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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
深淵へ至りましょう。
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復讐の総決算 其の1

全員が吊り橋を渡りきった瞬間、風が走り、雨は勢いを増した。

天から降り注ぐ雨粒の間をすり抜けるように、古城の塔から歌声が響く。不気味なほど美しい、怒りと哀しみの旋律。


仰ぎ見れば、塔の先端に、異形の女がいた。

髪は水藻のように濡れて重たく垂れ下がり、顔を覆い隠している。


肌は青白く、まるで冷え切った死人だ。輪郭は水に墨を垂らしたように滲み、裾から滴る黒い水が塔の石をじわじわと汚してゆく。これが、師匠が言っていた亡霊。


歌のトーンが変わった。

そこに滲む感情は、()()


「誰も来ないで。」


歌が声になり、声が叫びになって私達を拒絶する。

にわかに強くなった雨が、被っていた外套を黒く染め上げていく。いつの間にか亡霊から流れ出した黒い雨が周囲に広がり、濡れた肌にしみこむ。


この黒い雨、嫌な感じがする。


「ウッ…げぼっ…お゛ぇ゛」


ルカが地面に両手をついて嘔吐した。顔面は蒼白で、肩や背中が震えている。

他のメンバーに目を向けると、エギルが鬼の形相をして古城を睨み、ミーシャは表情こそ変えていないが顔色が悪い。


(´・ω・`)けろりん


こもじは、まあ、いつも通りだ。

腕に落ちた黒い雨が、肌にしみこむとともに、負の感情が増幅されて心に広がっていくのを感じる。


(あぁ、この感じ。アレだね。)


巫さんと共にいった、古い社に漂う亡霊。彼らに触れたときと近しい雰囲気だった。

過去の記憶から、本人にとってのトラウマを呼び起こしているのだろう。もしかすると、この地で犠牲になった人の記憶も混じっているのかもしれない。


「ルカ、大丈夫?」


私は全員共通の外套のほかに、固有装備となっている白衣の外套を着ている。

それを脱いで、白衣でルカの体を包んだ。銃弾すら弾く白衣だ、雨を防ぐには十分だろう。


「ありがとう…ございます。俺は大丈夫です。」


白衣でくるんだのがよかったのか、ルカの震えが止まり、頬にわずかだが血色が戻ってきている。

続いて、少し辛そうなミーシャの背中をさすり、彼女の腰から刀を抜いて命令する。


「ベルフェリア。」


『はいっ。呪いは私が受け持ちます~。』


ミーシャの全身に付着していた黒い雨が、ずずずっと刀に引き寄せられていく。

さすがは最高位悪魔、便利である。


「すみません。ありがとうございます。」


「雨が原因よ!急いで古城の中にはいって。」


ミーシャとルカの手をとり、全員で走って古城を目指す。しかし、突如として邪魔が入った。

泥濘んだ地面が意思をもって足に絡みつき、私はがくんと体勢を崩された。さらに、その地面がばっくり口を開けて牙をむいている。


「チッ」


ここにきて、新手のモンスターだ。黒い雨に邪魔されて、接敵するまで気が付かなかった。

二人を引っ張っていたせいで、両手がふさがっている。

訪れた危機に対処するため、眠っている脳細胞の一つ一つを叩き起こして思考させる。拡張された知覚が、時間を極大まで引き延ばし、黒い雨粒が急激に速度を落として宙に止まって見えた。


足元にいる敵は、口だけで3-4mあり、泥の下にはどれだけの巨体が隠れているのか分かったものではない。さらに、開かれた口の奥には、折りたたまれた舌らしき捕食機関が発射の準備を整えていた。


脅威度は未知数、侮れる敵ではない。このままでは、三人のうち誰かが攻撃を食らってしまう。

ならば、どうするか。


「先に行って、城内で待ってなさい!」


両手に渾身の力を込めて、二人を空中に放り投げる。

二人は大口開けて待つモンスターを飛び越えて、空中で瞬歩を使ってさらに距離を稼いだ。

ちらりと振り返った二人が、私に向かって申し訳なさそうに目を向けたが、その足は古城に向かって走るのを止めない。


(えらいぞ、二人とも。こっちは大丈夫。)


こういう時、指示系統をしっかりと守ることが、私のPTのルールだ。

私たちを置いて逃げることに、抵抗があるのは理解できる。しかし、敵前でそんな悠長な議論や相談をする時間は無いのだ。

お互いの力を信頼し、それぞれの最善手を打つことが、結果的に満点の連携につながる。


「エギル、二人を追って!ここは、私とこもじで受け持つわ。」


「おうッ」


地面から現れたモンスターが、誰を狙おうか迷いを見せる。


(お前の相手は私だろうがッ)


私の濃縮された殺気が、モンスターの本能を叩き、反射的攻撃を呼び起こした。舌が鋭く発射される。狙いはもちろん私だ。


ヘイトを集めることには成功したが、足には膝下まで泥の触手が絡みつき、がっちりと拘束している。

私に残された選択肢は二つ。瞬歩で拘束を抜けて躱すか、それとも――


「誰に手ェ出したか、分かってるのかしらァ!」


選んだ選択肢は、受けること。

左手に持った黒鐘を地面に突き刺しながら、重心を傾ける。それにより、体の正中を狙って飛んできた舌が、私の右わき腹を削りながら後方へ逸れた。


だが、狙い通りだ。痛みを噛み殺して機を見極める。


「捕まえたァ…」 ギチィ…


舌が伸び切った刹那、右腕で舌を抱え込むように捕まえる。両腕の蛇ちゃんが、実体化して腕にきつく巻き付く。万力の如き締め上げは、さながら外付けの筋肉である。


ここで逃がせば、古城に向かって走るミーシャ達を襲いかねない。力の拮抗が一瞬の静寂を生み、静の世界が広がる中で、一人の漢が動いた。


私は、ほとんど止まった時間の中で、それを目で追いかけていた。


彼の使う剣技の中でも、最も強力なものが居合術である。

居合が最速最高の剣技として成立する理由は、突き詰められた理合いによるものである。すなわち、理にかなった型を極めるということだ。

その点、足元の大地に斬撃を打ち込む居合術は、本来存在しない。大地を斬りつけたければ、斧で薪を割るような振り下ろしが有効だからだ。


しかし、この漢の身体能力は、数々の試練を経て人を超えているッ


()()()()()()()()、空中で全身の筋肉を左回りに捻る。右肩が地面向かって平行になった。

踏みしめる大地が無いことによる不足を、空中では地上以上に体を捻ることができる利点で補っている。


止まった世界においても、彼から放たれる斬撃は光の如し。


星が斬られる。


(´・ω・`)シッ…裂地星斬ッ


――【神刀の型 裂地星斬】――


斬撃に遅れる形でスキルが発動したのが分かった。

回転の力を使って放った斬撃が、地面を垂直に切断し、雪山に現れるクレバスのような底の見えない裂け目を作り出した。


地中にいたモンスターがどうなったかなど、確認するまでもない。泥濘るんだ泥も、硬い岩盤も、彼の斬撃を防ぐことはできないのだから。


「ないすっ」


(´・ω・`)怪我、大丈夫っすか?


舌と接触した脇腹が、鈍く痛むが、大して出血はしていない。

行動するのに支障なし、古城に進んだ三人の後を追いかけることにする。


古城に近づくほど雨が強まっていくが、幸いなことにモンスターに出くわすことは無かった。

おそらく先ほどの戦闘によって、下級モンスターは逃げ出しているのだろうと考える。


古城に着くと、無理やり叩き壊された城門のそばで、三人と合流することができた。


「帆世さん!」


ぱっとミーシャが抱き着いてくる。

その可愛さに、傷の痛みはどこかへ飛んで行った。


(´・ω・`)ぽよちゃんの手当をお願いするっす。


「はい!」


ルカが走ってきて、地面にレリックを突き刺す。

その前で手を合わせて祈りを捧げ、スキルを発動する。


――【レリック・オブ・ヒール】――


巨大化した十字架が緑色に発光し、この場にだけ、のどかな新緑の春を切り取ってきたようだ。

ぽわーんと一定間隔で生じる光に、触れた肌がじんわり温まって傷が癒えていく。


「ありがとう、ルカちん~。やっぱりヒーラーは重宝するわぁ。」


「とんでもないです。元々帆世さんから貰ったレリックですしっ」


(´・ω・`)ナースなのに、純火力職みたいな性格の人もいるのにね。


( ๑❛ᴗ❛๑ )あ゛?


人手が足りないんだから仕方がないでしょ。

真っ先に必要になるのは火力職というのが常識だと思う。その上で支援職や特殊職をPTに揃えていくのだ。


( ๑❛ᴗ❛๑ )それにしても、嫌な雨だったぽよね。あの亡霊女、どうsー「待ちな。」


ボヤいていると、エギルが食い気味に待ったをかけた。


「待ちな。それ以上、言わない方がいい。あの女は()()()()()()だ。」


エギルによると、あの亡霊女こそがウンディーネだという。


“ウンディーネの前で、ウンディーネの悪口を言ったものは死ぬことになる。”


古い伝承には、ウンディーネの悪口を絶対に言ってはいけないと記されているらしい。


( ๑❛ᴗ❛๑ )むぐぐ...


ミーシャに口を塞がれる。

ぽよたん、そんなに悪口言いそうに見える?

だが、おかげでここのギミックがわかった。それはつまり、


(´・ω・`)つまり、黒い雨で負の感情を増幅させ、悪口を言わせて呪い殺すってことっすね。


「ああ、厄介な呪いだ。」


( ๑❛ᴗ❛๑ )むぐぐー!(それぽよたんが解説したかったー!)


言いたかった言葉をこもじに盗られた。

私の口には、ミーシャの柔らかな手がぴったりと蓋をしている。


「ウンディーネが、どうしてそんなことになったんでしょう?あの泉の子が探してたお母さんですよね……」


「詳しいことは分からねえが、原因はトロールだ。これだけは、間違えねぇ……」


エギルの殺気が膨れ上がる。

座っていた石畳を、指で削りとりながら握りこんだ。


エギルには、運命に干渉する詩詠みのスキルがあったのを思い出す。彼の復讐の誓いが、この地に居座る仇の存在を感じ取ったらしい。


「トロール、ですか?」


「あぁ、奴の存在を感じる。ここには、間違いなく、俺の家族を食い殺した()()トロールがいやがるんだ。」


無論、ウンディーネが最初からあんな姿になった訳では無い。これまでに聞こえてきた歌が鍵になるはずだ。私は第十六層から続く歌を一つ一つ思い起こし、その意味を繋げていった。


そうか、つまりー


(´・ω・`)歌で何度か出てきていた、「黒」っていうのがトロールのことなんすね。


( ๑❛ᴗ❛๑ )むぐぐぐぐぐー!(ぽよたんが解説したかったのぉぉぉ!)


ミーシャに後ろから抱かれて、口を塞がれたままなのだ。私が喋れないまま、この地に廻る呪いが解き明かされていく。


「あのウンディーネを、元の泉に返してやりてぇ。ガキの涙を受け取っちまったからなァ」


(´・ω・`)そうっすね。


「でも、どうやってウンディーネを正気に戻しましょうか...」


「あれは、半ば正気を保っているようにも見える。俺に話させて欲しい。そのために時間を作ってくれねぇか」


エギルには、ウンディーネと対話する覚悟があった。

そのための助力を、他ならぬ私達に頼んでいるのである。


「頼む。このとおりだ。」


握りしめた拳を石畳につけ、頭を深く下げた。

ふふ。そんなの決まっている。私たちは、決して友の願いを


「分かりました!俺がウンディーネを止めます。」


(´・ω・`)当然っす。全力を尽くして協力するっすよ。


「ええ、私も協力させて頂きます。エギルさんにしかできないことに、集中して臨んでください。」


( ๑❛ᴗ❛๑ )むぐー!むぐー!


エギルが顔を上げると、先程までの爆発しそうな殺気は収まっていた。友の想い、水精霊の子の願い、水精霊の母の無念、それら全てを背負った漢の顔だ。


しかし、黒いトロールへの殺意を失った訳では無い。爆発しそうな煮えたぎる殺意を、心の奥底で凝縮し、冷たく濃厚な殺意の結晶を作り出していた。


エギルは私達の友である。

エギルの復讐は、私達の復讐である。


その気持ちを、口に出す必要はない。全員がそう思っていることに疑いはないのだから。


(´・ω・`)ふっ…友の復讐だ。一緒に背負わせて貰うっすよ。


( ๑❛ᴗ❛๑ )むぐぐむぐー!(ずるいぽよー!)


ぽよたんが言いたかったセリフを、全部言われてしまった。普段は黙ってるくせに、なんで今日ばっかり饒舌なの!


(´・ω・`)あの、ミーシャさん。ぽよちゃんが真っ赤になってるっすけど、そろそろ窒息しないっすか?


ミーシャの腕の中でジタバタしていると、チラリと視線を向けてそう言った。


「帆世さんは、息を止めるのが上手です。まだ大丈夫です。」


( ๑❛ᴗ❛๑ )むぐ(きゅん♡)







なんで息を止めるのが上手だと知ってるんでしょうか。


不思議ですね。

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