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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
特別章 冒険しましょう。
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アドベンティア編 たとえ夜空の星を盗めたとしても

ジル・レトリックとの冒険は、驚くほど快適でありながら、彼の奇術によって退屈する暇は無かった。毎日欠かさず攻略に挑んでいる私でさえ知らない裏道を通って、日も明るいうちに“流れる夜空の迷宮”へと辿り着くこととなった。


ところで、ここアドベンティアでは、広大なダンジョンの中に数々の特殊なフィールドが内包されている。そこで、フィールドを最初に発見した冒険者が、地名を命名する暗黙のルールがあるのだ。


ハーピィの崖、トレントの森など分かりやすく特徴に紐ずいた命名が殆どだ。そんな中でいくつか()()な名前が付けられることもある。


流れる夜空の迷宮は、その突飛な名前の一つである。


「普通の洞窟に見えるけど……“流れる夜空の迷宮”とは随分洒落た名前だよなぁ。どんなキザ野郎が名付けたのか、あたしだったら恥ずかしくて思いつかないよ。」


「吾輩が命名しました。」


マジかよ。


マジかよ...。


「入ってすぐには危険はありません。とりあえず入ってみましょう。」


ジルに連れられて、洞窟の入口をくぐる。真夏の日光が肌を焼く外と比べて、洞窟の中はひんやりと涼しい風が流れてきた。


「えらく天井が高いんだな。」


高い天井と、入くんだ通路は、まるでグランドキャニオンの谷底をあてもなく歩く気持ちに近しい。

ジルが殆どの道をマッピングしているため、迷うことは無さそうだった。


しばらく進むと、入口から差し込む光りは消え、通路は闇に沈む。


ふわりと風が吹き、私の髪を撫でるように後方へ流れていく。


ジルが立ち止まった。

そっと私の隣に並んで、天を見上げるような仕草を示す。


「マリ殿、天上をご覧下さい。吾輩がここを“流れる夜空の迷宮”と呼んだ由縁です。」


つられて見上げると、通路の奥から流れる風が、さらに強まって不思議な音色を奏でる。誰かが笛を吹いているようなメロディに乗って、暗闇に星屑が流れてきた。


一つ...二つ...青白い光が煌めきながら数を増し、まるで流星の如く優雅に天を駆け、空を彩っていく。


「綺麗...まるで、本当に夜空が流れているようだ。」


つい、言葉が零れる。


「マリ殿。たとえ夜空の星を盗めたとしても、貴女の美しさには敵わない。……今宵はその両方を盗んでみせましょう。」


……まったく...フランス人というのは、皆こんな性格なんだろうか。心が熱くなるのは、美しい夜空を見上げたからに違いないのだ。


「変なことを言うなっ。 しかし、風に乗って流れる夜空とは...その正体を貴殿は知っているんだろう?」


「ウィ。あれこそが、今回のクエストの目的である、光蜘蛛の幼生です。輝いて見えるのは彼らの糸で、その糸を使って風に乗って飛んでいるのです。」


ジルの説明によると、糸を使って飛ぶことをバルーニングと言うらしい。光によって獲物となる昆虫を集め、風に乗って飛ぶことで広く分布するようだ。


糸で空を飛べるのか?

と疑問に思ったが、ジル曰く「たんぽぽの綿毛が飛んでいるのと同じこと」だそうだ。言われてみれば妙にしっくりくる説明だ。


「既にターゲットを見つけていたのか。どうして取らないんだ?」


「この迷宮を探索していて、吾輩には風の規則性が読み解けませんでした。まさに千変万化、天井も高く蜘蛛達を捕まえることはできません。」


「そうなのか……では、私が居たところで捕まえられないじゃないか!」


ここまで来て、肩透かしをくらった気持ちだ。

ターゲットが居るのは分かったが、空飛ぶ子蜘蛛達を捕まえられないんじゃ……はっ!


そこで閃くアイデア。


「子蜘蛛が居るなら、親蜘蛛も居るんじゃないか!?親蜘蛛なら空を飛ばずに、捕まえられると思うんだ!」


なるほど、その親蜘蛛を探したり、一緒に戦おうという相談だったのか。一人で納得し、先に進もうと足を踏み出す。


しかし、その肩を優しく掴まれ、振り返ると顔の前で指を左右に振られてしまう。


「ノン ノンなのです。吾輩も光蜘蛛の親と戦って見ましたが、巣から引きずり出すのに一日。そこから戦うことさらに一日を要しました。結果、幼生が空を飛ぶために生成する糸とはまるで別物であり、使い物にならないというオチです。」


やれやれ、と肩をすくめる奇術師。


「ジル、じゃあ一体、どうしろと言うんだ!」


困惑半分、恥ずかしさ半分の私。


「ついてきてください。風の未来は読めずとも、風の過去を追ってみましょう。」


マップに夥しい書き込みを加えながら、ジルはどんどん迷宮の奥へと進んで行く。道中現れたモンスターだって現れるため、気は抜けない。


ピルルル...カァン...カァン...カンカンカン


鏑矢のような甲高い笛音と、金属がぶつかり合う音が連続して迷宮に響く。


「また“舞鎧鳥(フラリオ)”が出たぞッ」


「吾輩が墜しましょう。」


ジルが取り出したのは、アルクリュールというユニークアイテムで、武器のカテゴリとしてはスリングである。

そもそもスリングとは、古来から使われている投石道具である。中央に石を包むための幅広い部分があり、その両端の紐を高速に振り回すことで生まれる遠心力を用いて、石を遠くに飛ばすのだ。


その射程と威力は弓を凌駕し、達人ともなると数百メートル先の的を粉砕するらしい。では、奇術師ジル・レトリックの腕前はというと――。


ジルは床に落ちている石を拾い、アルクリュールの中央へセットする。

その瞬間、全く視認できない速度に至ったアルクリュールが、大気を斬り裂いて鋭い音をあげる。


「御覧あれっ!ジル・レトリックの()()()()()()()()()☆」


――【スリングショット】――


音速に至った石の弾丸が、放物線さえ振り切って、一直線に飛んでフラリオに直撃する。フラリオは非常に硬い体をしており、翼を広げれば人より大きい。そのくせ高速飛行したり、硬く鋭い羽根を飛ばしてくる厄介な敵である。


ガァン!バチッ!!


暗闇に激しい火花が散った。

鎧の羽根を打砕かれたフラリオが、通路に撃墜されるのが見える。


ラヴィッサン(なんと美しい)!夜空に花を飾りましょう。」


「十分だ、ジル。少し待ってろ!」


フラリオが落ちた地点を目指して地面を駆ける。フラリオの頑丈さは特筆すべきものがあり、確実にとどめを刺さなければ、むしろ狂暴性を増して危険である。


走りながら、ジルの技を脳裏に再生する。彼がアドベンティア攻略の動画を出した時、歩いているだけで遠くのモンスターの頭が爆発して見えたのは、このスリングのスキルによるものだったらしい。彼の攻撃スタイルは威力抜群で正確無比、さらには不可視という恐るべき特性を兼ね備えている。


私に良く見えるように放ったことを考慮すると、あの男はまだまだ奥の手を隠し持っているに違いない。改めて気を引き締めながら思考を巡らせていると、フラリオの姿が見える位置にまで来ていた。

暴れるフラリオの羽根が地面を深く抉っている。


「あたしは考えるより動くほうが好きだなッ」


走りながら柄に手をかけると、鋼竜の刀が腰で嬉しそうに震える。人間国宝榊原宗秀先生に、直々に造って貰った宝物にして相棒だ。


フラリオとの距離が縮まるほど、時間が引き延ばされていく感覚がする。これは調子が良い証拠だ。

接近に気が付いたのか、大きく翼を振るって、鋭い鉄の羽根が私に向かって飛んできた。


すかさず左半身を一歩引いて、敵から見える面積を最小にする。飛んできた羽根の間隙を狙い、その場で身体を捩じりながら一回転してすり抜ける。いちいち刀を振るっていては時間がかかるし、刀にも申訳がない。


「素晴らしい!細く柔らかい女性だからこそ成せる技量です。」


ジルの拍手が背中を押す。

細く柔らかい…か。それだけじゃ、夢想無限流を名乗ることはできない。


ピルルルルッ


鉄の鳥が奇妙な鳴き声を上げながら、激しく地面を蹴って飛び掛かってきた。

爪は肉を引き裂き、羽根は銃弾をも弾き、重たい体は骨を圧し折るだろう。そんなフラリオを正面から見据え、私は腰を落として静かに呼吸を整える。


まだだ――。

迫るフラリオ、揺れ動く空気の筋まではっきりと見える。

フラリオの爪が私の鼻先に触れ、薄皮の下にある神経を刺激した瞬間、皮膚と脳と腕に同時に電流が奔った。


ここより先は、思考が追従できない剣の領域である。


「夢想無限流 静雷ッ」


極限の集中は、意識を超えて技を繰り出した。フラリオの爪が1㎜動く間に、私の肉体は行動を終えている。

何万回と練習した居合の型は、その状況に応じて最適最速の斬撃を放つ奥義を授けてくれたのだ。


夢想無限流 ()雷。私のお気に入りの技だ。


振るった居合がフラリオの左翼と首を刎ね落とし、返す刀で行った血振るいによって重たい胴体を地面へ逸らす。


「終わったぞ、ジル。欲しい素材はあるか?」


フラリオは食用にできる部位は無いが、討伐難易度の高さから、その全身が高値で取引される。

私にとってはイマイチ使い道の無いモンスターであり、ジルにすべて譲ることにした。


「吾輩感銘を受けました。あのような技の境地、吾輩には真似すらできません。ですが、そのお顔に傷がつくのは、この身が裂かれるように辛い。」


ジルが小瓶を取り出し、その長い薬指の先に何かつけて、私の鼻先に塗った。

するとどうだろう。先ほどまで流れていた血が、たちどころに止まって傷が塞がる。


「うわっ 何をするんだ! この位すぐに治るッ」


回復系のスキルは、非常にレアだ。

私達も回復系のスキルはもっていないため、即効性のある回復薬は何よりも価値のある物と言える。アドベンティアの格言に、「借金してでも薬を買え」「薬瓶は剣よりも語る」などの言葉が生まれたほどだ。

そんな見るからに高価な薬を、かすり傷に使うんじゃない!


「ノン ノン ノン。これは吾輩のためです。このフラリオは雄のようですな。雌なら卵を持っているかもと思ったのですが。」


「ったく、ありがと。卵があると何かあるのか?」


「卵が孵った瞬間に顔を見せると、そのモンスターが懐くという噂がありまして。それ以外にもいくつか条件が隠されているようですが、なんとも愉しいじゃありませんか。」


たしかに、動物は生まれて初めて見る者を母親だと認識する習性がある。モンスターといえども、かなり動物に近しい生態をしているものも多く、そうした習性からモンスターを人間に有益な形で使役しようとする研究がおこなわれているという。


「懐かれると、なんだか責任を感じるから嫌だな…。先を進もう、アテがあるんだろう?」


「ウィ。夜空を盗む算段が立ちました。」


ジルがマップを広げて指を鳴らす。

凡人の私にはまったく理解ができないが、この迷宮の謎を解き明かしたという男を信じるしかない。


ジルに導かれて進む先に、洞窟に亀裂が入っているのを発見した。複雑な角度で作られた亀裂は、ジルに言われないと気が付くことすら難しい。


「千変万化の風の流れですが、その風が吹き抜けた先を辿ると、必ずここに繋がっているのです。」


迷宮の亀裂から外に出ると、そこは崖の途中に飛び出た足場となっており、手の届く距離に巨大な木の頭が出ていた。下を覗くと地面は遠く、視線を上げれば見渡す限り巨大な木の森が広がっていた。


「こんな巨大な森があったのか。あたし達が初発見だな!」


「ウィ。夜までに拠点を作りましょう。この森の名前を考える時間くらいあるでしょう。」


「巨大樹の森でいいだろ。」


そうして拠点をつくり、何時しか太陽が森に飲まれて、静かな夜が訪れる。

見上げる夜空には星が瞬き、今度は流れることなくゆっくりと時間が過ぎていく。


「…で、どこに蜘蛛がいるんだ?」


ここには、光蜘蛛の幼生の出す糸を取りに来たはずだ。

夜になるまで待ってみたが、その蜘蛛は見つかっていない。隣で寛ぐジルに問いかけると、おもむろにローブの中から水晶の玉を取り出してみせる。


これまでツッコまないようにしていたが、そのローブの中はどうなっているのか教えて欲しい。


「太陽が没し、時は満ちました。夜空は手元に現れます。」


ジルが水晶を掲げると、そこから青い光が広がって森を照らしてゆく。決して明るくは無いが、確かに光が出ている。


「ブラックライトです。暗い光に映し出されるのは、明るい星です。」


するとどうだろう。

明るいうちは全く気が付かなかったのに、水晶の光に照らされた木がキラキラと青白く輝き始めたのだ。巨大な木が闇に溶け、その代わり無数の輝く点が、銀河の如く目の前に広がっている。


「なんなんだッ これは!?」


「マリ殿の手で、確かめてきてください。」


ジルに言われるままに、瞬く木に近寄って光のもとを探す。

それはすぐに見つかった。細く長い糸が、木の枝に引っかかって、無数に揺れていたのだ。

その糸の先端に、光が反応して輝いている。


「風に乗った光蜘蛛の幼生は、この木に辿り着いて糸を切り離した。そして、独り立ちしてこの森のどこかに散らばっていくのでしょう。この夜空は、彼らの残した贈り物なのですよ。」


一本一本を指で掬うと、ほとんど重さを感じない糸がふわりと手にのって揺れる。

そっと引っ張ってみるが、これがどうして中々千切れない。


「たしかに、ジル・レトリックは夜空を盗んだわけだ。」


「さ、集めてくださいッ この糸を、私の友人に編んでもらいましょう。」


「ジルは友達が多いんだな。ケーキ屋の店主なんか、顔すら見たこと無いぞ。」


私は木に飛び移って糸を集める。

ある程度集まったら端をくくってまとめ、これなら帆世さんも喜ぶに違いないと確信した。

私が夢中になって集める間、ジルのつぶやきは風に消え、私の耳には届かなかった。


「フフフ…この世の中、興味深い物が多すぎるのですよ。たとえ夜空の星を盗めたとしても、吾輩が本当に欲しいのは…」





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