第68話 実験
ノインは剣を抜き、リラックスした姿勢で切っ先を地に向けた。
それは、彼女がレーラーに教わった中でもっとも自然体に近い構えだ。
ナハトと組み手をしていく中で、どうやらそれが彼女にもっとも合っているらしいというのがお互いの出した結論だった。
極めて高い身体能力をもつ彼女は、先手を取られたとしても対応できないということがない。
最初の一撃にしっかりと対応し、相手の二撃目が繰り出されるよりも早くノインが反撃を放つ。いわば、「後の先」をとる戦法は、ナハトはおろか、レーラーですら劣勢に立たされるほどの域に達していた。
対して、ナイトウの方はカタナを体の中心線からまっすぐに立てて構える。
彼にとっては、かつての世界で剣道という競技として身につけていた「正眼」の構えだった。
「無形の位、ってやつか」
ナイトウは自分の体に微妙な違和感を覚えながら、じりじりとすり足で間合いを詰めた。
一方、ノインはそれに合わせて間合いを整えることはしない。
むしろ、いつでも打ってこいと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべている。
誰もが、裂帛の気合と共に放たれるであろう若き英雄の初撃を期待した。
だが――
「ハァッ!!」
その一振りは、速いことは速かったが、目にも止まらぬというほどではなかった。
観衆は当惑の表情を浮かべ、剣を振るった本人もまた、あれ、こんなはずではと顔を顰めた。
ノインは体を少し捻るだけでそれを避け、立て続けに繰り出される攻撃を最小限の動きで危なげなくかわしていく。
「なんだ、稀代の英雄と聞いていたが、あんなもんか」
誰かがそう言ったのが聞こえた瞬間、ノインは『封印』の術を解いた。
ダンッ、とけたたましい踏み込み音が響き、地が揺れた。
今度こそ誰に目にも見えない速さで、切り上げが繰り出される。
かろうじて見えたナハトの目には、あのノインですら表情を変え、しかも髪の毛を切られたのが映った。
彼女の首元に、ナイトウの反った白刃が付きつけられ、勝負は終わった。
急に本来の力を取り戻したことに驚くナイトウに、喝さいが送られる。
「なんだ、最初は手加減してただけか」
「見たかよ、最後の一撃。すごかったな」
「嘘言え、最後のは誰にも見えてなかったろ」
「でも、女の方もかなりの腕だったな。お手本みたいな回避の連続だったぜ」
騎士達はめいめい武具の手入れに戻り、チームとなった三人はあらためて集まった。
「さっすが転生者、全然敵わなかったなぁ」
「え、いや、そんなことないっス。最初は全然当てられそうになくて」
「調子が悪かったのか?」
とぼけて聞くナハトを見て、ノインは笑いをこらえるのに力を注がねばならなかった。
口下手で嘘がつけない人物のはずだが、何食わぬ顔で口を次いでいる。
「最後に打った剣閃は、正直遠くからでも視認するのがようやくだった。目の前で繰り出されたら、とても反応できそうにない」
「あ~、その……うん、体があたたまったから、本来のスピードが出たって感じなのかなぁ。でも、最初から全力は全力だったよ。よくわからんけど、うまく力を出せなかったんだよな。こんなこと初めてだった」
首を傾げるナイトウに、ノインが言葉を紡ぐ。
「女相手だから緊張したか、無意識に手加減したか、ってところかな? でも、いざ魔物との戦いになったら、最初が肝心なんだから。頼りにしてるわよ、転生者クン」
「おっ、おうとも!」
「では、明日の朝、東門で集合ということだったな」
細かい時間を確認して、ナハトとノインはナイトウから離れた。
「怪我はないか」
「あらら、一言目がそれなのはちょっと嬉しいかな」
「何故だ」
「やれそうか、くらいのことを言うかと思ってたからさ。ついでに褒めてくれてもいいよ?」
「……」
怪訝そうな顔をするナハトを見て、ノインは噴き出してしまった。
「やめてよ、見た感じ「どうしてそんなことを」じゃなくて「どうやったらいいのか」って考えてるように見えるんだけど」
「そんなことはない。呆れただけだ。まったく、この度の間ずっとその設定を貫くつもりなのか」
「あらら、当たり前でしょ? だって、ロイエがわざわざ男女で組ませたんだから、そういう体で行けっていう発案のはずだもん。彼女の狙いが全うされるようにしなくちゃね」
ナハトが呆れ顔で頷くのを見て、ノインはまた口元に笑みをつくった。




