第72話 さらに北へ
早口で、身振り手振りを交えて、大袈裟に強がるノインを見て、ナハトは小さく笑ってしまった。
とても、世界を管理するなどという偉大な存在だったようには見えない。
「そんなに笑わなくたっていいじゃない」
「いや、すまない。ただ、女神といっても、ノインはノインなんだなと思っただけだ。ノインらしい、と言った方がいいのか」
ナハトが見ると、ノインは顔を赤く染めていた。
「――? 顔が赤いぞ。体を冷やしたか? 強靭な体を構成したと、今しがた言っていなかったか」
「人間としては自然な反応でしょ。そもそも、今こうしてナハトに真実を話してしまってること自体、私がすっかり人間になってきている証拠だと思うし」
ノインがランプを見る。
灯火がゆらゆらと外に光を漏らしていた。
「ナハトに会う前、つまり私が転生して間もない頃は、こんな感じじゃなかったのよ。変な言い方になるけど、人にも獣にも草花にも、大きな違いを感じてなかった。なのに、日が経つにつれ、私の中にいろんな心や感情が満ちるようになった。ツナイグングでも、なんていうか――ナハトのことが、妙に気になったし。今回の旅だって、男女の関係があるフリをしている内に、ナハトに対して、その――異性に対して覚えるような感情を、本当に持ち始めてる気もするの。反面、本当のことを伝えていないうしろめたさも、大きくなってきて――こういうの、罪悪感っていうのかしら。だから、今、こうしてナハトにはっきり聞かれて、話が出来て……スッキリした」
「そうか。それは――よかったな」
ノインがナハトをじっと見つめ、ふっと微笑む。
「でも、まさか、信じてくれるとは思わなかったけど」
「俺が信じると踏んで話し始めたのではなかったのか?」
「あらら、そんなに打算的に見える? これでも清廉潔白に、立派な女神様してたんだけどな」
「よく分からんが、立派な女神様なら自分の世界を滅ぼさせたりはしないのではないか」
「……ほんと、ナハトって一言多い」
半ば殺気のこもった視線を送られて、ナハトは謝ることしかできなかった。
二人が話を切り上げ、一階の食堂に向かうと、ナイトウが既に席についていた。
どうやら宿の主人との話が終わり、早くも食卓を支度してくれていたようだ。
「お、ナハト、ノイン」
席に着くや、ナイトウが身を乗り出した。
「じいさんから聞いたんだけど、どうやら例の大暴走ってのが、既に始まっている節があるっぽいぞ」
「どういうことだ?」
ナイトウがひとつため息をついて、言葉を続ける。
「ここからさらに北に行くと、ズンプフ沼っていうバカでかい沼地があるらしいんだ。んで、そこに魔獣が集まり始めているかもしれないんだと」
「確かなのか?」
「じいさんによると、二十年前にも同じ流れだったんだとさ。人里近くで魔獣が発見される、その数が増えていく、一か所に集まり始める。で、次の段階が――」
「群れになって村を襲う、か」
ナハトが憎々しげに言うと、ナイトウは大きく頷いた。
「騎士団の人達は、とりあえず村々の安全を確保するために走り回ってるから、こういう情報収集はしてないみたいなんだよな。だから、二人が良ければ、俺達でそのズンプフ沼ってところにいって、大暴走を先につぶしたらどうかと思うんだけど……どうだろ?」
運ばれてきた固そうなパンをバリボリ言わせて、ナイトウが笑う。
「真っ当に考えれば、少しでも騎士団と合流していった方がいいとは思うが……」
「ナイトウの実力を見た後だと、その必要がないかも、って気がするわよね。百匹くらいいても、なんてことなさそうだし」
へへ、とナイトウが鼻をこする。
「きっと、俺がこの世界に来たのは、そのためなんだろうぜ。魔獣の脅威から、貧しい人々の暮らしを守るため、ってな」
「貧しいは余計じゃわい」
主人の声が横から入り、ナイトウは声を上げて笑った。
「なんにせよ、俺らがいるからには、この辺りの村を滅ぼさせたりはしないさ。なぁ、ナハト」
「――そうだな」
大きく頷くナハトに満足して、ナイトウは二つ目のパンに手を付けた。
食事は決して豪華なものではなかったが、量は多く、ナハトとノインが聞いていたように村の備蓄が危ぶまれるのではないかというほどだった。
ところがナイトウの方でもそれを途中で察したらしく、今日はここまででいいよ、と遠慮して見せた。
「んじゃ、明日は東の村に行くのを取りやめて、北のズンプフ沼を目指すってことでいいよな」
「ああ」
「朝一番で発って、先を急ぎましょっか」
食事が終わり、部屋に戻ったナハトとノインは、互いに表情を曇らせた。
ノインが苦笑しながら言葉を紡ぐ。
「ひとまず、大暴走の抑止に集中しましょ。ナイトウ=ライの力が有益なのは間違いないんだし」
「ああ、そうだな。それがいいと思う」
「それじゃ、寝るとしますか……あ、襲ったりしないから安心してね、ア・ナ・タ」
「同じ言葉を返しておく」
「あらら、それはそれでちょっと複雑かも」




