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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
特別章 冒険しましょう。
139/163

アドベンティア編 ドラゴンの卵を探せ! 其の2

【アーク・レイモンド】

主な称号:[見つけ屋]

所属クラン:アドベンティア万事屋ギルド

主な保有武器:ボロボロのロングコート

身体強化無し

スキル:シーカーLv3


あなたが、全ての記録の閲覧権を持つ人ならば、この記録を目にするだろう。


探索物の依頼回数10100回

探索物の発見回数10098回


探し物という分野において、彼の右に出る人間はいない。たった二回の失敗に目を瞑れば、世界中あらゆる物を探し出してきたのだから。


もっとも、その二回に目を瞑れない人間も存在するのだが。





「アーク!すまない、待たせたか?」


今日はドラゴンズネストに挑戦する日だった。

待ち合わせ時間よりも1時間早く到着したのだが、酒場DDDの前にアークが立っていた。

ボロボロのロングコートと年月を感じさせるカーキ色のリュックサックが、彼の雰囲気に馴染んでいる。


「いんや。さあ行こうぜ。」


彼が酒を飲まなかったのは、アドベンティアに訪れて以来、今日が初であった。

それを知っている酒場の常連が、何事かとジロジロと眺めている。


「よし。その前にいくつか買い物だ。」


どうせジルはまだ来ていない。

彼を連れて向かったのは、アドベンティアで馴染みにしている道具屋だった。変に喋りかけて来ない寡黙な店主が経営している店だが、品揃えは悪くない。


「オヤジ、彼に合いそうな装備を一式見繕ってくれないか?」


店主が分厚いメガネをかけ、じろりと私達を見る。そのまま無言で店内を歩き始めた。


「お、おい。俺は...」


「いいじゃないか、ここの店主は意外とお洒落にも気を使ってくれる」


「そうじゃなくてだな...」


貰った金を全部酒につっこんでいるのは、何となく察していた。

店主が一通りの道具を抱えて、カウンターに戻ってくる。それを見て、ある物が足りないことに気がついた。


「オヤジ、彼の防具が欲しいんだが、レザーアーマーとかないのか?」


ぶっちゃけ、防具以外はだいたい揃っている。

一番の目的だったレザーアーマーが入っていなかったので、聞いてみる。いつもは言わなくても伝わるんだけど……


「...レザーアーマーは、必要ない。そのコート、良い品だ。」


寡黙な店主が、メガネのレンズの奥から睨むように、アークのコートをじっくりと見定める。


「そうなのか?」


「ああ、女房が作ってくれたコートなんだ。ツギハギしながら、ずっと使ってる。」


そう言ってコートの内側を見せてくれる。

大小様々なツギハギ跡があり、それでいて丈夫な動物の皮で補強された逸品となっていた。


「そうか!それなら、他の品を貰おう。」


「3100ドルと5セントだ。」


日本円にするとだいたい46万円だ。

この店主、端数まできっちりと請求してくる。


「オヤジ~、あたし常連だろ?ちっとばかしまけてもいいんじゃないか?」


そう言ってみると、店主は無言でゴソゴソとカウンター下の金庫の中を覗き込む。


「これを付けてやる。“価護のペンダント” だ。」


店主が出したのはくすんだ銀色のペンダントだった。首から下げる形状で、中身は空っぽだ。


「中に入れた物の価値に応じて、その身を守ってくれる。」


「おもしろいアイテムだなっ 是非それも欲しい!」


ダンジョン産のアイテムは、性能にかなり偏りがある。だが、店主の出してくれたペンダントからは頼りにできそうな雰囲気を感じた。


「4630ドルと5セントだ。」


「ったく高いよ!でもありがとな また来るよっ」


支払いを終え、店を出る。

いつもこんな感じで、今まで値引きしてもらったことは無い。


アークが買った装備を身につけると、先程よりも冒険者の風格がでてきたように思える。


「似合ってるじゃないか」


「姐ーちゃん、すまねえな。」


「気にするな、依頼の前報酬だと思ってくれ。それと、ペンダントにはこれでも入れておくといい」


アークには、竜から剥がした鱗の欠片を手渡す。これも、それなりに価値のあるアイテムではあるだろう。


どのくらい効果があるのかはわからないが、オマケとして考えれば十分だ。


買い物をしていると、すっかり良い時間になってしまった。ジルを待たせても可哀想だし、急いでDDDに戻ろう。


「ジルが待ってるかもしれないから、ちょっと急ぐぞっ」


そう言って振り返った瞬間


「吾輩をお呼びですかな?」


「うひゃぁ!?」


目の前に、真紅のコートを羽織ったジルが、まるで舞台の幕が開いたかのように堂々と立っていた。

北風ボレアスが宿ったブーツに、手袋までピシッと揃えた完璧な装い。首元のスカーフが風に揺れ、彼の奇妙でありながらどこか品のある微笑を際立たせている。


「うおっ……俺も気が付かなかったぜ」


一拍遅れて、アークも驚きの声を上げた。

その様子を見て、ジルは実に満足そうに口元を吊り上げた。

いたずらが成功したときの、子供のような無邪気さを残した笑顔だ。


「おや、アーク殿。昨日とはまるで別人のようですな。」


さっと装備を一瞥して、にこりと微笑む。


「姐ーちゃんが色々準備してくれたんだよ。気分まで、ちったあ冒険者らしくなったようだぜ」


へへへ、とアークが笑う。

少し照れがある様子だったが、新しい装備を身に着けた時の高揚感は、誰しも共感できるのではないだろうか。


「よーし それじゃドラゴンズネストへ出発しよう!」


三人で、まずはアドベンティアのダンジョンの門をくぐる。

一時的にダンジョン攻略が禁止されている影響で、ダンジョンの入り口には普段の活気は無かった。入り口の近くでは、対魔王城攻略の準備が物々しく行われている最中だ。


「やあ、ここはまるで軍事基地だな」


ダンジョンの入り口で暇そうに見張りをしている男に声をかける。

小型輸送機や機関銃などありとあらゆる兵器が搬入されているのを横目にしてそう言うと、見張りの男はあくびを噛み殺して門を開けてくれた。


「うちのボス達が魔王城攻略に本気を出してるのさ。あんたらも参加するんだろ?」


「ああ、よろしく言っといてくれ。ダンジョン中盤まで行かないといけないクエストを受注しちゃったんだよ」


もちろん嘘である。

キーンやグリッド達から変に目をつけられたくなかったので、適当なことを言ってごまかすことにした。


「おう お気をつけて」


冒険者として一定のランクを越えている私たちは、特に止められることも無くアドベンティアに入ることに成功する。


「どもども~」


ダンジョンに入ってみると、さすがにドラゴンの遺した爪痕は深いことが分かる。


「こんな風になってたのかよ…」


「そうか、アークはアドベンティアに入るのは初めてか。」


初めて見たアドベンティアは、かなり衝撃的だろう。

青々と広がるはずの平原は、ドラゴンの暴れた場所だけぽっかりと何も生えていない。地面がドラゴンの炎に溶かされていく光景は今でも覚えている。


炎で融解した岩肌が冷え固まり、まるでガラスのように鈍く光る場所もあれば、爪や尾で薙ぎ払われたであろう大地が抉れ、巨大な溝をつくっている場所もある。そんな生々しい戦闘痕は、たとえその時居なかった冒険者たちであっても恐怖を感じるには十分すぎる光景である。


「先の戦いでは、PTSDになった方が多く出ました。母竜が生きていたら、卵を盗むのは命がけだったでしょうなあ。」


ジルが感情の起伏を抑えた口調で言う。

彼の言葉は淡々としているが、その奥には痛ましい記憶が滲んでいた。


確かに、その通りだ。人の身で到底抗えないような脅威を目の当たりにして、心のどこかに修復できない傷を抱えてしまった人が少なくない人数いるのだ。

ダンジョンで採れる薬草は、体の傷には効果抜群だが、心の傷には効かないらしい。


ある者は、心砕かれて日常生活をも満足に送れず、時々思い出してしまう記憶におびえている。

ある者は、自分の限界を知って絶望し、街を離れて一般人相手に力を使うようになった。

ある者は、ドラゴンを討った英雄に魅せられ、弱った精神を依存させることで心を守ろうとした。

ある者は、生物の天井無き可能性に魅せられ、かつて以上にダンジョンの深淵に進むことを切望した。


「ジルは、あんまり心病んで無いようだな。一番危ない目にあったってのに」


この男は、ドラゴンブレスを阻止した立役者であり、私の命を救った恩人だ。

ブレスのタイミングで口を閉ざされたドラゴンは、炎の奔流を吐き出すことができず巨大な爆発を引き起こした。その爆発の最も近くにいて、生還してきたのが、ジル・レトリックという男なのである。


「ドラゴンの頭に乗り、鱗を盾に戦う稀有な体験でした。ようやく、帆世静香殿を超える映像が撮れたと心躍っていたのですが、ドラゴンの記憶に苛まれている人を想うと公開には至れませんでした」


そんなことは聞いていない。

ジルはエンターテイナーを目指している風で、世界中を沸かせた帆世さんのことをライバルと思っている節がある。たしかにドラゴンと戦った様子を公開すれば、世界中の人が見るだろう。


だが、超一流のエンターテイナーを目指す彼にとって、自分の公開した映像で苦しむ人がいるというのは、ポリシーに反する行いらしい。


「お前よりタフな精神を持った人はいないだろうよ。帆世さんに直接映像を贈れば、結構楽しんでくれる気がするぞ」


あの人は、意外とそういうのが好きだから。


「それは名案ですな! しかし、世界中を沸かした上に、敵対した相手まで魅了した彼女にはまだまだ及びません。吾輩の人生で、初めての絶望やもしれませんな。」


安い絶望だな、おい。


「帆世静香ってのは、実際どんなやつなんだ?」


会話を聞いていたアークが興味を示す。

“帆世静香”という名前は、すでに特定の人名を指すというよりは、誰もが知っている現象とか象徴のように使われている気がする。

恐怖と力の象徴だったドラゴンが現実に現れ、現実世界でのんびりしていた帆世さんが希望と力の象徴になる世の中なのだ。


「あたしが育った夢想無限流という剣術道場にな、帆世さんが来た日……」


門下生のなかでも最高位にいた片倉先生を斬り、夢想無限流免許皆伝に導いたこと。

剣の現人神として君臨する柳生先生と熱戦を繰り広げ、柳生先生が新たな冒険に出るきっかけを作ったこと。

兄弟子である、問題児こもじとの関係。(私もかなり気になる)

話してみると意外と普通の女の子で、それでも一緒にいると勇気を貰える英雄であること。


進化の箱庭第六層に行ったとき、多くの村人が帆世さんについてキラキラとした顔で語ってくれたこと。

語尾に「ぽよ」とつくときは、帆世さんの身内に認められたサインであること。


「それは重要情報ですな。」


メールを送ると、めちゃくちゃレスが速いこと。読むよりも早く長文をおくられてきたりする。

実は実際に戦う姿はあまり見たことはないこと。

ルカが帆世さんのガチ信者になっていて、彼を悪魔から救い出してくれた時の話。

一番好きなことは、食べること。二番目に温泉。三番目にこもじにイタズラすること(本人談)

好きなシャンプーは、ミシャシリーズ。私も使わせてもらっている。


(ミーシャさんとの関係は、内緒だよな…?)


「うーん…もともと普通の女で、ここまでになるもんか?」


アーク曰く、スーパーマンのような剛毅無双といった人物だと想像していたらしい。

その分、意外と普通に女の子している話には驚いていた。


「女の身なのは、あたしもだ。帆世さんに追いつきたい気持ちで、こうしてアメリカまで来たんだけどなっ」


「あ~、たしかにそうだな。姐ーちゃんは、酒場でも良い噂ばかりだぜ」


そうして喋りながら、ドラゴンが移動した灰と炭の焼け痕を辿って、ダンジョンを進んでいく。

今でも気配が染み付いているのか、モンスターに全く遭遇しないため、想定よりも早く進むことができていた。


「おっ 多分そこに宝箱があるぜ」


アークが、雑草とツタが絡み合った茂みの奥を指さす。

草をかき分けて進んでみると、細かい棘がびっしりとついた茨の塊が出てきた。


「こんなところに、本当にあるのか?」


誰もがすぐに引き返す光景である。


「多分な。もうすぐそこのはずだぜぇ」


「分かった。二人ともちょっと離れてろよ」


私は茨に覆われた茂みに、刀を振るう。夢想無限流へと昇格したスキルによって、自然と振るうべき剣筋が見えるようだった。

絡み合った茨が、快刀乱麻の如く斬り裂かれ、その奥に隠されていた金属に光が反射する。


「おお、アーク殿の言う通りですな」


出てきたのは、重厚な金属製の宝箱だった。

古びた装飾と錆びついた鍵穴は、長いあいだ誰の手にも触れられていなかった証だ。


「へへっ 鍵は……随分遠くにあって、動いてるな。きっとモンスターの体内に隠されてるみたいだぜ」


俺じゃあ宝箱は見つけられても、鍵はとれねえな と薄く笑った。


「そこは吾輩にお任せあれ 鍵というのは、製作者との知恵比べなのです」


見たことの無いタイプの鍵であるはずだが、ジルにとってはどれも同じらしい。

彼に言わせれば、本当に開けられたくなければ、そもそも鍵穴など必要ないのだ。鍵穴があるということは、製作者が開けてほしいと言っているようなもの。


ガチッ ギギギィ


ものの一分で、ジルと謎の製作者の知恵比べは終わったようだ。

ぱらぱらと錆屑がこぼれながら、長い間放置された宝箱が口を開く。


「なんだ、それ」


興味津々に覗き込むアーク。

私も中身を知りたい。


「本のようなものが出てきました」


それは、煤けた日記帳だった。

どこかの誰かが、わざわざ宝箱にいれてまで残したかった記録の書かれた日記帳。


もっとも、書いた本人が宝箱にいれたわけでは無いかもしれないが。


「著者は精霊の研究者のようですな。」


・煤けた日記帳

精霊の研究者が記した日記帳で、晩年の人生をかけて火の精霊の復活に取り組んでいたようだ。

精霊の存在、隠された特性、会いに行く方法、精霊の好物、色々な情報が几帳面に記されていた。


「ちぇ…ハズレかよ」


レアアイテムを期待していたアークが、小石を蹴とばす。

だが、私はその日記帳がそこまで価値のないものとは思わなかった。


「そういうな、アーク。あたしの靴だって、精霊に貰ったんだ」


まだまだ世界は広い。

色んなところに隠された冒険の入り口を見つけ、歩けるところまで歩いてみるのも良いだろう。


「まずはドラゴンの卵だけどなっ 精霊を探すときは、またアークに依頼しよう」


「へへ 姐ーちゃんなら安くしとくぜ」


寄り道も回り道も結構楽しいなと思った。

Q.ドラゴン討伐の前後の流れが複雑です

A.複雑なので頑張って書きます


1.どこか別の世界線で、使徒だった死神VS使徒だったドラゴンが戦いを繰り広げていました。ドラゴンは火の精霊を捕食することで力をつけ、死神を辛うじて撃退。生命力を大きく失い、さらには精霊から恨まれる存在になりました。


2.ドラゴンは子孫を残すために放浪。ようやく卵を産みました。


3.ドラゴンズネストがアドベンティア内に誕生。同時に討伐隊の結成が進みました。


4.≪前日夜≫キーン&グリッドが、ドラゴン討伐に備えてレベリングを実施。そのため前日夜に物資を輸送していた輸送隊1が虐殺されました。そして、なにかをトリガーに死神が召喚されてしまいました。


5.キーンに死神が受肉し、主導権を争って精神世界に突入。思いのほかキーンがタフだったため、主導権争いが長引いて、キーン気絶。グリッドがキーン担いで街に戻ります。


6.ドラゴンが死神の匂いに気が付き、ネストを飛び出して死神を追跡。すべては我が子を守るため。匂いを追いかけて街に向かう途中、多くの冒険者に足止めされ、マリ&ジルが間に合いました。


7.マリ&ジルの健闘により、ドラゴンは瀕死に。そもそも死神との戦闘、卵を産むことでほとんどの生命力を失っていたことが敗因でしょう。


8.死神を完全に抑え込んだキーンが戻ってきて、ドラゴンの首を落としました。



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