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グランの頼み事

「メル、頼みがある」

「ん?」


 喫茶店のカウンターでメルがだらだらしているところに、珍しくグランから声がかかった。メルが見上げるといつも通りの無表情があって、まるで話しかけられたことさえなかったような気がしてくる。しかしその視線はまっすぐメルを射抜いており、返事を待っているようだった。


「頼み?」


 メルが思い出す限り、グランがちゃんと頼み事をしてくるなんて初めてのことだった。なんでも一人でやるか、無理やりついてこさせるかのどちらかで、こうして面と向かって言われることは長く一緒にいるが思い当たらない。

 少しの戸惑いをひた隠し、メルは少し考えるふりをする。暇だからぜんぜん受けてもよかったが、ただ了承するにはなんとなくもったいない気がしていた。


「なんか報酬はある?」

「紅茶だ」

「それって別にいつでも飲めるじゃん……」

「今回のものは少し特別だ」

「特別ぅ?」


 特別を言われて、メルは少しだけ興味が出てきた。ここにある茶葉や珈琲豆はどれも二度と獲れない逸品だが、その上でグランが特別というのであればよっぽどのものだろう。


「まぁグランに頼まれることもそうそうないし、借り一つってことならいいかな。カエデも連れていく?」

「いや、カエデは自衛できないから邪魔になるだけだ。行くぞ」

「へ、ちょちょ、自衛ってなに?」

「ついてこい」

「ちょっとー何やらせる気なのー! あっ、カエデちょっと出かけてくるねー!」

「はーい、いってらっしゃい」


 カエデの声を背に、メルはグランを追いかけ喫茶店を出た。最初は初めて頼られたことにちょっと優越感があったが、『自衛』という言葉にメルの心の中には不安が渦巻いていた。

 しばらく夢の中を泳ぎ、たまに迷いそうになりながらもメルとグランが降り立った場所は、ぼこぼこと穴が空いた広場だった。一部木や草も残っているが、まるでなにかに吹き飛ばされたようにかろうじて形が残っているだけである。周囲を見渡し、明らかに不穏な空気を感じメルはもう帰りたくなっていた。


「ねぇ、結局頼みって――」

「来るぞ」


 ぱぁん!

 グランがそう言うが早いか、青白い光が目の前で弾ける。きらきらと宙を舞う光に、その一瞬だけは綺麗だなとメルは思った。しかし。

 ぱぁん! ぱぁん! ぱぁん!

 すぐにそうも言ってられなくなる。勢い良く弾ける光の粒子は、よくよく見ると正面の透明な壁に弾かれていた。もしかしなくても、これは私たちへの攻撃だとメルは気づく。


「ね、ねぇ。これ大丈夫なの?」

「この先に基地のような建物があるから、メルは建物の空中を飛び回り攻撃を引き付けてくれ。我は地上から侵入し葉の収穫を行う、終わったら合図をする」


 グランの声がなくなるのと同時に、隣にいたグランの気配が消える。メルが振り向くとグランの姿と一緒に攻撃から守ってくれていた光の壁も消えていた。 


「グラン! 待ちなさ、痛ったぁ!」


 向かってきた光の攻撃を、反射的に手で相殺する。光の弾自体はメルでも耐えれる程度の攻撃力であったが、ジンジンと痛む手にメルの機嫌が悪くなった。


「もー!」


 人の姿では効率が悪いと思い、メルは人から獏へと姿を変化させる。次々と来る攻撃をかわしながらその場を飛び立った。

 獏は夢の中を泳ぐように彷徨う、夢の中ならば人と違い重力も関係ない。飛べる高度ぎりぎりまで上昇し、空からその全容を見る。

 それは一言でいうと巨大な要塞だった。厚く高い金属製の壁は大きな円を描くようにそびえ立ち、その中央にある半球状の建物からは所々で砲台が飛び出ているのが見えた。光の攻撃は砲台から発射されており、何と戦っているのか360°世話しなく砲撃を行っている。その姿は何者も侵入させまいという強い意志を感じさせた。

 メルは泳ぐようにその基地を観察する。壁の内側のスペースは狭いけど、緑が生い茂っているスペースもいくつか点在している。そのどこかでグランは収穫をしているはずだろう。


「うわぁ!」

 

 グランはどこかと探していると、青白く光る巨大なレーザーが横を通り過ぎる。発車された方向を見ると、基地のてっぺんから巨大な砲台が突き出ていた。すでに結構な高さだけど、メルの姿はしっかりと補足されているようだ。

 メルはグランがしていたように防御壁を張ろうとイメージしてみたが、初めてやることもあってどのくらいの厚みをイメージすればいいのかがわからなかった。中途半端なイメージで作られたふにゃふにゃとした壁は、守りにするには頼りなく、諦めて逃げ回ることにする。

 時折巨大なレーザーが横を過ぎるが、距離を取っていればかわすのはそんなに難しくはない。ひらりひらりと飛び回りながら、慣れもあってか要塞を観察する方にリソースを割き始める。

 メルがひと回り観察し気づいたことは、その要塞には入口らしい入口が見当たらなかったことだ。夢の中の建物だから入口がなくたって成立するけど、それはこの夢の主がここから出ないことを初めから決めているからだろう。周囲への攻撃は絶えず続いていることからも、自分が許しているスペースより外のものには、相当な悪意があるんだろうなとメルは想像した。


「あっぶなっ!」


 レーザーがメルの身体を掠める。考え事をしていて油断したかな? とメルは思うが、すぐにその考えを改める。眼下にある要塞が初めよりもずっと近いことにメルは気づいた。


「このの夢高度自体が低くなってるんだ」


 ぐぐぐ、と泳ぐ範囲が少なくなり、身体が地面に引き寄せられる。いつまでも去らない侵入者にしびれを切らしたのか、攻撃もよりいっそう激しくなり、メルの運動量が上がり始めた。


「グランー! もうそろそろちょっと辛いかもー! 早くー!」


 メルは息を切らしながらも攻撃を避け続ける。そしてだんだんとなんで私がこんなことしなきゃいけないんだという気持ちが沸き上がってきていた。砲台が多すぎるのがよくない、きっとそう。


「別に攻撃するなとは言われてなかったよね」


 バチバチと雷の音が鳴る。圧縮された雷がメルの身体をぐるぐると周回していた。

 こっちを狙っているものくらいは破壊しても問題ないかと、メルから強い光とともに雷が迸る。巨大な砲台は後回しにして、小さな砲台を爆発させた。大きな爆発音とともに黒い煙が立ち上る。

 狙われっぱなしだったのもあり、ちょっとすっきりしたメルはその様子を見守っていた。黒い煙が風で流され――そこから見えたのはキズ一つない砲台だった。


「へっ?」


 全ての砲台がメルの方へ向く。


「あっ、コレムリ」


 ぴゅー、と要塞から逃げる。ちょうどよく夢の端の方から笛の音が響き、メルはその方向へ全速力で撤退した。


★ ★ ★


「ご苦労」

「ほんっとーにね!」


 思わずグランに悪態をつきながら、メルは怒りを隠すつもりもなく返答した。

 グランの左腕にはしっかりと茶葉が入ったカゴがかかっており、目的が達せられたのはわかる。グラン自体も無表情ではあるが、どこか浮足立っているように見えた。

「攻撃したのか、無駄なことを。中心こそ修復が速いことを知らないのか?」

「知らなかったよ! 攻撃したことなんてないし!」

「また囮を頼むことがあるかもしれない、よく覚えておくんだな」

「もーやりませんけどね!」

「帰るぞ、面倒だから人になっておけ」


 なにも言わずメルは人の姿になる。面倒だから、というのはカエデに対してだろう。カエデには獏ということは伝えているが、本当の姿を見せてはいない。

 イライラした気持ちはなかなか収まらない。その矛先をどこへ向ければいいか、やりようのない気持ちを持ったまま、メルは喫茶店までの道を泳いだ。


★ ★ ★


「おいしー!」


 目の前のカップを豪快にあおり、空になったカップにカエデが次の一杯を注ぐ。帰ってきた時はイライラが外へ漏れ出ていてびくびくしていたカエデだったが、紅茶を飲んでからは機嫌が直ったようでほっとしていた。


「……確かに美味しいけど、私にはメルが言うほど飛びぬけて美味しいとは思えないわ」


 対してカエデの評価はいまいちだ。今回入れているお茶は、先ほどの要塞内で収穫された茶葉だった。


「そうかな、最近飲んだ中では一番美味しいと思う」


 いつもなら砂糖にミルクが当たり前なメルも、この紅茶はストレートで飲んでいる。


「この茶葉は夢の味を特に色濃く受け継ぐように育てたからな」


 グランも紅茶の匂いを漂わせ、うっとりとしている。カエデも同じように匂いを吸い込んでみるが、普通の紅茶との違いがわからなくて首をかしげる。


「獏ではない貴様にはわかるまい。それよりもう少しこの……クロカンブッシュといったか?」


 ずい、と空になったお皿を押し付けられる。

 メルがすごい苦労して帰ってきたのは、カエデにも十分伝わっていた。だからそこまでこの紅茶に共感できないカエデは、今回は給仕に徹することにする。

 夢の味ってどんなのだろう。いつかわかる日がくればいいなと想像しながら。


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