同釜飯食の友
帆世は焚火の前で、静かに意識を内へと向けた。
パチパチと燃える音が、次第に遠のく。代わりに、目の奥には銀色に輝く刀の残像が浮かび上がる。
こもじの抜刀。それは、真の意味で自分に向けられることはないだろう。だが、間違いなく命脈を断つ威力を孕んでいた。
問題は——
超速の戦闘についていけるはずの知覚を持ってしても、私はあの攻撃に対してまったく回避行動を取れなかったことだ。
焚火が、濡れた服から水分を吸い上げ、大気へと還元していく。その湯気の立つ匂いの中で、私はさらに意識を没入させ、あの瞬間を何度も思い返す。
初速から最速に至るまでの時間が極めて短い攻撃——
それを、ちょうど私が膝を伸ばし切ったタイミングに合わせてきたのがカラクリだと、結論に至った。
ゆっくりと立ち上がる。つられて、“ゆらり”と湯気が立ち上る。
焚火の光を背に、想像上の銀閃を躱すべく、何度もステップを踏む。
膝を曲げる。——というより、腰を落とすような感覚。うん、実践してみよう。
それにしても、“どうしても避けられない攻撃”に対しての対策は考えておくべきね。
こもじのように後の先を狙ってくる相手。あるいは、昼の魔女のように範囲攻撃を仕掛けてくる敵もいる。
思考が積み上がるとともに、体は最適な動きを模索し、動き続ける。
気がつけば、1時間以上は地面を蹴り続けていた。生い茂っていた草はすっかり踏みにじられ、黒っぽい地面が露出している。
「……あぁ~っ、疲れたー。」
肩を回しながら、大きく息を吐いた。何があるか分からない場所で疲れ切るのも愚策だと思い、切り上げる。
朝から動き続けている割に、体がそれを当然とばかりに受け入れているのが驚きだ。
**身体強化の恩恵は、知覚だけでなく、体力にも及んでいる。**これは嬉しい誤算だった。
「……それにしても、お腹が空くわね。」
おもむろに足元のソフトボール大の石を拾い、少し離れた草むらに向かって全力で投げる。
——ゴッ!
砲弾のような勢いで投げられた石が、草木を薙ぎ倒しながら、数メートルに渡って破壊の筋を作る。
同時に、草むらから小動物が飛び出した。突然の災害に見舞われた動物たちはパニックだ。
「いっぱいいるじゃん!」
その中でもひときわ大きな影を目掛け、全力で走る。
距離が縮まると、それの姿がはっきりと見えた。
1本の角を持つ巨大な兎。土を蹴り飛ばしながら、一回の跳躍で数メートルは進んでいる。
長いドロップイヤーの耳を風になびかせ、ごわごわとした毛並みは野生の羊を想起させた。
「——仕留めるッ。」
手にした木の杖を強く握る。
昼間、魔女が持っていた杖だ。何の能力もない、ただの木の棒。だが、手には馴染んでいる。
スキルは使わない。純粋な身体能力のみに頼った全力疾走。
さらに数センチ深く踏み込み、兎に並ぶ。右足のかかとを地面に突き刺し、腰から腕の先までの筋肉を最大限に捩じる。
そして——
——ドガッ!!!
「——プブギィャッ!」
兎の胸元へ、木の棒を打ち込む。確かな手応えと反動に、重心が明後日の方向にブレる。おっとっと、ギリギリ転ばなかった。
仕留めた兎を引きずり、拠点へ戻る。普通の兎であれば、素手で腹部の皮を裂いて解体できるが、今回の獲物は大きすぎた。まず湖へ行き、血抜きをする。慎重に皮を剥ぐ。
剥ぎ終えた毛皮を横に置くと、兎は痩せて見えた。しかし、筋肉は十分に発達しており、肉質は柔らかい。見た目通りの草食なのだろう、腸が長く、肉に嫌な臭いはしない。
「よし……。」
準備は完了。あとは焼くだけ——
そんな時だった。目を細めて、湖岸の傍らを見つめる。あの大きなシルエットと、ずんぐりした体格は間違いなくこもじだ。
だが……こもじだけではない。その隣には、幸薄そうな美女をつれて歩いてくる。
緋色の巫女服を纏い、月光を反射する長い髪。
どこか儚げな雰囲気を漂わせながら、それに反する存在感を放っている。
( ๑❛ᴗ❛๑ )ダレダソノオンナ
----------------------------------------------------------
(´・ω・`)あの~、さっき話しかけられた方なんですけど、
こもじさんが、恐る恐るといった風に、拠点にいる女性の方に話しかける。
白衣を血に濡らした方がこちらを見て微笑んでいる。笑顔、そのまま表情を動かさない姿は怖い。
「突然の訪問、失礼いたします。私は巫 唯依と申します。話を聞いていただきたく、お二人のもとへ参りました。ご無理を言っているのは重々…」
私は言葉を言い終える前にさえぎられる。
「こもじ!連れてきたものはしょうがないわっ。ベッドを作ってきて、あっちに苔生えてたのを乾かしてるから。」
そう言って少女は私を焚火の側に座らせた。手首で脈を取られ、いくつか質問をされる。てきぱきとした仕草に、声を挟むタイミングを見失っていると、竹の筒を手渡される。
「熱いから、気を付けて飲んでください。湖の水を竹で沸かして、松の木の葉が入っています。」
「おいしい…。」
温かい飲み物に、体が内側からほぐされていく。爽やかな香りのするお茶を飲み終わるころには、しばらく前から感じていた頭痛がとれていた。
「脱水に過労、あと過度な緊張が続いていたんでしょう。よくある症状です。おそらく、大切なお話というのは、多くの人の命がかかっているような、そういうものなんじゃないでしょうか。」
うまく言葉が出てこない私に、少女が優しく言葉をかける。まさに、その通りだ、だから——。
「だから、まずは体を休めてください。次に心です。その次に、お話を聞いて一緒に考えましょう。」
ご飯食べたら聞きますから、ゆっくりしててください。
そう言われた。どうやって説得したら協力してくれるのか、そればかりを考えていた。
それなのに、 “一緒に考えましょう。” と、彼女は言ってくれたのだ。その温かさに涙が溢れてしかたがなかった。
彼女は焚火の前にしゃがみ込み、手際よく調理を進めていく。串に刺したウサギの肉がじっくりと炙られ、肉汁が脂となって炎に滴る。香ばしい匂いがあたりに広がる中、パチパチと木が爆ぜる音だけが響いている。
(´・ω・`)うまそー!
こもじさんが両腕に大きな木の柱を抱えて、森と焚火を往復する。すでにあるベッドより、大きなものが建てられていく。木に支柱を渡し、そこに地面に斜めに刺さるように木の枝をかけていく。その上に落ち葉を敷き詰めて、あっという間に屋根が完成した。
三人で焚火を囲んで、兎肉をほおばる。歯を立てた瞬間、薄い肉の皮がぷつりと裂ける。脂はさらさらとしており、ほのかに甘い。赤身の肉は味付けをしなくとも、旨味が十分に感じられた。滋味深いと表現するべきだろうか、肉のうまみの中に、微かにアワビやサザエなどの貝に含まれるような風味が香る。
食事をとることは、その場が安全なのだと脳に理解させる。次第に、三人の間で他愛もない会話が紡がれる。
「さて。焚火を囲んで、同じご飯も食べた。話を聞きましょうか。」
----------------------------------------------------------
(´・ω・`)既視感ある光景っすねえ
穏やかな空気をそのままに、しかし重要な話を前にその場の重力が少し増した気さえする。帆世静香は、こういう場を整える手腕は天才的だ。
いつの間にか場を支配し、コントロールしはじめる姿を、こもじはゲームを通して隣で見続けてきた。今夜も、話始める前に味方に引きずり込んでいる。
「…もう一度名乗らせていただきます。私は、巫 唯依と申します。」
巫女の服を着た巫さん。普通の名前というより。社会的に巫女が重要な身分だから名乗ったのだろう。
「この場にはおそらく、6つの世界から集められた代表が来ています。」
一言一言を噛みしめるように語る。
「その世界と来ている人物について、知っていることを全て話します。」
「そして、話し終わったら、私を殺してください。この命が、最後の対価です。ですから…どうか、どうか私の世界を救っていただきたいのです。」
巫はその場で地面に手をつき、頭を下げようとした。
「——っ、おっと。だめですよ、巫さん。」
止めたのは帆世静香。自身も地面に膝をつき、流れるように巫の体を抱き起す。
(´・ω・`)うんうん。
そんなに頭を下げる必要はない。
「本当に、ありがとうございます。それでも、私はできるだけ早く帰らなければいけないのです。」
座り直した巫さんだったが、決意は変わっていないようである。文字通り、死んででも帰るという強い覚悟。
不透明だったこの世界の情報が、巫女の口から話される。それは、最初から最後まで悲劇の、人類の歴史だった。
【巫女世界】
巫 唯依のいた世界。
当時の人類の代表だった男と、巫は懸命に戦っていた。
巫は神に仕える身分であり、世界中に遍く存在する土着の神と語らうことができた。
ある時、代表は死に、巫が代表となる。