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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第三章 少しは進化の箱庭を進めましょう。
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第十六層 しずく野原

「私達の攻略目的は、マップや情報の補完よ。夢想無限流が最短で斬り拓いた道を、後追いの私達がより丁寧に調べながら進むということ。」


沖縄から京都へ移動したり、それ以外にも諸々の用事をこなしているうちに半月も経ってしまったが、ようやく進化の箱庭に挑む準備が整った。

私達がいるのは、UCMCの施設内から接続されているダンジョンの一つだ。

このダンジョンは、私達のクラン≪英雄の戦場≫に割り当てられた特権ともいえる。現在は田舎の小学校ほどの広さの空間に、いくつかの施設が設置されている。


小学校の校庭にあたる場所には、何種類かのフィールドを再現した訓練場があり、実践に近い形で活動することが可能だ。その訓練場を一望するように建てられているのが、クランハウスである。


クランハウスには共有の会議室や医務室があり、各々が生活する部屋も有している。そして、何よりありがたいのが、進化の箱庭に通じるゲートが設置されているという点だ。真人の権限が解放されたことに伴い、RPを消費することでダンジョンを創造することができるようになっていた。


まだ色々と突貫工事であるため、使えない機能が多いが、進化の箱庭を攻略している間に整うだろう。クランの詳細は、また後程詳しく紹介していけたらと思う!

さて、話を戻そう。私達五人は、新しい拠点から出発する直前である。


「正直、私の帆世チャネルは、通常のルートから大きく乖離しているわ。アクシノムによると、難易度を元に戻したとのことだけど、注意は必要よ。」


進化の箱庭には、チャネルというものが存在する。

同じ階層であっても、チャネルごとに独立した環境になっている。攻略PTによっては、大きく環境が変わっていく可能性があるということだ。


例えば、同じ第一層に潜ったとしても、こもじチャネルでしか攻略都市コモジニアは存在しない。それ以外のチャネルに入っても、ただのサバンナのようなフィールドが広がっているだけだ。同様に、帆世チャネル第十一層のモーグや、第十四層のヴェル=ロゴスは、他のチャネルに現れる可能性は非常に低い。


「では、出発!」




------------------------------------------------------


――進化の箱庭第十六層 しずく野原――


足元に、水がある。見渡す範囲には、膝下程度の草が生えている他、川などは見当たらない。

ただ、草原の一角がじっとりと濡れているだけだった。しゃがみこみ、ぬかるんだ地面に触れてみた。冷たい。


「マップ的には、師匠達のPTと同じみたい。少し進めば獣道があるらしいからそこまで行きましょうか。」


幸いなことに、アクシノムは嘘をついていなかったようだ。

師匠達が既に攻略したのと同じフィールドに入ることができたようだ。これなら、貰った情報と大きく違いはないはずだ。


「俺が前歩くぜ。」


タフなエギルが先頭を歩き、それぞれが警戒する方向を決めて進むことにする。特に草の背丈が高いため、モンスターと不意に遭遇することは避けたい。


(´・ω・`)敵は強いんスか?


歩きながら、こもじが話しかけてくる。

本当に質問したいというより、なんとなく会話の間を埋めてくれたようだ。


「黒いネズミ、緑の猫、動く泥、この三種類が報告されてるわ。他にもいるかもだけどね。」


(´・ω・`)マップも歩くだけなんでしたっけ。



歩き始めて数分。復習がてら喋っていると、先頭を歩くエギルが立ち止まって耳に手を当てる。


ガサガサ キャンキュルルッ


「何かいるわね。」


少し先の草が揺れ、なにか動物が取っ組み合いをしているような声も聞こえてくる。

こもじに目配せをすると、エギルと並んで先頭に立った。この二人がいれば、おおむね何が出てきても問題はないはずだ。


(´・ω・`)見えたっス


草の隙間から垣間見えるのは、黒くふくれたねずみの群れと、しなやかな体躯をした緑色の猫のような魔物。

どちらも血をにじませ、互いの喉元に噛みついて地面を転げまわっている。


こもじが一歩近寄る。

本気とは言えないが、戦闘態勢に入ったこもじの接近は、モンスター達の本能を刺激する。

転げまわっているモンスターと目が合った。一瞬喧騒が静まり、汚いギザついた歯の隙間から威嚇する声が漏れる。周囲の草むらから黒いネズミが現れ、猫は毛を逆立てて前傾姿勢を取る。


衝突は、避けられそうになかった。

エギルが距離をつめると同時に、コンパクトに斧を振るう。


ガツ…ダァン。


音が二度、草原に鈍く鳴り響いた。

エギルの斧が低く走ってきた緑色の猫型モンスターを斬り裂き、

こもじが右脚を踏み込むと、ねずみの一群が跳ね上がり、空中で粉砕された。


「ドブガラネズミと、クサネコね~。この階層のメインモンスターを、早々に見つけられてよかったわ。」


(´・ω・`)ま、雑魚敵っすね。


刀を抜くことすらなかった。

実際、刃物は手入れの必要もあるため、安易に使うものでもない。エギルのように分厚い刃で、鈍器のようにも使える斧は、耐久性に優れていることから使い勝手は良いのかもしれない。


「あとは動く泥、ミズクグリですね。」

「水たまりに注意いたします。」


ルカもミーシャも、よく勉強してて偉いわ。

ドブガラネズミは、川に良く居るヌートリアを汚く醜くしたような見た目のネズミだ。ギザギザした歯は衛生的には見えず、怪我自体よりも感染症の方が怖い。群れで行動する性質があり、一匹みつければ周囲に数匹はいるだろう。


クサネコは擬態に優れた猫で、ドブガラネズミと比べると遥かに反応が素早い。鋭い爪や牙もあり、相応に注意が必要だ。まあ、今の私達の敵とは思えないし、強さで言えば第一層のライオンの方が強いと思う。


ミズクグリは…あれかな?


獣道の傍ら、ぬかるんだ地面が動いて、ドブガラネズミを飲み込んだように見えた。今は一見すると不自然なところは無いが、見間違えではないと思う。


「そのぬかるみ、今ネズミを喰ったように見えたわ。周辺のネズミに警戒して、水たまりを攻撃してみて。」


(´・ω・`)ほいほい


草の隙間に黒い影がちらちらと走り、想定よりもネズミが多い事を理解する。ぶっちゃけ邪魔だし、不快だし、戦う旨味もない。


こもじが水たまりに近づき、足元に落ちていた石を拾って振りかぶる。

勢いよく足元の水たまりに石を叩きつけたが、ただの泥水が飛び散っただけでモンスターの姿は見えない。


「あれー?」


(´・ω・`)なんもないっスね。


おかしいな、と水たまりを覗き込んでみる。

その時だった。


うわっ とととっ…!


私の足元に銀閃が走り、驚いて振り返ってみるとミーシャが銀爪ベルフェリアを振り抜いて納刀しているところだった。

びっくりして、数センチ飛び上がってしまった。私に絶対に当たらない角度で振るわれたが、もう少しで瞬歩を使うところだった。まあ、使っても問題はないんだけど。


「帆世さん、すみません。ミズクグリが足元に出ていました。」


ミーシャが頭を下げて、謝る。

ごめんごめん、ミーシャたんは謝らないで。


足元を見てみると、不自然に盛り上がった泥が、手のような形をして崩れていた。

これがミズクグリ。


「ミーシャありがとね! 水たまりの中じゃなくて、地中を移動できるのね~。Watch Your Step、足元に気を付けてってことね。」


なんというか、ちょろちょろとウザい敵が多いフィールドだ。

むきになって追いかけるほどでもなく、それでいて数が多いから戦闘がだらだらと続いている。


全員が十匹はモンスターを狩った時、ふとこもじのスキルを思い出した。


「こもじ、強者の風格使ってよ。雑魚除けになるんじゃない?」


(´・ω・`)使い方がイマイチわかんないんスけど……ふんっふんっ


バリィ!


こもじの気合一閃、全身から薄く揺らめくオーラが見えたかと思うと、気配が質量を伴って空気を叩く。軽い衝撃が草葉を揺らし、キーキーとした声が如実に遠ざかるのが分かった。


「できるじゃない。そのままずっと出しといて。」


(´・ω・`)蚊取り線香的な使い方っすね。


そこからの道中は快適だった。

こもじが先頭に立って歩くと、数メートル圏内に入った敵が我先にと逃げ出すのだ。

おらおら、そこのけそこのけ、こもじがとおる。


しかし、いつの世も、「自分だけは大丈夫」と勘違いするバカがいるものだ。

特に背丈の高い草むらの横を通った時、小さく高い声が聞こえた。


『タ…タスケテ…コナイデ…』


少女のような声が、草むらの奥から聞こえる。

こもじが足を止め、草むらに向かってゆっくりと歩いてゆく。

雑魚とはいえ、普通の人からすると脅威となるモンスターが蔓延る草むらに、助けを求める少女がいるなら大変だ。すぐに助けないといけない。


『タ…タスケテ…コナイデ…』

『タ…タスケテ…コナイデ…』


しかし、どうも奇妙な声だ。

同じ言葉を繰り返しているし、抑揚も微妙にずれて聞こえる。


「気を付けて。マップには、私達以外に人はいないわ。」


こもじがそっと草むらをかき分けて一歩踏み入れると、うずくまっていた黒い影が飛び出してきた。

迷子で震えていた少女が、迎えに来た両親に抱き着くように。


(´・ω・`)きも!おらぁ!


子供くらいの大きさのネズミが、その口だけ人間を真似たような造形をした奇妙な姿で、こもじに向かって飛び掛かったのだ。

その黄色い歯がこもじの丸太のような足に食いつく前に、無慈悲な前蹴りが炸裂する。


“第十六層ユニークモンスター” 声覚えのグラッフ。


過去に出会った人の声を記憶し、人を罠に誘い込む醜悪なモンスターだ。

蹴り飛ばされた体が地面にバウンドするよりも早く、空中で胴体が両断される。


こもじは、子供が不幸な目にあう話は嫌いなのだ。

そういうニュースがある度に、心を痛めて義憤に駆られていることを知っている。


グラッフが絶命したのを確認し、道に目を戻すと見知らぬ()()が立っていた。

今度は姿を真似か…?と邪推が走るが、どうも敵意は感じられない。ぼろぼろのローブに身を包み、目深な帽子をかぶった男が、小さな弦楽器を手に佇んでいる。



ポロロン…ポン…ポロロ…♪


よるにひそめく  くろいこえ


むらはふるえて  ねむれない


こいをさせれば  ひとになる


みずのせいれいに すがりつく



短い歌を唄うと、彼は前を向いて歩き始めた。

足を引きずって歩くようだが、見る見るうちに姿は遠く小さく消えていく。


彼がいなくなった後も、その歌が耳に残って繰り返し聞こえるようだった。


夜に潜めく黒い声

村は震えて眠れない

恋をさせれば人になる

水の精霊に縋りつく



「なんだったのかしら……」


「どことなく哀しそうな声をした唄でした。」


「明らかに俺達に何か伝えようとしていましたね。吟遊詩人のような恰好です。」


(´・ω・`)うーむ。


悩むこもじかわちい。

いや、それはどうでも良いんだけど。このギミック…?吟遊詩人のことは、師匠達の情報には無かった。


師匠達によると、この十六層は獣道を歩くだけで壁に到達できる。

十七層、十八層には危険な敵はいない。

十九層は進みにくい道ではあるが、敵自体はさほど危険では無い。古城では一体の悪霊が出現するが、斬り払うことで一時的に無力化できる。

二十層には不死の鎧騎士が出現し、かなりの強敵。


そういうダンジョンだったはずだ。

同じダンジョンでも、やはり見落とされたギミックがあるのかもしれない。


そんな風に考えていると、独り黙っていたエギルが口を開いた。



「詩…唄ってぇのは忘れさせねえためにあるんだ。言葉だけじゃ風に消える。

詩や唄に乗せれば、記憶に残る。

祈り、恐れ、愛、教訓――命より後に、唄なら生き残る。

だから俺は、詠った。

ただ伝えるためじゃない。覚悟を忘れず、歴史に刻むために。」



エギルは戦いの最中に詩を詠う。

彼は先ほどの吟遊詩人が、何を忘れないために歌ったのか。それを考えていた。


言葉だけではなく、そこに込められた感情と記憶を、受け取るように。

それは恐ろしく、忌まわしい、後悔の記憶。


「あの唄の意味とは……」






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