復讐の総決算 其の4
進化の箱庭には、特定の階層にボスモンスターが出現するというルールがある。
特定の階層とは五の倍数毎にあり、五層 十層 十五層……のように続いている。この階層では敵は一体しか出現することはなく、その分強力なモンスターが設置されているのだ。
このルールが存在する理由は定かではないが、いくつか考えてみよう。
第一に、挑戦者が先に進むための資格を有しているかを試しているという見方だ。
それは純粋な戦闘力だけをはかっているわけではないと思う。精神力や知力が試される階層もあるだろう。
実際に第五層では、人を殺める覚悟と人を救う覚悟の両方を問われた。
第十層では、頑強な防御力を誇る砂のゴーレムが立ちふさがり、その防御力を貫くための攻撃力を必要とした。後に研究が進み、実は第十層の遺跡を丹念に調べることで、ゴーレムの能力を制限する様々なギミックが隠されていたらしい。本来であれば、それを看破するだけの知識や頭脳が問われる階層だったようだ。
第二に、挑戦者が進化の箱庭から元の世界に帰るための配慮でもあるかもしれない。
その階層にいる敵を全て倒すことで、帰還ゲートを開くことができるルールがあるせいで、通常の階層から帰還することは現実的ではないのだ。敵が一体しかでない階層を区切りに、帰還か挑戦かを選択できるようになっている。
進化の箱庭が、後戻りできない一方通行のダンジョン群で形成されている点を考慮しても、最低五階層分の連続攻略を求められているのだろう。
第三に、地球を侵す異世界からの敵を、進化の箱庭という牢獄に閉じ込めて、挑戦者に処理させているのかもしれない。
ボスモンスターは、アクシノムやシステムによって生成されたモンスターであったり、異世界からの侵略者を起用している場合もある。ボスモンスター含む、進化の箱庭全体の構造は、挑戦者の行動によって微妙に変わっていくオルタナティブな仕組みになっていることも重要だ。
「…で、なんでこんな話をしているかというとね。」
この場には、合計七人が集まっている。
私のクラン五名と、この階層で出会ったアランという青年とウンディーネだ。
アランは不死の呪いを受けた甲冑に身を包み、既に人間というよりは甲冑に魂がこびりついた状態に近い。ウンディーネは闇を落とし、元気溌剌とした愛を唄う陽気な精霊に戻っている。
彼らは進化の箱庭という概念を知らないし、自分たちが置かれた状況をいまいち理解していないのだ。
二人を第十七層のウンディーネの少女のもとに連れて行ってあげたいが、さしあたって問題になっているのはそこではない。
「アラン。貴方が、本来の第二十層のボスモンスターなのよ。」
『お、俺ぇ?』
師匠の攻略記録を見るに、第二十層では不死の騎士と交戦したことがかかれている。随分激戦となり、師匠達の攻略したチャネルにいたアランは、口が裂けても本人に言えないような状態になっていた。師匠達はそこで帰還ゲートが機能せず、そのまま第二十一層へと攻略を進め、なんとそのまま第三十層まで踏破したという偉業を達成している。
そんなアランが、こうして私達の味方になっている以上、第二十層の真のボスモンスターは別にいることになる。
「なるほど。つまり第二十層に挑むにあたって、柳生先生の情報通りにはいかないということですね。」
ルカは頭の回転が速い。
まあ、出たとこ勝負で進もうかと思っていた矢先、エギルとウンディーネが口をそろえる。
「二十層にいるのは、間違いなくヤツだ。運命が、そう囁いているのが聞こえるぜ。」
『二十層にいるのは、絶対にアイツよ!水がそう言っているのが聞こえるのよぉ~!』
二人の言っていることは、奇妙に一致していた。
「例の黒いトロールってやつ?」
「ああ、間違いねえ。アイツはいくら切っても死なねえ再生力と、危険を感じると逃げ出す習性がある。ここで必ず、仕留めておきたい。」
『アイツのことなら、俺にも知っていることがあります。』
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そうして作戦は決まった。
第二十層は、豊かな水源と緑が溢れる森の中をフィールドとしていた。
『あら、この水の香り。懐かしいわぁ~』
ウンディーネがそう呟くのを遮るように、私は指示を飛ばす。
「散開ッ 獲物を逃がさないように、追い込むわよ!」
ここからは、黒いトロールの姿は見えない。エギルもアランもウンディーネも、黒いトロールと対峙したことのある者は、口をそろえてヤツのことを“卑怯者”と表現していた。
この瞬間も、奴はボスモンスターに選ばれたことを察知するやいなや、隠れて逃げ出す準備をしているに違いないという。
東へ私。西へこもじ。南へミーシャ。北へルカが一斉に走りだす。
残る三人は、フィールドの中心にある湖で待機してもらう。
森の中を疾駆している間、他のモンスターの姿は見えない。やはり、この地にいる敵はヤツ一人。
機動力の差か、私が最初に東端の壁に辿り着いた。そこから木に登り、周囲を観察する。
「こちら帆世静香。東端へ到着。」
周囲に怪しい影は見えない。ウィンドウを通じて、全員と情報を共有する。
アランとウンディーネとは回線が通じていないため、一緒にいるエギルが代表して状況を教えてくれた。
(こちらエギル。三人で湖に到着した。敵は見えない。)
(こちらルカです。北端へ到着はもう少しかかりそうです。)
全体が分散して索敵をしているため、私の見ているマップが急速に更新されていく。順調にミーシャとルカがそれぞれの方角へ移動しているが、不意にこもじのアイコンが停止した。
同時に回線を通じてこもじの声が聞こえる。
(´・ω・`)いたっすよ~。アッ 逃げた
即座に映像を表示し、こもじの視点をメンバー全員に共有する。そこに映っているのは、木の間を器用に飛んで逃げ回る、巨大なサルの化け物だった。
【黒仇】スヴァルトグリム
第二十階層ボス。多くの悲劇を起こした不死の化け物が、白日の下にその姿を晒した。
「個体名:スヴァルトグリム。西端でこもじと接触、現在南へ向かって逃走しているわ。ミーシャ、壁際に先回りしてッ」
私は木のてっぺんから、全体の動きを観測して指示を飛ばす。
大きく木が揺れている隙間から、黒い影が動くのが見える。スヴァルトグリムは、私から見て左方向、つまり南端で待つミーシャのいる方向へ逃げていっている。
(壁に到達されると厄介だ。)
待ち伏せて交戦するより、スヴァルトグリムを壁から引きはがして、マップの中央へ誘導するほうが賢明と言える。
ミーシャの座標と、目視する木の揺れが近づいていく。
(こちらミーシャ。スヴァルトグリムが突っ込んできます!!)
こもじの姿を見た瞬間に逃げ出したくせに、ミーシャに対しては戦闘をしかけたようだ。
「無理せず時間を稼いで!こもじはスヴァルトグリムを追いかけてミーシャと合流を急いで。ルカは北端から西端へ移動してッ」
こもじとスヴァルトグリムの間に距離はない。
ミーシャが粘っている間に追いつけるだろう。しかし、森の中だからスヴァルトグリムの足が速い。
全員が一か所に固まっていては包囲網を抜けられるし、かといって一人を孤立させて危険に晒したくはない。こもじとミーシャが交戦する間に、ルカを北端から西端へ、つまり元々こもじが担当していたエリアに移動させる。
「ここは、行かせませんッ」
ミーシャが銀爪ベルフェリアを引き抜き、スヴァルトグリムの突進に立ち向かう。
スヴァルトグリムは、その長い手で地面を抉り、大量の土砂を投げつけた。
「くぅッ」
ミーシャは木の影に入って、その土砂を辛うじてかわす。
キキキッ
スヴァルトグリムが耳障りな鳴き声を上げ、手当り次第に土や木をミーシャに向かって投げつけていく。中々抵抗できないミーシャにむかって、その隠れている木ごと体当をして突き飛ばした。
くそっ!
ミーシャの服が土に汚れ、木の枝に絡まって下敷きになっていた。動くことができないミーシャに、ニタニタと笑いながらスヴァルトグリムが近ずいて行く。
ギヒッ
目を瞑って動かないミーシャの胴体を、片手で掴んで持ち上げたその時。
「汚い手で触られては困ります。」
カッと目を開いたミーシャが、捕まった手の中で銀爪ベルフェリアを一閃した。極限まで鋭く研がれた刃が、人を容易に握り込むスヴァルトグリムの大きな手から、指をボトボトと斬り落としてミーシャを解放した。
手の中から解放されたミーシャは、素早く地面で一回転し、右足首に一太刀いれてすれ違う。
ガァ アアアア゛ ユルザンゾォ!!
絶叫を上げるスヴァルトグリム。私のところまで声が届くほどの咆哮が天に向けられ、ミーシャが斬り落とした指と右足が蒸気を上げて再生する。
怒りに任せてミーシャを襲おうとするスヴァルトグリムだが、自分が何から逃げていたのか忘れてしまったのだろうか。
(´・ω・`)すまん!お待たせっす
ようやく追いついたこもじが、ミーシャに一言謝り、スヴァルトグリムの両膝を裏から切断した。黒い巨体がゆっくりと重力に引き寄せられて地面に跪く。
(´・ω・`)切り捨てごめん。
跪いたことで、その頭部が刀の届く距離に降りてきた。人の形をした、知性あるものを斬ることに、こもじなりの誠意を見せる。
ごとり。
つまり、できるだけ苦しませず、一刀で頭部を胴体から切り離してみせた。
スヴァルトグリムの全身から血が溢れ、空気に触れることで大量の蒸気をはいて空気を白く染めていく。
( ๑❛ᴗ❛๑ )やったか……
(´・ω・`)んもぅ。自分からフラグ建てるの辞めてもらっていいっすか?
フラグじゃないやい。
ウィンドウで監視しているが、未だ帰還ゲートを開くことができない。つまり、スヴァルトグリムは生存しているッ
その予想は正しかった。
――【逃現ノ身代】――
ドタドタドタ ッ.......
.............バタバタバタッ
流れる血の煙幕に紛れて、四方八方に複数の足音と気配が散らばって響いた。
「えいっ」
その中の一つの気配に向かって、ミーシャが刀を振るう。刃が影をすり抜け、地面に落ちたのは一本の指。
(´・ω・`)気をつけてくださいねっ
煙幕に紛れた奇襲を警戒して、こもじがミーシャの背を守る。これは体の部位に気配を持たせて、一時的に撹乱させるためのスキルだったようだ。
すぐに煙幕は晴れ、二人が辺りを見渡すと、地面には猿の首が転がってニタニタと笑っていた。
( ๑❛ᴗ❛๑ )それも、斬っといて
気味の悪い頭部を、こもじが縦に切断する。
逃げたスヴァルトグリムは、来た道を引き返すように、西へ向かって移動したようだ。
「こもじさん、こっち、木が折れてます。」
(´・ω・`)んー、戻りますか。ぽよちゃんが変な事言うから~
ミーシャは、森の中に残された痕跡を辿り、スヴァルトグリムの追跡を開始する。
スヴァルトグリムが西へ向かったということは、西端にいるルカとぶつかる可能性がある。すると、正反対側の東を守る意味が少ないため、私も移動をして……
「ルカの方に向かったみたいだから、警戒して!私は東端から南端を確認したあと北端に移動するわ。」
本来であれば、そのまま北端に移動するべきだが、機動力を活かして南端の確認も軽くしておく。やはり広域戦闘になった場合に機動力というのは便利だ。
森の中という障害物が多いエリアでも、ファストステップと瞬歩の組み合わせで移動出来るようになっている。最近は、ミーシャとルカに手伝って貰って夜に特訓しているのが活きている。
「ミーシャ、こもじ、ルカ。やっぱり南端の周辺には居ないわ。そっちに向かったはずだから気をつけて!」
(´・ω・`)はーい
踵を返して北端へと向かう。その間に、ミーシャの視点をウィンドウで見ながら移動する。
高速で移動しながら、別の人の視点を眺めるというのは、私の特技の一つでもある。幼少期から本を読むのが好きなあまり、登下校中にずっと本を読みながら歩いていた。
そうして培った技術だが、どんな人混みでも誰ともぶつかることなく歩くことができるし、犬のフンを踏んだりもしない。
コツとしては、周囲の景色を記号的に理解することだ。数メートル先を視界に入れ、人や壁など目に入った物を思考することなくオートパイロットで避けるような感じといえばいいか。
私はこれを習得して、毎年先生に怒られていた。
余計なことを考えているうちに、ミーシャがスヴァルトグリムの足跡を見つける。やはり知能が高いのか、藪の中を突っ切るように走ったりすることで、できるだけ痕跡を隠して逃亡しているようだ。
「えーと、足跡の向きはこっちですね。」
(´・ω・`)ほむほむ
ミーシャが足跡を追いかけ、森を進む。
逃げスキルではわざとらしいほど足音を立てていたクセに、今は足音を消して逃げているようだ。
「あれ、足跡がここで消えています。」
土の上に残っていた足跡が途中でぱったりと途切れている。
首を傾げるミーシャとこもじ。
私は、その時、ある既視感を抱いていた。
灰色熊ワーブ
ジョニー熊
タラク山の熊王
伝説のマタギ山本兵吉
小学二年生の頃に読んでいたシートン動物記は、ファーブル昆虫記と並んで、私にとって大のお気に入りだった。
そこで、繰り返しみた話がある。
『クマの止め足には気をつけろ。』
歩いた足跡を器用に踏みながら戻る。
そして大きく横に跳んで、足跡の残らない薮に入るのだ。
奴らは、賢い。追手を淡々と観察し、背中を見せたら……
「ミーシャ!後ろに気をつけてッ」
反射的に叫んでいた。
まさにその時、隠れていたスヴァルトグリムが音もなく背後に現れ、ミーシャに飛びかかろうとしていた。
(´・ω・`)むんッ!
スヴァルトグリムが飛び上がるよりも、コンマ何秒か早くこもじが反応する。後ろ向きに放たれる居合が、スヴァルトグリムの低い鼻を抉って切り飛ばした。
ギィィィ!ブシュ!
歯を擦り合わせ、鼻から血を噴き出して、再び薮に飛び込むスヴァルトグリム。
遂に、奴は階層を超える壁ではなく、その中心部に逃げ出したのだ。
「よしっ 全員、湖を目指して包囲を狭めるよ!」
この機を逃す訳にはいかない。
こもじ、ミーシャ、ルカに派手に追い立てるように指示をして、私も湖に向かって方向を切り替える。
(´・ω・`)うおー どすどす
「うおー!」
何度もマップを確認し、巧みに逃げるスヴァルトグリムを見失わないように注意する。スヴァルトグリムは、徹底して逃げてはいるが、度々ルカとミーシャに奇襲をかけてきた。
執拗にマップをグルグルと動き回るため、包囲を崩さないように中々追い詰めることができない。
そして、その時間稼ぎにも思えた行動の裏には、性根の腐った魂胆が隠されていた。
「スヴァルトグリムが川に飛び込みました!」
ルカから連絡が入る。
湖に注ぐ小川に、スヴァルトグリムが飛び込んだのだ。これまでにも何本もの川を利用していたため、それは足跡を消すことが目的だと思っていた。
しかし、すぐに川から飛び出すスヴァルトグリム。
既に湖の側まで追い詰めており、全員がスヴァルトグリムを取り囲んでいる。
『ようやく追い詰めたぞッ 貴様だけは許すことはできないッ』
待機していたアランが、全ての恨みを晴らすべく怒号を上げる。
「長かったぜぇ……クソ猿がよぉ。俺の家族を殺したんだ、覚悟は出来てんだろうな?」
普段温厚なエギルも、首の血管を怒張させて、目をギラギラと燃やしている。
七人の殺意を一身に受け止めてなお、スヴァルトグリムの顔に浮かぶのは下卑た笑み。ニタリと牙をむいて唇を歪め、握った右拳を突き出した。
ギヒッ
謎の行動に、全員が警戒を強めるなか、最初に気がついたのはウンディーネだった。
『きゃぁ!その子は……!』
ウンディーネの目が見開かれ、裏返った悲鳴が喉から漏れる。
ギシシシッ ワカルカ?
『やめてっ お願いよぉ……その子は、どうして!』
ようやく、全員が理解する。
スヴァルトグリムの巨大な手に握りつぶすように捕まっていたのは、第十七層で約束を交わしたウンディーネの少女だったのだ。
その顔は生気を失い、今にも消えてしまいそうな様子をしている。
「野郎ォ!ぶっ殺してやるッ」
「人質を探して逃げていたのか!」
『貴様~ッ またなのか!またそうやって人を……ッ!』
エギルが激昂し、ズンズンとスヴァルトグリムに向かって歩き始める。だが、それを見て奴の手が動いた。
グチリ
スヴァルトグリムがウンディーネの少女に、汚い爪を食い込ませ、か弱い悲鳴を上げさせる。
『やめて……!やめてってばぁ!』
ウンディーネの母親が、顔をぐちゃぐちゃに濡らして、エギルの腰に縋り付いた。我が子との初めての出会いが、最悪の形となってしまったのだ。
『お……おかぁさん……ひぐッ……』
微かに漏れる少女の声に、私達は動くことが出来なくなっていた。
それをみて、スヴァルトグリムが気分よく笑い声をあげる。そこを退け、武器を捨てろ、喋らなくてもそう言っているのが分かった。
4-5mある巨体、頭を落とされても死なない再生力、大木を根から引き抜く怪力。
そのような恵まれた体を使って戦うわけでもなく、選んだ手段は人質を使った脅迫だ。それも、死ぬギリギリまで人質を痛みつけるサディスティックな性格が現れていた。
こうなってしまえば、決断するしかない。
抵抗をやめて少女を返してくれるように説得するか。
少女の命を危険に晒して、しかしこのクソ猿を確実に殺すか。
私なら……どういう道を選ぶのか。
「武器を捨てるわ。ほらっ その子を返しなさい。」
手に持っていた黒鐘を、スヴァルトグリムの足元に放り投げる。クルクルと刀が回転し、その足元の地面に突き刺さった。
身につけている装備を全てはずし、同様に足元に投げる。
「ほら、みんなも続けて。」
そう促すと、こもじが持っている刀を乱雑に地面に投げ捨てる。
クソっ クソっ!!!
アランが血の涙を流して、剣を地面に深く叩きつける。
「ルカ、貴方も彼の足元に投げなさい。全部よ。」
ルカに目線をとばし、剣を捨てさせる。
ブチリと首元の十字架もちぎって、スヴァルトグリムの足元に捨てる。
バンバンバン ギャッギャッギャ!
その様子に、スヴァルトグリムは手を叩いて大喜びをしている。
「ヂグショウが!!!!」
エギルが斧を捨てようとした時、それをすっと手を上げて止める。
「エギルはいいの。それ、使うから。ルカ やっちゃって。」
平静を保ち、静かに、当然のことのように告げる。
未だ手を叩いて喜んでいる猿。
( ๑❛ᴗ❛๑ )そういう所が、やはり猿ぽよね。
「はいっ!これ以上その子に傷をつけるのは許さないッ!」
――【レリック・オブ・バインド】――
ルカの発動したスキルによって、今しがたクソ猿の足元に投げ捨てたレリックが、神の光を纏って敵を縛る鎖となる。
どれだけ再生力があろうと、怪力自慢だろうと、逃げるスキルを保有していたとしても。
この鎖からは逃げることはできない。
そして、私の思考を完全に読んでいた人間がこの場にさらに二人いる。
拘束のスキルが発動するのと同時に、ミーシャは猿の影に移動していた。銀爪ベルフェリアが鋭く振るわれ、ウンディーネの少女を掴んでいた右腕を根元から切断する。
そのまま少女を確保し、ウンディーネの母のもとに届けた。残り拘束時間13秒。
猿の目の前に立っているのは、珍しく怒気を纏った侍が一人。悠然と足元に投げ捨てられている刀を拾い上げ、全く視認できない速度で太刀が振るわれた。
4-5mある巨体から肉を削ぎ取り、頭部から股下まで一刀で切断した。そしてその肉体の切れ目に、太い腕を突っ込んで何かを掴む。
ギィァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッ゛
絶叫と共に引きずり出されたのは、小さく歪な形をしたトロールだった。胸ぐらを掴み、引きずり出して地面に投げる。
言葉は、必要なかった。
この化け物にどんな歴史があったのかは知らない。
何故巨大な肉体を得て、今までどのように生きてきたのかも知らない。この猿なりの言い訳、正義がどこかにあるのかもしれない。
しかし、関係ないのだ。それを考慮するだけの情状酌量の余地はとうに潰えてしまっている。
家族を全て殺された男の恨み、恋人を食われた男の恨み、子供を痛めつけられた母親の恨み。
何も食う食われる関係を否定するわけではない。食うなら食われる覚悟を持って挑まなければならないし、そこから逃げ続けることはできない。
せめて正面から、受け止めるしかないじゃないか。
それに、生きるために殺すのではなく、この猿が積み上げてきた業は別種の歪んだ快楽のために行われてきたものだ。
罪の精算。
私はその全てを見て、記憶に刻み、敵の居なくなった階層から帰還することとした。
復讐に爽快な結末は無いでしょう。
ただ罪と向き合い、消化して、遺された人が前に進むための結末が必要なのです。
次話から場面が変わります。
急でごめんなさい。




