ep.06
サウンズハイドに戻ってきたのは夕方だった。
裏の門から入り、別邸のすぐ横にあるガゼボで読書をしているロネリアを見つけた。
「ただいま戻りました」
「...そう」
僕を一瞥した彼女はまた本へと視線を落とす。
伏せがちな長いまつ毛はほんの僅かに揺れていた。
「...なにかしら?」
「今日、夕方から城下町でお祭りがあるそうです。美味しそうな出店もあるそうですよ。一緒に行きませんか?」
視線をこちらに向けたロネリアの瞳が溢れそうなほど見開かれている。感情が顔に出にくい彼女も瞳だけは素直だ。好奇心の色に染まりキラキラと輝いている。とても綺麗だと思った。
けれど、我にかえった彼女は目を伏せ首を横に振る。拳は握られ膝に置いた本の上で耐えているようだった。
「行きます?」
ブンブンと首を横に振る。
「行きましょうか!」
さらに首を横に振る。
「よし、決まり!行きましょう!!」
僕の腕をがしりと握り今だにブンブンと首を横に振る。
その様子があまりにも可愛くてつい意地悪をしてしまいたくなる。
わざと眉尻を思いきりさげて
「.....行きたくないんですか?」
そんな僕を見て彼女も眉尻が下がってオロオロとし始める。
「い、い、行くわ!当たり前でしょ?」
っふん、と顔を背けたロネリアの肩は僅かに揺れていた。彼女は今日も思いとは裏腹な言葉を使う。
「やった。ロネリア様一緒に行きましょう!」
「...え!?あ、ち、ちがう!そうじゃない!えっと..行かないわ。」
「やっぱりそうですか、ではすぐに参りましょう!」
「え、あ、ちがう!そういうことじゃなくって...」
表情はさほど変わらないのになんと言えばいいのか分からずアタフタしているのが伝わってくる。ロネリアが可愛い。
「大丈夫ですよ!僕がお守りしますから」
ロネリアは下を向いた。そして少しして顔を上げて細く美しい指で空へ描く。
"行けない"
「なぜ?」
"私と行ってもきっとつまらないわ"
「つまらないかどうかは行ってみないとわかりません」
"それに..."
「僕はロネリア様と一緒に行きたいです」
彼女の困ったような表情はどこか好奇心に揺れていた。
街に馴染みそうな服を着て辻馬車で祭りへと向かう。窓の外を見つめる彼女の金色の瞳は好奇心に満ちてキラキラと輝いていた。その横顔があまりに綺麗なものだから目が離せない。
街についてからは出店を見て回った。花の香りを楽しみ、絵に魅入り、戸惑いながら甘味を食べ歩いた。走り回る子供達に驚き、転けて泣いた子を心配して駆け寄る。普段は表情の変化に乏しい彼女だが、今日は豊かだ。転けて泣いた子に戸惑い、泣き止まない子供に「いつまでも泣いていればいいわ、そんなあなただから怪我の治りもきっとゆっくりね。」なんて言ってしまうから、余計に泣いて「おねぇちゃん怖い!キライ!」と言われる始末。その後すぐに、子供は怒りの力で元気が湧いたのか、すぐに泣き止んで立ち上がり走って行ってしまった。
「さぁ、いきましょう」
瞳に無色の感情をのせてロネリアは立ち上がった。いつもと変わらぬ無表情だ。いつも通り。
「はい」
馬車乗り場へと向かう道を無言で歩く彼女の後ろに付いていく。心なしか温度もさがった気がした。
会話はない。さて、どうしたものか。声をかけるべきか、かけないべきか。せっかく楽しそうだったんだけどなぁ、、、
なんて考えながら、後ろをついて歩いていると彼女が進む足を止めた。何か一点を見つめているようで、顔を覗き込みその視線の先を辿ってみるとーーー
「げっ」
視線の先には見知った男女二人が。
「アルフリート様....」
どこか遠くでなる鈴の音のような声で少し離れた場所に立つ人物の名をロネリアは呼ぶ。
そこには、平民の服に身を包んだこの国の第二王子であるアルフリートがいた。そして彼は平民としてはやけに綺麗すぎるその顔立ちを惜しみなく崩し楽しそうに笑っている。
彼をそれほどまでに楽しませているのが隣の少女だ。
肩の上で切り揃えられたブロンドの髪を揺らし、アルフリートと同じように笑うアイリィ・クラレンス。
僕の義妹。
一人はこの国の王子。一方的に知っているが極力会いたくはない。もう一人はアイリィ。僕の義妹だ。こんなところでさらに会いたくない。というか、このシーンはたしか、プロローグの一場面でこれから物語が始まーーーーー
え?
その瞬間頭の中がぐわんと揺れたような気がした。直後、激しい頭痛と、頭の中で何かが混ぜられたような感覚に陥り、ぐるぐると視界が回る。立っていることもままならなくなった。
ここで、倒れるわけにはいかない。
目を閉じ、頭の痛みを逃すように深呼吸を繰り返した。
「もう、アル食べ過ぎだよ!」
「お前こそ、口の周りにクリームつけてるぞ」
「え、どこ!?」
「ここ」
ほら、と口を拭う男。
仲睦まじい男女がまるでデートを楽しんでいるような場面。
頭痛が鼓動のようにドクドクと脈打つ感覚を耐えながらも少しずつ頭が冴えていく。
あぁ、そうか。そうだったかもしれない。