第百話 再会
第百話 再会
きがつけば100話でした。
前途多難な世界ですが、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
──南アフリカ・ピーターマリッツバーグ。
かつて人口五十万を誇ったこの都市は、今や水に沈みきっていた。
上空を覆う暗灰色の雲は、まるで裂け目のない天幕のように広がり、
その腹から絶え間なく雨を吐き出している。
雨はただの降雨ではない。
空の怒りそのものが地上に叩きつけられているかのような、瀑布の豪雨だった。
沈んだ街の中、かろうじて水面から頭を出しているビルや塔の残骸を、
一人の少女が矢のように駆け抜けていた。いやまあ、私の事だけど。
(こちらレオン。順調に進んでるな。)
「ええ、問題なく。ぺぇっ…喋るだけで口に水が入るわ。」
豪雨とそれにより貯留した水により、軍隊の爆撃さえ有効打にならない厄介な敵の巣に来ていた。
その名は “災厄呼ぶインカ二ヤンバ” 数少ない情報によると翼のような大きなひれを持つ水龍であるという。
天が墜ちるような豪雨によって、自分の指先でさえ見ることが叶わない。人口50万の都市が一夜に沈み、衛星写真からも真っ白に覆われている。
だからこそ、私が直接ピーターマリッツバーグの都市に入り、インカ二ヤンバの居る場所を探すことになったのだ。探すというか、私自身が囮になるのだけど…
「レオン、いくわよ。雨酷いけど大丈夫?」
(問題ねえ、外したら右腕斬り落としてやるよ。)
「すぐくっつくじゃんか。」
都市の中心部、一際高い建物の上に立ち、大声を上げる。
(「オペレーション:フィッシング開始ッ!!!!」)
足で建物をガンガンと蹴りつけ、私という存在をこの地の主に知らしめる。
大いなる情報体ことアクシノムと話したことで分かったのだが、私のように成長した魂はモンスター達にとって垂涎の餌に見えるらしい。もちろん人間相手でもそうだが、私を殺して経験値にしようという輩が出てきてもおかしくない。
すばしっこくて旨い…はぐれメタルみたいなもんか、とはレオンの言葉。
「…釣れたわよッ!」
水面が一際大きく波打つ。黒い影が、こちらに気付いた。
ザバァァァァ
都市の沈んだビル群の間から、白く泡立った水面が割れて姿を現す。
ぬらりと、異様に長い胴体には艶めく黒銀の鱗びっしりと生え、その体を雨が避けるように曲がって落ちる。背には、翼のように広がった二枚の巨大な鰭があり、なるほど龍のようである。
長い首をくねらせ、蛇のようにねじれながら、インカニヤンバの頭部が、水面上に姿を見せた。
「大地を穢す罪人よ。命を喰らい、土を腐らせた人間どもよ。その咎を我が贖わせてやろう!」
神の怒りが咆哮となって、雷鳴よりも重く、雨よりも激しく、世界に響いた。
だが、その大きく開いた口には鋭い牙が生え、人の腕や衣服が絡まっていた。
「偉そうに言うけど、都市を沈めて人の命を食べたいだけじゃない。神の裁きはどちらに当たるかしら?」
(——【|イクリプス・コア・バルカ《レール・ガン》】——)
ズバァン!!
私が話し終えると同時に、会話が永遠に終了する。
水のカーテンを突き破り、鋭い一筋の閃光が、インカニヤンバの頭頂に命中したのだ。
頭蓋が砕ける音すら、追いつかない。
黒銀の鱗も、肉も、骨も、すべてを抉り飛ばし、インカ二ヤンバの背後にあったビルをも貫通する。
「ナイスショット。でもまだ生きてるわ。」
(Sir——Fire!)
都市外縁部の丘の上、即席の狙撃ポイントにレオンは伏せていた。
豪雨のカーテンがかかっている都市内部を見ることはできない。帆世静香から送られてくる座標と、自身の視界を脳内で一致させ、不可視の的に向かって狙撃をこなしたのだ。
右腕に装着された義手──
イクリプス・コアが、低く唸る。生体金属を使って細胞一つ一つを再現するように構成された義手は、周囲に渦巻くエネルギーを吸収し、電気に変換することができる。
レオンが脳内で義手の指を動かすと、義手のパーツが、機械仕掛けの花弁のように浮き上がる。
関節部、掌部、前腕部が分離し、目の前に小さな磁場の渦を形作る。そこに、青白い稲妻が走った。
浮かび上がる、虚空の銃を構える。強烈な磁場が空間を捻じ曲げ、銃身には一発の弾丸が装填される。
「Fire!」
高低差、水のカーテン、標的の動き…あらゆる困難な条件を計算し、放たれるのは天に走る雷光。
マッハ7、秒速2000mに達する弾丸が、寸分たがわず標的の体に命中した。
「オペレーション:フィッシング、完了ね。」
「Good job 静香。」
50万もの命を奪ったインカ二ヤンバは、たった二人の人の手によって討たれたのだ。
仕事を終えた二人は、近くに待機している軍用ヘリに乗り込む。6月の討伐種である災厄呼ぶインカ二ヤンバの体の回収と、都市の後処理のため動員された大規模な軍隊とすれ違うように南アフリカの地を後にする。
「それでは一路、日本へ!」
もう6月…こもじ達は順調に進んでいるだろうか。もしかしたら六層についているかもしれない。
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飛行機で浅い睡眠を取った後、私達は久しぶりに日本の地を踏んだ。
色々と用事をこなし、思いついていたお願い事を真人に託す。
「帆世さん…もう箱庭に行ってしまうんですか?」
いざ旅立つときになり、真人は不安そうだ。
個人で戦えるスキル持ちの大半が進化の箱庭に潜入しており、真人の動かせる戦力が少ないことを懸念しているのかもしれない。
「今回は最速で六層を目指すから、他の人を連れていく余裕は無いわ。それにしばらく戦力は大丈夫なんでしょ?」
「6月の討伐種は解決していただきましたし、ダンジョンはまだちょっとゴタゴタしてて…。」
「それなら、大丈夫ね。レポートした通り、箱庭はなるべく早く進まなきゃいけないの。とりあえず10層まで攻略組をじゃんじゃん進ませるから。」
「承知しました。どうか気を付けて。」
「こもじチャネルに、レオンと一緒に入りたいんだけど大丈夫かしら。」
「帆世さんのおかげで管理者権限が相当緩和されましたから、任意のチャネルに接続できますよ。」
真人立ち合いであれば、チャネル操作が可能とのことだ。
一層には多くの人が居るため、手見上げに大量の物資の詰まったカバンを受け取ってゲートをまたぐ。
——進化の箱庭第一層 攻略都市コモジニア——
「おお、すげえな。マジで都市作ってんじゃねえか。」
レオンが驚くのも無理はない。サバンナのど真ん中に、深い堀と高い壁を有した城のような建物が聳え、その壁の手前には耕された土壌に均等に並んだ植物の芽がのぞいていた。
門番の人に目が合い、声をかける。
「おーい!帆世静香と、リーメン・ハウンズのレオンです。入れてくださーい!」
バタバタと人が集まり、特に体の大きな白人さんが出迎えてくれた。
横を見ると、レオンが妙に嫌そうな顔をしている。
「ゲッ モンタナ親父かよ、俺苦手なんだよな」
知り合いか?
「帆世サーーン! お待ちしておりましたぞ!!」
「ム、お前はレオンじゃないか!ガハハ相変わらず細っちいなァ!!」
大きな体に似合った大きな声だ。
そして私の胴体くらいの太さの腕で、レオンの背中をバンバン叩いている。
相当に強くなったはずのレオンだが、モンタナさんの歓迎?によってぐわんぐわん頭が揺れている。
「えーと、初めまして。帆世静香です。」
「おっと失礼。私はジョージ・H・モンタナ。この攻略都市コモジニアで責任者をしておりますぞ。」
「ククク…ほんとに…クク…コモジニア…静香のネーミングやべえだろ」
レオンが笑う。いいじゃない、コモジニア。素晴らしいネーミングだわ。
歓迎してくれたモンタナさんに、私はお土産がパンッパンに詰まったバッグを差し出す。
私が厳選した嗜好品の数々だ。
「これ、コモジニアの皆さんに差し入れよ。キッツイお酒を山ほど入れているわ!」
「ワーオ! 野郎ども並べェ! 我らが天使様へ敬礼ッ!!!」
アルコールの類は非常に喜ばれ、その日はコモジニアの見学の後宴会が開かれた。
壁外に出ていた部隊も合流し、獲れたての草食動物のケバブがふるまわれた。
「うまいぽよ!うまいぽよ!」
「それで、隊長は先に進んだんスか?」
レオンがモンタナさんに問いかける。
このコモジニアに来てから、そういえば見知った顔がない。
「オウ、エリック達ァ先に進んだぜ。」
先に進んだ人のリストが示される。肉を頬張りながら、リストを横目に確認する。
エリック、アイザック、リリー、ルカ、柳生隼厳、榊原宗秀、こもじ、椿真理
「榊原老師まで! 椿ちゃんもいるんだ。」
「この前開催されたトーナメントでな、真理はいい成績残したんだよ。」
「にしても強いPT組んだものねえ。私達も、明日から六層を目指して出発するわ。」
「俺達も、第二層にも拠点を作るつもりだ。そしたら順次先に進めさせるぜえ。」
「ありがとう。じゃんじゃん十層に行って、地球のほうにも加勢しないといけないからね。」
こうして順調に進んでいる様子のコモジニアを見て安心する。
翌朝、レオンと一緒にサバンナを駆け抜け、二層に到着。レオンのスキル:イクリプス・コア・バルカは凄まじい威力を発揮し、密集する木々を貫いてトンネルを空けてしまった。
三層、四層は足場が非常に悪く、早く走ることは難しい。
しかし、ここでもレオンのイクリプス・コアが活躍する。パーツを浮かせ、体重を軽減することで沈み込む足場であっても滑るように走ることが可能となった。
——【ファストステップ】——
「レオン、やるじゃない!どんどんいくわよ!」
「ま、まてよ。お前は速すぎるんだッ」
五層に到着。既にこもじが通っているからか、それとも私がクリア済みだからか、誰も居ない。
あっさり壁を斬り裂き、階層を渡る。
——進化の箱庭第六層 剣聖都市ポヨジニア——
蒼い空、緑の草原。相変わらず自然が美しい階層だ。
しかし、今、私の目には映らない。何よりも輝いて見える存在がいたから。
「ミーシャ、ただいま。今度は言葉、わかるよね。」
「…はいっ!」