第73話 沼地の乱戦
ランプの灯りを消し、ベッドに身を沈ませて、ナハトは暗がりの中で目をつぶった。
思考が巡る。
ナイトウ=ライによって救われる村がある。
ナイトウ=ライによって助かる命がある。
その紛れもない事実は、ナハトの胸中を少なからず動揺させた。
あの日。
彼があの場に居てくれたら、故郷は滅びずに済んだかもしれない。
自分は家族を失わず、遠い記憶に蓋をすることもなかったかもしれない。
もう、両親の顔は忘れてしまった。
友人もいたように思うが、いたかどうかすら定かではない。
焼け焦げたにおいと、立ち込める死臭が原風景。
『隠形』の魔法の力に目覚めた時の、絶望的な頭痛、押しつぶされそうに重い息、乾ききった口の中の下の奥の妙な苦み――どれもが、まだ幼かった自分にすら『死』を思わせた。
ロアリテート家で始まった暮らしに不満があるわけではない。
前当主も、ロイエ嬢も、師レーラーも、シュティレも、みなよくしてくれる。
だが、もしかしたら別の人生があったかもしれないと眼前に突き付けられると、こうも動揺するものなのか。
そして、自分のような思いをする子供が生まれる、その将来を、ナイトウ=ライは未然に防いでいることになる。
過去を取り戻すことはできないが、未来を守ることはできる。
ナイトウ=ライを殺めることは、未来を殺すことに他ならないのではないか。
大暴走を未然に防げたとして、彼を殺すことは正しいことなのか。
まとまらない思考を抱きながらも、ナハトは次第にまどろんでいった。
翌朝に始まった北への旅路は、魔獣との戦いの連続だった。
だが、ナハトもノインもほとんど剣を振ることなく、ナイトウが圧倒的な力を見せて次々と敵を屠っていった。
口では謙遜を言いながらも、ナイトウは快活な様子で、平然と魔物を打ち倒していく。
三人の足取りは順調そのもので、一度の野宿を挟んで二日後には目指す地に辿りついていた。
「うっひょお……」
沼地を見渡せる小高い丘に身を潜ませて、ナイトウが言う。
ナハトも、思わず唾を飲みこんだ。
尋常な数ではない。
通ってきた村の住人と、まったく同じ数ほどの魔獣があふれださんばかりに蠢いている。
「ここに集合している、というよりは……」
「ここから沸き出ている、っていう感じに見えるわね」
ナハトとノインの言葉を聞き、ナイトウが振り向く。
「そもそもさ、この世界の魔物ってのは、どういう条件で発生してるんだ?」
視線が集まってきたナハトが、声を抑えて言葉を紡ぐ。
「魔獣は暗がりに息づく――という言い伝えがあるくらいで、詳細は明らかになっていない。奴らは陽だまりを嫌うから、人々は陽が射すところに村を、街を、国を建ててきた。それ以上のことは、俺にもよく分からない」
「なるほどな……ってことは、あの魔獣を一掃したとしても、ここに太陽が差し込むようにしなけりゃ同じことが起きるかもしれないってわけか」
ぴくん、とノインが反応した。
ナハトも、彼女が考えているであろうことを思う。
これまでナイトウ=ライは大きな環境の変化や自然破壊はしてこなかった。
それが、今の話を聞いてこの辺りの地形を変えるとするならば、やはりこれまでの転生者達と同じだ。かつて討ったウンシュウ=トワがそうだったように、自然の営みを崩す輩だということになる。
「でも、ま、そんなのは人の手には無理だよな」
そう言って、ナイトウはたははと笑った。
「定期的にチェックしに来るとか、罠を仕掛けておくとか、何か手は打つべきなんだろうけど、それは俺達の仕事じゃないし。あの、アンムートのお館様に提案だけはするとして、俺達は魔獣を片付けて帰ろう」
ナイトウがカタナを抜く。
「俺が先陣切って無力化していくから、二人はとどめを刺して回ってくれよな。特に、ノインはその――女性なんだから、無理はしないでくれよ」
ふたりの返事を待つことなく、ナイトウは丘を飛ぶように降りていく。
「ナハト」
「話はあとだ。俺達も行くぞ」
二人も腰の剣を抜き放ち、丘を駆け下りていく。
これまでに見たことのある魔獣もいれば、見たことのない魔獣もいた。
およそ、獣というには似つかわしくない異形も数体目に入った。
だが、そのどれもが、ナイトウの一刀に切り伏せられ、既に絶命しているか、あるいは虫の息になっている状態だ。
後者の急所と思しき部分に剣を突き立てながら、沼地に足を取られすぎないように移動していく。
「騎士団がいなくてよかったかもしれないわね!!」
「なぜそう思う!?」
獣の叫び声が反響するのに負けないよう、二人の声も自然と大きなものになる。
「こんな足場じゃ、馬に乗ってる方がうまく動けないでしょ!!」
「違いない!!」
まだ元気な魔獣も数匹、飛びかかってくる。
集中を絶やさぬよう、ナハトは渾身の力で動き、剣を振るった。
時間にして、その戦いは三十分ほどだっただろう。
沼は死で満たされた。
肩で息をしながら、カタナを持っていない方の手の親指を立て、二ッと笑ってみせる――そんなナイトウを見ながら、ナハトはあらためて『転生者』に備わっている力を思い知った気がした。




