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第76話 決意

「ナイトウと二人で出かける?」


 翌朝の食事がすんで一番に部屋に来たノインから言われ、ナハトは思わず声を上げそうになった。

 すんでのところで声量は抑える。


「昨日の夕食が終わってから話していたのは、それか」


 ノインは頷いた。


「街中で行きたいところがいくつかあって、男だけだと入りにくいんだって。私は、それならナハトも、って言ったんだけど、できれば二人だとありがたいって言うから」

「意図はなんだろうな」

「わからない。でも、お互いに考える時間はあった方がいいだろうし、そのためには別行動するのもありかもな、って思って、引き受けたわ。戦闘以外の場面を見て、もう少し彼について判断できる材料が増えるかもしれないし」


 ふむ、と頷くナハトだったが、ふとノインが顔をしかめているのに気が付く。


「どうかしたか?」

「……別に。それじゃ、行ってくるから」


 居心地の悪さを覚えて、ナハトは慌てて言葉を紡いだ。


「ノイン」


 そして必死に言葉を探す。

 なんとなく、何か言葉をかけなければならない状況だということは分かっている。


「――気をつけろよ」

「ん」


 小さくノインが微笑んだ――ということは、さしあたり、大間違いの発言ではなかったということだろう。

 ナハトはほっと胸を撫でおろし、「暇があれば訪ねなさい」とゾルダートに言われていたことを思い出し、それを午前で片づけることにした。


「あらためて、ありがとうっス」


 ナイトウが、通りを歩きながらノインに言った。

 ノインは小首をかしげ、その先を促した。


「ナハトがいるにもかかわらず、俺のわがままに付き合ってもらって」

「ああ、それは別にいいわよ。だって――」


 別に、ナハトの方はどうも思ってないんだから。

 そんな言葉が、ちりちりとした感情のささくれとともに頭に浮かぶ。

 人間になって日が浅いせいか、ここ最近の自分の感情に戸惑うことも多い。

 ナハトに対して、あたたかい好意的なものを感じると同時に、なにか、冷たい炎のような渦巻くものも感じることがある。

 帰ったら、年長のロイエやアーベントに聞いてみたらいいだろうか――とは言っても、本来的には自分より年上の人間などいるはずもないのだけれど。


「だって――なんスか?」

「ナハトも、ちょっと休みたいって言ってたから。ああ見えて、体力ないんだ、彼」

「へぇ」

「それで、行きたかったところってどこなの?」


 それからノインはナイトウに付き合い、ゼー湖特産の貝を用いた土産物や、隣国ヴァールハイトから仕入れた酒などの交易品、フェアトラウエンではあまり見ない、武具の工房などを見て回った。

 どこも、男性一人で見ている人もいるけどな、とノインは内心で首を傾げた。

 武具を女性だけで見ていると、さすがに浮く可能性はあるかもしれないが、男性の、しかも若いナイトウが眺めている分には問題はなさそうに思える。

 ノインはその疑問を、遅めの昼食の際にぶつけてみた。


「本命はまだ、って感じなの?」

「え?」

「だって、今まで回ってきたお店は、どこもナイトウ一人でも入れそうに見えたし」


 蒸し焼きにされた魚が、芳香を漂わせる。

 ナイトウはそれにフォークを刺したまま、表情を固まらせてノインを見る。

 ノインは、小さく鼻から息を吐き、それから付け合わせの葉野菜をひとつつまんだ。


「じゃ、じゃあ、あらためて言いますが」

「ん」

「俺と、付き合ってもらえませんか」

「うん。だからもう、あちこち付き合ってるじゃない。それで次はどこなのか、って――」

「そうじゃなくて、恋人になってもらえませんか、っていう……」


 ナイトウは顔を真っ赤にして、そこで口を閉ざした。

 ノインは思わず目を見開いて、口も半開きのままになってしまった。

 そういえば、「付き合う」っていう言葉にはそういう意味がある場合もあるんだっけ。

 彼らが元いた世界では、そうだったのだろう。

 でも、私と? ナイトウが? なぜ?


「え~と……」

「俺、一緒に旅をしてて思ったんだけど……ナハトとノインって、実は恋人関係じゃないんじゃないか、って」


 ノインは表情が変わらないように努めながら、じっとアメジストの視線をナイトウに向ける。

 ナハトの素っ気ない態度を見ていれば、そんな風に憶測してもおかしくはない。

 実際、恋人でも夫婦でもなんでもないのだから、正解おめでとう、といったところだ。


「どう――っスか」

「……」


 ノインは無言のまま、ナハトの顔を思い浮かべる。

 確かに、恋仲ではない。

 体の関係もない。

 でも、自分の中で、少なからずナハトに対する想いが大きく、強く存在しているのは確かだ。

 どう答えていいものやら口をつぐんでいると、ナイトウが意を決したように口を開いた。


「や、いや、それはおいといて。とにかく。俺、前の世界に置いてきた心残りが、好きな人が出来ても一度も告白しなかったことなんだ。勇気がなかった。だから、新しい世界に行ったら、そういうのちゃんとしようと思って、それで……」

「それで、どうして私に?」

「ひ、ひ、一目ぼれっス!」


 ぐっと口を一文字にして、ナイトウがまじまじとノインを見た。

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