第71話 女神
きしむベッドに腰かけて、ノインも息を吐く。
「実際に奴をやるなら、ノインの力を使ったうえで、俺の魔法も使わなければならないだろう。正面から戦って太刀打ちできる相手じゃない」
「私の力も必要になるかしら、やっぱり」
ナハトは頷く。
「これまでに戦ってきた転生者の中でも、戦闘能力はずば抜けているように思う。俺の隠形術だけでは、感付かれるかもしれん。魔獣を感知していたように、何か危機を察知するような能力を備えている可能性もあるからな」
ナハトももう一つのベッドに腰かけ、荷物を床に置いた。
「考えてみれば、一口に転生者と言ってもかなり違いがあるのだな。連中はみな、ジョブとかいう、何か職業のような肩書を持っていたが、同じものはない。クロネ=ラントは『賢者』、ウンシュウ=トワは『調教師』、クナイ=モントは『錬金術師』――あと、『勇者』というのもいたか。そしてナイトウ=ライは『剣聖』……」
言いながら、ナハトはノインに視線を移した。
「そういえば、ノインのジョブは、いったいなんなんだ?」
言ってしまってから、ナハトはロイエの言葉を思い出した。
「無理に聞き出そうとするのではなく、機があれば流れを作って――という程度で構いませんから」
もうどうしようもない。
ナハトは発した言葉を修正するのを諦め、ノインの言葉を待った。
夜色の髪を指でいじり、ノインは下を向いた。
そして少しの間を置いて、アメジスト色の瞳をナハトに向ける。
「ねぇ、ナハト」
ナハトはにわかに緊張感を募らせて、ノインを見つめた。
普段はあまり見せることのない、真剣な顔つきだった。
「この世界を管理する存在について、考えたことはある?」
「この世界を管理する存在? それは、渡り鳥達が口にする『女神』というやつか? 別に考えたことはなかったが……ただ、女神様とかいう存在が渡り鳥達を送り込んでくる元凶だと考えると、文句の一つでも言ってやりたいところではある」
そっか、と言いながら、ノインはまた視線を落とした。
話がどこに向かっているかが分からず、促し方も見当たらず、ナハトは黙って待つしか法が無かった。
「私もそのひとりだった――って言ったら、信じる?」
ぽつりとノインが言った。
「なるほど――とは思うな」
「納得するってこと? どうして? 世界に混乱をもたらす自分勝手な存在って感じがするから?」
「美しいからだ。よく知らんが、神とかいうのはそういうものなのだろう?」
ナハトの言葉に、ノインはプッと噴き出した。
「出会ったときもそうだったけど、そういうこと、真顔で言わないでよね。でも、そうね。そういうものなのかも。女神は美しい存在。誰が決めたのかは、私も知らないけど」
「ナイトウ=ライも、ノインを見て女神に似ていると言っていたしな。それで、ノインがその女神だったとして、なぜ、自分が管理している世界に、わざわざ転生者として来たんだ?」
ノインの笑顔がなりを潜めていく。
そしてその表情は微笑みも忘れて、寂しさだけをたたえた。
「ここは、私の世界じゃないの。別の言い方をすれば、私は、ここじゃない別の世界の女神だったの」
ぽつりと呟いて、ノインが続ける。
「すべての命には必ず意味がある。その輪廻を管理するのが、私達女神の仕事。だけど、いつの頃からか、私の世界にはいくつもの、意味を持たない存在が生じ始めたわ。命のバランスが崩れていき、やがて、世界は混沌で満たされた。時間の流れで言えば、今よりずっとずっと前に」
荒唐無稽――と思いながらも、ナハトは黙って聞き続けた。
嘘や作り話とは思えなかった。
「哀しみが明けて、時間をかけて、私はあることを突き止めた。無秩序に『転生』が繰り返された場合、その世界には必要以上の力が満ちる。それは歪を生み出し、隣り合う世界の調和を著しく乱すっていうことを」
「その、ひずみをもたらしていた側が、この世界だということか? そのあおりを、ノインの管理していた世界が受けていた、と」
「ええ。本来は『転生』にはちゃんと意味があるの。それによってしか解決できない事象もあるし、実際に私も転生のシステムを活用したこともあったしね。でも、ここでは違う。その意味が完全に失われてる。必要のない『転生』が繰り返され、無用に力が蓄積され、世界が歪み、隣接する次元が深い傷を負い続けている。この世界の女神が、なぜ適切な管理をなされていないのか、それは分からない。女神同士が干渉することは出来なくなっているから――でも、でもね。私は私の世界を救うことは出来なかったけど、せめて……同じ哀しみを繰り返させたくないの。だから……」
「だから転生者を討つことにした」
ノインは小さく頷いた。
ナハトも、頷きこそしなかったが、反論するような気は全くなかった。
少なくとも、これまでの彼女の言動と矛盾する点は無いように思われたからだ。
「しかし、ノインがかつて女神で、この世界の転生者を滅ぼすことを目的にしているというのなら、転生者の能力を封じる力どころか、もっと強力な能力をもっていてもおかしくないようには思うが……なぜ、そうしなかったんだ? わざわざ俺のような、その世界の人間の協力を必要とするのは、効率が悪いような気がするが」
「そりゃ、私だって最初はすごーく強い人間に転生することを考えたわ。でも、私は、自分の世界が滅びた原因を探る過程でかなりの力を使い果たしてしまっていたの。女神同士の干渉は出来ないことになっているし、他の女神が管理している世界に対してアプローチするのもかなりの無茶だからね。この世界に転生すると決めた頃には、ほとんど残っていなかったくらい。一応、強靭な体を構成することには成功したけど……今の状態が精一杯だった。他にいい手段もあったのかもしれないけど、私は私で、目いっぱい悩んで考え抜いたのよ」




