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哀と光のトンネルで  作者: 蒼月 想
第一章 無子男
11/13

第十話: 「佐江実咲④」

トンネルに響く複数の足音が次第に大きくなり、やがてその正体が見えてきた。

驚きと恐怖で体が硬直する。


目の前には、村の族長を先頭に老若男女、さらには幼い子どもたちまで、

村のほとんどの人々が一斉に押し寄せていた。


「こんなにも……」


その数の多さに息を呑む。

彼らの手には、それぞれ鋭利な刃物や鈍器、木の棒といった武器が握られていた。

全員の目は冷たく、何かを決意したような狂気を帯びている。


「私を追い詰めるために……村全体で?」


圧倒的な数の彼らを前に、思考が停止する。


「山本光一の件は残念だったな。そういえば、真理子という小娘も災難じゃったのう。貴様なんぞに手を貸すからこうなったんじゃ。まあ案ずるな、お前もすぐにあの二人の元へ送ってやるさ、ハハハハ!」


村長の嘲笑がトンネル内に響く。その言葉を聞いた瞬間、私は凍りついた。


――最初から、この村に危機などなかったのだ。


光一さんを人質に取ることも、私を呼び戻すことも、すべては私を罠にはめるための計画だった。

私をここへ引きずり込むためだけに、彼の命が利用されたのだと知った瞬間、胸の奥が冷え切る。


「光一さんを……ダシにしたの?」


思わず呟いた声は、自分の耳にも震えて聞こえた。


怒りと絶望が同時に込み上げてくる。

光一さんを奪い、真理子ちゃんを殺し、私を欺き、そして再びこの村の奴隷にしようとする彼ら。

その全てが、耐えがたい憎悪へと変わる。


村長の冷酷な瞳が私を射抜き、背後の村人たちも武器を握り、無表情のまま立っている。

彼ら全員が、光一さんの死を何とも思っていないことが、痛いほど伝わってきた。


「お前たち、よくも光一さんを……!」


言葉が震える。怒りで胸が張り裂けそうだった。

あの人の命を奪い、私を弄び、平然と笑うこの者たちを――絶対に許すわけにはいかない。


「許さない……貴様らもこれから、不幸を噛み締めるがいい」


静かに吐き出したその言葉には、凍りつくような怒りと復讐の意志が込められていた。

全身に震えるような感覚が広がる中、私は心の奥底に眠っていた力を呼び覚ます決意をした。


光一さんの無念を晴らし、この狂気の村人たちを――一人残らず葬り去る。

その覚悟が、私の中で静かに燃え上がった。


「村の者どもよ! 今ここで、この佐江美咲を殺せ!!!」


村長の響き渡る声がトンネル内に轟いた瞬間、村人たちが一斉に動き出した。


「ウオオオオオオオオッ!」


怒号とともに、彼らは武器を手に私へ殺到してくる。

刃物、棍棒、鎌――あらゆる武器が握られた手は、狂気と憎しみに震えていた。

その瞳には正気の欠片もなく、私を消し去ることだけを目的とした原始的な凶暴さが宿っている。


老若男女を問わず、子供ですらその波に飲み込まれたかのように私を取り囲み、じりじりと迫り来る。

トンネルの中で響く足音と怒声が、重い暗闇をさらに押し広げていく。


私はその場に立ち尽くしていた。

だが、それは恐怖からではない。


私の中でくすぶり続けていた怒りと復讐心が、炎となって燃え上がるのを感じていたのだ。

光一さんの命を弄び、私を利用し尽くそうとした彼ら――その全てを、これから葬るために。


「……来るがいい。誰一人、生かして帰さない」


私は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

その瞬間、暗闇の中に閃光が走り、空気がビリビリと震えた――私の力が目覚めたのだ。


怒りと悲しみ、そして絶望が渦巻き、押し込めていた感情が一気に解き放たれる。

全身に熱いエネルギーが漲り、心の中で膨れ上がる怒りが私を突き動かしていた。


私は手を軽く振り払った。それだけで周囲の空気が震え、押し寄せてきた村人たちが一斉に弾き飛ばされる。


「う、嘘だろ……」

「何だ、この力は……!」


恐怖に染まった村人たちの声がトンネル内に響いた。

彼らは武器を手にしていたが、それすら私の前では無力だった。


「に、逃げろ!」


村人の誰かが叫ぶが、遅すぎた。

私はさらに力を解放し、周囲の空気が激しく歪むのを感じた。

目の前の景色が歪み、エネルギーの奔流が村人たちを次々と吹き飛ばしていく。


刃物も棍棒も、私の放つ力に弾き飛ばされ、彼らの動きは封じられた。

武器を失い、もはや何の抵抗もできなくなった村人たちは、ただ悲鳴を上げて逃げ惑う。


しかし、村人たちは何度倒れても立ち上がり、必死に私へ向かってきた。

彼らの目には恐怖と狂気、そして殺意が渦巻き、もはや人間の理性など失われているようだった。


混沌とした空気が私を包み込み、視界は赤く染まり、鉄の匂いが鼻を突く。

血の滴る音、地面を蹴る足音、悲鳴――すべてが一つの音の洪水となり、私の中で響き渡った。

私は怒りと悲しみの深い淵に沈み、破壊と絶望の中に溺れていく。


光一さんを奪われたことで、心の中に渦巻く感情は制御を失い、ただ破壊へと突き動かされていた。

私の頭の中には、**「許さない」**という言葉だけが響いていた。


ぐしゃ、ぐしゃ、ぐちゃ――


「ぎゃあああ!」

「や、やめろ! 化け物だ! 誰か、助けてくれ!」


村人たちの悲鳴がトンネルの壁に反響し、血しぶきが飛び散る。

刃物を手にした男も、泣き叫ぶ女も、命乞いをする老人も、すべて同じだった。

私は一人残らず、容赦なく村人を葬っていった。


目の前に倒れ込む村人の顔には、見覚えのある者もいた。

母と仲が良かった女性。

子供の頃の顔見知りの姿。

さらにはまだ幼い子供まで――。


その光景が目に映るたび、私の胸の中に微かな良心が疼いた。

しかし、それも光一さんの笑顔と死のイメージによってかき消される。


「許せない……絶対に……」


声にならない呟きが漏れ、私は再び手を振り下ろす。

トンネルの中はすでに足の踏み場もないほど血に染まり、村人たちの体が折り重なっていた。


――殺したのだ。


私の手で、村人たちを。

その中には、幼い子供たちの姿もあった。


私だってお腹の中には、これから生まれてくる命がいるというのに――。

私はその事実を思い出した瞬間、膝が崩れるように地面に倒れ込んだ。


「もう……戻れない……」


呟いた言葉は、虚しくトンネルの暗闇に溶けていく。

怒りと悲しみが私のすべてを支配し、未来も希望も、その瞬間に崩れ去ってしまったのだ――。



ーーーーーー



トンネルの奥深く、静まり返った空気が張り詰め、冷たさが肌を刺した。

そこには死体の山が積み重なり、わずかに命の残り火を灯している者は、村長ただ一人だった。


村長は後ずさりしながら、腰を抜かして地面に座り込んでいた。

その目は私を見据えながらも怯えきっており、まるで自分の手で呼び覚ました怪物を見ているかのようだった。


「ひっ……ひいいいい! バ、バケモノめ!」


村長が絶叫する。その声には、言いようのない恐怖が滲んでいた。

私は冷徹な表情を崩さず、その怒りと混乱をじっと受け止める。


「なぜ光一さんを殺した?」

低く、冷ややかな声がトンネル内に響き渡った。


村長はその問いに激しく震え、必死に顔を背けようとする。

しかし、私の鋭い視線から逃れることはできない。


「なぜ私にそこまで執着する?」


再び放たれた問いは鋭く、村長の身を貫くようだった。

震えながら、村長はついに頭を垂れ、声を絞り出すことさえできなくなった。


冷たく湿った空気に支配されたトンネルの中、ただ私の怒りだけがその場を支配していた。


村長は震える手で額を拭いながら、苦しげに口を開いた。

そして、その口から吐き出されたのは、長年抱え込んでいた歪んだ野望だった。


「貴様と山本光一という男がこの村から逃げなければ……わしの計画は成功し、この村は――いや、この国どころか世界すらも牛耳ることができたのだ!」


村長の言葉は憎悪と嘲笑が交じり合い、冷たく湿ったトンネルの中に響き渡った。

そのあまりに荒唐無稽な内容に、私は思わず目を見開いた。


「……どういうことだ?」


私の問いに応えるように、村長は乱れた息を整えながら低い声で続けた。


「我が村でしか取れないナナツホシ……あの神の恵みとも言われる希少な薬草。それと、矢島製薬社の技術を組み合わせれば、戦争に苦しむこの世界で最高品質の薬を作れる。人々はその薬に群がり、莫大な金をもたらすだろう……」


村長は目をぎらつかせ、恍惚とした表情で話を続けた。


「その金で村を武装し、誰にも手を出させぬ鉄壁の国家を作るのだ。兵器を格納し、この村を戦場に変え、誰も逆らえぬ存在へと君臨させる……それがわしの夢だったのだよ!」


村長の話は、戦争の混乱を逆手に取った壮大で狂気じみた計画だった。

ナナツホシという希少な薬草と製薬技術の融合により、人類の命を救うどころか、権力と暴力で支配しようとしていたのだ。


「だが、貴様と山本光一が村を捨てたことで、計画は台無しになった!」


村長は憎しみに満ちた目で私を睨みつけた。

彼の言葉には、裏切り者として私を糾弾する怒りと、自らの失敗を私たちに押し付けようとする卑劣な意志が滲んでいた。


私は震える声で問い返した。


「そのために……光一さんを殺したというのか?」


村長は黙り込んだ。だが、その目は答えを語っていた。

全てが私たちを利用するための、そして彼の野望を守るための計画だったのだ。


私の心は激しく揺さぶられた。

村長の計画は、ただの村の発展などという次元を超えた、世界規模の陰謀だったのだ。


その壮大な野望が破綻したことに対する彼の憎悪が、私の中にある怒りと悲しみをさらに増幅させる。


「……山本光一は、薄々ながらわしの計画に気づいておった。勘のいい男じゃったよ……」


村長は忌々しそうに呟き、その目に憤りを宿した。


「そして、真理子という余計な女もな……。あの女が光一と結託し、囚われていた貴様を村から連れ出したことで、矢島製薬との繋がりも途絶えた。ワシの計画は……すべて台無しじゃ!」


村長の声がトンネルの中に響き渡り、その顔には計画の崩壊と、それに伴う無念と絶望が刻まれていた。

私と光一さんが村を抜け出したその行動が、彼にとってどれほどの屈辱であったのか――そのすべてが、今になって私を責め立てるかのように重くのしかかる。


「だが、許さん……」


村長の目がぎらつき、憎悪に満ちた声が続いた。


「わしの夢を壊した貴様らだけが、幸せに生きられると思うな! この場で死んで詫びろ! 忌々しい裏切り者どもめ!」


その最後の言葉には、復讐と殺意の炎が燃え盛っていた。

村長の狂気じみた叫びが耳に突き刺さる中、私は歪む現実に飲み込まれそうになった。


「そんな……そんなことのために、光一さんを殺したのか……」


私は呆然と立ち尽くし、言葉を失った。

村長が語る壮大な野望と狂気じみた策略――その冷酷さに圧倒され、心の奥底から寒気が湧き上がるのを感じた。


「一体、化け物はどちらだというのだ……」


その問いが、心の奥底でこだまのように響き渡る。

目の前にいるこの男は、人間でありながら人の形をした何か別の存在のようにさえ見えた。

村長の無慈悲さと狂気が、私の内側に暗い影を落とす。


「黙れ! 貴様だけは、このわしの手で――!」


村長は怒りに満ちた言葉を吐きながら、最後の力を振り絞り私に襲いかかろうとした。

しかし、その刹那、私は躊躇なくその手を伸ばした。


「これが、あなたの最期よ……」


村長の胸をめがけて私の手が突き刺さる。

肉を裂き、骨を砕く感触が伝わり、トンネルの中に村長の絶望的な呻き声が響き渡った。


「ぐはっ……!」


声は徐々にかすれ、村長の目からは生気が消え失せていく。

その体は崩れるように地面へと沈み込み、冷たく、動かなくなった。


全てが静寂に包まれる。

私の胸に残ったのは、怒りと悲しみ、そして消えない虚無感だけだった。


「終わったよ、光一さん。帰ろう」


村との因縁が断ち切られ、心の中の怒りと悲しみも徐々に収束していく。

振り返ることなく、光一さんの遺体を抱え、村を後にする決意を固めた。


トンネルを通り抜ける間、光一さんの手をしっかり握りしめながら、最後の別れの準備を心に決めた。

遺体を見つめると涙が溢れ、声が震えた。


「光一さん……」


涙が頬を伝い、心の中の喪失感が押し寄せてくる。

お腹の子に光一さんの遺志を注ぐ決意をしながらも、深い悲しみが私を圧倒した。


「光一さん……会いたいよ」


彼との思い出が心に残り、寂しさが埋められないと知りつつも、静かに前を向くしかなかった。


しかし、突然トンネル内に耳をつんざくような鋭い音が響き渡った。

まるで警鐘のように規則的に繰り返されるその音は、不気味な緊張感を周囲に漂わせた。


「ピピピピピピ……」


私は驚きと戸惑いの中で音の発信源を探した。

その音が、村長の死体から発せられていることに気づいたのは、ほんの数秒後だった。


「まさか……?」


死体に近づくと、その胸元にわずかに光る何かが見えた。

よく見ると、それは埋め込まれた小型の装置で、警告音の正体は間違いなくそれだった。


装置は赤い光を断続的に点滅させており、不穏な雰囲気を一層強めていた。

その音が何を意味しているのかはわからない。

ただ、その音色には明確な脅威が感じられ、背筋を冷たいものが駆け抜けた。


「まさか……これが村長の仕掛けた罠……?」


警告音はさらに速度を上げ、トンネル内に耳障りな高音が反響する。

村長が仕掛けた罠なのか、それとも単なるトラップなのか――そんな疑問を抱く間もなく、恐怖が全身を支配していた。


「逃げなければ……」


脳裏に浮かんだその一言が、私を突き動かした。

光一さんの遺体をしっかりと抱きかかえ、出口を目指して全力で駆け出す。

耳をつんざくような警告音が、どれほど危険が迫っているのかを語っているかのようだった。


振り返ることなく音の源から遠ざかるように走る。

トンネルの奥から徐々に光が見え始めたが、それでも出口がやけに遠く感じられた。

警告音は甲高くなり、まるで村長の嘲笑が響いているようだ。


「光一さん、もう少し……もう少しで外だよ……」


必死に前を向きながら、光一さんの名を口にする。

涙が視界を曇らせる中、足はもつれそうになり、体は限界を訴えていた。


爆発の予兆とも思える轟音が背後から迫り、空気が震える。

振り向けば、恐ろしい何かが追いかけてくる気配を感じた。

心臓が潰れそうなほどの圧迫感に襲われるが、それでも足を止めるわけにはいかなかった。


「お願い……守らせて……!」


涙と息が入り交じりながら、私は心の中で強く願った。

たとえ自分がどうなろうと、お腹の中の子供だけは必ず守らなければ――その思いが私を突き動かしていた。


トンネルの出口まであとわずか。

その距離を縮めるたびに、背後から迫る危険の感覚がより鮮明になっていく。

体はボロボロで、足元がふらつき、呼吸も荒れてきた。

意識が薄れていく中、それでも私を支えていたのは、心に渦巻く憎しみと怒りだった。

村長の卑劣な策略、村の非道な仕打ち、そして光一さんの命を奪ったこの世界への深い怒り――そのすべてが私の体を突き動かし続けていた。


お腹の中にいる小さな命。

その存在だけが、この無慈悲な世界に残された唯一の希望だった。

「無事でいて……」

心の中で祈るように願いながら、私は静かに目を閉じた。


ピピピ……ピー……


鋭い音が止まり、次の瞬間、眩い光が全てを飲み込んだ。

爆風が襲いかかり、瓦礫と共に空間を一瞬で埋め尽くす。


全身を焼き尽くすような衝撃が私を貫き、耳鳴りと共に意識が遠のいていく。

それでも、私の心の奥底には、決して揺るがない思いだけが残っていた。


――最後の最後まで、この命を守り抜く――


強い決意と、燃えるような憎しみが私の胸に刻まれていた。

全てを失ったとしても、お腹の中の命だけは絶対にこの手で守る。


眩しい光が世界を覆い尽くし、すべてを押し流したその瞬間、私は静かに沈んでいった。

耳鳴りも痛みも消え去り、ただ静寂だけが、私の周囲を包み込んでいた。


美咲死す……。

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