魔王を討伐した勇者が望むのは、第一王女ではなく女騎士
皆こういうのが好きなんでしょっ
——魔王が討伐された。その報に国中が沸いた。
帰還した勇者を民も騎士も皆が笑顔で出迎えた。
「勇者ノーブよ。魔王討伐という大きな任務、よくぞ成し遂げてくれた」
「いえ、皆の力添えがあったからこそです」
「そう謙遜するな。どれ、ではさっそくだが褒美について話そう。公爵相当の名誉貴族への叙爵、一生遊んで暮らせる大金。地位も富も名声も思いのままだな。他には何を望む?例えば......第一王女のロゼなんかどうじゃ?ずっとお主の帰りを待っておったのじゃぞ?」
「......陛下、自分が望むのはただひとつです」
「うむ、なんでも言うが良い」
「では............宮廷騎士第三師団大隊長!ウィーナ・シュトーレン殿に結婚を申し込みます!」
「............は?」
「「「............」」」
その場にいた誰もが予想外の発言に固まってしまった。
第一王女だけはすでに妄想の世界にいるようで、ニコニコしながらうんうんと頷いている。
ノーブはそんな周囲の様子などお構いなしに、ウィーナの元へと歩み寄って片膝をついた。
「ウィーナさん、僕と結婚してください」
差し出された手には小さな箱があり、指輪が鎮座していた。
シンプルなデザインだが内側には細かい文字が刻まれていて魔道具にもなっている。
何度も試行錯誤を重ね、ついに納得いく物が完成したのだ。
「……っ!わ、わわ私!?人違いだろう!?」
「いいえ、あなたですウィーナさん。ずっとあなたを見てきたんです」
「わ、私なんか……ずっと年上で行き遅れだし、剣ばかり振っているから手だってこんなーー」
「あなたの手は、来る日も来る日も民を守るために剣を振り続けた努力の証です。その努力が実を結んで大隊長になってからも権力に溺れずに自分を律し続けた。そんなあなたを見続けてきたからこそ、僕も挫けることなく己を磨き続け、ようやく魔王を打ち倒すことが出来たのです」
「あ、ば、わわ、だっ……」
ウィーナの手を取って優しく撫でながら言葉を発する。
しかしウィーナはテンパりすぎて口から出るのは意味不明の言語のみだ。
「頑張り屋なあなたが好きです。負けず嫌いな所も好きです。普段は凛々しくて大人っぽいけど、実は可愛いものが好きでドレスに憧れているところも可愛くて好きです。あなたの全部が大好きです」
「わわわわたしには……っ!騎士団としての仕事がっ」
「もちろん騎士団は続けてもらって構いません。僕がサポートしますから」
「……へ?で、でも……」
今まで騎士道一筋で生きてきて、異性から言い寄られた経験など皆無。
そんなウィーナは口にするべき言葉が見つからず混乱するばかりだ。
「難しく考えなくていいんです。僕もウィーナさんのこともっとよく知りたいし、僕のこともこれからたくさん知って欲しい。だから、まずは結婚を前提にお付き合いしてほしいです」
「…………ほ、本当に私でいいのか?」
「駄目です。あなたじゃなきゃ駄目なんです、ウィーナさん」
「そんなこと言われたのは初めてだ。……よ、よろしく頼む」
ノーブはそのまま指輪をウィーナの手に嵌める。
まだお付き合いだと言いつつも気が早いものである。
しかしウィーナのほうも顔を真っ赤にしながら受け入れている。
男性経験が無くともこういったものに憧れ自体はあるから仕方ないとも言えるが。
そして勝手に二人の世界を作ってはいるが、ここは王城の大広間。
王をはじめ、大勢の役人や騎士たちが勇者を讃えようと集まっていたのだ。
たまらず王がひとつ咳払いをするとようやく我に返ったらしい二人があたりを見回す。
ノーブは笑いながら「すいません」などと軽く謝っているが、ウィーナのほうは羞恥のあまり顔がすごいことになっている。
何か言わなければと口をパクパク動かすもそこから言葉は出てこない。
騎士の中には泣いているものも少なくない。
その理由はウィーナのことが好きだからだ。
しかし、いざ告白しても断られる可能性のほうが高く、そうなれば騎士団には居づらくなってしまう。
更には誰かと上手くいってしまえばウィーナが騎士団から去ってしまう。
そう考えた騎士たちは同盟を組んで抜けがけせずに見守ることに決めたのだ。
それが余計に行き遅れの原因になっていたのだが本人はそんなこと知る由もない。
「……勇者よ。こちらには第一王女のロゼを嫁がせる準備があるのだが?」
「あ、遠慮しときます。僕にはウィーナさんがいるので」
「そう言うでない。ロゼは色々と勉強もしておるしお主を満足させるぞ?騎士よりも王女のほうがーー」
「国王陛下。僕はウィーナがいるから他の女になど興味はありません。これ以上はウィーナに対する侮辱と受け取ります。二人で他の国へ行っても構わないんですよ?」
すでにパートナーであることを強調するようにウィーナを呼び捨てにして強気に出る。
「なっ……!だが、ウィーナは我が国の騎士!そう簡単に他国へは——」
「だ、旦那様がお望みなら、私は騎士を辞めるぞ!」
頬に両手を添えてクネクネするウィーナ。呼びた方すら変わっている。
それを見てウィーナに恋心を寄せていた男たちは崩れ落ちた。それ以外の人たちはポカーンとアホ面を晒している。
まるで、これは誰なんだ......と言わんばかりの表情だ。
ウィーナとて、騎士道を歩んできたからといって恋とか結婚とかに憧れが無かったわけじゃない。むしろ経験が無いからこそ、憧れ自体は強かった。
しかし騎士として功績をあげる度に、自分みたいな女らしさがない人間など相手にされないと思い込んでいた。
そこに向こうから告白どころかプロポーズがやって来た。しかも相手は勇者。
最初はなんの冗談かと思ったが、自分のことを全肯定し好きを連呼されてついに振り切れてしまった。
今のウィーナは騎士ではない。正真正銘の女なのだった。
「まぁその辺はウィーナに任せるよ。お金なら稼げるから無理に働く必要ないし、騎士団以外にも民を守る方法はある」
「騎士団、以外……。そ、それならっ、私は……旦那様と一緒がいい」
騎士以外の生き方なんて今まで考えたことも無かった。
同じく騎士であった父に憧れてひたすらに剣を振ってきた。部隊を任されるまでになり、いつか戦場で果てるその時まで剣を振り続けるのだろうと漠然と思っていた。
だからそれ以外の道を選んでもいいと言われて初めて想像してしまった。
この強く優しく、自分のことだけを見てくれる素敵な人といられたら。
一緒に色々な物を見て聞いて体験出来たらどんなに素晴らしいだろうと。
どちらを選ぶかはそう難しいことではなかった。
「というわけで僕たちこの国にいる必要も無いんで。これ以上とやかく言われるようならお隣の国へでも逃げます。今後一切干渉は無用です。それを聞き入れていただけないようであれば、魔王を倒した実力をお見せすることになりますので」
ノーブはウィーナの手を引いて出ていく。
魔王を打ち倒した勇者と騎士団の大隊長。どこへ行ってもさぞ歓迎されるだろう。
まさか第一王女を拒否されるとは思っていなかった王は渋面を浮かべるしかない。
これ以上無理矢理王女と婚姻させようとしても国を世界を救った英雄が国を捨てて逃げたと知られたら、民も他国も一斉に王家を非難するだろうことは想像にかたくない。
もし敵に回ってしまったら国が滅ぶ危機でもある。
国王は屈辱で体を震わせながらも、黙って受け入れるしかないのであった。
「ウィーナはどこか行きたい場所はある?」
「......一か所だけ。父の墓参りに行きたい。騎士団を辞めることと旦那様のこと、きちんと報告したいんだ」
「それはちゃんとしないとな」
「結婚したら私はウィーナ・レイブになるのか。ウィーナ・レイブ......ふふっ」
ウィーナは一人で嬉しそうに笑う。
ノーブもその横顔を見て笑う。
今は、世界よりもこの笑顔を守りたいと思いながら——
お付き合いありがとうございましたっ
ノーブ・レイブ⇒No Brave
ウィーナ⇒Winner
ロゼ⇒Lose