第64話 想定外の接触
アハトゥングの街は賑わっていた。
広さや起伏はそれほどにはないにせよ、往来を行く人の数は多く、ナハトとノインははぐれないように時折声をかけながら、あるいは体を寄せながら大通りを行かねばならなかった。
旅の疲れも手伝って、どちらからともなく今日の散策は終えようということになり、夕暮れというにも早い時間帯には、二人はアンムートの屋敷へと戻っていた。
「お早いお帰りだな」
出迎えたゾルダートは、客人の都合もあり、夕食を一堂に会することになったと告げた。
旅衣装のままではよろしくないということで、ナハトとノインは一度部屋へ戻り、あてがってもらったものを身に着けた。
「あらら、似合ってるじゃない」
ノインはにこにこと嬉しそうに、ナハトの見慣れない格好を評価した。
ナハト本人は、まるで貴族然とした刺繡だらけの服に違和感を覚えていたが、断るわけにもいかず、居心地の悪さを感じていた。
「私の方はどう? 似合ってる?」
見るからに肌触りのよさそうな、黒いベルベットのドレスを翻して、ノインは言った。
「そうだな」
「……もうちょっと感情を込めて言ってよね」
「当主より遅れて会場に入るわけにはいかない。行くぞ」
「あっ、ちょっと、もう!」
一階の奥、ロアリテート邸のそれよりもやや広く見える食堂には、円卓がひとつだけ置かれていた。
席は七つ。
案内されるままナハトとノインは隣り合って座り、そこに遅れて別の客も入ってきた。
三人の精悍な男達が、ノインの横に並んで座っていく。
残す席はナハトの左ふたつとなり、少しして、若い男性が一人と、これがグラツィア=アンムートだろうとおぼしき人物が入ってきた。
グラツィアは、なるほど、ロイエの遠縁だというのも頷ける容姿をしていた。
月の色の髪と瞳はナハトの主君とまるで同じ。雰囲気もどこか似ている。ただ、ロイエが武勇で名高いロアリテートの令嬢らしく鋭さを纏っているのに対し、グラツィアの方はいかにも穏やかで、血なまぐさい戦事とは縁遠い感じがした。
「今日はアンムートの夕餉に付き合っていただき、ありがとうございますぅ」
丸みを帯びた、やわらかい声でグラツィアは言った。
語尾が伸びるのは、口癖のようなものだろうか。
「正式な会食の場ではないにせよ、食事を始める前に少しお時間をいただいて、各々をご紹介させていただきますねぇ。まずは、このアハトゥングの街を長年に渡って守ってくださっている、シュタール殿、ブライ殿、ツィン殿」
いかにも戦士然として壮年の男達が、厳めしくも笑みを浮かべて首を垂れた。
シュタールはいっぱいに蓄えた白い口髭が、ブライはもっさりと伸ばしたもみあげが、ツィンは浅黒い肌が特徴的だった。
「遠方からお越しいただいた、親愛なるロアリテートの家臣、ナハト殿とノイン殿」
二人は同時に立ち上がり、深々と頭を下げた。
「そして――」
円卓の視線が、一人の若者――ちょうどナハトの隣に腰を落ち着けた男に集中する。
短い黒髪、黒い瞳。
その容貌は、ナハトの記憶の中の数人と同じ特徴を備えていた。
まさか――
「ナイトウ=ライ殿。この三月ほど、周辺の村々の危機を排してくださっている勇士ですぅ」
「よろしくお願いします、皆様方」
ナイトウはそう言うと、照れくさそうに頭をかいた。
ナハトは意識せずに下ろした手が、いつも剣の柄がある位置に当たってハッとした。
「過去に類例の見られる、魔獣達による襲撃――いわゆる大暴走について、わたくしはアンムートの当主として多方に助力を乞いましたぁ」
グラツィアが続ける。
「本来はこのアハトゥングの街――特に、隣国ヴァールハイトに対して目を光らせているお三方が、民草の為に剣を振るう決断をしてくださったことにはぁ、感謝に堪えません。また、機を一にして親愛なるロイエが家臣を送ってきてくれたのは、感謝感激ですねぇ。様々に帯びた使命の中に、何かあれば、我がアンムートへの助力も厭わないと記してあったのは、ロイエの先見の明、まさに彼女が才媛と讃えられる由縁ですわぁ」
グラツィアが一度言葉を切ったタイミングで、円卓に食事が運ばれ始めた。
色とりどりの貝類が並び、芳醇な香りを立ち込めさせる。
「――そういう書面だったの?」
ノインが声を抑えて言う。
「――俺も中身すべては知らない。ただ、ロイエ様が、俺達が動きやすいようにといろいろと来訪の理由を書き連ねたのだろう。そうすれば、各地を転々としても不自然ではなくなるからな」
「あらら……それがグラツィアにしてみれば、ロイエが気を利かせて戦力をプレゼントしたように見えたってわけね」
「妙なことになりそうだな……」
皿の動きが落ち着き、グラツィアがあらためて口を開く。
「そして、異なる世界からの来訪者にして、既に英雄視する声の多いナイトウ様が屋敷を訪れ、助力を自ら願い出てくださいましたぁ。なんと心強いことでしょうかぁ。ユスティーツの都を賑やかした転生者とは異なり、勇者と語られるにふさわしい青年だと、街の誰もが噂を始めておりますぅ。とりわけ――」




