アドベンティア編 奇術師ジル・レトリック
閑話休題と思ってください。
場所はアメリカ合衆国デトロイト州のとある酒場:ダスティ・ダイアモンド・ダガーという店に、一際多くの冒険者が集っていた。
店名の由来にもなっている美しいダガーを持った店主が、ダンジョン産のモンスター肉を豪快にぶつ切りにして焼いている。たしか、この店主も名のある冒険者だったはずだ。
突然だが、私はこの酒場は苦手だ。
乱暴な男達が酒を飲み、ダンジョンであった武勇伝を声高に自慢しながら、有用な人物を探してPTに勧誘している。
女達は薄いネグリジェを纏い、金の匂いのする男を巡って熾烈な夜の争いを繰り広げていた。
幼少期より剣の道に進んだ私を、道場の兄弟子達が守ってくれていたのかもしれない。夜の街に行くことは無かったし、下卑た男から話しかけられた経験も少ない。そんなカルチャーショックを受ける場所であったが、私が苦手意識を持っているのはそれだけが原因ではない。
「ヘーイ ツバキちゃん!あっちの旦那から奢りだぜッ」
陽気なウェイターが大量の酒と料理を持って、私のテーブルに並べていく。
「いや……何時も言っているだろう。そういうのはしなくていいんだ…。」
「ハッハッハ 楽しんでいってくれ!」
慣れた手つきで料理を並べると、ウェイターはカウンターに戻っていく。私は溜息を一つついて、ウェイターの教えてくれた方に視線を送る。
へへへ、と照れ笑いを浮かべる強面の男達が数人、ぎこちなく私の方へ手を振っている。
「……ありがとう。」
席から立ち上がり、その場で、軽く彼らの方に頭を下げる。喧騒激しい酒場では、声を出しても聞こえないとは思うが……。せめてもの礼儀は通さなければならないと思った。
彼らは純粋な善意と、少々の下心もあるのか分からないが、酒場や宿屋の会計を勝手に払っていってしまうのだ。それも、毎回、である。
そもそも、私がこのアドベンティアに、たった一人で来た理由は武者修行のためだ。帆世静香さんのクランに入るためには、今の私では到底力量不足だと思った。
帆世さんは、武術も習っていない身でありながら、この激変した世界の先頭に立って道を切り開いてきた。その不屈の意志を宿した背中に、私は憧れてしまった。
そんな彼女と自分を重ね合わせてしまい、誰にも頼れない環境で、己の手で道を切り開く修行をしたくなったのだ。進化の箱庭に挑むという師匠達の誘いを断ってまで、アメリカへ渡って来てしまった。
無数の荒くれ者に揉まれ、命をかけてダンジョンを攻略した先に、少しだけ彼女の見ている世界に入れるんじゃないかと思った。
だが、伝え聞いていたアドベンティアの街と、実際に来てみたココは少し様子が違っていた。いや……正確にいうならば、変化の波がこのアドベンティアの街にも確実に届いていた、ということになる。
アドベンティアに来て一週間ほど経った時、ある噂を耳にした。
「アドベンティアに帆世静香が来ている!?」
そのような噂がアドベンティアの街を大いに沸かせた。私もびっくりして酒場で情報を探した程だが、まさか自分がその噂の当事者だとは思っていなかった。
長い黒髪の日本人で、刀を武器としてつかう。そうした特徴から、私を帆世静香に見立ててもてはやす人が続出してしまっていたのだ。
どこへ行っても声を掛けられるし、酒場や宿屋で料金を支払う隙すら与えられない。果てはファンクラブを称する人が現れることもあった。
本当に、帆世さんの影響力は凄い。
彼女を真似て、髪の毛を伸ばしてる自分にも気がつき、内心とても気恥ずかしく思っている。彼女の名声に乗っかるように恩恵を受けてしまうのは、申し訳なくも思った。
せめて、その名前を貶めないように、がむしゃらにダンジョンに挑み続ける毎日を送っている。
アドベンティア序盤の壁である《トレントの森》を抜け、《ハーピーの崖》を登った。
最近では、ワイバーンを単独撃破するクエストに成功し、剣の腕も上がってきている実感があった。
広大なアドベンティアのダンジョンではあるが、それも攻略完了の見通しが立ってきていた。
キーンとグリッドのコンビが巨大な魔王城を発見し、そこに居る魔王を討ち取ることでダンジョンクリアとなるというクエストを受注したことを明らかにしたのだ。
アドベンティアでは大小さまざまなクエストが発見され、最前線攻略組の間では、どれだけ有用なクエストを達成できるかが非常に重要視されていた。クエストには必ず報酬があり、それはレアアイテムであったり、次のクエストの情報であったり、巷では目に見えはしないが経験値が入っているという話もある。
この経験値とは極めてゲーム的な表現だが、実際にクエストを達成することで明らかに身体能力が向上していることから、あり得ない話ではなかった。
そして、今日この酒場に来た理由は、正しく最前線攻略組にクエスト関係の緊急招集がかけられたからだった。
その緊急招集をかけた張本人が、酒場のステージに立って声を上げる。このダンジョンのトップ冒険者にして、《英雄》の愛称を持つ男だ。
「皆、今日は集まってくれて感謝するッ!俺の名前はキーンだ。まあ、今日集まって貰った皆の顔はよーく知っている。」
「突然の話で悪いが、俺達はアドベンティアの中に、さらにもう一つのダンジョンが発生したことを発見した。そのダンジョンの名前は《ドラゴンズ ネスト》。分かりやすい名前で結構なことだが、ドラゴン狩りだッ!」
「決行は七日後。その日までに参加者を募り、全員でドラゴンに挑む。ある程度のPT編成をこちらで指示させてもらうが、ある程度の希望は聞くつもりだ。ただし、危険を伴う攻略であり、大勢の参加が見込まれるため、単独での参加は禁止とさせてもらう。」
「最前線を戦う皆の中にはPTを組んでいない者もいるだろう。そういった者は、是非俺のPTに来てくれッ。」
キーンがちらりと私に視線を投げかける。
何かと便宜を計ってくれる彼だが、その粘つくような視線には、何か裏があるような気がしてならない。苦手な男だ。
それに、《英雄》というのも、何だか帆世さんを意識している気がして気分は良くない。
キーンから目を逸らすと、その横に立っていた男が前へ出るのが見えた。高級なスーツ姿に、夜でもサングラスをかけて葉巻をくわえている。
彼の名前も、この街では有名だ。デトロイトを仕切っている巨大マフィアのボス。《キング》の愛称で知られているグリッド氏だった。
荒くれ者をねじ伏せる力、それでいてアドベンティアの街をまとめる組織運営の手腕は本物だ。聞くところによると、嘘を見抜くスキルを持っているとか。
「キーンの言った通りだが、俺らのPTに入ってねえヤツでも協力は惜しまねえつもりだ。必要なモンがありゃあ、どんどん言ってくれ。俺が管理してるレアアイテムやら傷薬、何ならロケットランチャーだって都合してやるぜッ 」
「今日は俺の奢りだ 好きなだけ飲んで食って、女を抱いて英気を養ってくれやァ!三日後、全員が集まってくれることを期待しているぜぇ。」
彼の言葉に、冒険者達が沸き立つ。
ダンジョンの最前線に挑む彼らは、決してお金に困っているわけではない。取れるアイテムは何でも高値で売れるし、何だったらアドベンティアの土の瓶詰めでさえ買い取る人はいる。
そんな彼らであっても、グリッド氏の物流ルートには驚きを隠せない。今や世界中の人が大枚を叩いて買い漁る《トロールの丸薬》を、どういう伝手か分からないが大量に仕入れていたりする。
さらにダンジョンで手に入るレアアイテムも大量に集めており、流石はトップ冒険者といったところだ。
しかし、マフィアのボスという肩書きを持つ彼には、黒い噂も聞こえてくる。
非合法な薬……つまりは恐怖心を消してくれる覚醒剤を売っているという噂。
グリッドに声をかけられた新人冒険者が、いつの間にか居なくなっているという噂。
マシンガン、手榴弾、毒ガス、そういった非売品であるはずの武器を大量に隠し持っているとも聞く。
この街にある酒場や宿屋は、ほとんどグリッドが経営しているため、誰も彼に逆らえない無法地帯になっているのかもしれない。いつ敵が現れるか分からない激動の時代、民間人が武器を持ってどうこうすることに異議を唱えたいわけではない。ただ、なんとなく嫌な臭いがする人だなと、勘が私に囁くのだ。
そんな二人を見ながら、私は内心困っていた。
ダンジョンの攻略にはもちろん参加したいが、かと言って今まで誰ともPTを組んだことは無い。さらに、キーンとグリッドから今この瞬間も視線を感じており、彼らがこの場で勧誘をしてきたらと思うと気まずい。
(今日はもう帰るか。あとで形だけのPTメンバーに加えてくれる人を探せばいい。)
手早く食事を済ませ、酒場を出ようと思った矢先。私の対面の椅子に一人の男が座った。
「失礼、マドモアゼル この席を借りてもよろしいかな?」
この男も、アドベンティアでは有名な冒険者だ。《奇術師》ジル・レトリック。
フランスの某怪盗を思わせる派手な出で立ちと、何度見ても戦い方が分からない特異な術を持っている。
「ああ、私もちょうど店を出ようと思っていた。好きに使うといい。」
ダンジョン攻略をエンターテインメントと思っている奇人である。この前なんかはダンジョン攻略の様子を動画で配信していたが、遙か先の敵が急に爆発するという内容で、ウィンドウを用いたフェイク動画の疑いがかけられていた。
しかし、私と同じく一人でダンジョンの最前線を闊歩しており、ダンジョン産のレアアイテムを多数発見している実績から、彼もある種の傑物であることに間違いはなかった。
変な輩に声をかけられてしまった、と席を立とうとしたが、こちらに歩いてくる二人組が目に入る。
つくづく、人付き合いが面倒臭い。こんな事なら、今日来なければよかった。
そう思っていると、ジル・レトリックが大袈裟に肩を竦めて指を振る。
「ノン ノン ノン。この度のドラゴン狩り、吾輩と組んで頂けませんか?」
「何故、私に?」
振っていた指を下ろすと同時に、いつの間にか湯気の立っているティーカップで紅茶を飲んでいる。
どこから取り出したのか、私の手元にもティーカップが準備されてる。
荒くれ者が酒を浴びるような酒場で、この男だけが何もかも浮いていた。
「おや、何故貴女なのか。……それは月に向かって、どうして月は美しいのかと問うようなものです。」
ジル・レトリックが紅茶の入ったティーカップを机にことりと置いた。
「冗談はよせ。私は誰かと組むつもりは無い。」
「ふふふ……真っ直ぐな御人だ。ドラゴン狩りに参加される貴女にこれを贈りましょう。宜しければ、また明日お迎えに上がります。」
では...と声が聞こえたかと思えば、彼は居なくなっていた。辺りを見渡すと、既にいくつもテーブルを挟んだところに移動しており、キーンとグリッドの間に入ってどこかに歩き去っていくのが見えた。
目を戻すと、机の上には、一枚の羽根が空中にふわふわと浮いている。
・疾風の羽根
《風鳴き峠》に生息する魔鳥グリフォンの羽根。
グリフォンとは恐ろしい速さで天高く羽ばたく怪鳥であり、何人もの死傷者を出したことから、今では風鳴き峠に行く人はいなくなっている。
そんな危険なレアモンスターとして知ってはいたが、討伐されたという話は聞いたことがない。それどころか、地を歩む人間が、この鳥に触れることすら困難なのだ。
そんな羽根を私に、一体どういうことなのか。
羽根を手にとると、視界の端でウィンドウにメッセージが表示された。この羽根が、クエスト発注のトリガーになっていたようである。
―――システムメッセージ:クエスト“風纏いの継承”を受注しますか?―――
[YES]/[NO]
クエスト:風纏いの継承
風は自由を奪われた。天と地の狭間を巡り、大地に生命を揺らし、空を渡る魂のささやきは、失われつつある。
古の破壊の眷属は、精霊を好んで捕食する始原の異端者である。
火の精霊を喰らったかの竜は、熱を纏い、鉄を溶かし、世界を焼きつくした。
そして再びこの地に帰ってきたのだ。
竜を撃て。竜を討て。
その資格のある人間に、精霊は力を継承するだろう。
報酬:蒼翔のブーツ
繰り返し言うが、アドベンティアで強くなろうと思えば、それだけレアなクエストをクリアすることだ。いざドラゴン狩りだと集まった場所で、ドラゴンを討つための精霊のクエストを発注されるとは、出来すぎた都合の良い話だ。
だが。
こうしてクエストが出てきて以上、無視する理由は考えつかなかった。
「やれやれ…私も困ったものだな。[YES]だ。」




