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哀と光のトンネルで  作者: 蒼月 想
第一章 無子男
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第十一話: 「佐江実咲⑤」

--美咲視点--


あの爆発から数年後――


どれほどの時が経ったのだろうか。

ぼんやりと目を覚ましたとき、私の身体は焼け焦げたように黒く変わり果てていた。

皮膚の感覚はなく、痛みすら感じない。ただ、曖昧で遠い感覚がかすかに残っているだけだった。


記憶は霧の中を彷徨うように不明瞭だった。

かつて何があったのか――その全てが断片的で、はっきりとした輪郭を持たない。

けれど、一つだけ確かなものがあった。


それは、胸の奥深くに巣食う、燃えるような憎しみ。

それだけが、私という存在の中心に強く根を張り、他の全てをかき消していた。


やがて、時が流れるにつれ、私は徐々に悟っていった。

もはや私は人ではない。

かつて抱えていた肉体も失い、生きた証すらも消え去った今、私が残しているのは――悪霊という名の存在だけだったのだ。


次第に、私はこのトンネルそのものと一体化していった。

閉じ込められた私の存在は、人間に対する怒りと憎しみの具現化となり、抜け出せない呪いの渦となって渦巻いていた。


トンネルに迷い込む者たちは、皆、私の憎悪の矛先となる。

彼らが踏み入れるたび、怒りは暴風のように荒れ狂い、命を容赦なく奪っていった。

その光景は、無慈悲な運命そのものだった。


恐怖に引き寄せられるように現れる人間たちの足音が近づくたび、私の中の憎しみはさらなる力を得て膨れ上がる。

彼らの絶叫、苦悶、そして命が消える瞬間の恐怖は、私の存在をより強固なものとし、さらに冷酷な力を与えた。


ここは、もはやただのトンネルではない。

私の怒りと憎しみに満ちた生ける墓場――人間の罪深さを暴き、罰を下すための暗黒の巣窟となっていたのだ。


しかし、年月が経つにつれて、私の存在にある異変が訪れ始めた。

それは静寂の中でふと気づいた、お腹の奥底からの微かな動きだった。


最初は気のせいだと思った。しかし、その動きは日を追うごとに確かなものとなり、次第に激しさを増していった。

お腹の膨らみも目立つようになり、それに伴い、痛覚――忘れていた「感覚」というものが蘇り始めた。

無感覚だった身体が、突如として新たな実感に包まれる。


その時、私は悟った。

このお腹の中で動く存在が何なのか。

それは――私の子供だった。


その瞬間だった。死後、ずっと忘れていた過去が鮮明に甦り、お腹の中で育まれる子供の命の力が、私の中で失われた記憶を引き戻したのだ。


「こ……光一さん……」

震える声が漏れた。

「光一さん……ごめんなさい……」


止めどなく溢れる涙。

それは、光一さんに対する深い愛と、拭えない罪悪感が交じり合ったものだった。


光一さんが愛してくれた私――。その私が、今では呪いそのものとなり、暗闇に生きる存在となってしまった。

愛する人を失い、憎しみに飲み込まれた果てに、無実の人々を次々と襲い命を奪ってしまった。


「どうして……こんなことに……」


自分の存在がただ破壊と悲劇を生み出すものに変わり果ててしまった事実。

それを悔いる気持ちが、胸を引き裂くように私を締め付けた。


しかし、お腹の中の子供が私に一筋の希望をもたらしてくれた。

もしかしたら、この子が私の心を取り戻す手助けをしてくれるのではないかと感じた。

この子が、私が暴走することを防ぎ、今の自分を見つめ直させてくれるかもしれないと思った。


「これからは、この子と共に、新しい未来を築かなければ」


涙は後悔と希望が混じったものだった。

過去の罪と憎しみから解放されるためには、まず自分自身を赦し、子供と共に新たな始まりを迎えなければならない。

お腹の中で生きるこの子供は、光一さんとの約束を果たすための象徴であり、新しい命の希望でもある。


その希望を胸に、私は歩み始める決意を固めた。

今度こそ、過ちを繰り返さず、この子と共に未来を紡いでいく。

それが私にとって、唯一の救いだった。


私は過去の影を背負いながらも、新しい未来に向かって歩む決意を固めた。

光一さんや無辜の人々に対する謝罪の気持ちを込めて、これからはこの子と共に未来を築くことが、新たな使命であると強く感じた。


涙が静かに流れ、心の奥深くにあった怒りや憎しみが徐々に薄れていく中で、新たな希望と決意が芽生えていった。

その希望は、闇に閉ざされた私の心を少しずつ温め、冷え切った世界に一筋の光を差し込んだようだった。


過去の痛みと向き合いながらも、私は前を見据え、この子と共に歩んでいく道を選んだ。

その道がどれほど険しくとも、もう恐れることはない。

新たな命の力と共に、私は立ち上がったのだった。



ーーーーーーー


2016年――


過去の罪深い行いを悔い、新たな命のために行動を変える決意をした私は、もはやトンネルに入ってくる人々を殺すことをやめ、呪いをかけることも止めた。

自分の中で変化を起こし、過去の自分を乗り越えるために、日々を戦いながら生きていく決意を固めた。

かつて、人間を害することでしか存在感を示せなかった自分とは違い、今はこの子と共に平和を望む気持ちを育んでいた。


それからしばらくして、私は霊のままでお腹の子供を出産した。

生まれてきたのは、色白で可愛らしい普通の男の子だった。

だが、その子には普通の人間とは言えない特異な特性があった。

霊である私の影響が色濃く残り、彼もまた半分は幽霊の存在だったのだ。

見た目は他の赤ちゃんと変わらなかったが、瞳の奥に漂う微かな霊的な特質が、彼が人間ではないことを示していた。


この子がどのように成長していくのか、私には分からない。しかし、今はただ、この子に対する愛情と責任を胸に、新たな一歩を踏み出す決意を固めた。

過去を悔い、未来を切り開くために――

私はこの子と共に、もう一度、新たな命を育てていくのだ。


しかし、さらなる問題が私を待ち受けていた。

子供を産んだ代償なのか、私は自分の存在が徐々に弱まっていくのを感じていた。

その変化は徐々に現れ、確実に私の存在が薄れていくのがわかった。

このままでいれば、いずれ消えてしまうだろう――その予感が、私の胸に強く湧き上がった。

もし私が消えてしまえば、この子はどうなるのか。

彼を守り育てていく者がいなくなってしまう。

その現実が恐ろしいほどに私を突き刺し、心に重くのしかかった。


私が消える前に、急いで誰かにこの子を託さなければならない。

でなければ、この子はこのトンネルの中で、何も知らずに命を落としてしまうことになる。

それだけは絶対に避けなければならない。


私は必死にトンネルに入ってくる善良そうな人々に助けを求めた。


「……た す け て え……」


だが、私の姿を見た彼らは恐怖に駆られ、一目散に逃げ出していった。

それでも、奇跡的に呪いの噂が消えきっていないせいか、次々と人々がトンネルに入ってはまた出ていった。


その度に私は必死で声を上げ、助けを求めた。

けれど、誰も私の声に耳を傾けず、皆が恐れを抱きながら逃げていくばかりだった。


時間が刻一刻と迫っている。

早く、この子を託せる人間を見つけなければならない……。



ーーーーーー


そして今日に至る、2017年8月7日。



日付が回ったすぐの深夜、ひとりの男がこの鳴興戸トンネルに足を踏み入れてきた。

私はその男にも同じように助けを求めようとした。

しかし、その男は他の人間とは明らかに違っていた。

背中には、ただならぬ気配を放つ刀を帯刀している。


「やっと……お出ましだな、呪いの闇姫」


その男の声には、冷徹な響きがあった。

私はその目を見た瞬間、何かを感じ取った。

彼からは、かつての私と同じような、深い憎悪に囚われた気配が漂っていた。


そう、血に染まった手、殺しの匂い。

無数の命を奪ってきた者の、冷徹で歪んだ匂いだ。


こいつは、危険だ。

生かしておく必要はない。


その瞬間、私は本能的に判断した。

彼を生かす理由はどこにもない。

私は瞬時に男の首を絞めようと動き出した。


しかし、私は力が弱まっていたとはいえ、この男に勝つことはできなかった。

だが、驚くべきことに、男は私にとどめを刺さなかった。

それどころか、男の口から出た言葉は、予想外のものだった。


「アンタ、困ってるだろ? だから助けたいんだ。俺は便利屋をやってる。依頼ってことなら、できる範囲のことはしてやれる」


その言葉は、私の期待を裏切らなかった。

男の目には、嘘の色は微塵も感じられなかった。

彼の言葉の中には、まるで私を助けたいという強い意志が込められているようだった。


もしかしたら、この男もかつての私と同じように、過去を悔い、変わろうとしているのかもしれない。

そして、この男になら、光一さんとの子供を託してもいいのではないか。


私は心の中で少しの希望を抱きながら、この男を信じてみたいと思った。

新たな一歩を踏み出す勇気を与えてくれる存在かもしれないと感じたから。

呪いの闇姫過去編終了!!

次回からヨハンと闇姫の会話に戻ります!

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