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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第三章 少しは進化の箱庭を進めましょう。
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第十九層 泥濘に響く歌声

――【進化の箱庭第十九層 泥濘に響く歌声】――


まず結果からお話しよう。

私たちは、ウンディーネの宝物庫《雫守の蔵》からアイテムを持ち出すことはなく、第十九層へと進むことになった。

理由はいくつかあるが、ウンディーネがこの場所を大切に守ってきたことが伝わってきたからだ。


「本当にそれでいいの?」


私は、一番喜んでいた男にそう問いかける。


「ああ、かまやしねぇよ。お宝はもう貰ってるからな。」


彼はそう言って、手のひらでウンディーネの涙を転がしていた。そして、その小さな結晶を大切にハンカチに包んで懐に戻すのだった。



こうして冒険の記録に、大切な1ページを記すことができた。

続いて、ウィンドウをスクロールして師匠達の歩んだ記録を参照する。


先人が切り開いた道があるというのは良い。完全に油断することは出来ないが、ある程度のフィールド情報や出現する敵を知ることが出来る。このおかげで、完全に初見攻略と違い大まかな日程を立てて行動できるメリットがある。



記録によると、第十九層はいささか問題のある階層であるらしい 。

まず廃村の入口に降り立ち、無数の獣を蹴散らして山に入る道を発見するのに数日かかっている。

それから、泥が溜まった底無し沼を渡り、地滑りで通れない道で大きく迂回を繰り返すことで古城へと辿り着く。

古城では強い敵に襲われながらも、それを斬り払って先へ進んだ。結局第十九層攻略には七日以上かかっているが、その間雨が止む日は無かったという。


師匠に、「この膠の道は無聊の極みにして 、冥府へ続く果てしなき逍遥の如し(意訳:ねちゃねちゃしてて退屈すぎる道のりは、もー嫌なのっ)」と言わしめている。


さて、そんな第十九層であるが、私達が降り立った地点は、師匠達のそれとはやや異なる。

しとしと雨が降りやまず、地面は沼のように泥に溶けて沈み込み、陰鬱とした()を形成しているという点で師匠達の記録と相違ないわけだが……


そう、既に山にいるのだ。

廃村には訪れていないし、師匠達が大きく迂回したという地点が眼下に確認できる。

つまり、師匠達が苦労して歩んだ道の大部分をショートカットし、古城が目視できる場所に出たという訳である。


きっと、親切な水の精霊のおかげだね。

ひょんな出会いから、裏ルートを進んだことで、面倒な道のりの大部分をスキップできるとは粋な計らいだ。


「ウンディーネちゃんに感謝しないとね。ほんとだったら、この泥濘の道を何日も歩かなきゃいけないらしいよ。」


「そうか。次会ったら礼を言わねえとな。」


さてさて、このダンジョンを進むには無計画にという訳には行かない。

基本的には一定距離を踏破し、階層の果てに現れる透明な壁を切り開くことで先へ進めるが、第十九層においては条件が異なるのだ。


実際、師匠達が廃村から平地を通って壁に到達した際、その壁を通ることが出来なかったのだ。試行錯誤を凝らした結果、《必須クエスト》なるものを発見する。


“この階層を通りたくば、〇〇しろ。”


という内容のものだ。

第十九層においては、それが古城の地下室に行くという条件のクエストだった。


であるため、必然的に古城に辿り着かなければいけないのである。


「私が様子見てくるから、みんなここで待ってて。」


視界が悪く、進むべき道も不明である。

闇雲に全員で動いて無駄に体力を浪費する意味はなく、私が斥候の役目をかって出たのだ。私であれば戦闘になっても容易に離脱できる自信もあった。


フードを目深に被り、雨を遮断する。露出している岩を足場に跳躍し、木の幹を蹴って山を進む。


止まない雨によって、山中には幾筋もの小川が形成され、茶色く濁った水が流れていくのが見える。川の周辺は土が脆く、歩くのには適さないだろう。


植生は偏ったもので、木は少なく背も低い。シダ植物、苔類、蔦が発達して地面を覆っている。足元の視認性が極めて悪く、モンスターが近くにいても気が付かないかもしれない。


どうしてこのような植生になるかと言えば、気候が原因だろうと考えられる。常に薄暗い気候のせいで日光が不足していることから、植物は光合成をすることができず、足りない栄養をどうにか補おうとしているのだ。


(山の植生が全部書き換わるなんて……かなり長期間にわたって雨が続いているのね。)


それにしては、妙だとも感じている。

年中雨が止まない地域というのは、もちろん存在している。例えば南米のアマゾンが有名だ。

いわゆる熱帯雨林と称される地域だが、その名の通り熱帯に分布する気候である。それなのに、この山は肌寒いくらいの気温だ。


熱帯ではないのに、雨が止まない。それはつまり、気候に影響を与えている何らかの原因があると考えて良い。まあ、不思議な空間であるダンジョンに、どこまで人間の常識が通用するのか疑問ではあるけどね。



考え事をしていると、眼下に面白いものを発見した。


湿った朽木の根元。

霞んだ緑の苔に混じって、ぽつりと赤褐色の傘が、雨粒をじっと受け止めていた。


( ๑❛ᴗ❛๑ )きのこー!


大きさは手のひらほど。白い茎がゆるやかに波打ち、すぐ根元から小さいキノコも並んでいた。


食べれるかは分からないが、興味はある。足場にしていた木の枝を蹴り、キノコの目の前に着地する。


びょんっ


「うわぁ!?」


ずしゃっと着地した瞬間、キノコが飛び跳ねて私の頭を超えて逃げたのだ。思わず尻もちをついて、それを見あげると、黄色くつるんとした腹と、四本の太い足が生えていた。


「びっくりした……カエルの背中にキノコが生えていたのね。」


寄生というより、共生の関係なのかもしれない。さしずめキノコが栄養を供給し、カエルが移動することでキノコ胞子が分散されるというメリットを分け合っているんじゃないだろうか。


( ๑❛ᴗ❛๑ )まてまてー!


げこー!?


面白い生物を見かけたら、とりあえず捕まえてみるべし。茂みに逃げ込んだカエルを追いかける。


カエルは意外にも素早く、キノコを背負ってぴょんぴょんと飛び跳ねるたび、傘が小さく揺れた。

その動きがまた妙に可愛らしくて、つい夢中になってしまう。


ようやくシダ植物が無くなり、少し開けた場所に出た。ここなら、カエルを捕まえやすい!


そう思った矢先、飛び上がったカエルがそのまま天に連れ去られてしまった。


見上げてみると、その犯人の顔が見える。

顔……と言っていいか分からないが、木の幹に巻きついた太い蔦の先、毒々しい赤色をした五枚の花弁が開いていた。


肉を裂いたような赤色の花弁がカエルを飲み込んで蠢く。どろりとした消化液がカエルを溶かすのが見えた。


ウツボカズラといえば、みんな知っているだろうか。ハエを食べる食虫植物の代表格だ。このウツボカズラも、実は熱帯雨林に分布している。


日光が当たらないため、不足する栄養素を虫を食べることで補うという、植物にしてはアグレッシブな子なのだ。


( ๑❛ᴗ❛๑ )ぽよちゃんの獲物とられた~。


( ๑❛ᴗ❛๑ )ゆるすまじ。


見る分には面白いが、獲物の横取りは良くない。睨みつけると、開いた花弁が嗤うように歪んだ。


“次はお前を喰ってやろうか”


と言っているようである。

視線を上に向けていたが、その実、危険は足元に忍び寄ってきていた。


先程もカエルを捕まえた蔦が、私の足に巻きついて強く引っ張った。……が、所詮は第十九層の植物にして雑魚敵。


カエルは引っ張れても、私を食べるには格が不足している。黒鐘を引き抜き、足に絡みついている蔦を一振で切断する。


斬られた蔦が、水を撒き散らして激しく暴れる。周囲の木々に巻きついている蔦の、どこが本体かはいまいちわからない。


( ๑❛ᴗ❛๑ )まあ、全部斬れば良いぽよね。


襲いかかってくる蔦を切り落としていくと、今度は花が木の上へ逃げようとしていた。近くを這っている蔦を握りしめ、本気で引っ張る。


ビィンとのびた蔦が、ブチブチと音をたてながらゆっくりと木から引き剥がされていく。ちぎれているのは木の方で、蔦は見た目通り頑丈である。


手繰りよせて、肉のような花を切り落としたことで、ようやく動かなくなった。


えーと、コイツらの名前は……


アマタケガエル

雨茸蛙、もしくは甘茸蛙という新種の生物。モンスターではなく、この地に適応した種だ。カエルもキノコも毒は無いらしい。


カグツルソウシシバナ

噛蔓草肉花、なんとも変な名前だ。見た目通りの獰猛なモンスターで、頭上と足元から同時に襲ってくる。


気になるのは、やはりアマタケカエル。焼くか煮るか、脂があれば揚げたというのに……


そう思っていると、切断したカグツルソウシシバナの断面から流れている水が、雨水を弾いて浮いていることを発見する。


無色透明で、水だと思っていたそれは、指で触ってみると油性であることがわかった。食べた動物から生成しているのか、それとも別にそういう機能があるのか分からない。しかし、動くというエネルギーを多大に消費する生存戦略において、通常の植物と違って油を燃料にしていると仮説を立てる。


( ๑❛ᴗ❛๑ )ふ……ふふふ...カエルがキノコ背負って、油までついてくるとは!


鴨ネギとはこのことである。

陰鬱とした山が、急に豊かな食材の宝庫のように見えてきたではないか。


既にこぼれてしまった油はしょうがないが、次から工夫して倒すことにしよう。アマタケカエルも確保必須だ。


そうして周囲を探索しながら城への道を探る。

薮をかき分け、途中でワーム型のミズクグリを数匹蹴散らし、ようやく古城の前までたどり着いた。


「もしもし、私だけど。」


待機している四人に、通話を繋ぐ。


「古城が見える所まで来たんだけど、ちょっと問題ありで。」


((´・ω・`)どしたんすか?)


「古城の前に谷があって、吊り橋がかかってるんだけどね。だいぶボロボロなのよ。」


(谷は深ぇのか?)


通話モードから、視覚共有に切り替える。

下をのぞけば、足が竦む高さとなっている。しかも流れる川が白く見えるほど流れは早い。


(うわー、落ちたらさすがに無事じゃすまないですね。)


「こもじなら、案外怪我しないんじゃないかな。」


((´・ω・`)いやっすよ。)


(迂回というのは、難しいのでしょうか?)


「うーん、谷は続いてるみたいね。師匠達が歩いた道まで、多分一日はかかるわね。」


雨が止まない山で、一日中歩き回るのも嫌な話だ。何より全てが濡れた山で、火を起こすこともできない。つまり、ご飯がとっても味気ないものになる!!


「私に考えがあるわ。一旦戻るから、出発の準備しといて。」


そうして通話を終了し、来た道を戻る。

帰りはマップが機能している分、短い距離で戻ることができた。


木や岩を足場に飛びながら進み、無理な地形では瞬歩を組み合わせる。こうしてほとんど地面に足をつけることなく、四人が待っているところに上空から飛び降りた。


( ๑❛ᴗ❛๑ )しゅたッ


(´・ω・`)ジョブ:忍者とかになったんすか?


こんな風に移動できるのは、現状私だけだ。

五人で移動するためには、地道に道を作って進まなくてはいけない。


「こもじとエギル、先頭でシダを切って進んでちょうだい。敵は蔦状のモンスターと、ワーム型ミズクグリよ。」


つまり、あまり問題がないということ。

ついでにアマタケカエルの捕獲と、カグツルソウシシバナを切断しないように注意する。


(´・ω・`)んもぅ、どうせ食べるんでしょ


うるちゃいやい。

さっさと進めと、こもじのお尻をぺちぺち叩く。


道中、アマタケカエルが群棲している場所と、それを狙うカグツルソウシシバナを発見した。五人総掛かりでアマタケカエルを捕獲し、カグツルソウシシバナはこもじが花の部分を縛って仕留めた。


( ๑❛ᴗ❛๑ )ホクホク ワクワク


そうして巨大なカグツルソウシシバナを引きずって、古城が見える吊り橋まで到着する。


(´・ω・`)で、どうやって渡るんすか?


こもじが谷底をのぞきこんで聞いてきた。


「私がロープ持って、向う岸に行くから。みんなはロープ伝って来て。」


作戦はこうだ。

ファストステップを使える私なら、いくらボロボロであっても吊り橋に負荷をかけることなく対岸に渡れる。

引っ張ってもちぎれないカグツルソウシシバナを、上手に切って結び合わせることで、一本の長いロープを作るのだ。


「ひゃー、やっぱりちょっと怖いですね。」


「そうですね。こういう場所は馴染みがなくって……」


ルカとミーシャは、ドキドキしているようだ。

吊り橋とはこういう状況なんだなあ、と思った。


そういえば、ラウガルフェルトの防衛戦で、ミーシャを背負って城壁を駆け上がったことがある。その時も絶叫していたのを思い出した。


「一人までなら、私が抱っこして連れていくわよ。誰か希望者いる?」


(´・ω・`)ノ はーい


( ๑❛ᴗ❛๑ )うーん。まあ、こもじでもいいか。


( ๑❛ᴗ❛๑ )(´・ω・`)よっこらしょ


カグツルソウシシバナを巻き付けたこもじを、抱っこする。一番体重が重たいし、吊り橋への負担を考えるとこもじを運搬するのも無きにしも非ずな選択肢だ。


ひょいと抱えると、視界の半分くらいが無くなった。


( ๑❛ᴗ❛๑ )フッ……随分大きなお姫様だぜぽよ...


(´・ω・`)あっあっ変なとこ揉まないでっ


――【ファストステップ】――

少し助走をつけて、吊り橋に入ったとこでスキルを起動する。そこまでスピードを出す必要はないので、走るというよりは、可能な限り一歩を大きくしたジャンプと言った使い方だ。


( ๑❛ᴗ❛๑ )行くぽよー!!!


(´・ω・`)あばばばばばば


お姫様抱っこをした美女と野獣が、雨が降りしきる天を駆け、谷を渡った。


「到着したわよー。ロープ結んだから、ゆっくりおいで。」


(はーい!)


一瞬で対岸に渡り、木にロープを括った上で、さらにこもじが握って固定する。


エギルが、そのロープに斧の柄をひっかけて、空を滑って着地した。


「おおー、お見事!」


「へへっ 船でも山でもロープは使ってたからな」


続いてミーシャとルカが、ロープを握ってソロソロと吊り橋を渡ってくる。

高所に慣れてないため、多少時間はかかったが渡りきった 。


「私も、帆世さんに連れて行って貰えばよかったです...」


「いや……そっちも怖そうですよ」


両手を地面について、大地の有難みを実感しているようだ。微笑ましい光景だが、なんだかんだ肝が座っている二人である。


曇天の雲の向こうで、微かに光を放っている太陽が、ちょうど真上に昇った。それがきっかけになったのか、古城の上から鈍く重い歌声が響いてきたのだった。




つるぎをもった あのひとが

わたしのもとに きてくれた

ふしののろいを みにまとい

くろのからだに つきたてる


いかったくろが やまくだる

ちぎりやぶれて  むらほろび

ほこらはくずれ  ひともきえ

のこるはのろい  みずにしずむ


かぜよつたえて このうたを

わたしのひとを すくってと

かれをころした くろのもの

どこにいようか ゆるせない


あめよまもって あのひとを

だれもこないで こわいもの

ちかづくならば のろわれる

うたもきえゆく みずのそこ




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