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英雄の戦場~帆世静香が征く~  作者: 帆世静香
第三章 少しは進化の箱庭を進めましょう。
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虚偽の繁栄

闘技場の壁に背をつけ、守りの姿勢に入ったアラクノファに問う。


「逃げてよかったの?ご主人様が見てるのに?」


『貴様らを殺せば…問題あるまい…』


仮面の奥からしわがれた声が漏れる。既にアラクノファは脚を二本失っているが、先ほど見せていたような感情の昂りは消えていた。壁を背にすることで攻撃方法を限定するだけの冷静さを取り戻したということか。


(しずか様…()で動きが)


ミーシャが視線を動かすことなく囁く。

なるほど、ヴェル=ロゴスが再び手に光をともして何やらしている。先ほどから動いているのは、例の白い仮面の彼だけであり、それ以外の観客は干渉しようとしていない。


影響を受けたのは、アラクノファ。


『アァア…ありがとうございます…』


仮面の中心が淡く光り、その輝きが脈打つように全身へと広がっていく。

同時に、体内で何かが暴れ回るように、肉体が内側から膨れ、音を立ててひび割れる。斬り落とした脚から剣が生え、胴体がかつての倍近くまで巨大化した。


——【幽繭牢域(ラビリンス・コクーン)】——


アラクノファの腹部から、白い液体が地面にぶちまけられるように見えた。


「ミーシャ、下がってッ」


私がそう言うと同時に、足元に迫る白いなにかを観察する。まあ、蜘蛛っぽいし糸の類だとは思うが…。

それはアラクノファの腹から無尽蔵に湧き出て、地面を生物のように這って進む。


ミーシャを後退させると、私はむしろ白蛇のように迫りくるなにかに向かって駆けた。すれ違いざまに黒鐘の刃を一閃する。白蛇の腹に刃が当たったと思えば、そこから無数の細い糸が弾けて広がった。斬った感触から、その糸に粘性が在ることは間違いない。


このまま全身に糸のシャワーを浴びればどうなるか、想像するまでもなかった。


「げ…まずったかな…」


宙には私を覆うように糸が広がり、足元にも展開されていく。どういう方向に動いても糸に絡めとられる、いわばいきなり王手をかけられた状況だ。思わず冷や汗が出るが、こういう時のためのスキルがあるのだ。


——【瞬歩】──


地面を蹴ってスキルを発動し、糸を潜り抜けることに成功する。

私をとらえられなかった糸は、追尾することを辞め、そのかわり地面に蜘蛛の巣を形成し始めた。木の枝に張るような隙間がある巣ではなく、神社の軒先に見られる細かい繭のような巣だ。


「ふぅ…びっくりした。でも時間稼ぎには良いかもね。」


「はい。本体は巣の上を歩けるんですね。」


見れば、鋭く尖った足先で地面を突き刺しながら歩き回っている。接地面積が極端に少ないことで、糸が邪魔せず行動できているようだ。動き回りながら糸を吐き出し、せっせと巣作りをはじめていた。


まあ、あの蜘蛛は闘えばどうにかなると思う。問題は、その親分だ。


「それで、ベルフェリア。どうしたもんかね。」


ミーシャが握る刀に向かって問いかける。


『ヴェル=ロゴスは、空間と支配の種族。色々な世界へ現れ、その世界の管理者に仮面を与え、同胞を増やします。ロゴスの能力は、空間の理を書き換えることで新たな秩序を生み出します。』


「戦って勝てる相手?いっぱいいるけど。」


『ここに来ているロゴスは白面一人…その他は思念を飛ばしているだけです。白面であれば、何度も理を書き換えられないので、大して強くありません。先に能力を使わせてしまえば、良いのです。』


ふーん。

ようは条件を書き換えるような敵だから、後出しじゃんけんさせると厳しいということか。

できるだけ切り札は隠して、手数を多く揃え、タコ殴りにする…そんなところかな。だったら、こもじ達の合流を待つのが、やはり大事になる。


「こもじ達遅いなあ。1000階層あっても、飛び降りたら2-3分でしょうに。」


ミーシャと肩を並べてコロセウムの中心に立つ。

今は小康状態と言ってもよいのだが、アラクノファの巣作りは順調に進んでおり、闘技場の砂地は既に半分以上が白く染め上げられていた。図体がデカくなったくせに、やけに慎重になって巣の内部から隠れて糸を飛ばしてくるのがうざい。極力ベルフェリアの力も抑えて、私もスキルを使わず素の剣技で対応する。このまま長引けば、時期に私達の足場は失われてしまう。かといって攻め込もうにも、彼の築いた牙城は巨大だ。


このままだと、さすがに手が付けられなくなる。

手を変えて作戦を練らなければ…そう思っていた時、ようやく入り口から三人の人影が現れた。


(´・ω・`)遅れて参上 じゃじゃーn…うわぁー


先頭で歩いていたこもじが、地面に撒かれた糸に足を取られて転ぶ。

その後ろからエギルとルカも現れた。ようやく全員が揃い、クランチャットに情報をまとめて投下する。


「お、三人とも来たね~。ウィンドウみてね。」


これまでの状況と、作戦を記している。

言葉が通じる相手がいる以上、できるだけ情報を秘匿しておきたかった。

ちなみにこもじは、転んだせいで全身に糸が絡まり、もがいている。


『ようやく掛かったかッ』


そんなじたばたしている様子を見たのか、巣の奥から歓喜の声が響く。

アラクノファが、巨大な剣とかしている脚をせわしなく動かして出てきた。全員そろったし、さっさと終わらせよう。


「その蜘蛛さくっと倒して。」


そう言って私はミーシャを連れて、一歩後ろへ下がる。

中心から少し距離を取ることで、視界を広げ、戦況全体を見渡す役にまわるためだ。


巣の奥から躍り出たアラクノファは、四本の脚を地面に突き刺し、残る脚を左右に大きく広げた。

地面に伏しているこもじにその両手を振り下ろし…


——【レリック・オブ・バインド】——


振り下ろした両手が空中で止まり、その巨大な身体に光の鎖が巻き付いた。

ルカ、ぐっじょぶ。


(´・ω・`)よっこらせ


こもじが糸を引き千切りながら、平然と立ち上がった。胸元から取り出した短刀ですぱすぱと拘束の糸を斬り、腰の雲黄昏に持ちかえて一閃。空中で固まる両腕を一刀で切断する。


斬ッ ザク メギッ


それに合わせて、エギルは脚の関節に斧をふるい、あっという間に全ての脚がバラバラに解体された。支えを失ったアラクノファは、必然的に地面に転がり、自らの吐いた糸で雁字搦めに拘束される。さらにエギルが、転がった体に丁寧に糸を巻き付け、動きそうな関節を固めて拘束を強める。


「これでいいか?」


「エギル、ばっちりよ。こもじも、囮役の演技上手だったわ。」


(´・ω・`)えっ…え、えへん。さすがこもじ。


ルカの拘束の光が宙に消え、レリックを元の大きさに戻して戻ってくる。

アラクノファの生け捕りに成功した後、再び観客席を見渡すと、既にそこには人の影は残っていなかった。唯一、白面のロゴスだけが、未だ無表情に私達を見下ろしている。その得体のしれない雰囲気に、首筋がチクチクと痛むような嫌な予感を感じた。


そして、倒れているアラクノファから、これまでとは違った声が聞こえてきた。しわがれて罅の入った声とは違い、指向性が定まらず空間全体に浸る様な不思議な声色をしていた。


『“隠された世界”にようやく繋がったかと思えば、君たちが()の使徒というわけか。』


「言ってることが分からないわね。何が言いたいわけ?」


『我々は秩序をもたらす者。脱走者の世界に閉じ込められた哀れな存在よ。汝世界の平和を望むなら、その仮面を手に取るがよい。試練と混沌に満ちた世界に新たな理を刻み、敵を退け、恒久の繁栄を約束しよう。』


「あなたもそうやって白面をつけたの?」


『そうだ。汝決断せよ。世界を取り戻し、人類に栄…』


「超いらんぽよね。」


アラクノファの仮面を足で踏みつける。閉じ込められて、毎日の配給を啜るだけの世界を造った本人の言葉など信用に値しない。そもそも誰かに与えられ、誰かのために漫然と生きることが繁栄だと思っているなら、そんなものは必要ない。


この件り、最近悪魔ともしたばかりだ。よほど、私達の世界は狙われているらしい。そのくせ正面から攻め込んでこないのは、アクシノムがそれだけ頑張っているということだろうか。


カラン… 仮面が地面に落ちて砕ける。

アラクノファの仮面から流れる声が闇に溶け、腹部から溢れていた白い糸が風にほどけて消えた。巣も、斬り落とした体も、まるですべてが幻だったかのように地面から消滅する。


『では、後に問おう。』


闘技場の中心から、声が続けて聞こえる。

ヴェル=ロゴス。白面の仮面をつけた異形の存在。観客席にいたはずの影が、音もなく、私達のいる闘技場に降り立った。


ロゴスは右手を拳に握りしめ、真横に激しく振るう。その手が狙う場所には何もないはずだが、攻撃が来るという予感はほとんど確信に近いものだった。


「気を付けて…!」


——ドォン!!!


大気を震わす轟音が鳴り、ルカが胃液をぶちまけて壁に激突する。一番後ろに控えていたはずの彼が、ロゴスによって殴り飛ばされたのだ。しかし、その本人であるロゴスは、未だ一歩も動くことなく仁王立ちしている。


「走って!次の手を出させる前に、こっちからッ」


攻撃のメカニズムは、どうでもいい。追撃を防ぐために必要なのは、こちらからの攻撃である。

近くにいたこもじとエギルが砂を蹴って突進し、私もそれに続く。


ダンッ ロゴスが大地を踏み割り、亀裂がエギルとこもじを飲み込もうと走る。二人が横に転がって躱すと、ロゴスは踏み抜いた足を戻して空中を蹴り上げた。


ガギンッ


狙われたのはエギル。腹部に強烈な衝撃を受け、大柄な体が浮き上がる。


「ゲハッ…痛み分けだなァ!」


エギルがせき込みながらも、不敵な笑みを浮かべた。彼の手には斧が握られており、ロゴスの遠隔からの蹴りを、その斧の刃で受け止めたのだ。見るとロゴスの右脚から青い液体が流れている。


「斬って血ィ流すんなら殺せるぜ。走れェ!!」


エギルの掛け声とともに、再び地を蹴る。こもじは右から私が左から、そしてエギルが正面から挟み込むようにロゴスへ殺到した。敵の脚に走る青い液体は、間違いなく斬撃の手応えがあった証だ。


(´・ω・`)ふんっ


こもじが鋭く突きを放ち、ロゴスの仮面を目掛けて剣を突き出す。エギルは大振りの斧を渾身の力で振るい、足元を砕く。私はその一瞬の間に、背後から斜めに斬りつけるべく跳び込む。


ガキンッ、ギギギッ。


金属を擦るような音が闘技場に響いた。ロゴスは三方向からの攻撃を捌き、必中の軌道の刀であっても空間を殴って無理やり逸らす。手数の多い私と、一撃が重たいこもじ。その二人の攻撃を繋ぐようにタイミングを読んでエギルが動く。


こもじが納刀する。腰を下ろし、頭を下げた前傾姿勢。派手な攻撃が来るぞ。


「合わせて!」


(´・ω・`)——【神刀の型 前】——


こもじの居合と同時に、ロゴスの背後にエギルが回り込んだ。斬られてでも一歩も引かせない、そう目が語っている。


バンッ


その居合が最後まで振り抜かれることは無かった。

どこにでも任意の場所に攻撃を繰り出せるロゴスが、空中で両手を合わせ、こもじの刀そのものを触れることなくとらえたのだ。空間にビシビシと亀裂が入り、居合のスキルがキャンセルされる。


「今よ。ミーシャ。」


時間の単位が極限まで圧縮された戦闘の刹那。

ようやく訪れたわずかな隙を逃さず、ミーシャが私の影から飛び出て銀爪を引き抜く。

鞘から抜かれたその瞬間、まるで太陽が暗雲に呑まれたかのように、あたりが一転して闇に包まれたように感じた。

妖気をまとい、うねる光を放つその刃は、その対象となった者の魂を斬り裂く。それはヴェル=ロゴスであっても例外ではない。


ベルフェリアを宿した銀爪が、白面に刃を届かせる寸前、ロゴスの声が時を止めた。

空間を支配し、理を刻む能力。ベルフェリアをもってして警戒させる切り札を、ついに使わせることができた。


『ロゴスは命ず——ここに戦闘を許さず、干渉を拒む。』


——【白紙の法域】——


そうして世界は書き換わる。

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