第84話 後半 D
「ノインがかつて女神だったという話を、よく聞き出せましたね」
ロイエはそう言って、葡萄酒を一口含んだ。
前回とは違い、今回の食事会場はロイエが自ら選んだ場所だった。
大通りに面し、誰もが知っている瀟洒なレストラン。その上階にある、ごく一部の人間だけが使用を許されている閉ざされた空間。そこに二人はいた。
「話の内容が内容ですから、こういった場所の方がいいでしょう」
部屋に入るなり、ロイエは不敵に笑って見せた。
一通りの食事が終わり、ボトル半分ほどにワインが残ると、ロイエは先の言葉をぽつりと述べた。
「意図せず発してしまった言葉に、彼女が答えてくれた形でした」
「つい問うてしまい、つい答えてしまった、と?」
「そのように――思いますが」
ナハトが言うと、ロイエは視線を窓の外へ向けた。
「まさか。彼女は賢く、情もある。少なからず、貴方に聞いてほしいと願い、機があったから応じた。そうだと思いますよ」
「ノインが、俺に、情を――ですか」
にわかに首をかしげるナハトに、ロイエの視線が戻る。
月の色の瞳が、しっかりと青年を見据える。
「貴方は、どうですか」
「どう、とは?」
「ノインに対して、どう思っているのか、という意味です」
いつもの柔和な微笑みはなかった。
かといって、家臣に指示を出すときの鋭さとも違う。
感情の見えない、しかし真剣なまなざしを受け止めて、ナハトは言葉を探す。
「優れた剣士、美しい同僚、頼れる仲間……命の恩人。浮かんでくる言葉は、そういうものです」
言いながら、口の渇きを覚えてグラスを取る。
ロイエに薦められて――というより、なかば命令されるような形で、今日は酒を随分飲んでいた。体が火照っているのが自分でもよくわかる。
「わたくしが聞きたい主旨とは、少しずれてしまいましたね」
ロイエは、タン、と音を立ててグラスを置いた。
次の問いが頭に浮かぶ。
「質問の意図を汲み取ることが出来ず、申し訳ありません」
生真面目な暗殺者は、小さく頭を下げた。
謝らせてしまった。
別に彼は悪くないのに。
むしろ――
「いえ、わたくしこそ、謝らねばなりません。重大な真実を掴んでくれたにも関わらず、貴方には相応の褒美を与えることを怠っていました」
ロイエはそう言っておもむろに立ち上がった。
合わせて立ち上がろうとするナハトを手で制し、ロイエは艶やかにナハトに近付いた。
「目を閉じなさい」
言われるがまま、ナハトは目を閉じる。
打擲されるようなことはしていないと思うが――と緊張による鼓動の強さを感じたナハトの頬に、何か柔らかいものが触れた。
かすかな水音が鳴る。
ハッとしたナハトの鼻腔に、甘く清潔な香りが漂った。
「内緒ですよ」
そう言ったロイエは、僅かに頬を赤らめているように見えた。




