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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第三章 少しは進化の箱庭を進めましょう。
112/135

閑話休題 ぶらり京都旅

長くなりました。イラストは1番最後に。

2040年7月7日 


ちょっと気の早い蝉たちが、まだ涼しげな風を押しのけるように鳴き始める夏の朝。

空はどこまでも高く、淡い青がしっとりと広がっている。


「すっかり夏になったね~」


(´・ω・`)そうっスね~。


私達は、五人全員で京都の町を歩いていた。思えば進化の箱庭→ヴァチカン→ソロモン諸島→進化の箱庭……ほとんど日本にいなかった。私も激動の日々と言えるが、同時に世界も着々と進んでいるのだ。季節はいつの間にか移り変わり、太陽が昇ったばかりで少々肌寒いが、やはり夏の空気を感じる。


その進化の箱庭からUCMCに帰還したのは三日前。ようやくUCMCの施設から出ることができた私たちは、人目の少ない早朝を狙って京都の町を散策していたのだ。


ん? 三日も何をしていたのか、ですって?

主な理由としては、ミーシャとエギルの検疫を待っていたのだ。


当然ではあるが、異世界からの旅人として、かなり慎重な医学的検査が実施されていた。まあ、一緒に生活している私達もその対象である。採血、レントゲン、造影CT、MRI、検尿、検便、エトセトラ、エトセトラ。

これだけで論文が書き上げられるほどの検査の数々、結論から言うと、特異な所見は何もでなかった。


検査に時間がかかったのは記述した通りだが、私は三日間待っているだけではなかった。

UCMCの会議に朝から晩まで出席し、山積する課題の一つ一つに意見を求められたからだ。人類の行く末は、何も戦場で敵を斬り伏せるだけでは決められない。

むしろ、もっともっと地道で確かな人の努力があってこそ、人類は歴史を刻むことができるのだ。その一員として参加できることに感謝し……途切れそうになる集中力をなんとか持たせて、太陽を睨んで夜を徹して会議にかじりつく。


「帆世様がいらっしゃる時間は貴重ですから……」


「大丈夫、あと未処理の議題はいくつッ」


「ようやく100を切りました!あと98議題です!」


「よっしゃ、みんなー!あと二日で片付けるわよー!!」


ドスンと置かれたコーヒーの箱と、脳を活性化させるラムネの山。

中には栄養剤の点滴を受けながら会議に出席している人もいる。超ブラック極まりない会議室の様相だが、全員が人類の未来を切り開く責任と使命感をもって取り組んでいるのだ。


そうしてフラフラになって、仕事を終えたのがついさっき。

朝日を拝みながら、ミーシャとエギルの迅速検査の結果を確認し、国内自由行動の認可を正式に通すことができた。戸籍や人権周りの整備も滞りなく完了し、ルカにも特別に日本国籍を付与している。



ジーワ ジーワ ミンミンミン

ジジジジジ……

ジィーッ ジーッ 


セミの声がうるさくなってきた中、ようやくこもじの家に到着した。


「狭く汚い家でございますが、どうぞご客人、寛いでくださいぽよ。」


(´・ω・`)ここ、俺の家なんスけど…


「うーむ、俺にとっちゃァ、こもじの家の方が合ってるぜぇ。」


そういうのはエギル。

近未来チックなUCMCの施設では、彼が一番驚いていたという。

古風な日本家屋のこもじ家は、エギルやミーシャにとってはどことなく懐かしい香りがするのかもしれない。


玄関で靴を脱ぎ、応接間にみんなを通す。私はUCMCでパク……頂いてきたお茶と御菓子を準備するべく台所に立った。

このお茶、会議中にも飲んでいたものだが、数種類の茶葉がブレンドされていて非常に舌にあっていた。すっかり台所の勝手は覚えており、テキパキとお茶を準備して応接間にもどる。


「どうぞ~熱いから気を付けてね。」


「帆世さんすみません、次から私が準備しますから…」


「いいのいいの。それで、しばらくこもじ家を拠点にするけどいい?」


(´・ω・`)せまいっすよ?


狭いと言っても、全員が寝るだけの場所は確保できるし、UCMCにも近くて便利なのだ。

いつまでもここに居座るわけにもいかないが、次の拠点は既に手配してあった。


「UCMC内に新拠点を手配してるから、もうちょっとだけよ。その拠点ができるまで、自由行動でいいんだけど…何かしたいことある?」


「……うーん」


しばらく皆考え込んでいるようだ。

そっか、そもそも、()()()()()()という選択肢がないと考えることも難しい。

そこで、今できる選択肢をいくつか考えて提案してみる。


一つ目、修行系。

スキルの検証や、装備の新調を中心に行動する。

この場合適した施設や人材を手配することができる。


「お、そいつぁいいな。」


くいついたのはエギル。

確かに彼にはスキルも多いし、強さを求めている。


二つ目、観光。

日本社会に慣れるためにも、また戦闘で荒れた自律神経を鎮めるためにも、息抜きを兼ねた観光だ。

幸い京都という素晴らしいロケーションにも恵まれている。真人からたんまり貰ったお金で、どんな場所だって観光するには困らない。


「私は京都をぷらぷら歩くけど、一緒に来る人いる?」


「「はいっ!」」


ルカとミーシャが声をそろえて同行を希望する。

君たち仲いいね。顔もいいし、同い年だし、なんていうの?青春?お姉さん嫉妬しちゃいそ。


「じゃあ、今日は私がミーシャとルカを連れまわすから。こもじはエギルとペアね。」


(´・ω・`)ほーい、エギルさんよろしく。


「エギル、でいいぜ。こちらこそ、よろしく頼む。」


そうと決まれば出発だ!

エギルをこもじに任せ、私達若年トリオで京の街へくりだす。


こもじの家を出て少し歩くと、鴨川が見えてくる。

夏の青空が澄んだ川面に反射し、名前の由来でもある鴨が数羽泳いでいるのが見える。

早朝の川辺ということもあり、空気には夜の冷気が残っていて気持ちがいい。微かに香る草と水の気配を感じながら、私達三人は、まず朝ごはんを食べることにした。しかし、ミーシャやルカは良いとして、私が外をうろうろするとプチパニックを起こしかねない。


ぽよたん教信者が世界中に25億人…さらに日本に限定すれば半分以上が加盟していると聞く。二人に一人はぽよたん教信者って言うと、こもじにはこう言われた。


(´・ω・`)へぇ、ぽよちゃんとがん患者が同じくらいッスか。


あほのこもじは、忘れよう。

とりあえず相談を、と真人に聞いてみる。


「もしもし、真人。ごめんね、うん、いいの。今こもじの家を出たとこなんだけど、朝ごはん食べようと思ってさ。そーなのよ、うん、うん、やっぱりお店にいきなり行ったら迷惑かな。うん、えっいいの?ありがとー、じゃまたね。」


通話を切って、二人に向き直る。


「なんか、真人が和食のお店手配してくれるって。住所送ってもらったから、ゆっくり歩いて向かいましょ!」


「俺、和食楽しみだったんですよ!」

喜ぶルカ。

「ここが…帆世さんの国…」

箱庭から出て以降、若干放心してるミーシャ。


きょろきょろする二人を連れて、ウィンドウが示す道を歩く。

ぶっちゃけ私も京都に詳しいわけではないのだ。どうやら鴨川を下っていけば良いらしい。

川沿いの柳が、まだ寝起きのように柔らかく揺れていた。土手を歩けば、散歩中の犬とすれ違い、おばあさんがカゴを抱えて通り過ぎていく。


「あの、お年寄りの方がこんなに…すごいですね。」


そういうのはミーシャ。確かに目につく人はみな老人といっても過言ではない。

ながらく日本を苦しめている社会現象の最たるものだが…ミーシャの育った土地では、人間がそこまで生きることじたいが稀なのだ。人が長生きする、それが当たり前になった社会は、彼女にとってどう映るんだろう。


途中、五条大橋が遠くに見え、南禅寺方面へと道を左に折れる。

市街地を歩いていると、すれ違う人が増えてきた。観光地のおかげか、ミーシャやルカの金髪はそこまで目立ってはいないだろうが…。

しかし、奇麗に整った顔立ちは、やはり人目を惹いてしまう。


私は帽子を深くかぶり、サングラスをかけて何食わぬ顔で会釈する。普通に私服で何食わぬ顔をするのと、ガチガチに隠すのでは、どちらが良いんだろう。


比較的若い人達からはちらちらと視線を感じるが、あえて無視して歩く。道を折れて一キロほど歩くと、ウィンドウが目的地に着いたことを教えてくれた。


「美濃吉本店 竹茂楼」


着いたお店の前には、仲居さんが私達を待ってくれていた。


「おこしやす、ようこそ竹茂楼へ。帆世様方、お待ちしておりました。」

深く、品のある一礼。


竹垣の門をくぐって通された先には、苔むした石の道。さらに進むと、木の門が構えられ、笹と短冊が揺れている。


「お出迎えのお心遣い、恐れ入ります。主君に変わりまして、深く感謝申し上げます。」

中居さんと同じくらい優雅に、礼を返すミーシャ。つられて私もぺこりと頭を下げる。


「The Japan っていう雰囲気がありますね!」

こちらはウキウキとテンションが高まっているルカ。


洗練された仕草は、たとえ国や世界が変わったとしても伝わるらしい。

朝ごはんを食べに来ただけというのに、三人そろって少し緊張してしまう。とはいえ貴族に使えていたミーシャや、本物の名門貴族であるルカは平静を取り戻していた。


え、ドキドキしてるのは私だけ?

普段自炊しかしないし、こんな料亭の経験ないんですけど。


仲居に導かれるままに、私たちは石畳の小道を歩き、玄関で履物を脱いだ。

廊下の先には、中庭が広がっている。薄紅の山茶花と、小さな滝が設えられた庭には、朝の光がこぼれ、池には鯉が静かに泳いでいた。


案内されたのは、座敷の個室。

畳の香りとともに、障子越しの光が柔らかく部屋を満たしている。


卓上には、すでに膳の準備が整っていた。

竹製の三段重。

一の重には、賀茂茄子の田楽、炊き合わせ。

二の重には、鱧の湯引き、京湯葉とジュンサイの酢の物。

三の重には、丹波の黒豆と胡麻豆腐。


炊きたての白米と白味噌仕立ての汁椀が、湯気を立てていた。


「どうぞ、ゆるりとお召し上がりくださいませ」


料亭の責任者が出てきて料理の説明、その後に膝を折り手をついて一礼して部屋を出ていった。


…想像とは全然違うんだけど、これも日本文化の一端として体験するのはアリだったかもしれない。お昼はもう少し普通のお店に行こうと決心しつつ、私自身久しぶりの和食に箸をつける。


「じゃあ、いただきましょうか。」


茄子を一口。出汁と甘辛い味噌が、スポンジ状の茄子の身にしっかりと染み込んでいて美味しい。少し濃い目の味が、熱々の白ご飯を一緒に口に入れることによって更に引き立つ。


「これ…白くてキラキラしてて、宝石みたいです。私が頂いてもよいのでしょうか。」


横に座るミーシャは、よそわれたお米を見てポツリと呟いた。朝日を浴びて白く輝いているお米は、ミーシャ達の村で取れる穀物とは全く異なるのだ。


「ミーシャは私のパートナーよ。自信を持って、自由に振舞っても大丈夫。日本食は食べ方が難しいけど…ってルカ、あんたも聞きなさい。」


品数が多い日本食は、海外の人にとってはどれから食べたら良いか分からないという。

私が子供の頃に言われたのは、三角食べ。ご飯、おかず、汁物を順番に食べてゆくとバランスが良い。


ぶっちゃけ、白米だけで美味しい。

白米をいかに際立たせるか…それを意識すれば、おのずと食べ方が決まってくる。


「ヨーロッパの料理と比べて、やっぱり日本は食の種類が広いです。」


「お米って言うんですか…美味しい。」


ダンジョンに持って行ける調味料は本当に限られる。

単一化する料理に慣れきった舌が、繊細で奥深い味わいのする和食御膳によって徐々に本来の機能を取り戻しているようだった。


「味覚が強化されたからかしら、心に染みる味だわ。」


戦闘や医療検査、延々と続く会議によって交感神経ばかりが昂っていたのを実感する。

落ち着いた空間で、繊細な料理を味わうことで、心に居座っていた緊張がしっとりとなだめられていく。


食後のお茶をいただき、お店を後にした。

ゆっくりし過ぎたのか、外に出ると人が増えている。今日は土曜日、スーツ姿のおじさんに変わって、どこかで出掛ける家族連れがチラホラと目に入る。


「もう9時かぁ。2人とも、観光の前に、服買わない?」


「服ですか?」


ファッションには疎いけど、2人とも美形だし色んな服を着せても似合う確信があった。

観光なんだし、それっぽい服を見繕ってあげよう。


鴨川を渡って高島屋に入る。太陽もそれなりに高く昇り、2km歩いただけで蒸し暑く感じる。年々気温が上昇しているが、今年も暑い夏が来るようだ。


高島屋京都店のエントランスをくぐると、冷房の風が汗ばむ肌に心地よく吹きつけた。

真夏の陽光を受けた鴨川沿いの石畳から一転して、最適な空調に管理された空間にミーシャが目を丸くする。


エスカレーターには特にびっくりしていて、手を繋いで一緒に乗った。先に乗ったルカの格好は、黒に赤のラインが入った正式な礼服だ。さすがに質が高く、コスプレには見えないが、夏の日本でその格好は暑すぎる。


まずはルカの私服を整えよう。男の子の私服はよく分からないから、いくつかお店を回って揃えていく。


「あら、可愛い子2人も連れて。どっちが彼女さん?」


店員さんに速攻捕まるルカ。

私は話しかけられるのが苦手だから、ちょっと距離をとってそれを眺める。


「か、彼女だなんてそんなっ!」


顔を赤らめるルカに、手を振ってあげる。店員さんの誤解は深まるばかり。

その間、ミーシャはずっときょろきょろと店内を見ていた。カルチャーショックが凄いのだろう。


「ルカ決まった~? そのまま服着替えておいで。」


試着室にルカを送り、そのまま会計をすませてしまう。

お会計128000円。うひゃー、高い。

全員コーデを揃えたらそんなものなのかな…?


「すみませんが、脱いだ服をこの住所に郵送してもらってもいいですか?」


「かしこまりました。えーと、左京区のこもじ様宅…ん…? 」


住所と私の顔を、綺麗な店員さんが二度見する。

バレちゃったか。


「え、えへへ。」


「失礼致しました!!」

サングラスをとって顔を見せると、店員さんが慌てて謝ってくる。いや、何も失礼されてないけど。


「いいのいいの、そう畏まらないでください。」


「わ、私、帆世様の会に入ったばかりで!もしよろしければ…サインとか、いただいてもよろしいでしょうか!?」


「いいよー」


引き受けたものの、サインなんて書いたことない。

ペンを受け取って、適当に書いていく。ついでにミーシャも書き足した。


【( ๑❛ᴗ❛๑ )ぽよこ&Misha】


「ありがとうございます!!!」


そうしていると、ルカが試着室から出てくる。

敬虔な雰囲気から一転、女子にモテそうなイケメンがそこに立っていた。


「変じゃないですか…?」


柔らかなホワイトのシャツに、ネイビーのスラックス。

胸元には、彼が決して外すことのない銀の十字架のペンダントが静かに揺れている。

生成り色の軽やかなサマージャケットが、最後に雰囲気を引き締めている。


シャツがポールスミスなのは分かったが、それ以外のブランドはよく分からない。でも、似合っているかと聞かれると、超似合っている。


「超かっこいいわ!今日のデートはルカにエスコートしてもらおうかしら。」


ルカくらいのイケメンを横に置いておけば、下手なナンパは近づくことも出来ないだろう。


続いて、女性服コーナーに向かう。

さっきは男性ファッションが分からないと言った私だが、女性ファッションなどもっと分からない。


「ルカも女性服コーナーにいても困るだろうし、ジュース買ってきてくれる?好きなのでいいわよ。」


「はい!!行ってきます!!」


パシってごめんね? なんでそんな嬉しそうなの?


ミーシャを連れてお店を回る。


試着室から出てきたミーシャは、

ややタイトな長袖Tシャツに、チェックのミニスカート。

高校生ぽい服装だが、本当に似合ってる。ぱしゃり。


続いて、ぴっちりしたジーンズ姿。スラリとした足のシルエットが際立ち、むしろなんかえっちだ。


さらに続いて、茶色いヒラヒラしたミニスカートに、大きめの穴が空いたベルト。えっちさに、かっこよさも加わって最強の組み合わせだ。



そこでようやく、重大な問題が発生したことに、気がついてしまった。


「だめよ……何を着せても可愛すぎる…」


「しずか様…?」


どんな服を見ても、ミーシャに着せたら可愛いのだ。

ちょう可愛いのだ。選ぶことなんて出来ない。


フラフラとカウンターに進み、責任者を呼ぶ。


「この子に似合う服を、ここに郵送してもらえる?お金は気にせず、最高のコーデを組んで。え、何着でもいいわよ。」


「帆世静香様!? はっ、承知いたしましたッ。」


女性服、女性下着を扱う数店舗で無制限オーダーを連発していく。


さて、次の店に…と思っていたら、ミーシャに袖を引かれて我に返る。


「ルカさんが困ってるみたいです。」


どれどれ。

ミーシャの指さす方向、私達の1つ下のフロアにルカがいた。両手にジュースを持っているが、その周りを女の子達に囲まれている。


って、お前がナンパされるのか!


「モテる男は大変だねえ。また後で拾いに行ってあげましょう。」


続いて向かったお店は、浴衣を扱っているお店だった。まさに京都といった感じで、ふらりと入店する。


「いらっしゃいませ~。あら別嬪さんが二人も。」


「浴衣いいですね。かわいい。」


「今日は鴨川で花火大会があるんですよ。良かったらおふたりとも、浴衣で行ってはってはどうでしょう。」


花火大会か。

ミーシャとお揃いの浴衣を着るのは、めちゃくちゃアリだ!


「是非おねがいします!ここで着替えて行ってもいいですか?」


あんまり派手な柄よりは、軽い感じのが良い。

しっとりさらさらとした肌触りの浴衣を二着購入する。私は青い花柄、ミーシャは髪の毛に合わせて明るいオレンジ色の浴衣にした。


着付けを手伝って貰って、脱いだ服はこもじ家に送る。部屋も多いし、どこかクローゼットを貸してもらおう。


「えへへ…どうですか…?」


「さいっこー!」


ミーシャちゃん超かわちい。無意識のうちにウィンドウを呼び出し、全周囲撮影を100枚ほど撮ってしまった。私のミーシャフォルダが、こもじフォルダに匹敵するほど溜まっていっている。


「ありがとうございます。でも、しずか様、ルカが…」


ああ、そうだ。ルカを忘れていた。

はにかむミーシャの手を引いて、階下のルカを救助しに行く。

名門貴族として育ったルカは、グイグイ来るナンパの経験は無いらしい。というか女耐性があまり無いのかもしれない。


きゃいきゃいする女子大生は、ある種無敵の力を持っている。光の生命体と化している彼女たちに対抗するには、こちらも光の生命体を出さなければならない。


「ミーシャ、ルカを連れてきて。お願い!」


「承知いたしました。」


ふんわり頭を下げるミーシャ。

さらりと長髪が揺れ、花の香りが広がる。


よし、うちのミーシャなら勝てるッッ


ウィンドウを同期させ、ミーシャから少し離れたところで指示を出す。


(『あら、私のルカに何かご用事があって?』で勝負開始よッ)


ミーシャがルカに歩み寄り、女子大生に声をかける。


「あら、私のルカに何かご用事がありまして?」


「何よー…へ?はわわ…彼女さんいたのね!!」

「きゃーごめんなさい!お邪魔しましたーッ!!」


キャーキャーと黄色い悲鳴を上げながら、楽しそうに去っていく女子大生達。

うん…私くらいの年齢になるとあのエネルギーは出ないわ。


(よーし、ミーシャ!ワンターンキル成功よ!)


何はともあれ作戦は成功し、ミーシャがルカを連れて戻ってきた。


「すみません……ぅぅぅ」


ごめんよぉと、しゅんとしているルカは、どこか子犬のようだ。これも中々かわいい。

イケメンで好青年だとムカつくが、こういう人たらしな愛嬌があるのだ。


「女子耐性ないんだから~。何買ったの?」


「ミックスベリーフローズンスムージーと、タピオカミルクティー、あと宇治抹茶フラペチーノです。好きなの選んでください!」


「じゃあ私はミックスベリーで!ルカは宇治抹茶狙いでしょー? 三種類バラバラに選ぶあたり、ルカは仕事が出来るタイプよね。」


私は甘すぎる物はちょっと苦手なので、ミックスベリーのスムージーを1番にチョイスした。

日本文化を楽しみにしていたルカに、宇治抹茶フラペチーノ。

ミーシャには、タピオカを初体験してもらう。


3人ともドリンクを手に、次の場所を目指して外に出ることにした。

じゃあしゅっぱーつ、と歩き出した時。


私の左手に、そっとミーシャの指が絡み、ぴとりとくっついてくる。


(ミーシャは、しずか様だけのものですよ。)


ミーシャの甘い息が、私の耳元に触れる。

私にだけ聞こえる、小さな囁きが耳を刺激した 。意味を理解した途端、ゾクゾクと脳から脊椎を通って、電流のように言葉が巡る。


「……ひゃい」


私の返事は風に消え、人混みの声に紛れる。


「行きますよ!」


ミーシャに手を引かれて、慌ててルカに追いつく。

不意打ちは危険、脳内メモにでかでかと注意書きをして高島屋をあとにした。


外に出ると、もうお昼前だ。

入店が9時か10時くらいだったのを考えると、2時間もショッピングを楽しんでいたことになる。

遠くの大気が揺れるような日差しの下、冷たいフローズンスムージーが格別美味しい。


飲み終わったゴミを、ミーシャがささっと受け取ってくれる。スムージーを持っていたためキンキンに冷えた指を見て、ふと前を歩くルカの首筋に手を入れる。


「うひゃぁっ!?」


( ๑❛ᴗ❛๑ )ケラケラ


近くにあった八坂神社をぐるりと散策し、タクシーに乗る。こもじオススメのとんかつ屋さんが近所にあるらしい。


タクシーでは、ルカを助手席に乗せ、私とミーシャが後部座席に座る。ミーシャは車も、もちろん初体験。


「部屋が動くなんて……意外と揺れないんですね…馬車より全然早いのに。」


怖がるかと思ったが、エスカレーターの方が怖かったらしい。まあ、車内は揺れるわけでもないし、馬車のほうが遥かにしんどいのはわかる。


うん、私もエギルの夢で散々馬車に乗せられて辛かった。そう考えると日本車は非常に優秀だ。忘れそうになるが、文明の進歩を改めて感じる。


「あんちゃん、両手に花たぁ憎いね!」


ルカが運転手の誤解を解くよりも早く、タクシーは目当てのお店に到着した。


「とんかつ 棹 」


朝食は繊細な味付けの和食御膳だったので、お昼はがっつり揚げ物にする。

トンカツは日本の食の中でも相当上位に来る人気メニューだ。どこでも作れそうな料理だが、なぜ海外ではあまり見かけないんだろう?


「ここも、この時間貸切にしたから。入るよー。」


ひっそりと開店しているお店の暖簾をくぐって入る。

内装もカウンター五席だけの、こじんまりとしたお店だが、綺麗に掃除されており清潔感がある。


「いらっしゃいませ。本日はご予約いただきありがとうございました。」


厨房から店主が笑顔で歓迎してくれる。

とんかつ専門店だけあって、揚げ物の良い香りが漂ってくる。


カウンター席に座り、メニューを注文する。


「3人とも満腹御膳で、ビールもお願いします!」


「おっ うちは量がようけあるんやけど、大丈夫ですか?」


冒険者の強靭な胃袋は、かなりの量を許容してくれる。何より2人は20代だ、ここは満腹御膳をチョイスする。


「大丈夫!よろしくお願いします!」


「おまちどうさま!」


並々のビールが三杯。

カンパーイ! 真夏の空気に火照った体が、キンキンに冷えたビールを吸収して生き返る。


ゴクゴクゴク。

( ๑❛ᴗ❛๑ )んきー!おかわり!


私に続いて、ミーシャも飲み干す。ビールはミーシャにとっても馴染みがあったが、キンキンに冷やす飲み方が衝撃だったらしい。


「ルカも飲みなー!」


「飲酒は一応教義的に……いや、俺はもう改宗してるか。」


「イエスキリストってワイン生み出すわりに禁酒なんだっけ?ほら、アルコールはたしかに敵かもしれない。汝敵を愛せってやつよ。ぽよたん教的には、お酒も丹精込めて作ってくれた人がいるから、お酒に罪はなーし。」


「禁止より感謝を……深いッ!」


感動するルカがノートにメモを取っているが、そのノートはなんなんだい?

すまんね、少年。私はてきとーに言ってる。


「お待ちどうさま。満腹御膳ですよ~」


注文して数分で運ばれてきた、大盛りのトンカツ。

高く積まれた細切りのキャベツに大きなエビフライが寄りかかり、お皿の左にがロースカツ、右にはヒレカツが己を主張して横たわっている。


しっかりと揚げられたパン粉の色が食欲をそそる。



「「「いただきまーす!」」」


一口味噌汁をのみ、胃の臨戦状態を整える。

そしてロースカツを一切れつかみ、口に運ぶ。


ザクッ じゅわ~


サクサクの衣は軽く、お肉は驚くほどに柔らかい。

口腔内で染み出す肉汁が旨味を運び、私はご飯をかきこんだ。


それを見て、二人もロースカツに箸をのばす。

ルカは一口で頬張り、ミーシャは小さくそっと口にいれた。


「「……ッ!!!」」


2人が目を見開いて、お互いに向かい合う。その口にはとんかつが入っていて、言葉を発することができない。

しかし、ミーシャは肩を震わし、ルカに至っては天を見上げている。そして十分に噛み締め、嚥下する。



「俺は、今、心で食べている。魂が持っていかれそうです。」


うんうん。食べたまえ。飲みたまえ。


「はぁぁ 美味しいです…それ以上の言葉を思いつかないほど」


脂に濡れた唇がぷるんと光る。


そして、二人とも、二口目から早かった。びっくりするほどの早さでトンカツをたべ、エビフライに驚嘆し、ご飯を何度もおかわりする。



「ふう……」


お会計をすまして、再びタクシーに揺られる。


「あのシャーベットも、とっても美味しかったです。」

「おいしかったねぇ。」


いまだ感動冷めやらぬミーシャ。食後に出た柚子シャーベットのいたく気に入ったみたいだ。

さすがにお腹いっぱいになったので、ゆっくりと静かに散策できる場所を求めて、タクシーにのった。


京都の名所は多すぎてよく分からない。

運転手さんとルカに任せて、連れて行ってもらえる場所を順番に巡っていく。

私たちは3人とも相当魂の格が上がっており、食後にいくら歩いても疲れることはない。急な階段も、長い上り坂もなんのその。ひーひー言っている観光客をさくさくと追い抜かして動き回る。


「あれって帆世様達じゃない?」

「みてみて、カッコイイ人がいるわ!」

「ねえねえ俺達も混ぜてくんない?」


声をかけられた瞬間、私たちはその場から消える。

十五層をクリアした後、私はPTメンバーに【瞬歩】を付与できる特権を行使した。これにより、新たにエギルとミーシャがスキルを習得した事になる。


練習がてら、声をかけられたら瞬歩で逃走するというミニゲームを行っていた。初めて使うはずのミーシャは、瞬歩に非常に高い適性を示した。


「転移スキルがあるからでしょうか。それに、帆世さんに頂いたスキルです。毎日鍛えます。」


「うんうん。便利だし、このお陰で死ななかった局面もあるから、鍛えてね。ルカは、瞬歩のレベルめちゃくちゃ上がってない?えらいえらい。」


こもじより先にレベル上がってるとは、大したものだ。良くやった事には、相応に褒めるべし。それが私流である。


「そんな、ありがとうございます! もっと頑張ります!」


そうして京都市内を上から下へ、右から左へ練り歩き、日もかげってきた頃。

私たちは再び鴨川に戻ってきていた。


「お祭り、でしょうか。」


「やたらと笹が飾ってると思えば、今日は七夕だねえ。」


「七夕?」


「なんか願い事を書いて、笹に飾ると、その願い事が叶うらしいよ。せっかくだし、お祭りを楽しんでから帰ろっか。」


人が集まり、屋台が出始めている。

私はりんご飴を購入し、一口食べる。パリッとした飴と、爽やかなりんごの甘みがちょうどいい。見た目も可愛いし、りんご飴は結構好物なのだ。


「ミーシャたん、あーん。」


「撮りますよ~!」


私とミーシャが腕を組み、それをルカが写真に撮ってくれる。その時、最初の花火が打ち上がり私たちを明るく照らした。


この先、皆が無事に過ごせますように。


願いを短冊にこめ、三人仲良く花火を見上げた。


挿絵(By みてみん)





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