表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
特別章 冒険しましょう。
138/163

アドベンティア編 ドラゴンの卵を探せ! 其の1

「ひっく……俺はアーク。お前さん達、()()()をしているだろ?」


アークと名乗った男を見る。

くたびれた革のロングコートに、ボサボサの灰色混じりの髪。

片方だけレンズの割れたゴーグルを首から提げ、タバコの焼け跡がついたシャツはいつ洗ったのかも怪しい。


まさに、飲んだくれの愛称がふさわしい風貌をしていた。


「アーク、というのか。あたしはマリ、こっちはジルだ。探し物というのは?」


「へっ あんたらの名前くらい分かってるさ。俺がそこまで耄碌して見えたかい?」


アークが空になったグラスを揺らして、薄く笑う。


「え、いや…そういうつもりじゃなかったんだ。失礼に感じたなら申し訳なかった。」


一瞬言葉に詰まったが、アークは言葉のわりに気にしている風ではない。

どちらかというと、自嘲しているような口調だった。


「それで、アーク殿。吾輩たちにどんな話があるのか、教えていただけますかな?」


ジルが穏やかな調子で促すと、アークはグラスを机に置き、代わりにウィンドウを開いて見せた。


≪クエスト:ドラゴンの卵を探せ≫

受注者:アーク・レイモンド

達成条件:ドラゴンの卵を探し、禍縁の者へ渡せ

報酬:聖涙の花


「俺のスキルがこー言ってるんだ。この禍縁の者というのは、姐ーちゃんのことだってな。俺とPTを組んで、一緒にドラゴンの卵を探しに行ってくれねえかい?」


アークは片目を細め、タバコの焦げ跡が残るシャツの襟を無造作に直した。

酔っているようで、その目だけは妙に醒めていた。


「頼まぁ…この通りだ。」


「もちろんだよ!むしろ、こちらからお願いしたいくらいだ。ジルもそれでいいか?」


私は即答し、隣の仲間にも目を向ける。


内心 “なるほど”、と思っていた。


アークの言葉は、半分正解だったのだ。私たちは確かにドラゴンに関する情報を集めていた。そして、ドラゴンの卵もその一つに含まれていた。


なぜドラゴンを調べていたか――それは、私にかけられた呪いに関係していた。今でも私の心臓に燻っている呪いの力は、ドラゴンとの何かしらの縁に深く結びついており、私はそれを解かなければ、街を出ることすらできなかったのだ。


しかし、ドラゴンズネスト――ドラゴンの巣があるダンジョンの入り口では、私たちは何度も弾かれた。まるで“挑む資格”がない者を拒むかのように。これは他の冒険者たちも同様で、何らかの条件を満たさなければ入れないのだと推測されていた。


だからこそ、アークの話を聞いて、腑に落ちた。

このクエストを受けることこそが、ドラゴンズネストへの鍵だったのだ。



「ウィ。吾輩に異論はございません。ただ…アーク殿にも何か並々ならぬ理由があるように見えますな。」


相棒も了承してくれる。

同時に、ジルの灰色の目が、くたびれた男の姿を映して見透かすように問いかけた。


「…ああ、あるよ。俺が欲しいのは、金でも力でもねえ。」

「ただ、報酬にある“聖涙の花”を譲ってくれ。それさえ良ければ、俺が必ずドラゴンの卵まで二人を案内するぜ。」


問いかけられたアークは、一瞬言葉を詰まらせた後、理由があることを認めた。

その理由とは、クエストを達成することで得られる報酬だったようだ。多くのクエストには直接的な報酬が無い事が多いが、時々高難易度のクエストに報酬が設定されることがある。


絶対にクリアしろと言わんばかりに、受注者にとっての大切なものが設定される傾向にあるようだった。


「“聖涙の花”というのは、初めて聞くな。ジルは知っているか?」


「さあて、吾輩も存じ上げません。」


ジルが首をかしげると、アークは鼻を鳴らして、空のグラスに度数の強い酒を注いで一気にあおった。

何か苦い記憶でも思い出したように、もしくは疼く痛みを押し流すように、衝動的に酒を飲んでいるようだった。


「おいおい…そんなに飲むと体に障るぞ」


「こんなもんで酔いはしねえよ。」


口ではそういうが、グラスをテーブルの隅へおいてくれる。


「“聖涙の花”ってのは、俺の故郷の伝承みたいなもんだ。この花は世界のどこかに一輪だけ咲いていて、どんな病も治すと言われているんだ。」

「……へっ それが俺のクエストに出てきたんだ、都合が良すぎて笑っちまうね」


彼は一旦言葉を切ると、さらに吐き捨てるように付け足した。

興奮か、怒りか、それとも他に何か抱えている物があるのだろうか。強く複雑な感情が渦巻いて見えるようだった。


どんな病でも治す花…か。

それがあれば、私の母は救われていたんだろうか。つい、そんなことが頭をよぎった。


「アークは、どこか悪いのか?」


小刻みに震える背中に手を回し、私に出せる最大限の優しい声を出す。

無骨な私では、こういう時に気の利いたセリフは出てこない。


「…俺だったらどんなに良かったか。」


苦悩と願いがこもった声が、ぽつりとこぼれる。


「病気なのは、俺の娘さ。まだ小せえってのに、何人の医者を回っても治しちゃくれねえんだ。祈祷師やまじないも、てんで効かなかった。」


「なんだと!?」


彼の返答は、私にとって衝撃を受ける物だった。

急いでカバンの中を漁り、トロールの丸薬と薬草の束を取り出す。


「これを使ってくれッ 足りなければすぐに採ってくる!」


ドラゴン討伐の反省を踏まえて、私は高価な傷薬を複数持ち歩くようにしていた。その全てを机に出していた手を、アークが遮った。

そして、やんわりと首を振るって断られる。


「ありがとよ、姐ーちゃん…でも、それじゃだめなんだ。トロールの丸薬で治せるのは怪我までだ。病気を治すことはできねえんだ。」

「俺は娘の病気を治せるもんを求めて、世界中を探しまわった。そうしてよ…ようやく探し物が目の前にきたんだ…」


アークの全身からにじみ出ているのは、長年の苦労と疲労だった。

だが、優しい表情を浮かべて薄く笑みを浮かべている。


「暗ぇ話して悪かったな。つぅわけでよ、一緒にドラゴンの卵を探してくれねえか?足手まといにはならねえ。」


「ああ、あたし達三人で必ず見つけよう!ふふ…アークはあたしの親父に似てる気がするな。」


PiPiPi♪


≪アーク・レイモンドからPT加入の申請が届きました。≫

ーアーク・レイモンドのPT加入を承認しますか?ー


[YES]/[NO]


ウィンドウを介して通知が届く。

もちろん[YES]だ。ドラゴンの願いを聞いた時以上に、このクエストをクリアしなければいけないという使命感を背負った気持ちになった。



「へへっ よろしく頼まぁ。親父みたいっつっても、俺は50を過ぎたジジイだぜ。姐ーちゃんは二十歳かそこらだろ」


PTに加入したアークと握手をかわす。

ちょっとした照れ隠しなのか、それとも少し気を許してくれたのか、最初の時よりも雰囲気が柔らかくなったように感じる。


「父が生きていたら、その位なのかな。あたしはもう27だよ。」


よく気を使われるが、私は年齢や体重を隠す気は特にない。

まあ剣術一筋な門下生達に囲まれて育ったことで、女性らしさが身に着かなかったのかもしれないな。


「マリ殿は27歳なのでしたか。麗しい見た目に、吾輩も20歳ほどだと思っておりました。」


「ちっ…俺に後乗りしてんじゃねーよ。ジルは…うーん…ダメだこいつの年齢は良く分からん」


「たしかに、ジルは何歳なんだっけ?」


アークと二人で首をひねる。

にこにこと笑っているジルだが、答えを言う気はなさそうだ。


「フフフ 奇術師に真の顔は存在しないのです」


すっと顔を隠すと、次に現れた時にはまったくの別人になっていた。


「うわ!?」


サッ  パッ


表情、顔の皺、髪型、目の色。

あらゆる要素が変幻自在に入れ替わっていく。

そのどれもが、一人ずつの実在する人物であるように、不自然さの欠片もない。


「ストップストップ!なんか怖いからやめてくれよっ」


私の脳みそが混乱してきたので、ジルの変装ショーを辞めさせる。

するといつもの顔に戻って優雅に紅茶を入れ始めた。


「吾輩は千の名前と万の顔を持っております。どれが本当の自分なのか、時々分からなくなってしまいますよ。ハハハ」


「いや、怖えーよ。冗談…だよな?」


「アーク殿も、紅茶をいかがですかな?お口にあえばケーキもどうぞ。」


急に始まった手品のせいで、いつのまにか三人とも馴染んだ雑談に移行していた。


「また“月夜のルリユール”のケーキか!? あたしも貰えないだろうか…」


「ウィ もちろんでございます。前回とは趣向を変えてみました。」


いつも不定期にしか開店せず、それでも一瞬で売り切れてしまう幻のケーキ屋だ。

出てきたのは深緑のクリームに、銀色の粉がかかった不思議なケーキに目を奪われる。


「レアチーズケーキの一種です。どうぞ召し上がってください。」


早速いただくことにする。

前回のふんわりとしたスポンジと比べて、今回はねっとり密度の高い質感がフォークに伝わってきた。しかし硬いというわけではなく、力をいれなくとも滑らかにフォークが入っていく。


ケーキの底には、サクッとしたクッキーがしかれていて、持ち上げても型が崩れることは無い。


「バカうめぇな!?」


アークがばくばくとケーキを口に運び、一瞬で完食してしまった。


「アーク!もったいないぞ!?」


つい大きな声が出てしまった。

酒場の連中の視線が集まり、私は自分のケーキを隠すようにテーブルに身を乗り出す。


「いえいえ、まだおかわりがございますから^^」


「ほんとに?」


ジル先生、月夜のルリユールでケーキを買うコツを教えていただけないでしょうか…


そんなこんなでPT結成の歓迎を兼ねて食事会が始まり、ジルとアークの人生経験談や、私の生まれ育った日本のことについての話で盛り上がった。


進化の箱庭について、二人とも興味を示しており、そこを最速で攻略している師匠の話も弾む。

天下無双の剣の使い手であり、世界のシステムから[剣神]と認められた生きる伝説。


「先生は、あたしが小さかったころから、ずっとおじいちゃんだったぞ」


道場に引き取られたのは7歳か8歳のころだったと思うが、その頃から全く姿が変わっていないのだ。


「ジルとは真逆の意味で怖えーな……」


「たしかに、ジルとは真逆だな。」


千変万化の術を持つジル。

剣のみを極め抜いた夢想無限流柳生隼厳。


この二人の組み合わせも、何が起きるのかわからないドキドキ感がある。


「吾輩も、是非お会いしてみたいですな。」


「ハハッ 紹介するよ。ついでに修行をつけてもらうといい。ま、それもドラゴンの卵を見つけたらだな。」


そうじゃないと、私はこの街を出れない。


「そういえば、“魔王城攻略”の募集も出ていたが…二人は行かないのか? 俺は戦力はからっきしだが…二人は呼ばれるだろ」


たしかにその募集はかけられていた。

キーンとグリッドから再三の参加要請も貰っている。


だが…あまりにきな臭い。あの二人には可能な限り近寄らないようにしたいのだ。


「フフ この街の有名冒険者が数多く参加されますから、吾輩たちが居なくとも問題ないでしょう。吾輩なんて、ドラゴンを相手に死にかけましたからな ハハハ」


「そうか…だが、明日はそのドラゴンもいねえからな…よろしく頼むわ。」


「ああ、あたしも頑張るよっ 娘さんのためにも、必ず卵を見つけるぞー!」









この時、■■■が■■なんて

         誰が予想できただろうか。



Q.マリちゃんの行動可能範囲は?

A.街の中にダンジョン(冒険)の入口があって、そのダンジョンの中にもう一個ダンジョン(竜巣)があります。


なので、マリちゃんは街から出れない=ダンジョンに行かなければいけない。というドラゴンの呪いにかかってます。


Q.街の名前とダンジョンの名前は?

A.どっちも、通称アドベンティアです。

正式名称ではないが、なんとなく皆がそう呼んでる感じです。アドベンティア(街)のアドベンティア(ダンジョン)に行くぞ、みたいな会話もあります。


Q.ジルの交友関係広くないですか?月夜のルリユールとか、靴職人とか…ご都合主義?

A.フフフ 吾輩、顔が広いものでして。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ