第84話 後半 B
「飲めない、っていうわけじゃないのね」
何杯目かの麦酒のジョッキを空けたナハトに、ノインは素直に感心の声を上げた。
「ノインほど飲めるわけでもないが」
そう言いながらも、彼の顔はいつも通り、変化はないように見えた。
食事を初めてかれこれ二時間にはなるが、中々のペースで盃を煽っている。
ノインはもちろん、毒に対する耐性があるために何も変化はないのだが、ナハトがこれほど酒に強いとは思わなかった。
「それじゃ、いつもは本当に仕事のために飲まないようにしているっていうだけなんだ」
「護衛役にはレーラー師がいるが、警戒も準備も、しすぎるということはない。いざとなったときに、ロイエ様の盾になるのは俺の最優先の務めだ。要人の命を狙う存在がある、ということは俺がよく知っていることだしな」
ふぅ、と息を吐くナハトを見て、ノインが首を傾げる。
「それじゃ、こうして私と食事に来るのは、どうして了承してくれたわけ?」
「それは――」
ナハトが一瞬視線を落とし、それから目を閉じた。
答えを待っていると、やや時間を置いて、ナハトががくりと頭を縦に振った。
「ナハト?」
声をかけてみると、かすかに寝息を立てている。
「あらら……強いってわけじゃなくて、ギリギリまで酔ってるように見えないタイプか」
静かに呼吸を繰り返している青年を、ノインはまじまじと見つめる。
アハトゥングへの旅の最中もずっと寝食を共にしていたはずなのに、こうして寝顔をじっくり見るのは初めてのように思えた。
「……子供みたい」
クスッと笑って、ノインはナハトの鼻をつついた。
反射的にナハトの目が開き、慌てて体を起こした。
「――ん?」
「ん、じゃないわよ。寝てたわよ、ナハト」
指摘されたナハトは見るからに愕然とし、口直しとしてテーブルに置かれていた水を口にした。
「すまない、醜態を晒してしまって」
「ううん、私もちょっと飲ませすぎちゃった。ナハトが、他の人には見せない姿を見せてくれるものだから、嬉しくなっちゃって」
そうか、とろれつが怪しい様子で言いながら、口元を拭う。
「ノインと一緒にいるせいで、気が緩んでしまっているんだろう」
「私のせい? どうしてよ」
「なんというか――安心感があるんだ。ノインといると、なぜか警戒心が薄まる。根拠もないのに大丈夫だろうという気になるんだ。屋敷を離れられるのも、そうだ。自分でも不思議だ」
ノインの顔がにわかに紅潮する。
「ちょ、ちょっと。急にやめてよね。自分が特別な存在みたいに勘違いしちゃうじゃない」
「特別な存在だろう」
ナハトが笑う。
普段は見せることのない、屈託のない笑顔だ。
「女神様なんだから」
見据えられたノインは、明日素面になったナハトにこの夜の一部始終を教えてやろうと決意した。




