第二章:雪の約束
「『雪の約束』?なにそれ?」
リオは鍵を握りしめながら問いかけた。夜の寒さが肌を刺すようだが、不思議と雪だるまのフロストからは温かみを感じた。
「この村に伝わる伝説さ。リオ、君は村の歴史に興味がないかい?」
「いや、正直言ってあんまり?でも、それとこの鍵がどう関係あるの?」
フロストは微笑むように小さく頷くと、足元の雪を軽く蹴った。すると、彼の体の中の青白い光が揺れ、辺りに薄い光のベールが広がった。その光はまるでスクリーンのように空中に映像を描き出す。
昔、この地に起きたこと。
映し出されたのは、今のユキノ村よりもずっと賑やかで大きな集落だった。村人たちは笑い合い、子どもたちは雪で遊んでいる。だが、その光景はすぐに不穏なものに変わった。黒い影が空を覆い、猛吹雪が村を襲ったのだ。
「かつて、この村は豊かで美しい場所だった。だが、ある日突然、『氷の魔女』と呼ばれる存在が村を襲ったんだ」
フロストの声が深みを増す。映像の中、魔女らしき影が吹雪を操り、村の人々を凍らせていく。その恐ろしい光景にリオは思わず息を呑んだ。
「村は壊滅の危機に陥ったが、そこに立ち上がった一人の人物がいた。それが“雪の約束”を結んだ者、初代の守護者さ。」
映像が切り替わり、一人の若者が村の中央で何かを掲げている。その手には、リオが握る鍵と似たものがあった。
「初代の守護者は、この村を救うために氷の魔女と取引をした。彼は“村の永遠の冬”を条件に、魔女を封じることを誓ったんだ。その結果、魔女はこの村のどこかに眠りにつき、村は雪に閉ざされる運命となった。」
「つまり、この村がずっと冬なのはその取引のせいってこと?」
リオは眉をひそめながら尋ねた。
「そう。そしてこの鍵は、封印を解くことができる唯一のものなんだ。だが、鍵を使うには条件がある。それは“約束を結ぶ者”が現れることだ。」
「約束を結ぶ者?」
「そうだよ、リオ。その鍵が君に渡ったということは、君が選ばれたのかもしれないということさ。」
リオは信じられない思いで鍵を見つめた。冷たく、しかしどこか重みを感じさせるその鍵が、自分の未来を大きく左右するものだと言われても、まだ実感が湧かない。
「選ばれるって……私なんかが?」
「どうしてそう思うんだい?」
フロストは静かに問いかけた。
「君は誰よりも自由な心を持っている。村の中ではちょっとした問題児かもしれないが、心には恐れがない。鍵はそういう者を選ぶんだ。」
リオは反論したい気持ちを抑えつつ、フロストを見つめた。確かに、怖がりではないかもしれないが、自分がそんな大層な役割を担える人間だとは思えなかった。
「じゃあ、もし私が鍵を使ったら、何が起きるのよ?」
フロストは少し考え込んだような仕草を見せた。
「それは君次第さ。この鍵には二つの力がある。一つは封印を解き、もう一つは封印を強化することだ。どちらを選ぶかで、村の運命が決まる。」
「……つまり、私が間違えたら村がどうなるかもわからないってことかよ?」
リオは鍵を見つめながらつぶやいた。
その夜、リオは悩みながらも、鍵をポケットに入れて眠りについた。しかし、夢の中で彼は見知らぬ景色を見た。そこは美しい氷の宮殿で、天井には星空が広がっていた。
そして、宮殿の中央には、白いドレスをまとった女性が立っていた。彼女は優しい笑みを浮かべながら、リオに手を伸ばした。
「リオ……あなたはどう選ぶの?」
彼女の声が心の奥に響いた瞬間、リオは目を覚ました。冷たい汗が頬を伝う。
「どう選ぶのか、か……」
リオは窓の外を見る。夜明け前の空は漆黒で、星が雪に反射して輝いていた。彼は胸ポケットに触れ、鍵の冷たい感触を確かめた。