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第78話 算段

「なるほど――ロイエが貴族社会について説明してくれたときに、そんな話もしてたっけ。確か、著しく名誉を傷つけられた側が、傷つけた側に対して申し込むのよね。手袋を投げつけて、相手が拾えば了承、拾わなければその時点で負け。決闘が行われて、勝てば名誉が回復される、と。そういえば、女性が決闘の原因になることが多いとも言ってたわね」


 こくりとナハトが頷く。


「不倫の代償として決闘を申し込まれ、伴侶共々死んだなどというのも、一昔前ならよくある話だったと聞く。立ち合い人が必要となるが、ゾルダート様が引き受けてくださるだろう」

「ナハトは、それでいいの?」

「どういう意味だ」

「そもそも、ナイトウ=ライを殺すことに、ためらいはないのかってこと。その答えを聞いてないわ」


 ナハトは目を閉じ、少し間を置いて、ゆっくり頷いた。


「お前は、あらゆる命に意味がある、と言った。では、俺の命の意味は? 死ぬべき時に拾った、魔法という特別な力を得てまで永らえた、この命の意味はなんだ? 人を殺すために適している、呪われた力を得た理由はなんだ?」


 ひとつ呼吸を置いて、ナハトは続けた。


「俺は、その答えが分かりかけてきた気がする。望まれざる渡り鳥ツークフォーゲルを討つこと。それこそが、俺が生き延びた意味なんじゃないか。ノインの言う通り、そのことでもっと何か、別の大きなもののためにもなっているというのなら、そう思ってもいいんじゃないか。そう思いたいんだ」

「……わかった。ナハトがそう決めたのなら、私はもう何も言わない。それじゃ、決闘の前に私がナイトウに話しかけて――」

「いや。『封印』は使うな」


 ノインは口を尖らせた。


「何言ってるのよ! 転生者相手で、まともに勝負になるはずないでしょ! 私が『封印』で彼の力を抑えないと――」

「駄目だ。多くの人間が、ナイトウの本来の力を目の当たりにしている。立会人のゾルダート様から見て明らかに実力を発揮できていない状態のままナイトウが敗れたとしたら、俺に対して不信の目が向けられるだろう。例えば、事前に毒を盛ったんじゃないか、とかな。それでは名誉の回復のための決闘という図式が成り立たず、巡り巡ってロアリテート家に迷惑をかけることになる」

「だからって――」


 唇を噛むノインに、ナハトは小さく笑った。

 珍しい笑みに、ノインがドキッとしてナハトを見る。


「大丈夫だ。勝算はある」

「え――」

「二度は通用しない奥の手だが、確実にナイトウにも効く」


 どんな、とノインが問おうとすると、ナハトが先に言葉を続けた。


「昔、まだ子供だった頃、どうしても先生から一本とりたくてな。隠形術を組み込んで戦ったら勝てるんじゃないか、と考えたんだ。鍔迫り合いの状態から姿を消し、瞬間的に回り込めば背中を打てるだろうと」

「うまくいったの?」


 ナハトは苦笑して頷いた。


「完璧に。先生には、純粋な剣技を高めるため、そして魔法の力が明るみに出ないよう、それは使うなと禁じられたが、あまりにも綺麗に決まったおかげで『暗剣殺』という名前までつけられたよ」

「あんけんさつ……」

「なんでも、別の世界の言葉で、自分以外のことが原因で起こる厄災を招きやすい方位、あるいは予期せぬ災害を意味する言葉なんだそうだ。面と向かっているはずの相手の剣が、背後から迫るゆえに、その名を付けてくださった」


 ノインは実際にそれが行われる場面を、なるべく具体的に想像してみた。

 押し合いの状態になっているということは、余裕なく剣を押しているということだ。

 そこで、ふと目の前のナハトが姿を消す。

 ナハトの力を知っている自分ですら、一瞬たじろぐだろう。

 次の瞬間、最短距離で自分の背後に回った透明なナハトが、背中を打ってくる。

 ほんのひと刹那の出来事になる。

 観衆が見ても、彼が姿を消したのは、目の錯覚か、自分が瞬きをしたせいかと思って終わる――だろうか。


「……バレない?」

「おそらく大丈夫だ。その時の手合わせはシュティレも含めて数人が見ていたんだが、外から見ていて何が起きたのか分からなかったそうだ。実際、俺が姿を消すのは一瞬にも満たない短い時間だからな」


 ノインはナハトの話を聞きながら、彼の表情が珍しく高揚しているようことに気付き、驚いた。

 そう言えば、ナハトが自分の剣技や魔法について自慢げに語るのを見た記憶がない。

 むしろ忌むべき、恥ずかしいもののように語る。

 それだけ、レーラーから一本とったということが童心に誇らしく、今でもそれが残っているのだろう。

 それでも、ノインの胸中には心配の雲がじんわりと広がる。


「前提になる、密着状態をつくれるかしら。やっぱり、少しだけでも私の力を――」

「大丈夫だ。俺の命に、本当に意味があるのなら」


 そう言ったナハトの表情は、どこか自信に満ちたような、穏やかな笑顔だった。

 ノインは思わず、自分の顔が熱くなるのを感じた。


「――その顔は、ずるいよ」

「何か言ったか?」


 なんでもない、とため息をつきながら、それでもノインは不安を消せずにいた。

 そう言えば、フェアトラウエンでレーラーが「最後は剣と剣の勝負になるかもしれない」というようなことを言っていたことを思い出す。

 もしかしたら、ナハトはその言葉を聞いた時点から、こういう流れになることを予想――いや、期待していたのかもしれない。

 人間の青年にありがちな、自分の力を試してみたいという好奇心なのか。

 ノインは望ましい結末になるのを願うしかなかった。

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