第74話 終幕に向けて
ズンプフ沼を出て南下すると、三人はほどなく騎士団の一隊と遭遇した。
隊を率いていたのは、ツィンの副官だった。
かくかくしかじかと事情を説明すると、副官は部下を下馬させ、三人に急ぎアハトゥングへ戻るようにと薦めた。
ところがナハト以外は馬の乗り方を知らなかったため、彼らの隊に便乗させてもらい、帰路につくことになった。
「それでは、大暴走は未然に防ぐことができた、ということですねぇ。集まっていた魔獣の数を聞く限りでは、過去にあったと伝え聞くものよりはだいぶ規模が小さかったようですが、未然に防ぐことが出来たが故かもしれませんねぇ」
報告を聞いたグラツィアは、ぽんと手を叩いて満面に笑みを浮かべた。
「さすがはナイトウ様、そしてロアリテートの勇士ですぅ。触れを出して民に安全を約束するとともに、盛大に宴を執り行いましょうかぁ」
グラツィアが言うと、ゾルダートが半歩前に出て、失礼ながらと言葉を発する。
「過去の例を鑑みれば、第二波、第三波は考えにくいでしょう。しかしながら、相手は魔獣であり、自然災害。人知の及ばぬこともありましょう。早急に次善策を立てるとともに、出費についてもややしばらくは控えるべきかと」
「あら、まぁ――でも、ゾルダートの言う通りかもしれませんねぇ」
明らかに気落ちしている主君に、老紳士は言葉を次いだ。
「しかしながら、奇しくも来週から湖岸祭が始まります。アンムート家として話す場面もございますゆえ、そこで大暴走の未然防止可能性について言及するとともに、今後の策について触れるのもよろしいでしょう。さすれば、活躍した面々は英雄としてもてはやされ、宴に代えてたたえることが出来るのではないですかな」
うんうんと話を聞いていたグラツィアが、ポンポンと手を叩いて三人を見る。
「ということで、皆様には今しばらくこの館に逗留していただいて、来週のお祭を目いっぱい楽しんでいただく――ということで、よろしいかしらぁ?」
ナハトの思考は、うまくまとまらなかった。
どんどん、ナイトウ=ライを暗殺しにくい状況が構築されている気がする。
一度出直して、何者でもない状態になってから討ちに来た方がよいのではないかと思えた。
だが、この申し出を断ること自体が、ロアリテートの名を辱めることにもなりかねない。
「ありがとうございます! それじゃあ、俺達三人、もう少しだけ、こちらで休ませてください!」
「おい、勝手に――」
「あらまぁ、すっかり仲良しになられたみたいで、よいことですねぇ。それでは、まずはしっかり体を休めてくださいねぇ」
ひとまず、ここは出るしかないか。
ナハトは深々と礼をして、連れ立つ二人とともに執務室を出た。
広い廊下を歩きながら、どうしたものかと思案を巡らす。
それぞれ割り当てられた個室へと引っ込み、ナハトは旅の荷物を床に下ろした。
「どこで何を間違えた。いや、大暴走を未然に防げたことは、決して間違いではないはずだ。そのためには、ナイトウの力は必要だった……」
誰にともなく、自分を落ち着かせるためにあえて声を出した。
「考えるべきことを考えるんだ。過ぎたことじゃない。これからどうするかだ――」
「ナハト」
ノックとともに、ノインの声が部屋に響いた。
「ちょっと、いい?」
「ああ。開いている」
部屋に招き入れたノインは、旅装束ではなく部屋着だった。
細く白い首がさらされる。
ナハトは女性を部屋に、しかも遅い時間に招いてしまったことに気づき、小さな緊張を覚えた。
ノインは部屋の中の、化粧台に備え付けられている椅子に腰かけた。
ナハトはベッドの縁に腰を下ろし、彼女の視線を受け止める。
「何かあったのか?」
「ん――」
ノインは視線を外し、しばし床を見つめた後、そのまま口を開いた。
「ナイトウ=ライのことなんだけど」
「……ああ」
「彼はもしかしたら、これまでに私達が討ってきた転生者と違って、必要な転生者だったのかもしれない」
「だった? なぜ、過去形に?」
ナハトは小さく息をつき、ノインを見つめる。
ノインは言葉を次いだ。
「彼は、他の転生者と違って、いたずらに自然を傷つけたり、自然の営みを捻じ曲げたりしなかった。それどころか、彼の口から、そういうことは出来ない、というような発言すらあった。私の知る限りでは、適切な転生者の認識や感覚なのよね、そういうのって」
ノインはため息をひとつついて、また唇を動かす。
「通常、大きな力は、大きな災いに対抗するために注ぎ込まれる。それが、本来あるべき転生。私はそう学んだし、実際、巨悪が出現した際に転生のシステムを活用したこともあった。ナイトウ=ライが、大暴走に対抗するために転生した存在だったというのは間違いないと思う。ただ――」
「ただ――なんだ?」




