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ep.05



「月光を浴びたバラと乙女の朝露?...なんなの?

この恥ずかしいレシピは!?」



コポコポと沸く翡翠の液体。薬草の青臭さと瑞々しさが混じる香り。厚い本が積み上げられた机。この自室で僕は魔法の研究に勤しんでいた。


今日は休日でロネリアの屋敷での仕事も休みだった。断ったがたまには休みも必要だと言われたのでとりあえず自宅に帰ることにした。と、いっても用意してくれたロネリア邸にある自室を毎晩こっそり抜け出して戻っているので特に久しくもない。いつも通りの部屋。窓から差し込む日の光に照らされた琥珀の小瓶にほんの少し懐かしさを感じるくらいだ。


コンコンッ


「アルク、失礼するよ」

「どうぞ」


僕の返事と共に自室に入ってきたのは養父であり魔法の師匠でもあるロイドだった。


「どうだい、古い魔薬のレシピは。上手く調合できそうかな」

「今の所、何とも。比喩的な表現が多くて...俺の不得意分野です」

「ははは。それも面白くていいではないか」


養父であるロイドは、この国の宮廷魔法師を束ねる魔法師長だ。つまりこの国で一二を争う程の実力を持っている魔法師だということ。そんな彼を養父にもった俺はなかなか強運である。


養父は扉を閉め部屋へ入ると作業台の後ろにあるソファへと腰掛けた。

調合中で手元から目を離すことができず振り向けないが、扉を閉めると同時に防聴の陣を張ったことから何か話をしに来たことが予想できた。



「で、アルク。私に何か話すことはある?」



顔を見なくても分かる。養父は今、黒いオーラを放ちながらニコニコとした顔で僕の背中を見つめている。そんな気がする。分かる。


「何の話をしてほしいのです?」


冷や汗がシャツの下を流れ落ちる。


「何か、面白いことをしているそうじゃないか」


.....やっぱり、知っていたのか。


養父はッタンと足を鳴らし、勢いよく立ち上がるとずっと背を向けたまま僕の肩をがしりと掴んでぶつぶつと呪文を唱え出す。

流石にその魔法は...いやだ。


「ちょっと待ってください父上!自白の呪文唱えないで!話しますって。こら、肩揺らさないでください、溢れる。調合中なんですから」

「だって!だって!アルクだけずるい。何かすごく楽しそうなことしてるじゃん!私なんて毎日書類、会議ばかりなのに!ずるいずるい」


子供のように駄々をこねる養父は背中を軽い力でぽこぽこと叩いてくる。


「だから、毎晩手伝っているでしょ?」

「足りない!会議も出てよ!いっそのこと世代交代しよ、アルク。私もう魔法師長やめる!面白くないもん。」


"もん"って...


「はぁ」


息を吐いて心拍を整える。

フラスコにそっと手をかざして魔力を込め、言の葉を紡ぐ。中に揺れる沼の底のような色の液体が徐々に分離を繰り返し夕焼けのような透き通った橙へと姿を変えた。


「はぁ」


もう一度息を吐いて肩の力を抜いた。

養父はいつの間にかソファに腰掛け、いつの間にか用意した紅茶を優雅に飲んでいた。

ひと段落した事でやっと僕自身もソファに腰掛けることができた。当たり前のように用意された僕の分の紅茶に口をつけた。火傷するほどの熱さではないのに、物足りないほどぬるくもない。一番美味しくいただけるその温度に体がほぐれていくようだった。

一緒に用意されている茶菓子は僕の好きなジャムの入ったタルトで久しぶりにその味を堪能できると思うと心が躍る。早速タルトに手を伸ばした、伸ばしたが、、、僕の指はそのタルトに触れることはできなかった。

ぷかぷかと浮いたタルトはそのままロイドの口の中へと吸い込まれていく。本来切り分けて食べるほどの大きさのタルトを作業しながらでも食べやすいようにと屋敷の料理長がわざわざ僕仕様にして一口サイズに作ってくれるタルト。それは明らかに僕用のお菓子なのに。

大好物をお預けされ、なんだかムッとした僕は、目を瞑ってタルトの味を堪能しているロイドの紅茶に角砂糖を五つ、紅茶のカップへ向けて行進と飛び込みをさせる。砂糖瓶からトコトコと転がり出た砂糖は、紅茶はミルクのみ派の養父のカップへと向かい自ら温かな紅茶の湖へと入水していく。

五つ目が入水完了したところで、わずかに紅茶は渦を巻き馴染んでいく。それを知ってか知らずか、優雅な所作でカップを手に取りその甘い紅茶を口に含んだロイドは勢いよく吹き出した。ざまぁみろと、紅茶を啜り養父のそばを浮遊していたタルトがのった皿をこちらに引き寄せ一つ摘んで口に放り込んだ。美味しい。


「アルクは相変わらず意地悪だね」


ロイドが指を振ると、本やソファに飛び散った紅茶がぺりぺりと剥がれ空中で霧散した。


「で、どうなの?ロネリア嬢は」

「どうって言われても、報告してるでしょ。普通の女の子ですよ」

「普通ではないでしょ。あんなに素晴らしい魔力を持っているのだから。それに聞いてないよ、学園にも通っているなんて。何で教えてくれないの!思春期なの?反抗期なの?パパ悲しい!」


 助けてもらったお礼に、サウンズハイド家のご令嬢の世話役をしばらくの間すると伝えていた。確かに、学園に通っていることは伝えていない。

何だか、養父が面倒くさくなる気がして。

そもそも何で知って...


「あ。父上、もしかしてこの間の討伐来ていましたね!?」

「もちろんだよ!今年の特魔科には特に優秀な生徒ばかりが集まっていると聞いていてね。ずっと討伐を見てみたかったんだ」

「父上が、来ていたなら特魔科が来る必要なんてなかったでしょう」

「だめだよ?アルク。若者の経験の場を奪っては」


分かってないなぁなんてッチッチッチと横に揺らしていたロイドの指の動きが少しずつ緩やかになり、やがて円を描き始める。ほんのわずかに冷たい空気が部屋を駆け抜け防聴の陣はさらに強固なものへとなった。


穏やかな空気が一瞬で背筋を伸ばしたくなるほどの張り詰めた空間となる。

僕じゃなかったら冷や汗ものだよな。そういえば、以前参加した上層部の会議でも同じことをして僕と副長以外は皆一斉に青ざめていたもんな。なんて思い返しながら紅茶を口に含んだ。何だか余計に紅茶も冷めた気がする。


「そんなに、機密話があるのですか」

「それが、そうなんだよ!」


そんな空気とは裏腹に養父は大変ご機嫌だ。


「隣国ガザルフが西の森イェーデンの深部にある魔境界の封印を解いたらしいんだ」

「...ブフォッゲホッゲホッ!?」


口に含んだタルトのかけらが、驚きで吸い込んだ息と共に気管へ攻め込んできた。


「もう、アルクは慌てん坊さんだな」


大丈夫?と差し出されたナフキンを受け取って口を拭いながら、呼吸が落ち着くまで待った。というか、慌てん坊さんやめて?


「だから最近魔物の出没が多いのですね?」

「そうだよ。完全に解いた訳ではないけれど、蓋がずれたようなものだから、そこから溢れる瘴気に当てられた魔物がほろ酔い状態で攻撃的になっているようだよ。それで森での縄張り争いが激化して人里に逃げ込んでるんじゃない?」

「この話はどこまでが?」

「各部隊隊長には通達済みだよ。冒険者にはこれからかな?」


深刻な話なはずなのに養父はどうも楽しげだ。


「ね、アルク。私もそろそろ出番がくるかな?」


魔法師長になってから机仕事が多い養父は少しでも現場に向かいたいのだろう。そもそも戦闘狂いで魔法の研究者である彼は、人を統べる事を好んではいないようだ。出来る限り、一人の魔法師として第一線で戦っていたいのだろう。けれど、本人の好き嫌いなど関係はなく、魔法師長としての仕事が出来てしまうのだからやはり適任である。


「ご安心ください。魔法師長殿。貴方様が赴くまでもありません。貴方の手を煩わせることなく私が解決致しましょう。」


ソファから立ち上がり仰々しく礼をとる。


「え、ずるいよ。本当に全部片付けてしまいそうじゃない?私の出番残しておいてよ!?」

「さて、それでは僕はサウンズハイドに戻ります。今晩また戻ってきますから、それまでに書類纏めておいてくださいね?」

「えー...」


不満そうな顔をしている養父を横目に、立ち上がり椅子にかけておいたジャケットを羽織った。ではまた後で、ドアのノブに手をかけ扉を引いた。


「アルク、言っておくけど、サウンズハイドに"行ってきます"だよ?ここが実家で君は僕の可愛い息子。いい?サウンズハイド家のアルクではなく、"クラレンス家のアルク"だよ?」


「.....分かってますよ」





パタンと閉まった扉を眺め、ロイドはくすりと笑い、やれやれと紅茶を口に運ぶ。砂糖菓子のように甘い紅茶がさらにおかしく感じた。


「まったく、可愛い息子だよ」


そう楽しそうに、目尻に皺を寄せた。




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