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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
特別章 冒険しましょう。
133/163

アドベンティア編 火炎は禍縁になって 其の1

赤いミラボレアスみたいな姿です。

イラスト描く時間が…

BEEEEEP――!!!


BEEEEEP――!!!


午前二時

寝静まった街を叩き起こすサイレン音が響き渡った。

初めて聞くサイレンであるが、異常なまでにけたたましい音が、何事か恐ろしい事態が迫っていることを告げた。


「何が起きたッ」


ドラゴン狩りを明日に控えた私は、神経を高ぶらせていたせいか、サイレンの音が聞こえた瞬間に飛び起きていた。

半ば反射的にウィンドウを開くと、映し出されているのは、悠然と草原を歩くドラゴンの姿だった。短い動画が、何度も繰り返し再生されている。

そして、その動画と共に、≪キング≫グリッドが怒鳴るように情報を拡散する。


「ドラゴンが巣から出てきやがった!野郎、真っすぐこの街に向かって来ている。全員急いでドラゴンを止めろ!!!」


ドラゴンズネストというダンジョンは、アドベンティアの中でも終盤に近い場所に出現していたはずだ。そこから出てきたドラゴンが、人目に付くことなく街を目指して進んできているという。


(人目につかなかったのではなく…出会った人は皆殺されたと見るべきか…)


街の近くまで来たことで、運よく生き延びた冒険者が、その情報を≪キング≫グリッドに知らせたのだった。動画を見るに、既に第三宿屋付近の平原にまで進んできていることになる。もう街まで数時間の距離だった。


手早く装備を身に着け、部屋を飛び出してダンジョンへ急ぐ。

外に出ると、二つの人の流れがあった。一つはパニックになって街から逃げ出そうと走る人の流れ。もう一つは、装備に身を固め、ドラゴンを討つためにダンジョンへ走る人の流れだ。


「マリ殿!良かった、入れ違いには成らなかったようです。」


人込みの中、颯爽と現れたのは、今回の相棒であるジル・レトリックだった。このタイミングで合流できてよかった。


「ジル!あんな化物を外に出せば、何人死ぬかわからないぞッ」


「しからば、少々急がなければなりませんな。」


ジルがマントの裾を翻した。次の瞬間、風圧が地面を巻き、私の足元がふわりと浮いた。


「ひゃあっ――! お、おい、やめ……やめろっ!」


抗議の声を上げる間もなく、ジルは私の体を軽々と抱き上げた。

そのまま、人込みを飛び越えて、宙を歩く。


「ハハハ! マリ殿は、まこと風のように軽いですな!」


「ふざけてる場合かッ! 落ちたら承知しないからなッ!」


私の怒声もどこへやら、ジルの足元から嵐のような風が渦巻き、家の屋根や壁を使って夜空を駆ける。

雨はいつの間にかやんでいた。


風が頬を切る。背中に感じるジルの腕は妙に安定していて、完璧に蒼翔のブーツ…ジルの場合は北風ボレアスを使いこなしていた。

ダンジョンの出入り口へ最短距離を翔け、そのまま蝙蝠のように空中を滑空してアドベンティアへ滑り込む。


「もういいっ 早くおろせ!」


体をよじってジルの腕から無理やり抜け出すと、足が地を踏むより早く、鼻を突く焦げ臭さが意識を塗り替えた。

漂うのは焼けた草木の焦げ臭いにおいに、獣臭が強烈に混じった風が吹いている。その方向に視線を向けると、闇に包まれたアドベンティアの風景とは対象的に、そう遠くない距離にオレンジ色に染まっている場所があった。


「随分近くまで迫っているようですな。」


背後からジルの声。同じ方角を見ているらしい。


「ちっ…とにかく急ごう。」


私は地面を蹴った。焼け焦げた空気を裂いて走り出す。

火の手が上がっている場所が近づくにつれ、徐々にその様子が明確になっていく。


――いた。


一匹の巨大なドラゴン。

赤黒く鱗が波打ち、全身から灼熱の吐息を滲ませながら、地面に鋭い爪痕を刻んでいる。

その周囲を、二十人から三十人弱の人間が取り囲み、次々と銃撃を浴びせていた。小さな火花が、あちこちで弾けているのが見える。


彼らはおそらく、明日のドラゴン狩りに備えて物資を運んでいた輸送隊だ。

彼らは主攻ではない。それゆえに、ドラゴンの鱗を貫通できるだけの攻撃手段は持ち合わせていない。

だが、それでも必死に己の責務を全うしようと、ドラゴンの進行を遅らせていたのだ。


絶え間ない銃声に負けじと、そのうちの一人にむかって声を張り上げる。


「おい! 私は主攻第五部隊の椿だ。今の状況を教えてくれッ!」


血と煤に汚れた男が振り向き、荒く息をつきながら報告を始めた。


「ツバキが来てくれたのか…!正直助かったぜ…」

「輸送隊は全体で四十名……そのうち半数近くが負傷して、戦線が押されている。重症者も多く、満足に動けるのが十数人だ。」


そこに、周囲の冒険者が数人集まってくる。

本来戦闘に参加する予定が無かった彼らにとって、主攻である私達の到着はずっと待っていた希望の光だろう。

彼らが口々に、知っていることを教えてくれる。


「輸送中の杭や盾、爆薬に銃弾なんかは無事だ。地面に転がっちゃいるが、使えるはずだぜ。もっとも、ライフル弾でさえ鱗に弾かれちまう。」

「ドラゴンは、最初ナニカと戦っているようだったらしい。それから急に街に向かって進み始め、俺らの目の前に現れやがったんだ。」

「戦っていたのは、キーンとグリッドじゃねえか?」「いや、キーン達がそんなとこにいるわけがないだろ。」

「キーンが大けがをして街に移送されるのを見たやつがいたはずだ!」


さすがに情報が混乱している。

キーンもグリッドも、本来は明日のドラゴン狩りに参加する予定である。前日にわざわざダンジョンに入るというのも、おかしな話だ。


それに、今はそんな話をしている時間は無い。

ほとんど無傷のドラゴンが、大気を震わせて咆哮を上げる。


グルゥゥリィィィィ!!!!


その唸りは空気を灼き、耳膜を破りかねないほどの衝撃が辺りを駆け抜けた。

次の瞬間、全長の半分ほどある、長く伸びた尾が獣の鞭のように地を薙ぐ。それだけで冒険者が隠れていた木や燃え落ち、車体が薙ぎ払われてしまう。


バシュッ

私達に向かって飛んできた火炎を、ジルが空中で撃ち落とした。散らばる火の粉を斬り払い、むしろドラゴンの方へ歩を進める。


「情報感謝するッ 怪我人を連れて離脱を進めてくれ。貴殿らのお陰で間に合うことができた。その背中は、必ず守る。」


私の声をきっかけに、ドラゴンを囲んでいた輸送隊が撤退を開始した。

これから続々と主攻が集まるだろうが、それまでの時間を稼がなくてはならない。覚悟を決める時だ。


「すまんな、ジル。無茶を言うが、しばらくの間力を貸してくれ!」


背中を向けた相手を襲うのが、動物の本能である。

傷ついた彼らを逃がすためには、ドラゴンの眼前に立ちふさがって、その注意とヘイトを集めなければならない。そのリスクを、どうか一緒に背負ってくれないか、と相棒に問いかける。


私の知っている相棒ならこう答えるだろう。

“ウィ。――”


「ウィ。貴女の望むままに、今宵は地獄の舞踏会でドラゴンと踊りましょう。」


ちょっと予想を超えているが、うん、だいたいそんな感じだ。

頼りにしているぞ、相棒!


「さァ、征くぞ!」


大気が震え、アドベンティアの夜空を裂くように、ドラゴンがもう一度咆哮を上げた。

その声は空間をねじ曲げ、瓦礫の山を粉砕し、耳の奥を殴るような衝撃波を撒き散らす。


グルゥゥリィィィアァァッ!!


私とジルは、音と熱の奔流に耐えるように踏みとどまり、地を蹴った。

そしてようやく気が付いた。私が追い求めていた理想は、どんな死地でも怯まず戦い、そして勝利を手に帰ってくる英雄の背中だ。


死地を求めてここ(アメリカ)まで来たのだ。

死地を潜るためにこれ(ドラゴン)と対峙しているのだ。


「慌てずとも、こちらから行きましたのに。そんなに情熱的に、誰を探しているのですか。」


宙を駆けるジルが、ドラゴンを煽る。その下で、私は地面を舐めるように距離を潰していく。近づいただけで、じりじりと肌が焼かれるのを感じた。


私がドラゴンに肉薄し刀を構えた瞬間、ものすごい速さで飛来した石礫が、正確にドラゴンの両目に当たった。

これで失明してくれたらという期待むなしく、二重になっている瞼が石礫を弾いたらしい。ぎょろりと眼球が動き、その視線が夜の空を睨んだ。


「少しくらいは怯め!」


目を逸らしたドラゴンに対して、その右前脚に一閃、万全の姿勢で放った最高の一撃が竜鱗を散らして傷を刻んだ。飛び散った血液が、熱された鱗について蒸発する。

返す刀で、全く同じ場所に刃をめり込ませた。人間でいう肘関節を内側から斬りつけたことになり、刃先がたしかに関節の隙間を縫って切断した手ごたえを感じる。


バチ゛ンッ


流石の超生物といえど、関節に刃物をさしこまれるのは苦痛だったようだ。

血液を散らせながら、右前脚を振り上げて地面に叩きつける。鋭い爪が刀と交差し、激しい火花が闇を照らした。


「これを何度繰り返せば、腕をくれるんだ?」


もっともダメージを与えやすい初撃の打ち合い。手痛い反撃を喰らってしまったが、ダメージが通ることは確認できた。むしろ、傷を与えられる存在だと、ドラゴンに示すことができたと言った方が良いかもしれない。

衝撃で口の中を斬ったのか、口に溜まる鉄の味の液体を吐き捨て、剣を構える。


ザシュザシュザシュザシュ


ドドォン…


近くから聞こえる複数の刺突音と、二回の炸裂音が重なった。

見ると両翼に二本ずつ杭が突き刺さり、そこに絡まるようにワイヤーが巻き付けられていく。姿は見えないが、ジルが複数の方向から攻撃しているようだ。夜空の闇から複数の杭が雨のように降り注ぎ、その間をワイヤーが一人で走って絡みついていくのだ。こんな芸当、他にできる人は考え付かない。


そして、二回の炸裂音は、撤退する輸送隊からの餞別だったらしい。

ドラゴンの胴体を守る鱗に、肉眼で見える程度の罅が入っていた。



グルゥゥリィィィアァァムッ!!


それでもドラゴンの進撃は止まらない。

左右の腕を激しく振って、地面に深い亀裂を作りながら、私を振り払おうとする。

右上から振り下ろされる腕と、すれ違うように躱し、胴体を浅く斬りつける反動で二撃目の回避体勢を整える。基本が四足歩行の体格からして、一息で振るえる腕の攻撃は、最大でも三回までだ。


一度でもまともに喰らうことはできない。ギリギリまで攻撃を引きつけ、しかし脚は絶対に止めないように。常に動き続けろ!思考ではなく感性に身をゆだねて、一振りの剣となりドラゴンを縫い留めてみせる。


私の世界から色が消え、音が消え、時間が消え、恐怖が消えた。


「オオオオッ!」


全身の力を込めて、最も盛り上がった爪の根本を刀で弾く。いままで回避に徹していたが、振り下ろされる右前脚を見た時、そこから勝負どころの匂いがしたからだ。


初撃で負傷させた傷か、突然変わった回避のリズムのせいか、続く攻撃の焦点が僅かにズレた。


ここだッ!

私から半歩ズレた位置に振り下ろされる左前脚を、その場で全身を一回転させて躱す。掠った爪が背中の服を引き裂くが、紙一重の回避が成功する。


「くらえっ 夢想無限流 円月!」


――夢想無限流 円月――


その回転の力を居合にのせる。遅れて、その居合が世界に認められた。

振り下ろした直後でピィンと張った前脚の腱を、()()()()()()()()()()()()()が必殺の一撃となって斬り裂いた。


腱を切断するつもりが、関節を通って前脚の先端を切断するに至る。


超生物を目の前に、コンマ数秒毎に襲い掛かる死線を潜り抜けるために、私の体は階段を駆け上がるような成長をみせた。その結果、アドベンティアに来て高めていた剣術スキルは、夢想無限流Lv1へと昇華するに至ったのだ。


だが、その変化に気がつかず、半ば無意識に放った攻撃は、私自身のリズムを狂わせてもいた。

憤怒したドラゴンの全身から巨大な火炎が上がり、黒く焦げた鱗と一緒に両翼のワイヤーの大部分を焼ききってしまう。さらに胸を大きく膨らませたドラゴンの口から、紅蓮の炎がちらりとこぼれた。


気が付けば

私の世界に色が戻り、音が戻り、時間が戻り、そして恐怖が戻った。




我は死神を滅するもの  道を開けよ


――【禍炎の咆哮】――


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