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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第三章 少しは進化の箱庭を進めましょう。
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仮面の選定 其の1

『ロゴスは命ず——ここに戦闘を許さず、干渉を拒む。』


——【白紙の法域】——


言葉と共に、空間が崩れた。


まるで紙を破くような音が空中に走り、世界の輪郭が滲み出す。

闘技場から色が抜け落ち、血の匂いが消え、熱が薄れ、全てが白紙の空間へ変わっていった。

この部屋で動く色は二つだけ。


私とロゴス。


黒鐘に手をかけ、ロゴスに向かって振り下ろす。すると、どこからともなく鎖が現れ、黒鐘に巻き付いて動きを封じる。そうなることを知っていた本人は、微動だにせず、寛いでさえいる。


『無駄な行いだ。戦うことも、外部からの干渉も一切を禁じている。』


「ふぅん。で、何がしたいの?」


問いかけながら、ロゴスの意図を探る。

戦いを禁じたのは、それだけベルフェリアの存在がイレギュラーだったのだろう。しかし、このままではお互いに千日手。時間を稼ぎたい私としては悪くない状況だが、もう一つの条件が気になる。


外部からの干渉…あの空間に私達以外いなかったはず。そして、言葉の端々に見えるのはアクシノムの存在だ。おそらくアクシノムからの干渉を防ぐためにルールを設定したと仮定する。それなら、やりようによっては…


ロゴスが答える。


『既に問うたこと。 ≪仮面の選定≫ を始める。』


ロゴスが言い終えると、空中に五枚の仮面がふわりと浮かび上がった。

そのうち一枚は、ロゴス自身がつけているあの白い仮面。

残る四枚は、私の仲間たち――ミーシャ、こもじ、エギル、ルカ――それぞれの顔を模したものだった。


仮面たちは、ゆっくりと空中で回転し始める。

その表情は徐々に薄れ、やがてすべてが無機質な白一色へと塗りつぶされていった。

見分けがつかない、五つの白仮面だけが、ただ静かに漂っている。


『御覧のとおり、一つは私自身。残る四つには、汝の友を使わせてもらった。』


「…人質ってわけ?それが通用すると思っているなら、無駄よ。」


『手元を見よ。その五枚の札を、私の仮面に捧げるのだ。』


私の言葉を無視して、ロゴスの声が続く。

私の手にはいつの間にか六枚の札が握られており、そこには様々な絵が描かれている。

【目】【耳】【手】【口】【脳】

【剣】


『書かれているのは、仮面に捧げる汝の魂。仮面の下僕となる代わりに、幾人か友を救うがよい。』


【目】:魂の一部にして友を解放する代償。

【耳】:魂の一部にして友を解放する代償。

【手】:魂の一部にして友を解放する代償。

【口】:魂の一部にして友を解放する代償。

【脳】:魂の()()にして存在証明。

【剣】:悪魔の魂を宿す。全ての仮面を破壊することができる。



「私自身が掛け金…ゲームですら無いってわけね。ただ、貴方を殺せばどうなるの?」


ぺらり。【剣】のカードを表にする。

このカードのおかげで、単なる生贄の儀式がゲームに昇華する、必殺のジョーカーだ。

ここにきて、初めてロゴスの声が止まる。


『微笑む福音のベルフェリア…割り込んだというのか…。』


やはりこれが鍵。

表情は仮面に隠され読み取れないが、困惑は伝わってくる。


「ロゴスの仮面、1枚あったわね。【剣】で斬ってしまえば、全員解放されるんじゃない?」


数瞬の後、ロゴスが答える。


『その場合は、おめでとう。私の仮面を引き継ぎ、君が新たなヴェル=ロゴスだ。』




--------------------------------------------------------------------------------------



随分一方的な勝負だが、まとめるとこうだ。


・【剣】×【ロゴスの仮面】:ロゴスの死

・【剣】×【仲間の仮面】:仲間の死

・【目、耳、手、口、脳】×【仲間の仮面】:仲間の解放

・【目、耳、手、口、脳】×【ロゴスの仮面】:ロゴス生存確定

・【脳】を失った場合、即終了?


私が生贄に捧げられることは確定事項、たとえロゴスを殺せても仮面になってしまう。

私は六枚の札から五枚を選んで、最善の道を探せということだ。


それなら、あまり悩む必要は無い。

一枚を隠し、残り五枚を手元に並べた。仮面の男に、準備ができたことを告げる。


「選んだわ。」


『では、始めよう。私の最初の仮面はこれだ。』


ロゴスが一枚の仮面を取り出し、宙に浮かべて指し示す。

この仮面が仲間か否かを予想して、札を選べということだ。この手のゲームは、情報が無いまま考えても全くの無意味だ。だからこそ、まずするべきは…


「制限時間は無かったわね。ロゴス。負けて逃げたくせにエラソーにしてんじゃないわよ。あんたヴェル=ロゴスの中でも一番の下っ端…どころか成り切れてもないでしょ。」


口撃だ。


『はやく選べ。』


言葉を遮るのは白仮面。

止める気はない。つかつかと近寄り、その仮面に空いている目を覗き込んで続ける。


「闘技場に呼んだ蜘蛛は弱っちい雑魚。せっかく来てくれた観客は、あんたが戦う前に帰っちゃったわね。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


『……』


「黙っちゃダメでしょう~。もっと教えてあげましょうか。あんたが固執してるのは、私の世界の管理者。その管理者の名前はア…」


ピクッ ロゴスが僅かに震えたのが見えた。


「んじゃ、私のカードはこれ。続きは二戦目で話しましょうか。」


パンッとカードを仮面に叩きつける。

私が選んだカードは【耳】。ロゴスの選んだ仮面が動き始め…


「その仮面、こもじでしょ。……ほらね?」


【(´・ω・`)】×【耳】


私が言い終わると同時に現れたのは、こもじの顔をした仮面。

叩きつけたカードが仮面に突き刺さり、私は不意に誰かの夢の世界に入っていた。



ぐにゃぐにゃと、極彩色の波が渦を巻いている。

どこを見ても輪郭が溶け、上下も左右も曖昧だ。


立っているのか、座っているのかも分からない。

それでも不快ではなかった。

まるで、温かな深海に漂うクラゲにでもなったような心地だ。

のんびりと、おだやかに、気ままに、ふらふらと——。


……はっ。


いかん、いかん。

意識が薄れかける中、ようやく思い出す。

自分がここにいる理由を。


こもじを仮面から解放するため。

ロゴスの選んだ仮面にカードを叩きつけた、その直後、私はこの空間に引きずり込まれたのだ。


ふと、自分の手を見下ろす。

最初はペロペロキャンディのように螺旋を描いて見えていたそれが、じわじわと輪郭を取り戻していく。

「自己」を取り戻しつつある。

同じ要領で、視線を外に向ける。周囲の空間もまた、次第に明瞭になってきた。


——ここは、こもじの中の世界だ。

目を凝らすと、彼方より走っている少年が見えた。背中に刀を担いだおじいさんと一緒に、二人で走っている。


(´・ω・`)(えっほえっほ)


「(わははは こもじ、はよ走らんと喰われるぞ!)」


んー、どこかで見覚えがあるような…。

そう思ってみると、急に視界が切り替わり、走っている二人がすぐ目の前に現れた。


(´・ω・`)(うわっ)


「(なんじゃ、お嬢ちゃん。逃げんとあぶないぞ)」


二人が口をパクパクさせるが、何を言っているか分からない。

はてな顔で見ていると、少年が私の後ろを指さした。


「(このお嬢ちゃん…聾啞じゃったか)」


振り返ってみると、そこには巨大な熊が、草木を踏み倒して走ってきていた。

そうか、私は今まったく音が聞こえていないんだ。幸いなことに、腰に手を伸ばせば黒鐘がささっている。


「熊には縁があるのよね!」


飛び掛かってくる熊の前足を受け止め、刃を横に引く。衝撃をそらしながら、前足に深い切り傷をつけることができた。咄嗟の受け流しが成功し、そのまま首を落としてやろうと二の太刀を構えると、足の下から小さな影が飛び出てきた。


(´・ω・`)(ほいっ)


私の足をすり抜けて飛び出した少年が、熊の懐に入って足に組み付いたのだ。


「(お嬢ちゃんを巻き込むわけにはいかんのぉ)」


斬ッ ズバッ ズババッ ズバババッ


一緒に走っていたおじいさんが刀を取り出し、一閃させる。

するとどういう理屈か、熊の全身に幾筋も斬撃が走る。この嘘みたいな剣術に、少年が目を輝かせていた。というか、これ、よくみるとこもじと師匠だ。随分若いから気がつかなかった。


(´・ω・`)(じじい、すげー)


「(誰がじじいかっ)」 ゴチン☆


二人がわいわいしている姿もそれっぽい。

何を言っているかは聞こえないが、たぶんこもじが失礼なことを言ったんだと思う。


「柳生師匠、こもじ。何してるんですか?」


(´・ω・`)(お?)


「(なんと、知り合いじゃったかの?)」


「すみません、今耳が聞こえなくって。ちょっとこもじを借りたいですが、よろしいでしょうか?」


師匠と進化の箱庭を攻略しているとき、昔こもじと世界中を歩いて修行をしていたと話していた。

ちょうどその最中みたいだ。修行といっても熊とランニングしているとは思わなかったが。


「(ふむ…先の剣筋も良かった。クソガキじゃが、好きに使って構わんぞ)」


(´・ω・`)!?


師匠が何やら言うと、あっさりとこもじを引き渡してくれる。

剣の鞘でこもじの足を掬い、空中でくるくる回して、ぽんと投げてきた。投げられた本人は目を回している。


(´๑ω๑`)


「ありがとうございます!」


そう言って目を回している、こもじの手を握って意識を集中させる。

手を通してこもじの深層心理が私に流れ込み、だんだんと鮮明な記憶をたどることができるようになった。

(´・ω・`)あーコーヒーおいし。

(´・ω・`)ネギと納豆おいし。

(ぽ´・ω・`よ)あのセクハラ大魔神…こわすぎこも

(´・ω・`)コモジニアって何なんすか?

(´   `)居合 【神刀の型 前】


おっと、ここだ!

こもじが刀を手に、仮面に向かって斬りつけているところを発見した。そこには顔がなく、魂の抜けた体だけが立っている。

仮面に囚われたらこうなってしまうのか。そうはさせない。なんとか夢の世界からこもじを引きずり出そうと力を籠める。いつしか握っている手は大きくなり、闘技場のこもじに顔が戻る。



「…っぷは。」


人の夢に潜るとは、中々大変なことだ。

いつの間にか夢から醒め、また何もない空間へと戻ってきていた。宙に浮かぶ仮面は一つ減り、ロゴスは青い腕を組んで椅子に深く座っていた。


「ただいま。」


『■■■■■…』


「おっと、もし何か喋っていても、私には聞こえないよ。一方的なおしゃべりでも良かったら聞きなさい。なんだったっけね、そうだ。私は既に管理者に会っているよ。君がどうしても会いたい彼にね。うん…私が思うに、君と彼の能力は酷く類似している。」


『■■■■■■■!』


「ダンジョンを生成し、世界に理を刻み、意のままに操れる怪物を生み出す。実にそっくりじゃないか。ただね、彼の方が数段格上の能力に思えるんだよ。蜘蛛一匹しか出せない君と違ってね。君たちの間に何があったんだろうねえ。ひょっとして、彼が君から大事な物を持って行ったり……なんてね。で、君は彼に会いたいんだろうから、私にできる一つの方法を教えてあげよう。知りたい?」


椅子に深く座り、足をテーブルの上にドカッとのせて続ける。

争いを禁止した空間で、私は聴覚を失っているんだ。私を止めることはできない。

お互いに相手を殺しうるカードを持っている以上、相手の言葉を無視することだってできはしないのだ。


「じゃあ二回戦。私の仲間の仮面を出しな。もし出さないなら、私は【口】を使って永遠に黙ることを選択するよ。さ、早くしないと私が先にカードを選んじゃうよ。」



『■■■…』


そうして選ばれた仮面がくるくると回転し、現れたのは【エギル】の仮面だ。


「うん、会話が成立するって気分がいいね。私はこれだ。【手】」


【エギル】×【手】


浮遊する仮面に、鋭くカードが刺さり、私の意識は再び夢の世界に誘われていった。



















(´・ω・`)やぁ、僕はアクシノム。ちょっと解説に呼ばれたんだ。


(´・ω・`)ロゴスは、僕の知り合いみたいなもんなんだけど、進化の箱庭で人間を罠にはめて、エネルギーを吸い取るようなことをしていたんだね。だから、ロゴスの13層と14層は切り離していたんだ。


(´・ω・`)帆世静香がすごく頑張ってくれたから、ついつい甘えてモーグやロゴスの討伐を依頼しちゃった。


(´・ω・`)ロゴスの仮面の選定について説明するね。


≪仮面の選定≫

ヴェル=ロゴスなら誰でも使える儀式の一種だよ。目的は、仮面の同族を増やすためなんだ。


取り込まれた人に配られるカードは、通常5種類。

魂を分割して、それぞれ大事な物と結びついているんだ。それを自分から仮面に捧げるんだね。

【目】視力を失うよ

【手】腕が無くなるよ

【口】声が出せなくなるよ

【耳】音が聞こえなくなるよ

この4つは、人によって変わることがあるけど、「自分にとって大事な物を差し出す」という行為を強制されるということなんだ。


そして最後に、【脳】これはその人を構成する全情報と言えるよ。


以上の5つすべてを捧げた場合、儀式の完全成立となり、新たなヴェル=ロゴスが誕生する。


でも、自分で大事な物を捧げることは苦痛なんだ。

だから、途中で心が折れちゃって、【脳】を捧げてしまうかもしれない。


其の場合には、儀式が不完全な状態で終わってしまうから、ヴェル=ロゴスにはなれないんだね。

帆世静香が戦ったアラクノファがそれだよ。


(´・ω・`)でもね、今回はベルフェリアが干渉して、厄介なカードが誕生したんだ。

【剣】これは、ロゴスであっても殺すことができるよ。


(´・ω・`)そして、人質をとるのは酷いよね。うっかり倒されそうになって、慌てて儀式を始めるから巻き込まれちゃったんだ。これが、帆世静香にとって運命を変えることになるんだ。



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