表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第三章 少しは進化の箱庭を進めましょう。
122/163

第十八層 雫守の蔵

――【進化の箱庭第十八層 雫守の蔵】――


ウンディーネの少女と別れた後、階層の壁を超えた先で、ようやく水と空気の境界と出会う。

水から上がると、数時間ぶりに感じる重力と、水をたっぷり吸った服が肌にひっついて、若干の動きにくさを感じる。


足元の岩はぬるりと滑り、淀んだ空気に流れは無い。ウンディーネの少女の話では、ここは先代のウンディーネが守護している宝物庫に繋がっているエリアであるはずだ。だが、この空間に満ちているのは決して清廉な気配とは呼べないものである。


「柳生師匠達は、ここに来なかったんですかね。」


なんとなく嫌な気配を感じたのか、ルカが小声でつぶやく。


「師匠達は第十八層は、崩壊した村を探索したと報告されているわ。第十六層から地続きな階層が続いているけれど、私達は別ルートに来ちゃったみたいね。」


まあ、マップの補完もできるしお宝を貰えるというんだから文句はない。

普通のダンジョンに戻してほしいと言った矢先に、早速裏ルートを進んでいる私達を、アクシノムは笑って見ているような気がする。


気持ちをポジティブに修正し、改めて第十八層のダンジョンを見渡す。

陸に上がったとはいえ、通路のところどころに深い水たまりがあり、天井から垂れる雫が水の音を反響させる。幻想的な光景に見えなくもないが、どちらかというと夜中に水辺を訪れた時のような、本能的な恐怖がくすぐられる。


ぎゅっ。

恐怖を誤魔化す様、隣に立っている仲間に手を伸ばす。すると人の温かな熱が掌に感じられ、心の最下部に湧き出そうになった恐怖を静めてくれた。


(´・ω・`)ちょ、腹の肉つままんでください。


洞窟は、多少狭いところや、水たまりのせいで歩けない場所があるが、道が分岐して迷路になっているということもない。そのおかげで、私達から数十m前方にある異物に気が付くことができた。


ガシャ…ガシャ…


人影がふらふらと方向も定めることなく歩いていた。

壁にぶつかっては向きを変え、再びぶつかるまで動いている。彼が壁にぶつかった音が、洞窟内を反響してやけに大きく響いた。


「やるか?」


エギルが腰から斧を取り出し、くいっとソレに向ける。

まあ、どう考えても敵の一種だろう。私も黒鐘の柄に手をかけ、鯉口を切って戦いに備える。

何が出るか分からない時と比べて、実際に出てきてくれた方が精神的にはだいぶマシだ。


「一体だけとも限らないし、注意しながら近づいて。」


どうせ一本道だし、この敵を避けて進むことはできない。むしろ一体で出てきてくれたなら、特性や危険性を調べるのに良い機会ともいえる。


彼我の距離が数mに接近したことで、遂に私達の存在が認識された。

古びた甲冑を着た人が、ゆっくりと首を回してこちらに視線を向ける。だが、ギギギと回る様は人間の動きではない。


鎧の人がやや緩慢な動作で走り出し、手には長い剣をもって振りかざす。

対応するのはエギル。その動きをよく観察し、斧の背で手首を叩いて剣を地面に落とす。その剣に一瞥もすることなく足で踏み、軽く蹴って私達の方に弾いてよこした。


決着は早い。武器を失った敵の兜を掌底でかちあげると、頭部が宙を舞って壁にぶつかる。

体は力を失ったように地面に沈み、甲冑は音を立ててばらばらに崩れる。


「どうなってやがんだ。」


「甲冑の中身は…水?」


崩れた甲冑の中には、人のかわりに透明な水が満たされていた。エギルが頭を飛ばしたことで、水がどぼどぼと抜けて水たまりに流入する。


彷徨う朽鎧(さまようくがね)

くすんだ黄銅と青黒い錆がまだらに絡んだ空洞の甲冑、接合部は歪み、胸甲には乾いた血痕のような赤茶けた結晶がこびりついている。


動きは大して脅威にならないが、殺すことはできなかったようだ。

ばらばらになった甲冑に、じわじわと水が溜まっていくのが見える。そして、腕が地面をまさぐり、バラバラになった装甲を拾って再生を始めていた。


「キリがなさそうね、」


「無人の甲冑が動くというのも不気味ですね。」


目の前で復活しかけている朽鎧を見下ろし、その軋む音が連鎖するように洞窟の奥からも聞こえてきた。お仲間が随分と多いようだ。


「この剣だけ回収して、先に進むわ。ウンディーネの宝物庫を無駄に荒らすのも気が引けるし…」


剣が無ければ、残った甲冑が復活したとしても、私達と戦う術は無いと思う。

黒鐘を鞘に戻し、かわりに錆びたロングソードを手に持って先に進むことにした。


「クエストだったら、『朽鎧を〇体倒せ』とか『ウンディーネの宝物庫の経路を発見しろ』とかありそうね~」


久しぶりに、冒険ぽい冒険の雰囲気に、現代の社会構造に新たな産業として芽生えたクエストについて思考が巡る。まあ、前衛二人が片っ端から敵をなぎ倒し、ロングソードを大量に収集しているため、後ろを歩く三人が暇に感じ始めている故でもある。


「あれ、帆世さんクエスト見てないんですか?『未発見モンスターの登録』『新マップの発見』『ウンディーネの涙を入手』とか、かなり高レアなクエスト達成してますよ。」


ルカがウィンドウを操作して、私にも見えるようにクエスト一覧を表示する。

クエストとは、システム(アクシノムの一部権能を用いて各世界を管理運営している機能の通称)から自動的に発行される様々な依頼のことである。また、最近になってUCMCや政府、企業からの依頼も会ったりする。


システムからのクエストは、ルカが教えてくれたような物が多いが、それ以外にも多岐にわたる。

私達のような戦闘メインの人やクランに対しては、


・モンスターやマップの登録

・モンスター討伐やダンジョン踏破

・レアアイテムの発見や収集


など、攻略を促進するようなものが多く出現する。これらを達成することによる対価というものは、あまり存在しない。お金を貰えるわけでもないし、特別な景品もない。ただし、達成したクエストは一覧となって確認することができるし、内容によっては≪称号≫が新たに生える可能性があると言える。

私の≪ゴブリン・ベイン≫なんかは、ゴブリン・キラーの称号の進化系で、クエストを達成したことで生えた称号だ。一定期間内での連続ゴブリン討伐と、ゴブリンからのヘイト値が高まることが条件。


逆に国や企業といった、人間サイドからの依頼には相応の報酬がついている。

・特定の素材や、未知の素材を提供すること

・スキル発現のノウハウ講習


など、実利に結び付きそうな依頼が多くある。最近では第六層のラウガルフェルト鉱石や、トロールの肝臓はとびきり高価に買い取られるため、第六層の一大産業となっている。

アメリカ合衆国デトロイトにあるアドベンティアでも、様々な企業が大枚をはたいてダンジョン産のアイテムなんかを集めているらしい。


そんな重要なクエストだが、私のカスタムされたウィンドウ画面には、クエスト一覧を見るためのコマンドが無い。もちろん実装されていないわけではなく、どうでもよい機能として非表示にしているのだ。


「アクシノムからのクエストとかは例外として、今更細かいのを見てもね~って気分なのよね。ま、必要があれば見てみるわ。」


ミーシャも、何やらウィンドウを操作してクエストを見ているようだったが、すぐに閉じて私の横に並んだ。


「帆世さんは、何かお好きなものはございますか?」


「あ、それ俺も気になります!」


少し首をかしげながら、やや唐突な質問が投げかけられる。

まあ、ここまで周囲を警戒しつつも雑談をしながら進んでいたので、丁度別の話題を振ってくれたのかもしれない。


「好きなもの? ミーシャとか。」


「!!」「!?」


悩む余地などない。

ちなみに、好きな食べ物は多すぎて言い切れない。あまり物にこだわる性格ではないので、誰かから貰った物とかが好きな物に変わっていくことが多いなあ。


そうこうしているうちに、前を進んでいた二人の足が止まる。


(´・ω・`)着いたみたいっすよ~


こもじが、足のつま先で、大きな門を指した。両腕一杯にロングソードを抱えているため、指は使えなかったようだ。


「おー、ここが、ウンディーネと人間が守った宝物庫ね。≪雫守の蔵≫っていうんですって。」


万理の魔導書が、この場所の名称を教えてくれた。

洞窟の終点は、これまでで最大の湖になっており、ぱっと見で分かるほどに激しい水の流れがある。

その真ん中に浮かぶように門が佇んでいて、それは石でも鉄でもなく、綺麗な朝露のように透き通った不思議な見た目をしていた。


この門を開くためには、ウンディーネから合言葉を教えてもらわないといけない。

ちょっと長いから、良く聞いていてほしい。


「んっんーんーあーあー。よし。」


咽喉の準備よーし。


ここは みずと ひとの ちぎり

けがれ ふれねば きずもなく

ねむれ うつくしきもの しずけさに

みにくい あらそい よばぬよう

ともに えらんだ そのひとよ

いま もんを ひらくとき


一節紡ぐごとに、水の流れが変わってゆく。

水流にのせられて、透明な門があちらこちらに、ふよふよ動く。


「おっ きたぜ」


門は大きく動き回った後、静かに私達の前に流れ着き、ゆっくりと開いた。

その門の先には、今まで見えなかった不思議な空間が現れ、まさにファンタジーな世界が広がっていた。


(´・ω・`)あらまあ。きれー。よっこらせ。


ガシャーン

こもじが持っていたロングソードを、宝物庫の端っこに山のように積み上げる。


門をくぐると、水の幕がすう、と肌をなぞるように消え、音が一瞬にして変わった。

まるで空間全体が、深い湖の底のような静けさをたたえていた。


「静かな、神聖な空気です。外とはまるで空気が違います。」


天井のないドーム状の広間には、天窓の代わりに水の柱が数本立っており、

その中を金の魚のような光が泳いでいる。

その光がゆらゆらと反射し、室内全体が淡い水彩画のような青白い明滅を繰り返していた。


壁沿いには、祭壇のように据えられた棚や台座が並び、

人間が残したもの、精霊が愛したものがひとつずつ静かに陳列されている。


「わぁ…綺麗ですね。ね、帆世さん!」


「水族館みたいだねえ。」


水族館に似ているが、やはり現実のルールを無視するような、幻想的な演出は遥かに卓越している。

でも、それをキラキラした目で見ているミーシャたんの方がかわいいよ。


「よっしゃァ! 心躍るぜっ こりゃぁよォ!」


一番テンションをぶち上げているのは、エギルだった。

この辺は、ヴァイキングとしての海賊の血が騒いでいるのだろう。

冒険の果てに見つけるお宝の山だ。


ここで、いくつか発見したお宝を紹介しよう。


滴りの鏡:どんな呪詛も一滴に封じて映す、小さな水面鏡。

青玉の環:ウンディーネに贈られた宝石。

手紙の箱:人がウンディーネに宛てた古い手紙が、透明な封筒に包まれている。

水花の飾り:水に触れるたびに咲く、不思議な青い布花。

白涙の石:愛を誓った二人でつける。不貞をはたらいた者に悲劇の死が訪れる。

黒生の鞘:この鞘におさめた剣で斬った時、相手を悪人だと認識させる。

泡刃の指:指を斬り落として着ける義指。圧縮した液体で刃を作る。使う者の寿命を削る。


何の効果は無くても、綺麗だからと贈られた数々の品。

美しく有用で、それを求めて人が奪い合うような魅力的な品。

危険で呪われたアイテムで、人を傷つける可能性のある品。


そして、極めつけは、宝物庫の奥にずらりと並んでいる甲冑たちだった。


(´・ω・`)まだいっぱいいる~げんなり。


それは、先ほどまで、エギルとこもじが倒してきた朽鎧と同じ物である。

今は動いていないが、さながら王族に使える近衛兵のような出で立ちだ。

そして、朽鎧が仕えるように見上げているところに、空席の王座が置いてあった。


「ここ、何か有ったようね。」


空席の王座に、私はなぜか惹かれていた。

目の焦点をずらすと、もやっとそこに何かが見えるような気がした。ふらふらと近寄り、なんとなく王座にぽすんと座る。


ザッ ザッ ザッ!


朽鎧が急に動き始め、王座の前に整列する。


「帆世さんッ」


(´・ω・`)チャキ…


急に動いた彼らに、PTメンバーが即座に臨戦態勢になる。

“大丈夫、まだ大丈夫。”とメンバーに目配せして、何事かと様子を見る。


顔の無い甲冑の隙間から、声をそろえた唄が歌われ始めた。

だんだん分かってきたぞ。ここでは、やはり何かあったんだ。関わった人達が、その何かを必死に伝えようとしてくれている。



まいよくわれて  こえもでず

いきているから  おわらない


きみのくるしみ  ひとのつみ

であってしまった ぼくのつみ


のろいのつるぎよ このいのちをくらえ









ミーシャの個人用クエスト

≪未達成≫ 帆世静香に好きな物を聞く⇒≪達成≫

≪未達成≫ 帆世静香と同じ学校に通う

≪未達成≫ 帆世静香に誕生日プレゼントをあげる

≪未達成≫ 帆世静香と水族館に行く⇒≪達成≫

≪未達成≫ 帆世静香と初詣をする

≪未達成≫ 帆世静香と二人きりでデートに行く……ETC.


≪達成≫  帆世静香の好感度100/100

≪達成≫  帆世静香に告白をしてOKを貰う

≪達成≫  帆世静香と夏祭りに参加する

≪達成≫  帆世静香とペアルックアイテムをそろえる:銀爪ベルフェリア

≪達成≫  帆世静香と手を繋ぐ……ETC



「もっと、クエスト増えないのでしょうか。」


≪新規≫  帆世静香の命を救う



「ふふ…言われるまでもありませんわ。」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ