アドベンティア編 侵攻
「さて、グリッド。魔王様はどんなヤツだと思う?」
キーンが軽口を叩きながら、城の頂、灰色の尖塔に着地する。
「魔王か…それは魔王の能力や戦い方を聞いているのか?」
おおざっぱすぎる問いかけに、グリッドがいぶかしみながら聞き返した。
「どれでもいいさ。戦い方でも、能力でも、性格でも。想像や、ただの妄想でも構わねぇ。マフィアのドンの意見を聞きたくなったのさ。」
促されるまま、グリッドはわずかに目を伏せて思案し、葉巻の煙を吐きながら短く述べる。
「……人型で、臆病者。自分の手は汚したくないタイプ…かな。」
「ほう?」
やけに具体的な予想。
キーンは、グリッドがあてずっぽうを言うような性格ではないと知っている。
「ただの勘ってだけじゃ無さそうだな」
「経験則だ、俺なりのな。ここ魔王城の造りを見るに、明らかに人間か、それに近しい者のために作ってあることが分かる。それに……」
グリッドはゆっくりと葉巻をくゆらせた。
歩みを止めず、魔王城の廊下を進みながら、壁に彫られた装飾や階段の幅、通路の天井高をちらと見上げる。
「立地を見れば、性格も出てくるだろう。ここまで無駄に長い道のりに加えて、幾重にも拡張された巨大な魔王城。こんな場所に引きこもっていながら、一回も出てきてねえ。典型的な臆病者であり、自らの手は汚したくねえ奴だってことだ。」
「たしかに、言われてみればそんな気がするなぁ。」
キーンは相槌を打ちながら、左右に揺れる燭台を無造作に蹴り飛ばした。
蝋燭の炎に隠れていた、燃えるスライムが床に飛び散り、その上を踵でぐりぐりと踏みつける。
「キーンは、どう思ってんだ?俺にだけ言わせるのは無しだろ」
ドラゴンの素材で作られた靴は、燃えるスライムの炎程度、全く苦にもならない。
グリッドが指を鳴らすと、通路にいくつも立てられていた蝋燭の炎が、ピンポイントで発生した小規模な爆発によってかき消される。
一瞬で炙り出されたスライムを前に、子供が水たまりで遊ぶように、キーンが踵で踏み抜いて殺していく。
「俺かー、俺は魔王は女だと思うね。」
「女?」
「ああ、これは勘でもあり、願望も込みってやつだぜ!」
キーンは笑いながら、そう答えた。
女の方がよい…か。その真意は、いったいどこにあるのか。
キーンとグリッドの行進は、まさに鎧袖一触のありさまであり、止まることがない。
敵影が視界に映るや否や、グリッドの【ドゥームクラップ】が容赦なく炸裂する。乾いた指鳴りの音が空気を震わせ、次の瞬間には敵の頭部が、銃で撃たれたスイカみたいにはじけ飛んでいく。
マフィアの構成員として数々の修羅場を経験しているグリッドにとって、目についた敵の頭を弾く動作が腕に染み付いていた。
だが、魔王城の最上階を守るモンスターには、その爆撃を突っ切る剛の者もいる。
「チッ…中だと使いにくいな。」
グリッドの火力が低いというわけではない。
これ以上火力を上げれば、魔王城の通路が崩壊しかねないと思ったのだ。
「ハハハッ 俺の家にする予定なんだ、壊さないでくれよっ」
グリッドの爆炎を搔い潜った敵は、岩のような皮膚をもっていたり、分厚い金属の盾を持っているモンスターたちだ。だが、それでも二人の侵攻を止めることはできない。
何人もの冒険者から奪った命と、モンスターを蹴散らした経験が、キーンに無双の腕力を与えていた。勇者の長槍が振るわれると、岩が砕けて金属に穴が開く。
特に人型はダメだ。
[シリアルキラー]にして、[死神の内包者]。さらに“殺人Lv8”という、どうしたら発現するのか想像もしたくない最悪のスキルを保有している男である。
魔王城最上階を守るモンスターを、涼しい顔をして薙ぎ払ってゆく。
「やっぱり、ろくな敵が残ってないな。」
キーンがしたり顔でつぶやく。
「どういうことだ?」
「魔王様は、どうやら自宅に土足で人間が踏み入るのが許せないらしい。強力なモンスターは、揃も揃って地上で冒険者どもの相手をさせられてんのさ。」
キーンがウィンドウを大きく拡張し、とある人物の視界とリンクさせる。
雌豹のような怪しい雰囲気を持っており、キーンが囲っている女の一人だったと思い出す。
「見てみな。」
彼女の目を通して、地上の戦況がよくわかる。
地上では、冒険者たちが火線を張って進軍していた。
重機関銃や火炎放射器を背負った兵装組が正面突破を図り、飛び道具に秀でた者たちが背後から狙撃を繰り返す。
その周囲を取り囲むように、腕に覚えのある斬撃系の戦士や、機動系の前衛たちが入り乱れ、血と汗と炎の地獄絵図を形作っていた。
それを迎え撃つのは、異形の魔物たち。
口が腹にあり、腕が六本ある獣人。体長数メートルの重甲虫。翼竜の頭をもった獣魔の騎士。
この世界を管理するシステムによって、明確に「討伐対象」としてクエスト化されたネームドモンスターたちが、魔王城を背中に大暴れしている。
それはキーンやグリッド達、最前線組が集団で戦うべき強敵である。
冒険者たちも死に物狂いで戦っているが、どちらが優勢かも分からない激戦になっていた。
「……キーンよぉ、お前こうなることが分かってやがったな?」
グリッドが低く唸った。
道理で、魔王城の最上層であるにもかかわらず、雑魚敵の数が多かったわけだ。
キーンは魔王の性格をとっくに見抜いており、アドベンティアが抱える冒険者たちを全員囮に使っていた。
「睨むなよ、グリッド。」
キーンは涼しい顔で肩をすくめ、悪びれもせずに続ける。
「身内は安全なラインに配置してある。死にかけたネームドの相手をするように言ってあるのさ。これで扱いにくい冒険者の数は減るし、俺らグリッド・シンジゲートの構成員のレベルも上がる。今後に備えて、世界屈指の武装集団が出来上がるって寸法よっ。」
まさに、外道。
グリッドが咥えていた葉巻を乱暴に揉み消し、煙と共にいらだちを吐き出した。
「冒険者どもだって、この街には必要なんだぜ……」
「もちろん分かっているさ。俺だってこの街の連中のことは大好きなんだぜ?
さ、みんなが頑張っている間に、頭の魔王にカチこむとしよう!」
二人の眼前に現れたのは、明らかに“特別”な存在感を放つ扉だった。
豪奢な装飾がほどこされ、荘厳な雰囲気を湛えたその扉は、玉座の間へと続いているのだろう。
だが、その美しい意匠を無惨に踏みにじるように、ごてごてとした巨大なバリケードが正面に立ちはだかっていた。
「さしずめ、アマテラスの岩戸だな。麗しい女神が出てくることを期待して、盛大にぶっ飛ばしてくれ!」
キーンがそう言って笑うが、アメリカでマフィアとして修羅場をくぐってきたグリッドには、「アマテラス」が何を指すのかはわからない。だが、戦場において頭を隠して震えるような存在を見逃すつもりはない。それは、彼の血に流れる名誉の精神が許さない。
「頭張ってるなら、ツラ出しなッッ!」
――【ドゥームクラップ クレッシェンド】――
いつもは片手の指鳴り一つで起こす爆発魔法を、今回は両手を大きく合わせ、まるで拍手するかのように発動させた。溜を作るため、戦闘中に使えば大きな隙を晒すが、対価として解き放たれる爆発の威力は桁違いだ。
バリケードごと城の正面扉が吹き飛び、内部に渦巻いていた圧力が一気に解放される。
扉の前後を固めていたバリケードを破壊し、その圧力によってか、白煙の中ゆっくりと扉が開かれた。その光景は、まさに神話の一幕のようであった。
「さすがだ!っしゃいくぜぇ!」
キーンは叫びながら、迷いのかけらもなく爆心地へと踏み込んでいく。
すでに槍を構えており、笑みの奥からじわりと死の気配が滲みだす。
踏み込んだ先は、二人の予想通り魔王城の王座がある広間だった。
金と白を基調とした過剰装飾の壁、まるで結婚式場のように華美すぎる天蓋、意味もなく乱立するシャンデリア。だが、グリッドの視線は内装ではなく、玉座の前に鎖で繋がれた三人の冒険者達の姿に釘付けとなる。
鎖が蛇のように動き、三人の体を縛り上げて空中につるしている。
その顔には、二人とも見覚えがあった。
エリス・グリーン、アルヴァル・エーリクソン、レオニード・ヴァレンコ。
彼らはドラゴン討伐にも参加した最前線級の冒険者である。エリス・グリーンは剣裁きの上手なイギリス人女性で、彼女を挟み込むようにつるされているのは≪鉄壁兄弟≫として知られる二人の盾使いだった。
そして、彼らの後ろでふんぞり返っている者こそ、この魔王城を統べる王 “ハイキブツ” である。
「さすがだな、キーン! マジで女じゃねえか。」
パチパチパチ。
現れた魔王ハイキブツをみて、グリッドが手を鳴らす。
銀の棘を逆立てたような髪の毛、目元は毒を含んで紅で彩られている。
肌は不自然なほど白く、それでいてやたらと露出の多い衣装には禍々しい宝石が沢山ついて光っている。
「…………っ」
高みからすべてを見下ろし、歯をギリギリと食いしばり、無言で拳を震わせている。
「俺の好みじゃないんだが…まあ、殺すか。」
その一言が引き金だった。
玉座の奥でふんぞり返っていた魔王が、まるでスイッチでも入ったかのように叫び声を上げた。
「誰よ!だれだれだれだれだれだれッホントに皆使えないィィィィィ!!!!!」
甲高く、耳をつんざくような声。次の瞬間、椅子のひじかけに置いてあった金の水差しが、中身をぶちまけながらグリッドの方へと投げつけられる。
「ハハ 落ち着けよ。女性のヒスは、俺が最も嫌いな物の一つなんだ。」
キーンの声は、魔王ハイキブツへは届かない。
「私がこんなに頑張ってるのにッ!なんで!?なんでいつも!いつも!邪魔されなきゃいけないのよぉおおおおッ!!!」
振り上げた杖から、赤黒い閃光が飛び、玉座の脇に立っていた石像が爆散した。天蓋のカーテンが燃え、シャンデリアが落ち、蝶の形をした魔力が暴発するように宙を舞う。
「グァぁ……」
エーリクソン達のうめき声が響く。
鎖に吊るされたまま、体をよじることもできず、彼は顔をしかめた。魔王の攻撃は狙って放たれたものではない。それでも、その魔力の密度と殺意の重さは、無力な者の肉を容赦なく焼いた。
「いい加減、うちのを虐めんでくれや」
――【ドゥームクラップ メドレー】――
グリッドが叩いていた手を止める。
部屋に入った瞬間から、魔王に照準を合わせて密かに【ドゥームクラップ】を重ね掛けしていた。
その手を止めることで、叩いていた分だけ爆発が引き起こされる。
ドッドッドッドッドッドン!
爆発が、空間を引き裂いた。
重なり合った魔力の層が一斉に炸裂し、広間の中央に轟音と閃光の嵐が巻き起こる。
天井を這う炎はステンドグラスを粉砕し、音と熱と圧が空気そのものを歪ませる。
「……よし、一発は通ったな」
グリッドが舌を鳴らしながら前に出る。鎖で拘束された三人に歩み寄ろうと思ったのだ。
だが。
次の瞬間、灼熱の爆煙の中心から、コツ…コツ…と高いヒールの音が響く。
≪「今のはお前だなっ!?」≫
≪コードキー“爆炎の指輪”の使用を検知しました。≫
無傷で現れた魔王が、声を荒げてグリッドを指さす。
全く異なる音を無理やり重ね合わせたような、声の不協和音が空間に響き渡った。
≪「お前らが私を攻撃していいわけないだろぉぉォオ!!!!!!」≫
≪個体名キング・グリッドによる世界管理システムへの攻撃を検知しました。System-Law 5.1.1/2.3.1に基づき、制裁措置を実行します。対象コードキー“爆炎の指輪”のアクセス権を凍結します。 ≫
グリッドの左手に嵌められた指輪が、キィィンという金属音とともに赤い光を失った。
それがこの世界の理。