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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
特別章 冒険しましょう。
129/163

アドベンティア編 月夜のルリユール

冒頭のイラストは、EP97で使用したものです。


挿絵(By みてみん)


「ボンジュール マドモアゼル。隣を歩めること、この上ない光栄です。」


アドベンティアの序盤フィールド≪トレントの森≫で、ジル・レトリックが優雅に一礼して現れた。

芝居臭い振舞いだが、この男がすると違和感がない。


「こちらこそ、礼を言わねばならない。昨日は色々と気遣いをしてもらったようだ。私のことはマリと呼んでくれ。」


ジルに素直に感謝の意を伝える。

居心地の悪い酒場でのストレスを、無意識にぶつけてしまったと反省していた。それに有益なクエストへの参加というものは、本来それなりの対価を支払うべき申し出である。


「ウィ。では、吾輩の受けたクエストに御招待致しましょう。」


ーPiPiPi♪ ジル・レトリックのPTへ加入しますか?ー

[YES]/[NO]


ウィンドウにメッセージが通知される。


YESだ。加入して改めて確認することができたが、他にPTに加入している人はいないらしい。

本当に一人でダンジョンを探検しているのか。


PT加入を確認したジルのモノクルがきらりと光り、満足気に白い前髪をかきあげた。


「移動しながら説明致しましょう。《風纏いの継承》とは、五つのクエストを内包しています。それぞれが特定の素材収集を示し、全て集めることで蒼翔のブーツを作ることができるのです。」


共にダンジョンへ歩きながら、ジルの口からクエストの内容が語られる。

その五つのクエストとは、


・白き空域の証

グリフォンの羽根。ジルが既に入手している。


・流れる夜空の迷宮

千変万化の風が吹き抜ける迷宮で、浮遊している不可視の糸を採取して“風霊布”を織る。


・雷鳴の採石

ハーピィの崖の頂上に、雷が落ちて形成された“雷光石”を入手する。


・砂蜥蜴の爪

砂蜥蜴の爪を入手する。ただし、騎乗兵ハルナグラが同時に出現する。


・ワイバーンの翼膜



「ワイバーンの翼膜なら、持っているぞ。ハーピィの崖も経験はあるが、それ以外は知らんな。」


五つのクエストについて聞いたところ、どれも相当に難易度が高い。既にクリアしているクエストは二つあるが、どちらも殆どの冒険者が避ける高難易度のモンスターを相手にするものだ。


「マリ殿がワイバーンを単身で討伐したというのは、やはり事実でしたか。素晴らしい!残るクエストも吾輩一人では困難でして、マリ殿のようなパートナーを探していたのですよ。」


「私としてはグリフォンとどう戦ったのか知りたいところだが……ところで、その蒼翔のブーツというのは、どういうアイテムなのか教えて貰うことは可能だろうか?」


「ウィ。風の精霊曰く、風の加護の籠った靴は、嵐の中でも崖を走れる力を与えると言います。フフ...吾輩が夢見るのは竜の背で行うロデオ!実に愉しいと思いませんか?」


なるほど。ジルはこの靴を使って、天を飛ぶドラゴンの背中に飛び乗って戦うことを想定しているらしい。灰色の瞳には、必ずやると思わせる光が宿っている。


「荒唐無稽...とは言えないな。帆世さんなら、本当にやってしまいそうだ。」


ドラゴンに飛び乗って戦う白衣の英雄……見たことは無いはずなのに、ありありと想像できてしまう。彼女の常識離れした行動力と、数々の実績がそのような想像をさせるのだと思う。


つい名前を口にしてしまったが、それにジルが強く反応を示した。


「ふぬ~ぅ。 やはり帆世静香。彼女は、私への拍手の音を盗んでいってしまったのです。是非共演させていただきたいものですな。」


ジルの声のトーンが少し変わった。

飄々とした不可思議な男が見せた、初めての人間臭さ…といえばいいのだろうか。


「帆世さんと知り合いなのか?」


「ノン。帆世静香殿と会ったことはありません。彼女は人類破滅の危機に颯爽と登場し、数々の偉業を成し遂げた謎の女性……そうした闇のシルエットが人々の想像をこれでもかと掻き立てました。帆世静香とはどんな人なのか!


屈強な女軍人か? 天から特権を付与された選ばれし勇者なのか? 政府の作り上げた偶像ではないのか?


吾輩もその正体を調べるべく、世界中の諜報機関に潜入さえしました。ふふ…しかし何もわからない。

そうした高まった期待を、これでもかとぶち抜いていったのが、件のホワイトハウス襲撃配信です。


彼女の存在は、まさしく世界中の人間に魔法をかけてしまったとも言えるでしょう。

実は吾輩も魔法にかかった一人なのです。ある者は彼女に魅了されて後を追いかけ、ある者は劣等感から目を背け、ある者は張り合おうと暗中模索の道に自ら没入してしまう。

………かくいう貴女からも、その香りを感じているのですよ?」


まるで演説をするように朗々と語る。

それなら日本へ渡り、進化の箱庭へ挑めば良いのに……と思ったが、それはブーメランのように私自身にも刺さることに気が付いた。


まったく、ジルの読みは当たっていると認めざるを得ない。

帆世さんのPTに入っても良いと言われながら、こうして遠い地のダンジョンに来ているあたり、我ながら拗らせた女なのかもしれないな。


「貴殿がダンジョン攻略の配信をした理由がわかったよ。帆世さんのクランは、まだ人員を募集するらしいぞ。」


「フフフ それなら、尚更無手ではいけないっ。このダンジョンを攻略し、帆世静香殿を驚かせるプレゼントを探しましょう。」


奇しくも、私も同じ気持ちだった。

奇術師ジル・レトリックとの奇妙な冒険が幕を開ける。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「ここが、風の精霊ジファールのいる木です。」


ジルが指し示したのは、≪トレントの森≫の中でも異彩を放つ一本の巨木だった。

枝は空を切り裂くように広がり、葉の一枚一枚が風と共鳴するように揺れている。木の表皮には自然のものとは思えぬ螺旋文様が刻まれ、根元からは薄く靄のような風が吹き出していた。


「こんな所があったなんて。」


そう呟いた瞬間、空気が震えた。


──シュオオオ……


風が集束し、木の前に渦巻くように結実する。やがて靄が形をとり始め、透き通った存在が姿を現した。

それは人のようで人ではなく、性別さえ曖昧な存在。緑白の長い髪が風に乗って流れ、羽衣のようにひるがえる布が身体を包む。

眼は透き通る翡翠のようでありながら、見る者の魂の深層を見透かすかの如く細められている。


風の精霊――ジファール。


「よく来たのぅ。遍歴の奇術師ジル・レトリック。今日は如何なる用事じゃ?」


「吾輩の名を覚えて頂き光栄の極みでございます。ジファール様に是非会わせたい人を連れてまいりました。」


ほう…とジファールの鋭い視線が私を射抜く。

彼女の方から流れてきた風が、私を調べるように纏わりついて消える。


「其方もまた、強き力を感じる。名を申せ。」


「椿 真理と言います。風の継承を受けに来ました。」


「そうか、妾は誰でも構わん。力を授けられるのは主ら二人が限度じゃろう。よいか――必ず竜を殺せ。」


風の精霊ジファールの声に、憎悪・恐れ・使命感…様々な感情を乗せて竜と精霊の話が語られる。


「聞け、人の子らよ。妾が語るは風の記憶。千年の昔よりも、さらに遠きいにしえの罪の物語……


竜という生物はな、自然の理の外で生まれた歴史を持つ。それは邪神が、自らの眷属として鍛え上げた、破壊の権化じゃ。骨は黒曜より硬く、爪は神々を裂き、咆哮は万象を打ち消す究極の生物。されど、造り手である邪神にさえ従わぬ、制御不能の獣となった。


ただでさえ手の付けられぬ超生物が、邪神に歯向かうために新たな力をつけることとなった。それは、精霊を喰らうことだった。手当たり次第に精霊を襲う竜に、最も苛烈に立ち向かったのが火の精霊じゃった。一族総出で竜に立ち向かい、結果としては敗れることとなった。


火の精霊を喰らった竜は、全身を朱く染め火を噴いた。誰も竜に触れることができず、竜の歩いた後は大地が溶けて流れ出し、燃える渓谷となって刻まれた。


……だが、寿命は来る。竜とて、永遠ではない。

その火竜が死に場所として選んだのが、この地であった。


竜の再来を風が教えてくれた。じゃが……」


声が風に揺れる。ジファールの輪郭が、一瞬だけ滲んだ。


「妾らは……無惨に喰われた。兄弟姉妹、百に及ぶ精霊が、ひとつ残らず、あの竜の血肉となった。」


「そして――妾だけが、生き残ってしまった。」


ジファールの両の掌が、静かに開かれる。

風が集まり、そこに黒く光る卵の幻影が浮かんだ。


「……あやつは妾らの力をもって、ひとつの卵を産み落とした。

風の精霊を喰って生まれる竜……それは、空を統べ、大気を支配する化生となるかもしれぬ。」


「妾は知っておる。その卵が孵れば、いかなる竜よりも強く、速く、狡猾な破壊者が生まれるとな。」


風の幻影が掻き消え、静寂が戻る。


「……だから、妾は遺された風の力を継承することにした。風の力を受け継ぎ、空を翔ける足を得た者に――仇を討ってほしい。」




----------------------------------------------------




風の精霊ジファールの話を聞いた私達は、その足でトレントの森を抜け、ハーピィの崖へと来ていた。

切り立った崖は、注意を怠ると指が切れてしまいそうなほど鋭い。森の静寂とは一転して、常に空が唸り、雷鳴が地平の向こうから腹の底に響く。


「ここはいつも天気が悪いですな。吾輩が訪れた時にはハーピィが可愛らしいイタズラをしてきたものですが、今日は大人しいようだ!」


ジルの声が、足元から聞こえる。

崖を吹き抜ける風に声をかき消されないように、お互いに叫ぶように会話をするしかない。


「ここでワイバーンを討伐してから、ハーピィ達にはなつかれてんだよ!」


この崖には多種多様な薬草が生えており、人も動物もモンスターでさえも良く訪れる人気のエリアとなっている。実際に、ジルは器用に薬草を採取しながら、私の後についてきていた。

翼を持ったハーピィ達にとって、この崖は絶好の狩場でもある。登っている者目掛けて、上空から岩を投げつけたり、直接襲い掛かって崖下に落として捕食する習性があった。間違っても“可愛らしいイタズラ”と呼べるような代物ではない。


ハーピィの崖では無敵かに思える彼女達だが、唯一天敵としているのが、同じく空を支配するワイバーンであった。飛行能力、大きな牙と爪、毒を持っている尾針など何を比べてもハーピィより数段攻撃性が高い。


以前この崖を登っている時、偶然襲ってきたワイバーンを仕留めたことで、≪ハーピィの守人≫という称号を得ることができたのだ。ハーピィと話すことはできないが、崖で採れる希少な薬草を集めてくれたりする義理の厚い種族だと思っている。


「雨が降ってきたぞ!足を滑らせるなよッ」


黒い雨雲が集まり、近くの崖が雨に濡れて色を変えている。

もうすぐ頂上に辿り着くところまで来ていたが、それは言い換えると、足元の森が霞んで見えるほどの高さに来ているという事である。いくら強くなっているからといって、落ちて無事に済むと思っている者などいないだろう。


「ウィ!忠告ありがとう。マリ殿が落ちた時は、空をも飛んで見せましょう!」


…落ちても無事で済むと思ってそうなヤツが、ここに一人いた。

喋っていて常識を狂わされる前向きさ、どことなく帆世さんに近いものを感じる。


「ほら 掴まれ! 登りきったぞ」


嵐が来る前に、なんとか崖を登りきることができた。崖の上で、ようやく両脚を地面につけることができ、あらためて大地のありがたみを噛みしめる。背中にまわしていた刀を腰に差し、ジルの手を取って引き上げる。


「雷光石なんて、あたしは見たこと無いんだけどな。」


「それは、雷が落ちる嵐の日に来ていないからだと推察しています。しばし待ちましょう。」


雨足が強まる中、崖の上に生えている木の陰に身を寄せ合って雨宿りをする。


「マリ殿、これをどうぞ。」


ジルが手早くティーセットを並べて、即席の茶会を準備している。呆れ半分で、私も紅茶の準備を手伝う。

湯気のたっている紅茶と、ふんわりクリームの乗っているショートケーキが洒落たお皿にのせられて手渡された。


「どこから出してるんだよ……って、このケーキまさか!?」


「えぇ、さすがはお目が高いっ。この街のケーキ屋“月夜のルリユール”で買ってまいりました。」


月夜のルリユール。

私も滅多に買えない、ケーキの超人気店だ。そもそも開店している日が少なく、ケーキ屋の主人自身がダンジョンへ素材を取りに行っているからだと言う。その食材採取の最中、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で一躍有名になったのだ。


私は、その魔導書の適正がからっきし無かったため、ほとんど気にも留めていなかったが…ケーキの美味しさだけで通う価値があると言える。


「はゎゎぁ……っ  本当に、あたしが食べてもいいのか!? それに、見たことの無い種類のケーキだが…」


フォークを生地にそっとさしこむと、ふんわりしっとりとした優しい感触に手が喜び、真っ白なクリームの下から琥珀色のキャラメルソースが淡く輝いていた。舌にのせると生地がほどけて溶け、軽いくちどけの裏に確かな焦がし砂糖が絡んで絶妙な甘さが広がる。


「ウィ。女性が美味しそうに食べる顔が大好きなのですよ。よろしければ、これと一緒に召し上がってください。」


ジルから手渡されたシルクのハンカチ。その中から、採れたての木苺が顔をのぞかせる。

言われるがままにケーキにのせて食べてみると、甘さの中にシャキシャキとした歯ごたえと、甘酸っぱい新鮮な香りが加わって、まさに一つの作品が完成したかのような心地よさを演出した。


「おいしい……この木苺は、さっき採ったのか?」


「ウィ。この崖でしか採れない実なのでちょうど良かった。」


「なるほど。しかし、この崖だけ有用な植物の宝庫のようだ。なんとも不思議な話じゃないか。」


ケーキを食べる手が止まらない。この素晴らしいケーキに、ぴったりとマッチする木苺を採取して見せるとは、この男のセンスは尋常ではない。

甘いケーキをすっきりとした紅茶で流し込みながら、多少は真面目な体裁を装うため、前から疑問に思っていたことを口にしてみる。


トレントの森や風鳴き峠など薬草のとれるフィールドはいくつか存在するが、ハーピィの崖で採れる薬草は段違いに効果が高く、種類も豊富である。


それを聞いたジルが、すくっと立ち上がって天を仰いだ。


「よろしい。その理由を吾輩が考えるに、こういうことでしょう。」


天に掲げた手から、パチンと音が弾けた瞬間、あたり一面を真っ白に染め上げる雷光が炸裂した。


ピシャッ バリリリッ


その光から守るように、ジルがマントを広げる。ジルのシルエットだけが黒く浮かび上がり、徐々に世界に色が戻っていく。


ただ一点。

落雷のあった場所に、今なおバチバチと電流迸っていた。


「電気は大地に眠る窒素を固着させ、肥沃な硝酸塩をもたらすものです。さらに、多くの人やモンスターが集まることで、何か目に見えぬエネルギーが溜まっているのでしょう。そういう実感、ありませんか?」


そういうと、ジルは雷の迸っている石を拾い集めに行った。

私も慌てて後を追う。


「石は一つあればいいのかな?」


「クエストはそれで十分でしょう。吾輩は少し多めに貰っていきます。」


ジルの動きは軽やかにして素早く、地面に転がる石の欠片を、ステッキを使って器用に袋へ入れていく。私はそのような器用なことはできないので、大きめの石をバッグにいれてクエストを完了した。


「よし。これでクエストは三つ終わったな。あとは…」


「あとは“流れる夜空の迷宮の風霊布”と“砂蜥蜴の爪”ですな。差し支えなければ、ここから遠くない場所に風の迷宮がありますぞ。」


多くの冒険者を募って行うドラゴン狩りは、あと六日後に迫っている。

出来ることなら先を急いだほうが良いだろう。


「わかった。このまま先へ進もう!」









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