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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第三章 少しは進化の箱庭を進めましょう。
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仮面の選定 其の3

夜の帳がおり、温もりが闇に溶けてゆく。

荒れた土地、深い森、冬には家の高さまで雪が積もる。


いつからだろう、はじめから?


気が付いた時には、この闇の世界に私は生まれていた。

世界に闇が広がっているのではなく、私に闇が広がっているのだ。

生まれてから『目』『耳』『腕』が私には無かった。良くここまで生きてこれたな、と切に思う。


閉ざされた世界のせいで、自我が芽生えても、それを発信する方法がなかなか見つからなかった。

そんな私が、決して裕福でもない土地で生きている理由は、これだ。


今日もベッドで横になると、柔らかな花の香りのする人がやってきた。

ぽんぽんと、独特のリズムで私のお腹に手を置き、子守唄を唄う。音の聞こえない私でも、その女性のリズムを通して世界を知ることができていた。



ね~んね ね~んね わたしの愛しき子よ


母はすぐそば 見ているよ


森もしずかに 月はほほえみ


星がきらきら 夢を照らすよ


空もやさしく 風もうたう


ね~んね ね~んね わたしの幼き子よ



ぽよたんは知ってる。この女性は、母ではない。

母にしては若すぎる体だし、そもそもこの家は孤児院だ。

この女性は毎日花を売って生計を立ててくれている…と言っている。たしかに毎日花の香がふんわりと漂っているが、花とは彼女自身の事だ。


そんな光の無い世界でも、ぽよたんは元気だった。

あ、ぽよたんというのは私の事だ。理由は分からないが、時々ふと、知らない誰かの記憶が夢に出てくる。その人の名前を借りてぽよたんと名乗っている。


私はとにかく足が速い。腕が無くても元気に走れるし、目や耳が無くても生き物の気配は感じ取れた。

動物の気配を探り、風を切って駆け、捕まえて持って帰る。ご飯の少ない冬なんかは、そうして鳥やウサギを捕まえて帰るとみんなが凄く喜んだ。


花の人がつくってくれるシチューは、何よりも美味しい。腕がないとご飯を食べるのにとても苦労するが、彼女がスプーンですくってくれる。この時間だけは私が彼女を独占することができる、貴重な時間だった。


さてさて、物心がついて、自我がはっきりとしていくなか、どうにも私の心の中に使命感のようなものが湧き上がってきている。こうして頭の中で考えることができる語彙が格段に増えている。しかし、どうにもそれを声に出すと、みんなが驚いてしまうのだ。


それは私が喋ることというよりは、その言葉自体に恐れのような感情を抱いているようだ。

雰囲気を察するに、私の話す言葉と、彼らが話す言葉は酷く異なっているのだろう。そのせいで、知らない人に殺されそうになったことがある。


『悪魔の子じゃー!』


みたいな雰囲気だ。その拳が振り下ろされる前に、思いっきり蹴とばしてやった。

ぽよたん的にはなんてことはない出来事だったんだけど、花の人がひどく心配してしまった。

それからは、声を出さないように気を付けている。


今日もるんるん気分で森に入る。森は生命の気配が濃くて、私でも歩くことができた。

湖まで行って魚を捕まえようと思っていたが、湖に集まる気配が尋常ではないことに気が付いた。

一つの巨大な気配が湖の底から這いあがってきていて、その周りには無数の気配が蠢いている。


さっと踵を返して村に戻る。

頭がズキズキと痛み、あの気配がひどく心当たりのあるものに思えた。

そして思い出すのは例の夢に出てくる人の記憶。情報が脳内に渦を巻いて溢れ、ふらふらと歩きながら、どうにか孤児院に辿り着いた。


そんな私を花の人…ミーシャが抱きかかえてくれる。


「ミーシャ、逃げて…」


そこからの事は、記憶にある出来事を見ているのか、それとも現実を見ているのか定かではない。

そもそもココこそが夢の中なのだ。


意識をはっきりと取り戻したのは、ミーシャが私を抱きかかえて、ラウガルフェルトドレーキから走って逃げている最中。ついに足に限界が来て、ミーシャが地面に膝をついたところだった。

これが夢のストーリーなのだ。ここで食べられ、第五層に転移させられ、そこに来る私と柳生師匠によって救われる。そこから城に向かって走り、ラウガルフェルトを退ける。そういう展開になるはずだ。


だが――それでいいのか?

私の可愛い可愛いミーシャを、たった一度でも死なせることを、許しても良いのか?


「許せんぽよねぇ。」


「え!? いいから、逃げてッ 私は大丈夫だから!」


ミーシャが必死に、私を逃がそうと、その声に笑顔をのせて私の背中を叩く。

彼女の性格だ、自分が食べられている間に私だけでも逃がすつもりらしい。



「ハンッ…ラウガルフェルトごときが、私のミーシャに手を出すんじゃァないぽよ」


――【ファストステップ】――


ドォン!!


音速を越えた加速に、空気が爆発する。

渾身の加速のまま、ラウガルフェルト・ドレーキの腹部に突っ込み、大きくその体をへこませる。


「まだ…まだァ」


飛び上がって右足を鞭のように振るい、ドレーキが伸ばす触手を切断する。小さな体は、それだけ軽い。質量を伴った攻撃はできないが、持てる力をこの小さな体に押し込めて、六層のナメクジの体を削り取っていく。


一歩 二歩 ドレーキが後退を始めた。

つまり、ミーシャから距離ができたことを意味する。


「腕が無くて準備に時間がかかったけど、とっておきぽよ。受け取れ。」


苦労してスクロールしたウィンドウ。

映し出されたのは太古の炎を顕現させる魔法の言葉。

再会の記念に、盛大な花火をあげよう。


『――【魔法錬成 エンシェント・ラーヴァ】――』


叫ぶ口の前に、極小の太陽が顕現する。

それをドレーキの腹の中に押し込み、翻ってミーシャのもとに戻る。


所詮は巨大ナメクジ。

その体の大部分は水分でできており、太陽にふれた内臓は一瞬で蒸発する。

その全身を覆っている立派な鉄の鱗は、発生した蒸気を押しとどめるには、ちと不十分だ。



ドッ バ――ァァアン!!!!


「あーあー、汚い花火ぽよ。見えないけど。」


「え…え!?」


混乱するミーシャの両腕の中にすっぽりとおさまり、話しかける。


「ミーシャ、思い出してほしいんだけど、私は――」


「しずか様…?しずか様!!どうしてここに!」


その瞬間、ミーシャのいた村はピンク色の光に包まれてはじけ飛び、気が付くと場面が変わっている。

さすがは夢。なんでもござれだ。


「びっくりしたー。ミーシャいる?」


ぽふん、と降り立ったのは、とってもゴージャスなベッドの上。

肌ざわりだけで、そこがとっても気持ちの良い場所だとわかる。しかし、なぜにベッド。


「はい、しずか様。ミーシャはここにおりますわ。」


そうして声が耳元で聞こえる。

私もミーシャも成長して、元の体に戻っているようだ。


「あ、ミーシャそこにいるんだね。ちょっと今、耳と目がよろしくなくって。私もおばあちゃんになったのかねえ。」


(これで、しずか様見えますか?どうしてこんなことに……)


私のウィンドウに通知が入り、ミーシャからメッセージが届いていた。

そっか、ウィンドウを介せば、目や耳に頼らずともやりとりが可能になる。それにすぐに気が付けるミーシャは、なんて賢いんだろうか。


「ハッ。ミーシャかしこー。すちすち。」


(私もですわっ)


ベッドに転がっている私の、頬にミーシャがキスをする。

愛い奴め…むふむふ。


「かくかくしかじか、こういう訳で今ここに来たのよ。ミーシャもこれで、現実世界に帰せるよ。よかったぁ。」


(そんな…そんなことがあったのですね…。私も一緒に戻りますわ。しずか様を支えることが、私の役割だと思っています。)


「ありがとう。まあ、何とかするよ!私は強いかんね!」


にかっと笑ってミーシャを安心させる。実際、このまま何とかするプランは思いついてはいた。

ただ、それも100%成功する保証はないし、失敗した時のリスクはそれなりにある。ミーシャにそこまで危険n…


その時、ふとメッセージが更新される。


(ここは、夢の中…なのですね。それなら…)


ごそごそとミーシャがベッドの上で動いているのが分かる。

そういえば、結局なんでベッドにいるんだろう。


「ちょ、ミーシャさん?なにを…」


ミーシャの指が、私の服のボタンにかかっている。

するすると服を脱がされるが、腕の無い私はなされるがままだ。


(ここは、とある貴族の屋敷の寝室です。私がここに来たのは…16歳になった日。)


「それってつまり…」


(ふふ…ここは夢の中ですから…私は今は、()()()()、ですよ。)


そう言うと、ミーシャが私と唇を重ねる。

流れるようにベッドに転がされる私。


「みーしゃさん…?」


(私のはじめては、しずか様がいいんです。)


そうして花の香りにつつまれ、ミーシャに抱かれる。これって初めてがどうとか関係な…あんっ

目も耳も塞がれ、腕は存在しない。なされるがまま、全ての感覚は触覚に集約される。私の見えない世界にはミーシャだけが存在し、暗闇に染まった世界が、真っ白な閃光に染め上げられる貴重な体験をすることとなった。


声を出せることだけが救いだろうか。勝手に出る声を止められないだけでもあるが…


「ひゃっ…あぁあぁあ無理無理無理もう〇ク――ア゛アッ」

脳が何度目かの閃光に焼かれた時、不意に柔らかなベッドが消え、硬い椅子にすとんと座る。


「ふへ?」


しばらく状況が飲み込めなかったが、私を支えるようにミーシャの腕がそっと回されて、ようやくどこにいるのか飲み込めてきた。てか、本当にミーシャついてこれたんだ。どうやったの?


「ああ、戻ってきたのね……えと、ロゴス?ちょっと待ってね…」


(しずか様、カードが二枚あります。私が持っておりますが、よろしいでしょうか?)


「ひゃっ…ミーシャ…さん? ありがと、それ持っててほしいの。」


(承知いたしました。)


優秀な秘書のような受け答え。

どうして、あの直後に、こんなに冷静でいられるの?私は思い出しただけであれがこれでそれがあれで…


ひとまず、目の前のロゴスの相手をしなければいけない。

もう重要な場所は過ぎ、ここからはほとんど決まっている。サクサクいこう。


「ミーシャ、私のカードのうち、【脳】のカードを表にして机において。」


(承知いたしました。)


「ロゴス、これが答えよ。私は最後にこの【脳】のカードを使うわ。つまり、今から私が使うカードは……言わなくてもわかるわよね?」


(ロゴスの言葉を、書き起こしますか?)


「ミーシャありがとう。お願いするわ。」


今まで聞こえないことを逆手にとって煽り散らしていたけど、ミーシャがいることでロゴスの言葉を知ることができる。最後のつめだ、ここは丁寧にいこう。


(以下、ロゴスの言葉です。『【脳】のカードは持っていないと思っていたが、どうして…。これまで使用したカードは【耳】【手】【目】の三つ、そして【脳】があるということは、残るは【口】と【剣】ではないか。無論、最後の一枚は【()】…何を企んでいる!?』)


ご丁寧にどうも。五枚のカードのうち、既に三枚を使用している。残る二枚のうち、一枚は【脳】のカードだと晒した。

ロゴスが言う【剣】とは、ベルフェリアの干渉のおかげで追加された六枚目のカード。これはロゴスであっても斬り裂く、悪魔の剣だ。


「随分と感情的じゃないの、ロゴス。残るはルカでしょう。彼なら、私のために命を差し出してくれるわ。それに私が仮面になった後は、どうせみんな仲間にするつもりだから。それとも、ロゴスの仮面を差し出してくれてもいいのよ。【脳】のカードはここにある。これを見れば、アクシノムの考えていることはわかるわ。」


「じゃあ、ミーシャ。ロゴスが仮面を提示したら、()()カードを仮面に投げつけてちょうだい。」


そして、ロゴスが動き、四枚目の仮面を空中に掲げる。


(しずか様。ルカさんの仮面です。)


「予定通りよ、ミーシャ。じゃあ、その【口】のカードを切ってちょうだい!」


【ルカ】×【口】


これでもう声はだせない。


(いってくるわね)


さあ、最後の仲間を救いにいきましょう。

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