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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
特別章 冒険しましょう。
149/163

アドベンティア編 完結

ロバートの頭が、突如として爆ぜるように吹き飛んだ。血と脳漿を撒き散らし、首の上には半開きの顎しか残っていない。

それを、真理は唖然とした表情で見つめていた。


「やはり、デカいヤマは己の眼で確かめなくっちゃぁな。」


木陰から現れたのは、黒いスーツに身を包んだ男。

アドベンティアの王、グリッド。


彼の手には、極大の拳銃“Pfeifer Zeliska”が握られている。

銃口からは細く白煙が立ち上り、ロバートの死がまぎれもなく彼の手によるものだと、静かに物語っていた。


「きッ 貴様ァ!何をしているんだ グリッド!」


激昂する真理。

静かなるグリッド。


両者対立の構図を、アークは震えながら見ていた。

次々と目まぐるしく変わる状況に、脳と心が追いついていないのだ。しかし、彼の唯一保有するスキルが、長年捜し求めていたモノがすぐそこまで迫っていることを強烈に感じ取っていた。


(今、ここなのか...!?)


脳がそれを理解した時、既に体は動き始めていた。

爪を地面に食い込ませて這いずり、強ばる筋肉を千切りながら、人生で最も迅い刹那の行動に出る。


同時に動いたのは、グリッドの手だった。視線はなおロバートの死体に向けたまま、彼の手首が滑らかに旋回し、極大拳銃“Pfeifer Zeliska”の銃口が音もなく真理へと向けられる。

重い引き金が、無感情に絞られた。


空気を揺らす鋼の咆哮。


戦車の装甲すら貫く、600 Nitro Express軟鉛弾丸。

初速およそ500メートル毎秒の破壊の暴君が、火薬の炸裂とともに吐き出された。

遠距離から撃たれる狙撃銃の弾など比較にならない。

歩いて数歩の至近距離。“Pfeifer Zeliska”が解き放つ弾は、まさに雷撃の一閃だった。

真理には回避の余地はなく、防御の術もない。


何の感情も伴わない暴力が、真理の体を貫こうとした刹那


ドンッ。視界が流れる。


「……!」


真理の体が、横から強く突き飛ばされた。

あまりの勢いに地面に倒れて、膝を着く。そして見上げた顔に、びしゃりと何か生温かいものが降りかかった。


訳も分からぬうちに、真理は抱きかかえられて木の後ろへと転がり込んだ。血と鉄の噎せ返る匂いが、鼻を通じて肺を満たす。


「姐ーちゃん、怪我は無ぇかい?」


自分を守ったのはアークだった。

だが、彼の顔は太陽に逆光し、黒い影にしか見えない。


「あ、あぁ!あたしは大丈夫だ、それよりもアーク...むぐッ」


言い終えるより早く、アークが彼女の身体に覆いかぶさる。

その腕が真理を強く抱き締めた、次の瞬間。


――【ドゥームクラップ】――


爆風。熱風。弾ける火花と砕けた砂利が、木々を揺らし、二人を打ち据える。



「隠れても無駄だ、マリ・ツバキ 。お前はいずれ、必ず火種となる。」


二人を襲っているのは、グリッドが取り戻した爆炎の魔法である。

グリッドに私怨があるわけではなかった。むしろ、真理の真っ直ぐで実直な性格は、好ましくさえ思っていた。彼女はアドベンティアの街に貢献し、街の者たちからも慕われている。

だが、グリッドはキーンの野望を知って、焦っていた。

(ここで、殺さなければ...)

彼は帆世静香を誘き寄せる“餌”として、真理を利用するつもりなのだ。

真理を捕らえ、拷問し、その映像を世界中にばら撒く。それが引き金となり、否応なく静香との全面戦争が始まる算段である。

その下準備として、キーンが魔王の力を行使して、真理の側についているジル・レトリックをダンジョンに隔離したのだ。真理に魔の手がかかるのも、時間の問題である。

グリッドにとって、それは実に最悪のシナリオだった。帆世静香が動けば、アドベンティアの街は戦火に呑まれる。

(冗談じゃねえ。俺のファミリーのため、死んでくれや。)

そうなってからでは、取り返しがつかない。であれば、キーンも帆世静香も絡まない間に、秘密裏に消してしまおうと考えたのである。





ーーーーー




爆風に晒されながら、生温い血がじわじわと服を濡らしていく。鼻を突く鉄の匂いと、湿った体温が、現実を突きつけてきた。


「アークッ! おい、しっかりしろ!」


その血は、すべて真理に覆いかぶさっているアークのものだった。真理自身の血は、一滴たりとも混じっていない。その事実に気づいた瞬間、彼女の胸を焼くような怒りと焦りが突き上げた。


「バカッ……! なんであたしを庇うんだよ!

お前には……お前には、娘がいるんだろ!? 生きて帰らないと……ッ!」


必死に彼の身体を押し退けようとするが、非力なはずの男は、この時ばかりは岩のように動かない。


「姐ーちゃんよ……俺ぁ、もういいんだ」


「良い訳あるかッ! アーク!!」


怒鳴る声が裏返る。

悔しさと悲しさと混乱で喉が裂けそうだった。


だがアークは、ただ静かに笑った。

血に濡れた頬が、太陽の逆光の中でほんの少し緩む。


「ハハ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「……な、にを……?」


「病気の娘がいたのは、本当だよ。だが、それは――前世の話だ」


音が止まった気がした。

真理の動きも、言葉も、凍りつく。


「娘を救えなかった俺は、未練たらしく世界中を放浪し、それは転生した後もずっと続いていたんだ。」


アークが、大きく裂けた腹に指を突っ込み、臓物をかき分けるようにまさぐっている。

そして、小さな、何かが石のような欠片を取り出した。


「これが...娘の形見...だ。」


アークは、娘の遺骨を、自らの腹に入れていたのだ。子を救えなかった悔恨、親の狂気、生きる目的を失った男の拠り所である。

その遺骨を、首にぶら下げていた銀色のペンダントに迷いなく入れた。


「ちっぽけな俺の、フルベッドだ!前世も今世も合わせて、ありったけを入れてやる。だから、頼むぜ、“価護のペンダント”よ」


価値のある物に応じて、その持ち主を護る特異なペンダント。価値とはなんだろうか。

世界を管理するシステムにとって、金などどうでもよい指標にすぎない。測っているのは、魂の揺らぎ。


アークは、そこに全てを注いだ。自らの体と一体化していた形見を、自らの生きる目的を、自らの魂を一滴残らずッ!


アークの耳に、真理の声は届いていない。

鼓膜は破れ、心臓はもう数回の拍動の後に止まるだろう。だが、抱きしめた彼女の鼓動は、力強く動いているのが分かる。


「俺は見つけ屋のアークだ!だが、見つけられなかったモンが2つもある!」


そう、アークはこれまで10100個の捜し物を探し、10098個発見している。その見つけられなかった2つに、未だに囚われていた。


娘を救える治療法と。

娘を喪った後の生きる理由だ。


「姐ーちゃんッ!姐ーちゃんのおかげで、二つとも見つかったぜ!!!」


――【ドゥームクラップ メドレー】――


爆発が加速する。

辺り一帯を更地にするが如く、地形を変えるほどの爆発が絶え間なく押し寄せてきた。


「俺はナァ!!!」


「ようやく生きてきた理由を見つけたんだ!!!」


「それはっ 今日この瞬間 この場所で お前を生かす為!!!」


力の限り叫んだつもりだった。しかし、とっくに死んでいた体は、最期の言葉を音に乗せることはできなかった。

しかし、“価護のペンダント”は受け取った代償に見合う働きを始める。何重にも強固な結界を生み出し、直撃する爆発を完全に拒絶した。


最期の別れは、結界に守られ、静かに行われた。

動いているか分からないが、指が開き、握りこんでいたペンダントと箱をころりと落とす。


「うぐ...っ ...ア゛ークッッ!!!」


(俺ってば、最期まで格好つかねえのな。生きろよ、姐ーちゃん。)


言葉にはならなかったが、真理には魂を通じて伝わっていた。真理は、アークの手から、“価護のペンダント”と“怪盗の玩具箱”を受け取った。


アークの遺体、その冷たくなっていく手の中に、一輪の美しい花が咲いた。アークがクエストを達成した印、“聖涙の花”に大粒の涙が零れ落ちてきらりと光る。



ーーーーー



「おーい、グリッド~。なーにしてるのさ。」


遂に爆撃が止んだ。

ダンジョンの主が、来てしまったから。


「......キーン、か。」


「おっ 真理じゃないか!なるほど、彼女を捕まえるのに随分苦戦したんだな ハハハ!」


グリッドは間に合わなかった。真理を殺すつもりで攻撃していたところをキーンに見つかり、腹の底で戦闘の覚悟を決める。


「なんって!!なんて美しいんだッ よくやったぞ~グリッド!」


だが、キーンが激怒することは無かった。むしろ恍惚とした表情を浮かべ、真理に惹き付けられていた。グリッドも、震える指を握りこんで、真理の方へ視線を向ける。


一緒にいた男の方は死んだようだった。

真理は、男の血で全身を濡らし、悲しみと怒りと絶望に身を浸しながら、それでいて殺意を噴火させた目でキーンとグリッドを睨み付けている。


「帆世静香が居なければ、君こそが俺の伴侶だっただろう!」


キーンの殺意もつられて暴走を始める。帆世静香に執着するあまり、他の女に食指が動いていなかったのだが、凄絶な姿の真理を見て感動したのだ。


「お前ら、必ずブチ殺す...」




ーーーーー




魔王城、その黒き尖塔の頂。誰も到達し得ぬ最上階。

天に最も近く、魔の隣に在るその空間には、王の私室でも宝物庫でもなく、ただ一つの牢が設けられていた。


ガチャ...ガチャ...


冷気が這いよる部屋の真ん中で、真理は唯一人跪いていた。両手首、足首、胸、腹部......全身に鎖が巻き付き、その自由を奪い殺している。

全身を包む服はボロボロに破れ、はだけて見える白肌には、幾筋もの拷問の痕が刻まれていた。毎日キーンによって犯され、それは日に日に苛烈になっていく。


アークが死んだ日から、もう何日経ったか。


「7日と、半日だよ...あたしは、この位平気さ...」


真理が小声で呟いている。誰に話しかけているのか、正気を失ったかに見える姿だが、その目には理性の光が残っている。

彼女は唇だけを僅かに動かし、かすかに首を傾ける。もごもごと口を動かし、やがて「ぺっ」と音を立てて、何かを吐き出した。


カチン。

牢の床に落ちたそれは、小さな金属の箱だった。


細く射し込む月明かりに照らされると、表面に施された複雑な彫刻がほのかに浮かび上がる。それは正しく、小さくなってはいるが、“怪盗の玩具箱”であった。


真理は、口先だけで器用に留め具を外し、蓋をこじ開ける。中に入っていたのは、溶岩のような脈動を見せる、奇妙な卵。


黒と赤が不規則に入り混じり、呼吸するかのように表面が微かに蠢いている。熱を帯びたそれは、まるで生きているかのようだった。


ドラゴンの卵だ。アークが発見し、“怪盗の玩具箱”にしまって真理の手に渡ったのだ。

その卵に、真理に刻まれたドラゴンの呪いが反応する。心臓が焼けるように熱を持ち、じわじわと卵に熱が伝播するのが分かった。


「アークの形見だ。せめて孵化させないとな」


卵を温めること七日。遂にドラゴンの卵が、揺れ動くのを感じた。急いで口を振るい、箱の中から卵を取り出す。


真理の口で咥えられる程度の大きさの箱から、1mを超える巨大な卵が転がり出てきた。


ピシリッ バキィン!


卵の殻が、少しずつ弾けて飛び散る。

中から現れたのは、艶やかな赤に輝く、小さな龍。

体長は約八十センチ。細くしなやかな胴体に、不釣り合いなほど大きく広がった薄い翼。透けるような赤と橙のグラデーションが、月明かりに照らされてゆらめいている。長く優雅なしっぽが地をなぞり、額には未成熟な角がほんのわずかに突き出していた


「キュルル キュル」


産まれたばかりのドラゴンと目が合う。

ドラゴンは翼を羽ばたかせると、ふわりと真理の隣に飛んできて、温かな頭を擦り付けた。


・風炎の始祖

シーカーLv3


炎と風の精霊を喰ったドラゴンから産まれた、風炎を司るドラゴン。新たに産まれた生命は、未来永劫を約束された始祖となる。


「...は?」


真理が驚いたのは、そんな事では無かった。ドラゴンに感じる魂の繋がりが、その奥底に芽吹いたスキルの存在を感知させた。


シーカーLv3


「...お前の名前は、アークだ。一緒に居てやれなくてすまないが、今度こそ自由に生きろよ」


始祖のドラゴンに、名が与えられる。

風炎の始祖 アーク。


真理は月が見える窓に視線を送り、幼きドラゴンとの別れを告げた。このまま一緒に居るのを見つかれば、キーンに殺されるのが目に見えている。


コツコツコツ...


ちょうどその時、扉の外から足音が聞こえてきた。真理はドラゴンを睨み、もう一度別れを告げる。


「アークッ!早く行きな 飛べッ!!!」


鎖に縛られたまま、真理が叫ぶ。


「キュルルルルルッ」


小さなドラゴンは、大きく翼を広げた。空中で何度も振り返りながら、その度に真理の視線に追い立てられて、窓から外の世界へ飛び立った。


「...ありがとな。」


ドラゴンを見送ると、素早く床に口をつけ、転がっている“怪盗の玩具箱”を口に隠す。これも 、真理にとって大切な友の持ち物である。


その後一分もしない内に、牢屋の扉が軋んだ音をたてて開かれる。立っていたのはグリッドだった。


「おい、何なんだこれは」


彼は部屋を一瞥し、飛び散った卵の殻を見つけて指さした。1mはある卵の殻だ、誰が訪室したって見つかるだろう。

だが、真理は明後日の方向を見つめたまま、きっぱりと断言した。


「さーな。あたしが知るもんか」


視線すら寄越さずに放たれた言葉。

その潔さに、グリッドは思わず頭を押さえた。

額が重く、胃が鈍く痛む。


「いいか、勝手なことはするんじゃねえ。...さっさと食え」


グリッドは手に持っていたパンに、トロールの肉を挟んで真理の口にいれる。


「……っ、げほっ……!」


むせ込みながらも、真理も必死に食事を飲み込む。

こんな所で死ぬ訳にはいかない、死なせる訳にはいかない。


好き放題に犯し、拷問するキーンに隠れて、グリッドは毎晩食事と薬を持ってきていたのだ。

そして、部屋に散らばる卵の殻を集め、無言で部屋を出ていった。


「...死ぬもんかよ。」


辱めも、拷問も、痛いのも、苦しいのも、全てを飲み込む。命を繋いでくれた友人に報いるため。そして、いつか仇を討つ為。



アドベンティア編 完結しました。

思ったよりも長くなってしまいました。


次話から、進化の箱庭を出たばかりの帆世静香サイドに移ります。

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