仮面の選定 其の4
こもじ、エギル、ミーシャと三人の夢に入ったわけだが、どれも個性的な夢だった。
小こもじはかわいかったし、エギルの冒険はハラハラしたし、ミーシャはなんだろう…切ない気持ちを最後の最後に塗りつぶされて脳内を桃色一色に塗り替えられた。
最後に残ったルカの夢に入ったんだけど、いよいよすることがない。
ミーシャの時に苦労したとはいえ、目・耳・手に加えてさらに声も出せなくなっている。おかげでぼんやりとだが、生命の気配を感じ取れるようになったのは偶然の産物。
そして、今。私は身動き一つできずにいた。
誇張ではなく、全身1mmたりとも動かすことができない。まるで自分が置物にでもなったようだ。
しょうがないから、周囲に意識を集中させる。
そこそこ広い空間に、横並びに何列も人が集まっている。きれいに並んでいるので、彼らは座っているんだろうか。彼らの気配は落ち着いていて、ロウソクの炎のようにちろちろと揺れている。
そして、私のすぐ前にしゃがみこんでいるのが一人、その後ろに立っているのが一人。というか、この気配はミーシャだ。
ミーシャの気配は、ロウソクの炎どころではない。
台風を絞り上げて、一本の竜巻にしたような凄まじい力を感じる。その力の矛先は私に向いているんだけど、ほんとにどうした?
もう一人の気配は、蒼い炎のように、静かで激しく、冷たく熱い。
私の感知できる範囲よりもずっと広く、雄大な大地から集めたエネルギーが、彼を通って循環しているように見える。
(もしもーし、ミーシャたんとルカくーん。聞こえるー?)
身動きできない私は、ウィンドウを介して目の前にいるはずの二人に呼びかける。
(『『はい!!』』)
一秒もかからず反応があった。
メッセージを送った瞬間に既読になると、勝手にビビっちゃうんだけど私だけ?
(状況を簡単に説明ぷりーず)
(『ルカさんには一通り説明しております。夢の世界に入って2年ほどが経過しており、帆世さんは現在教会の聖像として祀られています。』)
ミーシャが説明をしてくれる。ほうほう。
しずか様じゃなくて、帆世さんと呼ばれてびっくりしたけど、これは二人きりじゃないからか。
私、エギルの世界で囚われの姫になったり、ミロちゃんの代わりに孤児役になったりしたけど、遂に教会で銅像にでもなっちゃったのか。どうなってるんだか。
続けてルカ。
(『帆世さん、俺達のためにありがとうございますっ。もう少しで帆世さんを具現化しますから…!』)
今までと違って、ミーシャが付いてきてくれているおかげで、ルカに状況が伝わっているのは大きい。
ミーシャがどうして≪白紙の法域≫に入り、さらにルカの夢にまで入れているのか。これにはある仮説を立てていた。
ミーシャの称号:[帆世静香のパートナー]
これだ。称号とは、アクシノムによって付与される識別タグであるのと同時に、ある種の力にブーストがかかる。
例えば、レオンの持っている称号の[Marksman][雷腕の狙撃手]この二つは狙撃に関するもので、レオンの類まれなる狙撃能力をさらに高めているのだ。
ミーシャの場合、[帆世静香のパートナー]というちょっぴり恥ずかしい称号をもっている。この称号によって私の半身と世界に定義されている状態と言える。もしくは、多少因果律に干渉さえするのかもしれない。もちろん称号だけで、ロゴスのスキルに割り込みをかけれるのか疑問だが、現にこうして領域に平然と同伴しているのだ。
さてさて、ルカの話に戻ろう。
どうやら私が自我を取り戻すことができたのは、この二人が二年かけて準備をしてくれていたかららしい。その準備や、具現化とは何を指すのか。説明を求める。
(なんかお世話になったみたいね。ありがと。詳しくきかせて。)
答えるルカ。
(『今、俺達がやっているのは信仰によって神気を集めて、神を実際に具現化するというものです。帆世さんが意識を取り戻したのも、順調に進んでいるからだと考えられます。』)
ルカによる説明を簡単にまとめてみる。
巫さんと訪れた水神の社、ヴァチカンの聖堂、そういう場所は神域として特別な力が集まる力場となることがある。その力を神気と呼んでおり、本当はこの地球の内部から滾々と湧き出る無尽のエネルギーである。神気が留まる場所が神域となるということだ。
神気はそのままでは扱うことすらできない。
人間を通すことで、神気の性質を変化させるのだ。上手に神気を扱える人物が、奇跡の偉人として歴史に名を遺してきたのだという。キリストが水をワインに変えたり、モーゼが海を割ったり、ササン朝ペルシアの時代に火を操るゾロアスター教が栄えたのもそれだ。
ここまで言えば分かるかもしれないが、神気を最も効率よく変質させる手段こそが信仰なのだ。
神という超常の存在を深くイメージして、そこに心を傾倒させてゆく。その心が、魂が神気に形を与えることになる。
私は神を欠片も信じていないし、苦しい時の神頼みなどする気も無い。
なるほど、私が神気とやらを使えない理由が分かるというものだ。
(ふむふむ。そう言われると、さっきよりもはっきりと、この世界に流れる神気が感じられるわ。目や耳を失ったことで、そういう感覚が磨かれてるのかしらね。で、神様を具現化して、私を何とかしてもらうって作戦?)
人の意思から生まれた神に、どこまで人の願いをかなえる力があるのか疑問ではある。
特に銅像?に眠っている私をどうにかしろというのは、神様も困るんじゃないだろうか。
(『帆世さん、ベルフェリアの言葉ですが、神気というのは凄まじいエネルギーです。星の生み出す神気を十全に扱えたとしたら、ベルフェリア本体すらも消滅させるほどになるとか…。ただ、私たちは神を信じてるわけではありませんよ?』)
答えるのはミーシャ。
(さっきまで神様の話だったんじゃ…?)
(『『神なんかより、私・俺達の信仰は帆世静香様です。』』)
そして二人の声が重なった。
そ、そっかー。この二人、謎のぽよたん教信者だった。
しかも生粋の信者であり、ルカに至ってはぽよたん教原理主義者とレオンにからかわれるほどだ。
(すぅー。つまり作戦というのは…?)
恐る恐る問いかける。
(『帆世教を信じる者に教えを説き、ともに祈り、帆世さんの復活を願うことです。』)
一切の揺らぎの無い、まさに聖職者のような清らかな宣言だった。
神を復活させるわけではなく、私自身を神として復活させるというイカれた作戦である。
(私、宗教にはうるさいけど、ぽよたん教の教えを言ってみなさいな。)
ルカとミーシャが、口をそろえてスラスラと語る。
【帆世静香の教え ── 第一聖典教義集】
── この教義は、帆世静香様が示した生き方・戦い方・在り方を言葉にまとめたものである。
── いかなる解釈も付け加えてはならず、そのままを受け取り、実践すること。
── この教義は誰にも強要されることなく、望む者のみが歩むことを許される。
【第一章 道の核】
来る者は拒まず。されど我らから誘わず。
最後の一息まで、決して諦めず、戦い抜くこと。
己を欺かず、仲間を信じ、帆世静香教徒は互いに決して裏切らぬこと。
【第二章 命の秩序】
4. 最も優先すべきは己の命。
5. 次に仲間の命。
6. さらに知らぬ人間の命。
7. 最後に敵を殲滅すること。
8. 余力あるとき、敵を殺さず対話を選ぶこと。
【第三章 力と慈悲】
9. 残虐に敵を殺してはならぬ。加虐は必要にあらず。
10. されど平和を守るには、力が要ることを忘れてはならぬ。
11. 必要な力を、己に備え続けること。
12. 己を常に研鑽し、停滞をよしとしないこと。
【第四章 食と命への礼】
13. 食を粗末にしてはならぬ。残すことは赦されぬ愚行なり。
14. 命をいただく際には、感謝の心を忘れぬこと。
15. 食材を可能な限り、自らの手で捌ける者となれ。
【特別戒律 守るべきもの】
16. 帆世静香様の親しき者へ害を成した者は、世界の果てまでも追いつめ、裁くこと。
【第六章 守秘と信念】
17. この教義を己の都合で解釈してはならない。言葉のままを受け取り、曲げぬこと。
── 以上。白刃の道を歩む者は、己を律し、心に剣を抱くこと。
── この道は、誰かのためではなく、自らが誇れる生を貫くためのものである。
(『第一聖典以外にもぽよたん語録集、詩集、銀剣の導、…』)
(わ、わかったわ。OKOK、恐ろしいまでの理解度よ。二人とも、偉かったわね。)
聞いていたら一生続きそうな説法だが、その一つ一つが私の考えにあっており
理解度というか解釈一致というか、怖いほどだった。
教徒同士はお互いに裏切らない、という項目だけで商人の間で流行るだろう。
一種の身分証としての機能は実利に基づき、その教えも基本的には能力を高める方法と道徳や倫理観を説くもので構成されている。
二十歳の二人がこれを編纂し、地道に人に説き、こうして私のために長い間努力してきてくれたことが素直にうれしかった。無いはずの腕を自然に伸ばし、銅像で作られた掌を、足元に立つ二人の頭にのせてなでる。
ぶわりっ
二人から見えるオーラが跳ね上がり、空間を満たし、気が付けば夢から醒めていた。
どかっと硬い椅子に腰かけ、またロゴスの領域に戻ってきたことが分かる。
(ふぃ~これで4人救出成功。今回は私は体感時間数分だったけど…ミーシャ、ありがとね。)
(『とんでもありません。残されたカードは一枚…私が代わりにロゴスの仮面となることはダメでしょうか…。ロゴスになっても自我を保ち、必ずしずか様のもとに戻ります!』)
ミーシャが最後のカード、【脳】を握ってそういう。
【脳】は私の全存在に値するカードだ。これをロゴスの仮面にぶつければ、私は魂を完全に捧げたことになり、ついでに私の記憶を見てアクシノムの情報を知ることになるだろう。
ミーシャは、その代わりに、自分がロゴスに捧げられると言っているのだ。
たしかに…不可能ではないかもしれない。というかそれを目的に、領域に干渉したんじゃないだろうか。
私を支えるミーシャの腕に、力がこもる。
ミーシャをロゴスにして、ミーシャが自我を残して私のもとに帰ってくることに賭けるか。
ミーシャを信じれば、それも勝算はある。
だが、ミーシャたんを危険に晒すなどとんでもない。
最初から、どうするかは決めていた。
(じゃ、その【脳】を掲げて。)
(『で、でも!ミーシャは…ッ』)
これは、ミーシャの初めての反抗だったのかもしれない。
声が出せなくても、口は動かせる。頬をあげ、口角をあげて伝える。
(大丈夫、任せなさい。全部、うまくいく。)
【脳】×【ロゴスの仮面】
最後の夢に招待しよう。




