嗤う女
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【英雄の戦場】
かつて私がやり込んでいたVR格闘ゲームだ。
偉大な過去の人物の力を借りて戦うという設定の4人チーム戦で、2陣営が陣地を奪い合うというものだ。当初は練りこまれた世界観と爽快なスキルが人気を博していたが、やがて中堅どまりのプレイヤーや、荒らし行為に悦を感じるプレイヤーが結託し、初心者を狙って効率よくポイントを稼ごうとする狩りが横行した。自由度が高い反面、難しい操作性や戦略性に嫌気がさしたプレイヤーが辞めていき、過疎ゲーの仲間入りをしてしまう。末期には、顔ぶれの変わらない熟練者たちが延々と殺し合い、あくどいプレイも辞さない"蟲毒"のような世界と化していた。
そんなゲームにおいて初期から圧倒的な実力で全鯖1位に君臨するPTがあった。
もちろん、私率いるPTで2A1S1H構成と呼ばれて1種のテンプレとして時代を風靡した。私とこもじが2人でアタッカーをつとめ、サポーターとヒーラーで2人を最大限支援することを基本としたPTである。高ランクチームばかりを狙い撃ちするスタイルを貫き、人が足りないときは初心者もよく混ぜて遊んでいたが勝率8割をキープしていた。
VRとは思えないほどの殺気に満ちた戦場。そこに魂の居場所を見出していた者たちの奇妙な再開。
(英雄の戦場でも侍キャラ好きだったよねぇ…っふふ。)
短い回想を済ませると、猫のように木から滑り降りる。
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湖畔に広がる光景は、まさにゲームの世界を切り取ったような戦いの真っ最中だった。
〔我は知を探求する者——世界の源流に至る者。燃え盛る大地の記憶を継ぐ者。——出でよ、応えよ。旧き焔よ〕
ところどころ聞こえない部分があるが、老婆のしわがれた声がこだまする。
杖を掲げると、辺りの空気が歪み、次の瞬間、こもじ目掛けて焔が走る。
「ッ——」
咄嗟に飛び退き、ギリギリで回避するこもじ。しかし、炎の熱波が肌を焼き、はためく衣服の端が焦げる。
こもじの劣勢は明白だった。老婆は圧倒的優位を見せつけた。
刀を駆使し、飛び交う炎を斬り払う。その技術は間違いなく絶技といえる代物だ。しかし、火は斬ったところでなくなるものではない。打ち払った炎は再び形を変え、舞い戻ってくる。
私は木陰を伝い、二人の戦場に到着する。良い状況ではないが、間に合った。
敵は見るからに、遠距離魔法使いタイプ。
この手の敵は厄介だ。
そもそも私達の常識が通じる攻撃手段ではなく、何をしてくるか分かったものではない。
だが、例のVRゲームにも似たようなキャラが存在する。というか、私の最も得意とする魔法使いキャラだった。
中遠距離タイプの攻撃を主体としつつ、追い詰められた際には自爆に近い近距離攻撃を保有している。威力が高すぎて、迂闊に使えないが、奥の手というやつだ。
パッと見ている限り、こもじを近づけないように必死に立ち回っているようだ。典型的中遠距離タイプと想定しつつ、追い詰めすぎないように注意する必要があるだろう。
近寄っても大技を出させない方法とは、一瞬で即死させられるだけの攻撃を叩き込むことだ。
頭の中で、そのための戦術の手順が組みあがっていく。
その1手目に、足元の石を拾い上げ、大きく振りかぶった。
ゴッ!ゴッ!
深い森の暗闇から、こぶし大の石が凄まじい速度で飛来し、老婆の側頭部に直撃した。ナイスコントロール、わたし!
だが、老婆に傷はついていない。
容易く人を絶命に至らせる石の弾丸は、その役目を果たす直前に氷の壁に阻まれたようだった。
(至近距離には、最低限の守りがある、と。ますます似てるわね。)
<アイシクル・シールド>
凡ゆる現象へ耐性を持ち、肉眼で見えないほど透明な魔法の氷。変質しない特性は、術者を護る盾となる。
「っ...新手かい!?」
老婆が叫んだ。
石が当たるまで気が付かなかったようだ。
目に見えて、狼狽が伝わってくる。
あんまり追いつめてはいけない。あくまで精神を揺さぶりつつ、手の内を晒させるのが目的だ。
驚かせたら、安心させる。
さて、帆世静香は知る術もないが
事実、この老婆は戦況を覆す技を持っていたことを伝えよう。
嘗て星を殺した神代の雪嵐。
自身に様々な制約を課すことで、その1部を現世に顕現させる魔女の切り札だ。使用中は動くことができず、使用後はガス欠に陥る必殺技。戦場では致命的ともなる大きな隙を作ってしまうが、確実にこの場の2人を殺せる鬼札である。
「二人相手はしたくないねぇ!」
老婆が決死の覚悟を目に宿す直前
私は、木陰からゆっくりと歩出た。
できるだけ、そのか弱い姿を見せるように表情を取り繕う。
そして、刀を構える男に躊躇いもなく背中を見せるや否や——
「こもじ!私に任せて逃げて!」
初っ端からの敗北宣言。これで二手目。
ここまでは考えていたし、最終的なゴールも決めている。
魔女を斬るための絵は描いたのだ、あとはその結末に至るまでの過程をアドリブで埋めていく。
(´・ω・`)!?
背中にかばった男の気配が離れ、森に飛び込む音が聞こえる。よし、ちゃんと伝わったみたい。
逃げるこもじを見て、老婆は一瞬きょとんとした顔をする。そして、残った私が無手なのに気がつくと大きな声で笑いだした 。
「ア゛ーハッハッハ こんな小娘に守ってもらって情けない男がいたもんだねえ!」
老婆が杖で地面を叩きながら、顔を喜色歪めて毒を吐く。
圧倒的優勢を見せていたのは、実は虚栄。深淵を見通す魔女の目には、濃密な死の気配を纏う男が恐ろしかったのだ。それ故に、相手が逃走を選んでくれたことは本心から嬉しかった。
恐怖は転じて嗜虐に変わる。覚悟は転じて安堵に変わる。
(ありがとうねぇ。)
この老婆が、長い人生で人に心から感謝するのはいつ以来だっただろうか。
小娘如きに負けるはずもない。時間さえ作れば、あの男も容易に殺せるはずだ。そう考えた。
(そうすれば、更に深く世界を識れる。そういうルールなんだろう?)
老婆は、ゆっくりと杖を眼前の少女へかざす。何の変哲もなさそうな木の杖が、確かに炎を纏い、空間を揺らめかせている。
ビッーガンッ
私は、再度投石を試みた。どうやら老婆の周囲には透明のガラス質の膜があるらしい。僅かだが石に当たった箇所に結晶が光って見えた。
老婆から見て横に走りながら、いくつか石を投擲する。私に対してピタリと杖が向けられていた。
「逃がさないよっ!」
老婆が甲高く叫ぶ。
「おばあちゃんに追いつけるかなっ!?」
私は細かく向きを変えながら、足は止めない。
ごうっと、老婆の振るう杖から恐ろしい速さで炎が射出された。
「うわっ……とととっ」
即座に横に飛び、地面を転がる。
その攻撃は躱した後も厄介だった。炎が地面に粘り着くように燃えている。それが、もしも人体に当たった場合など、考えたくもない。
幸い、マシンガンのように連続して放てる攻撃では無いようだ。
〔我は知を探求する者——世界の源流に至る者。凍る世界の結晶を持つ者。ーー止まれ凍まれ 世界はカタまる〕
老婆の詠唱は誰に語りかけているのか、左手に握られた杖が忙しなく振られる。
詠唱に世界が呼応し、空中にサファイアのような真っ青な水球が現れた。水球が投げられ、地面に激突すると共に、辺りをを白銀の世界に変えていく。
ーバシュッ ビキキキッ
一瞬で広い範囲を凍結させる恐ろしい魔法だ。
しかも、老婆から離れる程に威力が高まっている気がする。炎もそうだ。恐らく近接で使えば術者にも牙を剥くからだろう。
「いざっ!」
逃げるだけでは目的は達成できない。
凍った地面を避け、老婆の懐に飛び込む。
ワン・ツー!硬い膜に弾かれ手が痺れるが、老婆自身を殴っているぞと気迫を込めて拳を老婆の顔目掛けて激突させる。
「小癪な!」
老婆が苛立ちの籠った目で私を睨む。その目線と同じ場所に攻撃が飛んでくるのがわかった。
目を見れば次の攻撃場所を教えてくれる。
戦いには慣れてない証拠だ。
老婆の撒き散らす炎を、ギリギリまで引き付けて躱し、殴り続ける。いくら空間から炎を出そうが、0距離で纏わり続ける私に当たる攻撃は無い。
老婆が右脇に本を抱え、杖を振り回して呪詛を紡ぎ続ける。何度も聞くうちに、だんだんとその詠唱が理解出来るようになってきた。
私の攻撃はちっとも効かず、むしろジリジリと体に魔法が掠めていく。
(まあ、これでいいわ。)
この手の相手を追い詰めすぎるのも、良くないだろうし、舐められているくらいでちょうどいい。それに、観察は十分に済んだ。
頭でっかちには、コレが効くのよね。
ついでにとばかりに顔面目掛けて前蹴りを放ち、よく聞こえるように大きな声で、こちらも呪文を詠唱する。
これで三手目、極大の驚愕と、骨が抜けるような安心をプレゼントしましょう。
『私は識る者ー知を探求し極める者ー獣魔入り乱れる世界を統べる者なり。ーーー』
おもむろに、相手の領分に土足で踏み入る。
動揺が顔に出てるよ、おばあちゃん。看護師は皆、耳の遠いおばあちゃんに話しかける術を心得ているのだ。
〔わ...我は知の独占者ー世界より選ばれし唯一の【代表】を名乗る者ー地よ火よ水よ風よー彼の者に従うことを我は認めずー〕
おばあちゃんが焦った風に、これまでとは違う詠唱をはじめた 。
(いわゆるレジスト呪文もあるのね。)
詠唱を聞くとだいたいの内容が分かるのはゲームにおいても鉄則だった。んふふ 思い通りに行く時は気持ちいいわ。
『さァ私の呼びかけに呼応しなさい!死せる獣も人間も魔も何もかも蘇れりッー苦痛の限りをー』
ズガンッ 老婆の体が、その身を包む氷の鎧ごと宙に浮く。地面に突き刺さるは聖銀の十字架ーキリストが虚空を見つめている。
私がさっき食らったばかりの一撃よ。巨大化するレリックに腹を叩かれ、吹き飛ぶがいいわ。
最後の仕上げに入りましょう。
こもじも見てる事だし、はっちゃけるわよ!
【ファストステップ】
長ったらしい荘厳な呪文はタダのブラフ。短いオーダーが、一時の超常の加速を与えた。
空中に浮き上がっている老婆の腹部に拳を突き刺し、脚で地面を蹴り飛ばす。暴れる老婆を掴み、2歩 3歩と加速する。腕の筋肉が、あるじの蛮行に悲鳴をあげる。止まることなど考えるな。きついけど、びっくりしてくれたかな?
そのまま最大加速を伴って、2人で一際大きな木に激突した。
カハッー
若い声が、肺の中の空気を吐き出した。
ファストステップで老婆ごと木に突っ込んだのに、老婆の氷の鎧は少し砕けたにすぎない。
(思ったより数段硬いッ。)
老婆も苦しそうだが、その身は無傷だ。
対して私は背中を地面に強打。内臓、特に横隔膜が痙攣して肺に空気が入ってこない。ファストステップの効果も切れ、満足に動くこともできなかった。最後の意地を振り絞って痺れる指先に力をこめなおす。
ニヤリ 。 そう笑って、手にした物を掲げる。
多大な代償を支払う事で、激突の瞬間に、老婆の手から魔法の杖を奪い取っていたのだ。これで、私の計画は終了。魔法使いの命である、その杖を見せびらかすように握りしめる。
「私の勝ちよ。」
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魔法使い/賢者/邪法の管理者/
【魔法世界】【代表】森に棲まうリアーナ。
彼女の人生は恐ろしく長大な歴史とともに歩まれた。目の前の苔の1種、海から時折打ち上がる巨大な魚に着いた極小の寄生虫、天に瞬く星の一つ一つ、目につく全てを知りたいと思った。あらゆる物を脳に刻みつけたかった。
人体についてなどまっさきに調べた。生きた人間を解剖した。死んだ人間は数しれず解剖した。
禁足の地があると聞けば真っ先に調査し、奇病に苦しむ村に赴いて治療法を発見することもあった。
彼女の興味は人間にとどまらない。世界全てを知りたかったのだ。彼女の智は恐ろしくも有益であり、世の権力者を持ってしても廃除することはできなかった。何度も巻き起こった魔女狩りは、彼女だけにはその手を上げなかった。
リアーナは死ねない。まだまだ調べたいことがあるのだから。しかし死ぬことにも強い興味がある。死後の世界があるなら、私が調べたい。
リアーナは世界中を巡る中で、聡い少女を拾う。その子には温かな両親がいたが、リアーナから我が子を守るだけの力は無かった。
そうしてリアーナは幼子にその叡智の全てを教え込む。
ーいいかい、お前もリアーナだ。この世界の理の全て遍く尽く一切合切を脳髄に刻み込むのだ。
自我の形成と共に毎日流し込まれる膨大な情報。呪いより呪いらしい老婆の言葉。
森に棲まうリアーナ。
そうして魔女は旅立った。死後の世界を知るために。
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眼前に蹲る小柄な女を見下ろすのは、はたしてどちらのリアーナか。
リアーナが先に立ち上がり、敵対する少女を眼窩にとらえる。
哀れな少女が杖を握り、苦痛に顔を歪めながら笑っている。その笑みは、手に握っている杖ゆえにだろう。上手く罠にハメたつもりかい!
(ヒヒヒッ 保険が読み通り機能するのは気持ちがイイねえ。)
少女の能力は、超高速の移動・謎のレリックを呼び出す魔法。それだけだ。それだけなのだが、全く当たらない魔法の無駄撃ちに、強いストレスを感じていた。
未だ動けない少女に向かって、本を掲げる。
世界と語らい授かったのは、世界の理を刻んだ1冊の本である。
【万理の魔導書】
ここには未知の呪文が書いてある訳では無い。
リアーナ自身が発見した理を、再び世に顕現させるための本である。世界の果てを探求した膨大な智の全てがこの時報われた。
つまり、杖はブラフッ。
「さよならだよ。お嬢ちゃん。」
空間が揺れる。ひび割れた氷はいつの間にか完全に修復され、少女を取り囲むように炎がわきあがる。
嗜虐心を擽られる子だ。逃げようにも動けない体勢で、目だけはこちらを睨んでいる。白衣が土に汚れ、華奢な身体は小刻みに震えているではないか。そんな少女から声が聴こえた気がしたーーー
(終手。ただし、やるのは私じゃないわ。)
操っていたのは誰か。罠にハマった獲物を見て嗤っていたのは誰だったのか。プライドは、自身の優位を錯覚させる。勝利の確信は、戦場において最も大きな盲点を生み出す。その流れ、至る結果は最初から決まっていたのだ。
ーーーーーキンッーーーーー
魔女の背中に銀閃走る。
(´・ω・`)もう。姐さん、すぐピンチになるんだから、変わらないスね
のそりと、刀を2本腰にさした男が現れる。坊主頭に口髭を生やし、それでいて柔和な表情を浮かべている。その全身の筋肉は太く盛り上がり、一目で強いことがわかった。
「ぽよちゃんで~す。いつもの作戦でしょっ」
へいへい、と男が答える。初めて会ったにしては自然に会話がうまれるようだ。
帆世静香は何時だって危険に身を差出すし、その後何が起きるのか全て知っているように動く。それはVR格闘ゲーム【英雄の戦場】の頃から変わっていない。それでもー、とこもじは思う。
(´・ω・`)(誰かが傍に居ないと早死にするタイプなんスよね。)
「まずは逃げるわよ。派手に動きすぎたわ。」
システムが遅れて気がつくほどの、一閃。ようやくリアーナの上半身がズレ落ちる。
《【魔法世界】森に棲まうリアーナを転送します。》
ーこもじに0RPを付与しました。
(´・ω・`)あの...経験値0なんスか?
「早く行くわよ!」
ええーとぼやくこもじを連れて、私は森に飛び込んだ。
( ๑❛ᴗ❛๑ )よく分かったぽよね。
(´・ω・`)その顔、姐さんしか使ってるの見た事ないっす。
『( ๑❛ᴗ❛๑ )大きな木の影で待っててぽよ。』
ウィンドウって便利なんですよ。背中にも置けますぽよ。




