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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第三章 少しは進化の箱庭を進めましょう。
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閑話休題 渦潮

挿絵(By みてみん)


暖かな海に入ると、色鮮やかな魚たちが出迎えてくれる。南国のリゾート地だけあって、砂浜から暫くは浅瀬が続いており、遊ぶにはもってこいだった。


しばらく浅瀬を進むと、急に地面が消え、底が見えない“本物の海”が姿を現す。波がにわかに高くなり、伸ばした足先に触れるものは水しかない。光の届かない

暗い水底は、ありもしない化け物が潜んでいるんじゃないかと想像を掻き立てる。


「すぅ~」


大きく息を吸って海中に潜る。

大きく水をかくと、それだけで数m進む。今の私は、ほとんどフル装備に近い格好で海に潜っていた。

なぜなら、今日は明確に狩りをするために来ているからだ。海には私とミーシャが潜り、それを海上でエギル、ルカ、こもじが追いかける。


水深20mくらいから赤い光は届かなくなり、見える魚は青一色だ。


スキル:適界の祝福。任意で発動させるスキルではなく、パッシブで起動している加護の部類だ。過酷な環境であっても、そこに肉体が適応するのを後押ししてくれる効果を持っている。

こうして海に潜り、訓練を兼ねての狩りだ。


「水中で困ることはなに?」


「空気、水圧、抵抗です。」


隣で潜っているミーシャが答える。もちろん喋っているのではなく、ウィンドウを介しての会話である。


水中深くに潜った場合、まずまっさきに困るのが息継ぎだ。これは通常であれば1-2分で苦しくなるが、訓練によって飛躍的に向上する。ギネス記録では20分を超える潜水記録があるほどだ。


であれば、身体が強化されている私達にとって、それ以上が可能であるはずだ。

そもそも普段から無茶な戦闘をするため、私達の体は酸素によってエネルギーを分解する代わりに、神気を代用しているらしい。全身を水という環境に包まれた状態で、そこに流れるエネルギーに意識を集中させる。体内に流れるエネルギーと、外界に流れるエネルギーが海水を通じて循環するのが感じられた。


水の抵抗に関しては、高速で動く場合に必ず発生する為、その物理現象自体をかき消すことはできない。それこそ何度も潜り、最も水圧を受けにくい姿勢を研究する他ないのだ。


その時、ウィンドウを介してエギルの声がした。


(近いぜ。)


海上ではドレングルスキップ号に設置された高精度レーダーを使って、ある魚を探していた。


エギルの声のままに泳いでいくと、暗い水中から大きな魚影が見え隠れするのを発見する。全長6mに及ぶ体は、流線形に鋭く長く尖り、背中には十字に黒いヒレがついている。

その魚影は、ゆっくりと海底を泳いでいた。その口からは青黒い煙のような物を吐いている。


「番魚は、今お食事中みたいよ。」


青く映っているのは、実は魚の血。

重さ数百kg……もしかすると1tを超えているような巨大サメをがっぷりと咥えて泳いでいたのだ。


(うしお)番魚(ばんぎょ)

私が探していたのは、この化け物で間違いはない。ようやく七月の使徒の姿を捉えることができた。


あぁ、よく覚えてるわね。

君が思ったように、七月の使徒は魔貝だ。未だに人的被害は確認されていないものの、この魔貝は潮の流れを歪め、特定の海域に潮の牢獄を作ってしまう。


一度その海域に踏み入れると、あらゆる海図は意味を失い、いつまで経っても彷徨うゴーストシップを作り出すことだろう。


うんうん。わかってる。忘れてないよ。

その魔貝、見えてるじゃないか。そう、()()()()()()()()()()()()()()あの貝だよ。


あの魚が魔貝を守り、貝の卵を世界中の海にバラまこうとしている。一度入ったら抜け出せない結界が、世界中の海に発生したらどうなってしまうだろう。


「よーし、発信機を取り付けてくるわ。」


私は1本のモリを握り、静かに距離を詰めていく。

このモリの先端には特殊なタグが埋め込まれており、広い海のどこに居ても居場所を追跡することができるようになる。


ビクン


番魚が私に気がついた。

体を翻し、全身で水を打つことで、急激に加速して逃走を開始する。


チッ……賢い魚だ。逃げる方が有益だとしっかり理解している。

だが、まだまだ本気の逃走には見えない。水中では無敵だとでも思っているんだろうか。


「逃がすかァ!」


――【ファストステップ】――


たしかに、陸上と比べて水中での戦闘には様々な制約が付きまとう。

普段であれば初速から音の壁を超える踏み込みも、水の抵抗のせいで大きく効率が落ちる。私の通った後には渦巻が発生し、透明な海水に空気が混じって白く濁る。


(´・ω・`)うひゃー魚雷っすね。


ウィンドウ越しに失礼な声が聞こえるが、今は無視して番魚を追跡する。

海底を這うように泳いでいた番魚を、上から強襲するも、躱される。

じぐざく左右に走り、上に浮かんだかと思えば急に潜って逃げる。船のような機械では決して成しえない有機的で複雑な動きだ。


しかし。

その点に関していえば、私は陸上よりも遥かに得意分野となっていた。


右へ左へ上へ下へ、複雑な動きに完璧に対応して追跡する。後ろから追いかけている分、ロスが少なくじりじりと距離は詰まっていった。

カラクリは、ファストステップの仕様にある。ファストステップは足が何かを踏むことで条件を満たすため、陸上では主に地面や壁が対象となっている。一方で、水中ならどうなるか。


足をどこにつけても、靴底は水をとらえ、ステップを踏むことは可能となる。足をどこかに着けることという制約が実質無くなり、あらゆる方向へ移動が可能となる。


番魚が旋回しながら逃げ、一瞬その頭を私に向けた。額に縦に埋まっている、巨大なシャコガイ風の貝殻が開き、中がパッと発光する。


「うわっ」


その瞬間、私は一瞬で方向感覚を失い、同時に海水が渦を巻いて私を閉じ込めた。

魔貝が何らかのスキル(潮の牢獄)を使用し、私を足止めしたようだ。渦潮が下へ下へと私を引きずりこんでいくのをしり目に、番魚が悠々と()()へ昇ってゆく。


くそっ。


――【瞬歩】――


強制された水の結界を、空間事転移することで脱出。

取り逃がした魚は大きい、と思って水面を見上げる。随分と距離が離れてしまい、今から追いつくのは無理だ。


諦めて船に戻ることを伝えようとウィンドウを開くと、ちょうどこもじの視界が共有されていた。


(´・ω・`)見えたっス


船の上からでも見える渦潮の横に、大きな魚影が浮かび上がってくる。私から逃げおおせた番魚は、よりによって、ドレングルスキップ号の方に行ってしまったようだ。いや、エギルが上手く船を走らせたのかもしれない。


アロハな海パンを履いているこもじが、甲板から海にむかって大きく跳躍した。

空中で姿勢を整え、刀に手をそえる。


まさか…


(´・ω・`)よっこいしょっと!!


蒼く輝く水面に、銀色の光が一筋加わる。

振るわれた一閃に、海が割れ、全長6mの巨大魚の全身があらわになる。続けざまにもう一太刀、額の魔貝から背中にかけて深い斬撃を放った。真っ赤な血が海に飛び散った時、数秒遅れて、波が集まって再び番魚を水で覆い隠した。


(´・ω・`)うわわわわ ざっぶーん


滞空時間が尽きたこもじが、水飛沫と共に海に落ちた。

番魚は、額に埋まった魔貝が盾となって、ギリギリ致命傷にはならなかったようだ。泳ぐ姿に、先ほどの勢いは無いが、乱反射する魔貝の光線に海は大きく荒れている。


「あーあ、逃げる方向また間違えちゃったね。」


番魚の逃走方向を見て、私はそう呟く。手に持っていた発信機つきのモリも不要となり、私の役目が無くなったことを理解した。

私一人で戦うには、色々と抜けが生じる。速さが足りない、手数が足りない、火力が足りない、防御力が足りない。その時々で色々不足する物が生じるため、それを補う仲間が必要なのだ。


私の発想や作戦を理解し、阿吽の呼吸で行動できるPTが欲しい。

こもじは、かつてのVRゲーム“英雄の戦場”で永らくコンビを組んでいた相棒だ。私の考えには理解度が非常に高い。


そしてもう一人。

世界に認めさせたパートナーが、私の半身となって敵を追いつめている。


『響け福音 主の成すままに』 

「開け我が剣 主の征く道を」


――【顕現】――


これは正確にはミーシャのスキルではない。

銀爪に宿ったベルフェリア自身のスキルであるが、それを扱える使い手はミーシャしかいない。まあ、つまり彼女のスキルと言っても良いのかもしれない。


ベルフェリアの力、すなわち使い手の理想の実現。

それを剣に宿した一撃は、先ほどのこもじの斬撃に勝るとも劣らない破壊力を発揮し、瀕死となった番魚の魂を両断する。


「よくやったミーシャ!みんな船に集まれ、もうじき天気が荒れそうだぜ」


エギルが船を寄せて獲物に鉤針をかけて船体に固定する。

番魚を斬ったばかりのミーシャを引き上げる。


(´・ω・`)ごぼぼぼぼぼ


ふとみると、未だに収まらない渦潮に囲まれて、こもじが沈んでいた。

しょうがない。ファストステップを起動し、渦潮を避けながらこもじを回収する。


「背中に掴まってて!」


(´・ω・`)ごぼごぼー!(ありがとー)


こもじを背負って、ドレングルスキップ号まで海中を駆ける。

二人に増えたことで、かかる抵抗が激増してこもじに襲い掛かる。


(´×ω・`)ぶぼぼぼぼ


徐々に明るい海面が近づき、ドレングルスキップ号の船底が見えた。

ラストスパート!いっくよー!


強烈に海水を蹴り、最高速度で海中から空中へ突撃する。



ばっしゃーん! 「ひゃっほーぅ!」


船を余裕で飛び越える大跳躍を発揮し、そのまま空中で一回転。

こもじを下敷きに甲板へ着地に成功する。


(´×ω×`)ぶげっ ぼよん


こもじの大きな体は、予想通りのクッション性を持っており、私は完全に無傷だ。


「帆世さん、タオルです。スープあっためますね。」


ルカ、気が利くね。

特に怪我してないけど、ヒールの光を浴びてじんわり体が温かくなる気がした。

そしてラストアタックを飾ったミーシャにハイタッチする。


「ミーシャ、ナイス!」


「はいっ!」


エギルの言った通り、スコールがきて船内に引き篭もる。

捕まえた魚を、薄めた海水で煮たスープを飲みながら、島に着くのを待つ。


「エギル、魚と貝捌ける?」


「おう。ルカ手伝ってくれや」


巨大な魚と、こもじの斬撃にも耐えた貝を解体するのだ。

エギルとルカが工具を取り出して、頑張っている。こもじもようやく復活し、準備に参加していた。


「ミーシャ、この船シャワーついてるから浴びにいこ~」


「お着換え持っていきます!」


男三人組の方は時間がかかりそうだし、海水が髪にべたべたするのが気になった。

このドレングルスキップ号、海水から真水をろ過する機能を備えているため、いつでもシャワーやお風呂に入ることができる。

今回は急ぎすぎたため搭載できていないが、いつか小型の原子力発電モーターを取り付けようと思っている。くくく…これが最強の船!魚雷や機関銃は必要ない、戦闘はマンパワーで十分足りている。


ざぁぁぁ――


「はぁ~」


熱いシャワーが髪を伝って、全身に流れていく。

水中での訓練は、


1:エギル 私

2:ミーシャ

3:ルカ こもじ


の順番で上達していた。

エギルは、さすがに海賊だけあって抜群の適性を誇っている。荒れた波でも問題なく泳ぐし、両手にこもじとルカがしがみついた姿勢でも平気だ。重たい斧は水中でも破壊力に富んでいて、戦闘も問題ない。

私はファストステップによって圧倒的な機動力をものにしている。それに、完全に自爆技になってしまうが最大火力も私だ。

ミーシャは、積極的に訓練に参加し、問題なく泳ぐことができるようになっている。そして、ベルフェリアの力を使った攻撃は水中であっても健在だ。

問題はルカとこもじ。二人とも泳いだり、潜水自体に問題があるわけではない。しかし、ルカの場合はレリックを水中で使用すると、その重量によって沈んでしまう。1mほどに大きくなるレリックは、さすがに抱えて泳ぐことはできない。

こもじは体が大きく、素早く泳ぐと水の抵抗が激しい。その分、止まって放つ斬撃は海を割るほど強力だ。今後も積極的に水に沈めて訓練させつつ、いざという時は私がおんぶしてこもじを運ぶ作戦が考えられる。



「しずか様、失礼いたします。」


考え事をしながら、ぼーっとシャワーを浴びていると、ミーシャが入ってきた。

大きめのバスタオルを体にまいている。


「シャワーってさあ、気持ちいいから出るタイミング分かんないよね~」


「私は、温かいお水が出てくることが、まだ不思議ですわ。髪洗っていなかったら、洗わせてください。」


「洗って~」


シャワーの勢いを緩め、ミーシャのおっぱいに頭をぐりぐり押し付ける。

背中に温かいシャワーを浴び、だっこされる形で頭を洗ってもらう。白い泡から香るのは、ミルクと蜂蜜と花をブレンドした優しい香りだ。


お風呂ではいつも、柑橘系の香りが好きだった私だが、ミーシャと出会ってから好みが変わった。シャンプーメーカーに直接出向き、CMに出ることを約束する代わりに独自に製造してもらったのだ。


『美しさは、強さの証。帆世静香氏による独自開発ッ』


「むふふ…このシャンプー、超大ヒットしてるみたいよ~」


「しずか様がおつくりになったんですもの。ただ、ちょっと恥ずかしい気持ちがします。」


恥ずかしいことは無い。

このシャンプー、グレードによって名前が異なる。私が使っているのは、完全に天然素材を用いて作られた最高級グレードであり、名前はミシャ・ベルという。そのほかのグレードは、ミシャミルク、ミシャハニー、ミシャフラワーと三種類もある。


メーカーから感謝の言葉とともに大量に届くため、うちのPTでは全員がこれを使っている。

世界中で売られているため、街中を歩いていても、ふとミーシャの香りが感じられることさえある。


「でも、本物のミーシャの方が良い香り。」

「まぁ…あっ、しずか様…洗えませんわ…」


ミーシャのおっぱいに挟まれ、幸せに包まれる。


私が至福の時間を味わっている間、船の上でエギル達が死んだ番魚と格闘していた。沖縄では、過去に体長6m級のサメが何度か捕獲されており、その体重は1000-2200㎏にもなる。


さすがにスーパーヨットといってもクレーンは装備されていない。

甲板から、男三人で引きずり上げようと奮戦しているのだった。


(´・ω・`)いくっすよー せーのっ せーのっ


(´・ω・`)おいっしょー!!


巨大な魚が引っ張られ、水に浮かんだ船が大きく揺れる。

ぐらりっ


「きゃぁっ」


不意に揺れたことで足を滑らせ、ミーシャに覆いかぶさって二人でこける。

重なり合った私達に、ざあざあと熱いシャワーが流れた。


「むふふ…ミーシャ。今日こそ…」


ミーシャの長いまつ毛には水滴が付き、恥ずかしそうな瞳が私を見上げている。

転んだ拍子にバスタオルがはだけて無防備な姿をさらしている。


今思えば、夜に戦ったのがいけなかった。こんなに儚くかわいいミーシャも、夜になると小悪魔に豹変するのだ。もっとも、彼女が飼っている悪魔は、小悪魔どころか最上位悪魔の一角であるが…


だ、大丈夫、お昼の私は強い!

自分を励まし、これまでの経験を思い返す。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ミーシャに敗れた過去の自分は、間違いなく貴重な経験と情報を、今の私に残してくれている。


私は、今日こそ、勝つ!!!


本日二度目の海戦が幕を開けたッッ


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