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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
特別章 冒険しましょう。
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アドベンティア編 花抜

質問募集中

めちゃくちゃに荒らされた森の片隅で、ジルは一人立っていた。

椿真理とアークからはぐれた後、ドラゴンの卵を取り戻すために激しい空中戦を演じていたのだ。


「ふぅ……随分遠くへ来てしまった。」


ジルは、焼け焦げた羽根の中をそっと歩き、崩れ落ちた空色の天帝――セラフクロウの亡骸に近づいた。

コートの裾が風に揺れ、焦げたスカーフの先がひらひらと宙を泳ぐ。


どうやらセラフクロウは、管理システムに認められた試練に相当するモンスターであったらしい。ジルの身体強化のレベルが上がり、魂の上限が一つ解放される。


「さて……卵を飲み込んだパラダイススネークは、すでに絶命しているはずですが――

どこぞへ落としてしまいましたか……吾輩としたことが、おっちょこちょいにも程がございます」


ジルは一人笑う。

表情には焦りはない。それは、アークの存在があればこそである。


「合流さえできれば、彼のスキルで、卵の在り処などすぐに見つかるでしょう。

……あの二人の身に、何もなければよいのですが」


それよりも、無事に二人と合流できるかが心配だった。

ドラゴンの巣になっているカルデラを出てから、急激にダンジョンの難易度が上がっているのを感じていた。空から見下ろした世界には、一目で分かるほど厄介なモンスターがちらちらと見えていた。アドベンティアでも終盤以上の難易度だ。


言い換えれば、そのような強敵を追い出して広大な土地を縄張りにしていたドラゴンの強さが改めて分かるというもの。


「さて、それではマリ殿とアーク殿に――」


ジルが、手元のウィンドウを広げて通信を繋げようとした時、

ウィンドウの様子がおかしいことに気が付く。


本来透明な緑色であるはずのウィンドウが、深黒と虚白の縁取りを持って明滅した。


「む?」


そこに流れるシステムからの通告。

一瞬で内容を読み解くと、ジルは己にできる最善の手を模索して指を滑らせる。


≪System law 4.1.3 に則り個体名ジル・レトリックをクエスト“無限の狭間に閉じ込めて”に受注登録しました。≫


≪PTから離脱しました。ダンジョン:無限回廊を開始します。≫


ノイズのようなウィンドウがおさまり、見慣れた緑色のウィンドウがダンジョン攻略の開始を告げる。


「……これはまた。随分と手荒な歓迎で」


ジルの足元が、音もなく“抜けた”。


視界がねじれ、空間が捩じれる。

風の感覚が消え、重力も失われ、全方位から微細な光が渦を巻く。


「やれやれ……こちらとしては、優雅に帰還して、マリ殿と一緒に温かい紅茶でも一杯いただきたかったのですが。」


崩れゆく蒼天。

次に目に入るは、薄暗いながらも荘厳な、木造の宮殿とも城ともつかない建物の中庭。

空には天井らしきものがなく、雲のような何かが揺らめいている。足元は漆塗りの板のように黒く、ところどころ苔が生えている。静寂の中に、水琴窟のような高く柔らかな音がかすかに響いていた。


「チュウチュウ!(てっ てやんでぇ!ぶっころしてやる!)」


「おやまあ、お久しぶりでございます。」


「チュウ!?(お前なんか知らねぇよぉ!)」


襲い掛かってくるおせんべいねずみを一蹴し、先に進み得体のしれない巨大な建造物に足を踏み入れる。

目の前には、石造りの玄関と、木造の居間。そして白い灰の中で赤々と炭が燃えている囲炉裏。静かにゆっくりと燃焼する炭火に照らされ、鴨のコンフィが温められている。

卓上には紅茶とともに、厚焼きのクッキーが三枚。


「……ふむぅ…」


さすがのジルであっても、咄嗟に言葉が出てこないちぐはぐな場面であった。


「…一応、一杯の紅茶を出す程度の礼節はあるようでございますね。ですが、吾輩は早く帰らねばなりません。」


ジルの第六感が、ビリビリと警鐘を鳴らしている。

急に自分だけ隔離するようにダンジョンに放りこまれ、残された二人に危険が迫っているのではないだろうか。


そこでジルは、囲炉裏を囲む木に視線が吸い寄せられた。ナイフを使い、文字が刻まれている。


【次来る人へ】

無限回廊の情報を書き残す。

アナタが今食べている物は、この部屋に訪れる度に手に入るから確保するように。

二択に失敗した場合、モンスターが一匹ずつ追加され、次第に凶悪な敵が現れる。モンスター出現の傾向はこれだ。


囲炉裏の木には、先駆者の経験した情報がびっしりと書き記されている。

モンスターの出るパターン、十三におよぶ階層の情報、各階層に留まれる時間と成すべき事。


そして、最後に一言。


『このダンジョンは、心を強く持つこと。諦めず歩を止めるな。』

              ――帆世静香、レオン・ヴァスケスより


「…痛み入ります。そうですか、では参りましょう。」



---------------------------------------------------------------------------------------------------



ジルが無限回廊に囚われたのと同時に、マリ達にもシステムメッセージが流れる。


≪ジル・レトリックがPTから離脱しました。≫


「なに!?」


私はとっさに空を睨む。ジルが巨大な鳥に攫われてから、アークのスキルを頼りにジルの居る方角へ進んでいたところ、急にジルがPTから離脱したのだ。


「ジルの旦那が…まさかッ!?」


口にはしないが、アークも同じことを思ったようだ。急にPTを離脱する理由など、命を落とす以外に考え付かない。


「…待って。ジルからメッセージが来てる!」


☆無題

何かに巻き込まれました。

警戒を


極々短いメッセージ。ほっと安心のため息をつく。


「少なくとも、死んだわけじゃねえみたいだな。」


「あたりまえだ!ジルはドラゴンの炎の中からでも生き延びる男だぞ!」


私は少し怒鳴るように答える。

震えていたのは、声じゃない。心だ。安堵と焦燥がせめぎ合う。


「そうだったぜ...ただ警戒しろと言われると、なんかこう怖くなってくるな……」


アークが情けない顔であたりをきょろきょろ見渡し、一歩私の方へ近寄ってくる。


バキィン!


甲高い、ガラスのような破裂音がした。


「アークッ!」


私は咄嗟にアークに飛びつき、その身体を地面へと押し倒す。 その直後、私たちの頭上で木が破片を散らして風穴を開ける。


……タァーーン……タァン……


遅れて、乾いた銃声が森に響いた。


「森に入れッ!!」


私はアークの腕を引っ張り、獣道の影へと飛び込んだ。

木を盾に、銃声のあった方向へ鋭く視線を投げる。


「狙撃だ。銃声からして、まだ距離はある。クエストが無ければ、ダンジョンに入れないはずじゃないのか!?」


疑問は残るが、今考えても始まらない。何よりも、相手が人間だということが意外だった。


「……ふぅ...はぁ……」


まだ震えが止まらない様子のアークが、ごそごそと胸元から何かを取り出した。


「アーク、怪我はないか?」


「あ、ああ。こいつのお陰で、助かったらしい...」


「それはー、あの時の。」


手に握られたそれは、銀色にくすんだペンダントだった。見覚えがあると思ったら、私が買った“価護のペンダント”か。

ペンダントに収めた物を代償に、その価値次第で攻撃を防いでくれるダンジョン産のアイテムだ。……1530ドル(23万円)したが、アークの命を救ったんだから安い買い物だった。


「誰だか知らねぇけど、姐ーちゃんが狙いなら、追手は一人じゃ済まない気がするぜ。」


「……あたしを狙う奴なんて、心当たりが無いけどな」


あまり人と関わらないようにダンジョン攻略に明け暮れていたことを考えると、恨みを買った覚えは無い。


...はずだけど、妙に粘つく視線を送ってきた男の顔が脳裏にチラついていた。本当に彼が狙ってきているなら、正面からぶつかるのは厳しいかもしれない。


「アーク。ダンジョンにいる間、お前を守るのがあたしの役目だ。だけど、本当に危なくなれば一人でも逃げて欲しい。約束だぞ?」


「へへっ 姐ーちゃんが勝てねえ敵がいんなら、俺がいても足手まといだからな。トンズラこかせて貰うぜ」


「この後、あたし達はどうすればいい?ジルの事が心配だ。」


「ジルの旦那の居場所は、()()()()()。だが、ジルの旦那の持ち物が、ドラゴンの卵と近い場所から感じられる...」


「ジルの居場所が分からないのか...」


「……ああ。俺のスキルが通らない原因があるはずだ。ただ、分かるもんもある。ドラゴンの卵と近い場所に、ジルの持ち物らしき反応があった。そこへ行けば、何か掴めるかもしれねえ」


「そうか……そうだな。なら、ここに留まってるわけにもいかないな。どうせ敵には位置がバレてる。移動しながら迎え撃とう」



ーーーーーーーーー



アークの先導で、私たちは獣道を駆けるように進んでいた。

しばらくして木々が途切れ、視界が一気に開ける。


そこには、そう広くはないが見通しのいい草原が広がっていた。

草の背丈は膝下ほどで、隠れる場所はほとんどない。


「ここを突っ切れば、30分もあれば辿り着く。森の中を迂回して進めば、数日はかかると思うぜ」


「あたしが先に行こう。」


そう言って私は、一歩を踏み出す。

全神経を指先まで研ぎ澄ませ、森から草原へと一歩ずつ身をさらしていく。

片手を刀の柄に添え、腰を落とした摺り足。何かあれば即座に対応できる居合の型。


数メートル進んでも、撃たれる気配はない。

私はうなずくように振り返る。


「今のうちに――」


その瞬間だった。


木陰から身を乗り出すアークの側面。

視界の端で、一瞬だけ鋭く光る何かが、太陽に反射した。


――来る!


反射的に、体が動いた。


――【夢想無限流 花抜】――


大量に落とされる花弁の中から、色の違うたった一枚を斬る。

その精妙さを極限の速度で体現する、夢想無限流の“選斬”の型。


力を捨てる反面、繊細かつ神速の居合だ。


空気のわずかなよじれ、音速の手前の衝撃。

アークに伸びる殺意の軌跡をなぞるように、私はただ一閃に全てを注ぐ。


キィン!


鋼が鋼を叩く音と、焼けた火の花弁が舞い散る。


刀身が、アークに直撃する寸前の弾丸を寸分違わず捉えた。

跳ね飛ばされた弾丸は斜めに逸れ、背後の木を抉りながら森の中へ消える。


タァン!


「...っぶねぇ!!」


「さっきよりも近いッ!完全に捕捉されてるじゃない!」


再び森の中に体を隠した。


「畜生、誰が撃ってやがる!?こんな腕の奴この街に何人もいるはずがねえ!」


アドベンティアで冒険者になることで、確かに急激に強くなることはできる。

しかし、射撃や測量などの職業は専門的な訓練を必要とするため、需要のわりにかなり限られた人材しかいなかった。



私達は森を進みながら、いくつかの名前を思い浮かべる。


「《ファントムショット》のネブラ……《夜撃の詩人》セルジュ……それに...」


アークが唸る。


「もしかして……《狩猟帳》B・Bじゃねえだろうな……?」


アドベンティアで射撃の達人といえば、この3人が有名だ。

《ファントムショット》

ネブラ・ガンロック。元はアメリカ軍の対物狙撃手。狙撃現場で“銃声が聞こえない”ことからこの異名を持つ。

現在は傭兵業として何でも屋として、様々な依頼を引き受けていると聞く。


《夜撃の詩人》

セルジュ・ファーニエ。生い立ち不明の射撃の天才。

あらゆる環境を読み切り、障害物の多い自然環境での射撃において右に出る者はいない。

ただ、その独特すぎる感性から、彼と会話することすら難易度が高く、サヴァン症候群の噂が出ている。


《狩猟帳》

B・B・ロバート。何種類もの狩猟記録を誇る若き猟師。

社交的な性格で誰とでもPTを組んでダンジョンに入っている。モンスターの最多発見記録、各モンスターの最大サイズ記録などに拘りを持っている。

若さ故か、女癖が悪いことが噂されている。



「《ファントムショット》のネブラなら、銃声が聞こえないんだろ?残り二人は、あたしはよく知らないんだが……」


「《夜撃の詩人》セルジュは全然わかんねえな。こういう森じゃあ、奴が1番得意かもしれねえ。……と、酒場では噂されてるな」


……ああ、そうか。

随分詳しいなと思っていたが、アークの情報源は酒場の噂話らしい。


「はぁ~。そういえば、アークがダンジョンに入ったのはこれが初だったもんなあ」


「な、なんだよ!姐ーちゃんよか、俺の方が詳しいんだから良いじゃねえか!」


「う゛……あたしは、一人で修行したかったんだよ。別に友達が居ないとか、そういうんじゃ無くてだな...」


「はぁはぁ...森の中を歩くのもきちぃな。《狩猟帳》のB・Bは、酒場でもよく見るぜ。腕は良いし社交的だが、女癖が悪い。」


「女癖が悪いのは、ここの男どもじゃ珍しくないんだよな~。それだけで、あたしを襲ったりはしないだろ。...しないよな?」


「ぶっちゃけ姐ーちゃんを狙ってる男は多いぜ?直接手を出すバカがいるとは思わなかったがよ。」


結局いくら話しても、追手が誰なのか決め手は無い。

必死に森の中を歩き、時折飛んでくる弾丸を木で防いで移動する。

敵は一定距離を置いて、ずっと後を着いてきているようだ。


「そろそろ日が暮れるなぁ……夜は寝れねえぞ...」


アークがぶるりと体を震わせる。


「心配するな。暗ければ狙撃は難しくなるし、近距離戦ならあたしが何とか守るよ。」


完全に日没した後、大きく方向をズラして移動する。

追手をかわせたかは分からないが、大きな木の洞を見つけたので、ここで夜を過ごすことにした。


身を寄せあって洞に入り、お互いの体温で暖を取る。ここならある程度身を隠せる上、外を徘徊するモンスターからも見つかりにくいはずだ。


「アーク、少し寝てていいぞ。あたしが見張っておく。」


「...ありがとよ。気休めかもしれねえが、俺のスキルは『ここは死に場所じゃない』と言っているぜ」


「そういうのも分かるものなのか?」


「へへ 意外と便利だろ? これしか能がねえけどな」



Q.ジルさんどこいった?

A.キーンがダンジョンの種を使って、無限回廊を作って、ジルを閉じ込めました。魔王ハイキブツのアシストもありで、今回だけの荒業ですね。


Q.キーンどうなってるの?

A.種族魔王、job死神、趣味殺人。以上彼の履歴書でした。


Q.キーンは人類の敵扱い?

A.キーンは人類サイドですよ。もっといえば人類の敵であれば積極的に戦うくらい、人類を守る気概も持っています。それとは別に、個人的趣味として殺人欲求があり、今は帆世静香に執着しています。


Q.今、帆世静香達はなにしてるの?

A.進化の箱庭に挑んでる最中。柳生師匠達も同じく。エリック隊長達は、使徒討伐やら諸々のため多忙。



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