第82話 土産
ナイトウ=ライの死はアハトゥングの街の人々の口から口へと伝わり、あっという間に広がっていた。それを悲しむ声も少なからずあったが、同程度、歓迎の声もあるようにナハトには感じられた。
「転生者に対する漠然とした恐怖は、誰にだってあるんでしょうね」
ノインはそう言って、少し寂しそうに笑った。
グラツィアが手紙をしたためるために一日だけ時間が欲しいということで、ナハトとノインはひとまず街に逗留することになった。
「一応は使命を果たしたわけですから、少し羽を伸ばしてはいかがですかぁ? ロアリテート家の方々にお土産をたくさん買うのもいいと思いますよぉ。帰途の馬車はこちらで手配して差し上げますからぁ」
それならばと顔色を変えたのは、当然ノインだった。
グラツィアに言われるや否や、片手は自分の路銀が入った財布を握り、片手はナハトの腕を組み、昨日はナイトウ=ライと連れ立って歩いた商店街に繰り出していった。
「あの様子を見ると、ナハトはともかくとして、ノインの方はまんざらでもなさそうな気がしますがな」
二人の背中を見送ってゾルダートが呟くと、グラツィアも小さく頷き、口を開く。
「単純に、優れた剣士だから組んでいる、というのは方便も過ぎますねぇ。おそらく、もっと別の要因が二人を組ませているのでしょう。ロイエの思惑は理解しましたし、おおむね同意するところではあるけれど、どう立ち回るのがアハトゥングにとって最善か、よくよく考えなくてはなりませんねぇ」
「これなんて、シュティレに似合うと思わない?」
露店に並べられた耳飾りをひとつ手に取って、ノインが楽しそうに笑う。
ナハトは、その貝殻の放つ色鮮やかな光沢を見ながら首を傾げた。
「そういうのを身につけているところは見たことがないが」
「ナハトに見せてないだけかもね」
ふむ、とナハトは小さく頷く。
「確かに、それは一理あるな」
「あらら。もうちょっと、ムッとするとか嫉妬するとかないわけ?」
「お互いにロアリテート家に仕えて長いというだけで、別に男女の仲というわけでもないからな」
「ふぅん……それじゃ、私だったらどう? 似合う?」
ノインが手に持っていた貝殻の耳飾りを当て、ニッコリ笑って見せた。
それに反応したのは、ナハトではなく露店の店主の方だった。
「お嬢さん、よくお似合いだねぇ。ちょいと彼、これを買ってやらないっていうのは、同じ男としてどうかと思うぜ」
「だってさ、ナハト?」
「必要なら自分で買えばいいだろう。屋敷のみんなへ土産を買うというのが目的ではなかったのか」
「あらら、釣れないんだから。じゃあさ、ひとつだけ教えてよ。これをつけてる私と、つけてない私だったら、どっちの方が素敵に見える?」
あらためて、水平線色の瞳がノインへと注がれる。
ノインはにわかに頬が紅潮していることを自覚しながら、笑顔を崩さずに黙って待った。
「――瞳の色と、よく合っているように思うが」
「おじさん、これ、お買い上げで!」
「毎度あり!」
手際よくノインが銀貨を手渡し、代わりに耳飾りを受け取る。そしてすぐに、耳にそれをつけた。
「それじゃ、次はちゃんとみんな用のものを買わなくちゃね――と、でも、アーベントとモルゲンはそれぞれ出かけてるのか」
「物見遊山に行っているわけでもないし、こんな時間の余裕はないと思うぞ。実際、ミットライトでもツナイグングでもそうだったろう」
「それはそうね。それじゃ、あの二人の分も買って行ってあげましょっか。そっちの方は、ちゃんとナハトもお金出してよね。私もロイエからもらってるとはいえ、この世界に来て日が浅いんだから、ナハトの方が持ってるでしょ」
言われて、ナハトはごそごそと銀貨を取り出し、ノインにそっと渡した。
「これは?」
「その耳飾り代だ。お前が他のみんなに買うというなら、それは俺が買おう」
「――それなら、さっきの時点で払ってくれれば格好ついたのに」
「不満なら……」
「ないない、ないわよ。ありがたく受け取る。それじゃ、このイヤリングは、私がナハトに買ってもらったってことでいいのね?」
「解釈は任せる。さて、まずはロイエ様の物を選ぶとして、何がいいだろうか――おい、聞いてるのか。なんだ、その表情は」
「え? い、いや、ちょっと気が綻んだというか、顔の筋肉が緩くなってしまったというか――さ、まずはロイエのものね。実は彼女、仕事の合間に辛いものをつまむのが好きらしいから、そういうものがいいかもね」
露店、大きな土産物屋、地元民向けの当たり前の商店など、あちこちを二人は巡った。ロイエには湖で獲れる幸の乾物、シュティレには日持ちのする砂糖菓子、レーラーには地元の酒のセット、その他屋敷で働く者達に対してそれぞれ好みそうな物を見繕い、買い物は日没までかかった。




