名に恥じぬ堅牢さと機能美を兼ね備えた逸品である。もちろん存在しない金属であるミスリルを使い分けでは無いが、波濤の魔螺貝ナウティリオンの貝殻を使用したシールドは、乳白色にオーロラをかけたような真珠特有の輝きを有し、その虹色の煌めきがミスリルのように見えたことで命名された。
こもじとミーシャの斬撃を耐え抜いた殻は、その圧倒的なまでの硬質に加え、従来の盾よりも遥かに軽量である。
「咬」、体格の大きな戦士が装備することを前提に設計されたフルサイズの塔盾だ。縦長で全身を覆うほどの巨体を持ち、特筆すべきはその縁に施された“斬撃捕縛”の機構である。盾の縁に比較的柔らかい素材を使い、敵の斬撃を受け止めた際に、刃を食い込ませて咬み殺す。あえて盾に柔らかい素材を使う方法は、歴史上ヴァイキングに愛用された珍しい仕様である。さらに、盾の下部は鋭く尖り、敵や地面に対して深く食い込ませることが出来る。
この盾は、クランでも前衛を務める役割を持ち、相応の怪力と技術を持ち合わせるエギルに焦点を当てて制作されたのだ。
「祈」、ルカのために特注された礼装兼用の戦闘具である。その外観は、洗練されたヒーターシールドの形状を持ち、騎士の儀礼装備にも通ずる優雅さと、戦場での実用性を高次元で両立している。上部はやや丸みを帯び、下に向かって尖るシルエットは、戦う聖職者としてのルカの気高さを象徴する意匠にも見えるだろう。
だがこの盾の真価は、レリックとの融合機構にある。
裏面には、ルカが常に携える十字架の聖遺物を嵌め込むための専用ホルダーが設けられており、これを装填することで、巨大化するレリックと盾が完全に一体化し、今まで困難だったレリック発動状態での移動を実現させた。敵からの攻撃に耐えつつ、拘束と回復の恩寵を前線にもたらす奇跡の盾である。
「本当に俺にぴったりです!」
ルカ自身、思うように前線に立てなかった焦りが
からか、この盾を見て心の中が沸き立つのを感じていた。
「見た目も綺麗だし、良さそうね!」
「持ち運ぶ時は、こちらをお使いください。」
鷲見が手渡すのは、モノトーンで地味な革製の被せ物である。各々の盾にぴったりの大きさで、体に巻き付けたり、荷物と一体化させる事が出来る便利なアイテムだった。盾の性能だけではなく、その日常的な運用にまで気を回すのが、日本企業の素晴らしき精神を感じさせる。
「いいじゃないの!じゃあ、「咬」はUCMC内部のクラン英雄の戦場へ送って貰えるかしら。エギルは道具に体を合わせるタイプだし、きっと気に入るわ。」
「承知いたしました。その他の素材についても、鋭意作成中ですので、また近いうちに成果をご報告できるよう精一杯務めて参ります。」
「アハハ 私もいい物があれば送るわね。加工する人が居てこそ、素材が真価を発揮するんだと気が付かされたわ。」
ーーーーーー
「あれ、結局今日はクエストほとんど進みませんでしたね?」
ルカが痛いところに気がついた。全くその通りであり、ご飯を食べて、道具を受け取っただけで外は夕方になろうとしていた。
「ほんとよね~。こもじ達が進めてると思うけど。クエストの方から飛んでこいってのよ!」
冗談交じりにそう口にする。その時である。
ピシャァァァ!
天高く稲妻が走り、道路の小石が吹き飛ぶほどの突風が巻き上がった。
キュルルルルルルル
キュルルーーー!
雲を左右に切り裂いて、天より地に向かって紅蓮の弓矢が、風を纏って飛翔する。
ヒュゥゥゥゥゥッ
その軌道は帆世静香の顔面に向かって、今まで以上に加速を極め
ベチン キュルルゥ!? ゴロゴロ
ミーシャによって痛烈に地面に叩き落とされた。
「びっくりしたー!」
「キュルル!!!」
「誰よ君ーっ ドラゴン?」
しなやかな赤い体と、全身を覆うほど大きく広い二枚の翼。小さい体ながら、爪も牙も鋭く尖っている。帆世静香は、その容姿に魅せられ、システムウィンドウから“万理の魔導書”を引き出してページを捲った。
・風炎の始祖 アーク
ドラゴンズネストで産み落とされ、アドベンティアにて孵化したドラゴンの始祖。風炎を司り、遍く全てを探し出すシーカーのスキルを保有する。
「随分と良い血統書付きね」
「キュルル キュイ!」
よく見ると、アークという名のドラゴンは全身がボロボロに傷ついていた。何かに噛み付かれた歯型や、激しい天候によって剥がされた鱗の痕が痛々しい。
「帆世さん、これってユニーククエストじゃ...」
ミーシャがこそっと耳打ちする。
言われるがままにウィンドウを開き、クエストを見ると、それを待っていたかのように大きくクエスト発効の通知が点滅した。
《ユニーククエスト:幼き龍の禍縁を辿って》
ユニーククエストを受注しますか?
[YES]/[NO]
「やっぱり、こういうイベントが偶然発生するっていうのが、主人公よね~!」
もちろんYESだ。
ユニーククエストを断る理由は無く、これで今日一日サボっていたと言われずに済む。
「主人公?」
「帆世さんは私のご主人様です。なにか?」
首を傾げるルカと、一切疑問を持たないミーシャ。
今回に限れば、ルカの方が正しい反応である。
「目指すはアメリカか~。有名なダンジョンだし、観光ついでに行ってみましょーか!」
アメリカなんぞ、ホワイトハウスに殴り込みに行って以来訪れていない。色々と物騒な噂もあるが、何より現時点で世界一ファンタジーしている冒険者の街がある!
アメリカに行くのは相応の手続きも必要だし、一旦UCMCに戻ることにした。真人に一言相談はしておいた方が良いだろう。
アークは、私の頭に前足を乗せ、長い尻尾を肩に絡ませてしがみついている。少し爪が刺さっているが、動物に懐かれるというのも気分が良い。
UCMCのゲートを潜ると、そこには見慣れた顔の集団が歩いてきていた。全員が袴姿で、腰に刀を下げている厳しい集団である。
「おっ 師匠ー!帰ってたんですか!?」
柳生隼厳師匠と、そのお弟子さん達だ。
思わず呼び止めると、白い髭を撫で付けながら、笑顔で挨拶を返してくれる。たしか私達よりも早く進化の箱庭に挑戦しに行ったはずで、その時は第三十層から始めていたと記憶している。
「おぉおぉ、帆世ちゃんか。元気にしとったかの?」
「私は変わらず元気ですよ!ついさっき、第二十層を攻略してもどってきていました。」
「おや?その肩に巻きついている珍妙なトカゲは?」
咄嗟に私の背中に隠れたアークを、師匠は目ざとく発見する。隠すつもりもなく、背中から引き剥がして師匠に手渡した。
キュルルゥ……
「この子を連れて、アメリカのダンジョンに行こうかって話していたんです。行ったことないですし、最近盛り上がっているので観光がてら」
「うーむ……儂の愛弟子もアメリカに行っておるのぅ。うむ。進化の箱庭はキリが良いし、弟子らが追いつくまで儂も暇をしておったのじゃ。一緒に行っても構わんか?」
思わぬ提案だった。
「キリが良いっていうのは?」
「儂ら、此度の挑戦で第五十層を攻略したんじゃよ。この先に進む前に、他の弟子らが追いつくのを待とうという話になっての。」
凄まじい速さの攻略である。
第百層が終点とすると、すでに折り返し地点まで攻略したことになるではないか。
「50!? それはおめでとうございます! 私たちは、一緒に来て頂けるなら大歓迎ですよ」
「それでは、共に行こうぞ。」
師匠が腰の刀を一撫でし、連れていた弟子達に別れを告げて合流した。真人の部屋に向かう途中、クランメンバーのおっさんチームにも連絡を入れることにする。
「もしもし、こもじ? 色々あって、アメリカに行くことになったよ。師匠も一緒に来るって~」
(´・ω・`)あ、じゃあ、こもじパスで。
「パスぅー!?」
(´・ω・`)師匠行くなら、こもじは日本に残るっす。怖いし。
即答である。
「パスって、まじー? エギルは?」
(´・ω・`)エギルも日本でいいって言ってるっすね。
こもじを誘ってみるが、のらりくらりと断れてしまった。
「あの風来坊が、いつも迷惑かけとるのぅ」
師匠が申し訳なさそうに髭を撫でる。
まあこもじがマイペースなのは何時ものことだし、日本にある程度の戦力を残しておくのも必要なことだった。
そうこうしていると、真人の部屋に到着する。
コンコンっ
「どうぞーっ」
「お邪魔します~。さっき、そこでドラゴン拾っちゃって、この子の親を探しにアメリカに行こうと思うんだけど、いい?」
相談事は初っ端に。
これがUCMC流の挨拶だ。UCMCの職員というだけで多忙を極める仕事をしていること間違いなし。まずは相談を投げかけ、仕事をこなしながらお互いにコミュニケーションをとる文化が出来上がっていた。
「いつも何かが舞い込むんだね……アメリカというのは、アドベンティアのことだろう?」
「巻き込まれ体質ってやつかな。そそ、アドベンティアに行きたいんだけど、うちからは私・ミーシャ・ルカ、あと柳生師匠も偶然。」
「それはまた豪華なツアーだね。……柳生先生、先程帰還したばかりですが、大丈夫ですか?」
「短い寿命が尽きぬうちに、観光というのも悪くなかろう。頼もしい若者もおるからのう。」
「いやいや……えーとアドベンティアに行くには、このメンバーだと少々問題があるんだ。あそこは政府やUCMCの息のかかった人間を排斥する動きが強くてね、真っ当に行っても追い返されるのがオチだ。」
真人の頭痛の種の1つでもある。とにかく政府やUCMCといった秩序側の介入を拒み、放浪者や荒くれ者を好んで迎え入れる土壌が育っているのだ。そのくせダンジョンは広大で、何故か試練ダンジョンや使徒が吸い寄せられるようにアドベンティアに発生している。
UCMCとしては是が非でも調査したい土地であるが、現地勢力との衝突を危惧して手を出せないでいた。
「そんな者、斬り捨てればよかろう。」
「ハハハ……ハハ。」
笑って誤魔化し、次の言葉を探したが、結局見つからず苦笑いのまま固まってしまった真人。
「師匠ー、さすがに真人が困ってますよ。ただ実力行使というのは賛成ぽよ」
「いえいえ、あの、僕は大丈夫ですから。……ええと、実はですね、近日中にアドベンティアを調査する計画がありまして。そこに帆世さん達をねじ込むので、どうでしょうか?」
しかし、どんなに疲れていても、どんなに濃いメンバーが部屋に押しかけてきても、真人の脳みそは何とか最適解を弾き出した。彼は世界中の厄介事を日夜調整する、まるで神の如き仕事をしているのだ。この位、朝飯前である。……朝がいつなのか、もう分からないほどには寝ていないが。
「おー、ぴったりじゃん。誰が行くの?」
「リーメン・ハウンズの皆さんに依頼する予定でした。ですが、このメンバーなら……」
真人が特殊なウィンドウを操り、どこかへ連絡を入れている。彼の周りには十数枚のウィンドウがズラリと並び、それぞれが違った情報分野を表示しているのだ。
そこからリーメン・ハウンズへのホットラインと、アメリカ政府・現地協力者・UCMC理事メンバー・アドベンティア対策委員会へそれぞれ別々の連絡を同時に行い、上手く全体が調和するように作戦を1から組み立て直していた。
「リーメン・ハウンズから、レオンさんが、皆さんのアドベンティア潜入を導いてくれます。ですので、計五人になりますが、依頼を引き受けてくれますか?」
臨時リーダー:帆世静香
副官&潜入補助:レオン・ヴァスケス
最大火力:ミーシャ
拘束&回復:ルカ
見守り役:夢想無限流 柳生隼厳
「私達にお任せあれ!」
三つのクランから寄せ集めた臨時合同PTが、今組まれたのだ。向かうはアメリカ、アドベンティアという冒険者の街の内情調査。
偶然か必然か。
幼きドラゴンに導かれるまま
この先に横たわる運命を否定するため、日本から新たな風が吹き始めた。